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ちょっと短め

  


 手書きの請求書を作り、お兄様のお帰りを今か今かと待ち受けていたのに。

 何故か私は、お父様から書斎へと呼び出しを受けていた。

 井戸の滑車をあれしてあれだったのがあれだったのかしら…。

 想像力がマイナス方向へとまっしぐらに突っ走っていく。

「そうよ。お兄様への請求額を10倍にしてもそれで穴埋めを!」

「何をぶつくさ言って突っ立っているのだ、オリビア」

 いきなり書斎の扉が開いて、中から声が掛けられた。

「お兄様! いつお戻りでしたの? 私、お兄様宛に請求書を…」

 いけない、あれでは水増しが足りないかもしれないんだわ。まだお渡しできないわね。

「ん? どうした」

「いえ、なんでもありませんわ。お父様からのお呼び出しでしたのに、お兄様もですのね」

 お兄様は何をやったのだろう。やはり昨夜あの時間から意中の令嬢のところに押しかけたのが拙かったのではなかろうか。思春期は突っ走ってしまうものとはいえやはり節度をもったお付き合いは大切ですものね。

 兄妹揃って父親から説教か、と項垂れつつ勧められるままソファに座ると、お父様が興奮して話し出した。

「オリビア。コルトから聞いたぞ。陛下からお言葉が届いておる」

「なんで陛下が侯爵家の井戸についてご存じですの?!」

 吃驚して泣きそうというかすでに涙がじんわりしてきた。ひえぇ。

「何を言っているのだ? お前の、あの”オテダマ”だ。凄い効き目だそうだな。感心したぞ」

 オテダマ? 

「あぁ、お手玉ですか。え、片頭痛って陛下のことだったのですか?」

「お前は誰のために研究していたのだ」

 お父様が驚いた様子で訊ねられて、困惑しながら答える。

「…誰も何も、あれは元々子供用の手遊び玩具からの派生ですわ」

 私の答えに、お父様とお兄様が二人そろって絶句していた。初めて見た、あんなに間抜けな顔をした二人を。ぶふっ。


『ひとつ摘むのは父の為、ふたつ摘むのは母の為、みっつ摘むのは他人ひとの為、よっつ世の為国の為、いつついつでも友の為、みんなで、一緒に、笑うため、っと!』

 リズムだけこの国の童謡をお借りして、女子校の校歌から歌詞を拝借(決して盗作ではない、リスペクトだ)して適当な数え歌を捏造しながら、お父様たちの前で手遊びを披露する。


「これで、遊びの中で数の数え方の基礎を子供に教えることが出来ると考えました」

 くたくたと手の中で動きを変えるお手玉をいじりながらお父様が興味津々で私の説明を聞いている。ふふん。プレゼンは得意なのよ。それっぽい説明を捏造すればいいんでしょ。

「すごいな、オリビアは。無表情した頭の中では、そんなことを考えていたんだね!」

 お兄様が素で失礼な件について。

 御礼に、机の下で思い切り足を踏んであげる。

「っ!!!」

「別に私は無表情を装っている訳ではありません。淑女教育として常に冷静で人から侮られるようなことがないよう軽々しく表情を変えないことという教えに従っているだけです」

「…そんなのあるの?」

 馬鹿なのか、うちの兄は。チャラく見えても優秀で頭がいいという設定はどこに行ったんだ、乙女ゲームめ。

「お兄様。淑女だけでなく、正しい貴族の在り方としてもすぐに心を読まれるようなことがあってはならないと教わる筈ですが?」

 ぎろりと睨みつける。

「それはそうだけど。だって、オリビアまだ13歳でしょう? そんなの身に付いているとか思わなかったんだよ」

 すみませんね、中身は13歳プラス28歳です。まさかの40歳超えですよ。全然自覚無いけどね。

「コルトの負けだな。それに、今回の件についてもお前はどうやらオリビアに説明をしないで話を進めたようだな」

「お父様、言ってやってくださいませ! お兄様からは何の説明もされておりませんし、いきなり完成した物を持って走って行ってしまわれたのです」

「コルト、お前…」

 お父様のこめかみがぴくぴくしている。

「いや、だって陛下が片頭痛で苦しんで何日も寝込んでしまうのは有名でしたし…ねぇ?」

「だからといって、妹の研究成果を勝手に取り上げて献上するなど。あまりに無体ではないか?」

 おぉ。もしかしてここって私が考えていたより女性の地位が高いのだろうか。中世っぽい世界観だから男尊女卑なのだとばかり思っていたのだけれど、さすが乙女ゲーム。女性に優しい仕様なのか。

「明日、陛下からオリビアに呼び出しが掛かっている。今回の件について褒賞を与えるだけでなく、これを広めたいという話をされていた」

 広めるってどこにだろう?

「我が国では片頭痛持ちが多い。セットで治療院へ配ればそれで助かる人も出るだろうというのが陛下のお言葉だった」

 そうなんだ。確かにゲームの中でも、ヒロインの担当教諭がそうだというのは出ていた気がする。

 でも、このお手玉君が役立てるのが、片頭痛にだけだと思って貰っては困るな。

「それだけではございません。テラコッタの方は発熱時に皮膚の薄くて血管の見える場所に当てれば熱さましに使えますし、あず…豆入りの方は冷えからくる腹痛や神経痛の緩和に効果が期待できるはず、です」

 ついもっと効果あるもんと付け足し始めてみる。お父様とお兄様の尊敬の視線が心地よい。ふふん。もっと褒めて下さってもよろしいのですよ?

 なんて、いい気になっている場合ではない。

「あの、おとうさま。明日、王城にはどうしても行かねばなりませんか?」

 褒めて貰えるのは嬉しいけれど、王城には是が非でも行きたくない。ティモン王子には会いたくないし。

「オリビアは、陛下より褒美を欲しくはないのか?」

 断罪後の生活の為にも、褒美には興味津々ではある。けれど、

「できれば王城には近づきたくないのです」

 俯いて答える私に向かって、「それは何故だい、オリビア?」と、お父様が優しく理由を聞いてくる。でも、正直に答えていいのだろうか。

「…」

 しかし、正直にと思ってもなかなか相応しい言葉が見つけられず、結局私はだんまりを通した。

「褒賞は、陛下のお気持ちだからお受けしなさい。なによりきちんとした成果を上げたのなら、それに対する正当な褒賞を与える事は陛下にとっても義務である」

 確かに、陛下のお気持ちを無視する行為は、臣下として褒められたものではないだろう。

 プリングル侯爵家にとっても誉れになるだろうそれを無視する訳にはやはりいかないようだ。

「そうですよね、この実績があれば、いつ修道院に行くことになっても大丈夫ですものね」

 そう前向きに考えて受け止めるしかない、そう思ったのだけれど。

 私のその言葉は、登城拒否より無表情の理由よりずっと、お父様とお兄様を混乱の極致へと追い込んだようだった。


「では、オリビアは、それほどティモン殿下と婚約を破棄したいのだな?」

 散々私を問い詰めた後、お父様がため息交じりでそう確認した。

「ティモン殿下と、添い遂げたいと思えないのです。貴族の義務だと言われれば従うことはやぶさかではありません。しかし、ティモン殿下は私を知ろうとしない。すぐ傍にいようとも何も見ない。そして私も、あの御方に私を知って欲しいと努力する気になれないのです」

 私は、堰を切ったように正直に胸へ秘めていた思いを告げる。

 そうだ。ティモン殿下が何をしてくれないというよりも、自分が彼の為に何かをしたいとかしてあげたいと思えないことが、この婚約に前向きになれない理由なんだと思う。

 断罪回避の努力をしようと思えないのも、根っこにこの思いがあるからなのだろう。

「あの御方には他に心を寄せる方がいらっしゃるご様子。それについて嫉妬する気にもなれない私が、どうしてかの御方を支えることができるでしょう」

 どうせあと半年もすれば私は彼の方から婚約破棄を言い渡されるのだ。

 今現在心がない上に未来まで判っている状態では努力などする気にはなれない。

「ちょっと待って、オリビア。それは私の認識とかなり違うよ? 殿下はかなりオリビアに配慮しているはずだ」

 慌てた様子でお兄様が殿下の肩を持つけれど、ふ、と虚しい笑いが口をついて出る。

「それは、プリングル侯爵家に対しての配慮の間違いだと思いますわ。どちらにせよ私の方に殿下に添うつもりが湧かないのですから。例え殿下の御心が私の認識と違うものであったとしても無意味ですわ」

「…無意味」

 何故お兄様が愕然とした様子になっているのか判らない。

 そこまでいうと、お父様が「ふむ」と顎に手をやり考え込んだ。

 

 


 王城はどこかのテーマパークにでもありそうな優美で堂々とした姿をしていた。

 段々と近付いてくる天守塔を見上げて、思わずごくりと息を呑んだ。


「プリングル侯爵ベイリー様、ご子息コルト様、ご息女オリビア様ご入場です」

 お父様とお兄様の後に続き、謁見室へネームコールをされて入室し、最上級のカーテシーを取る。

「皆の者、面を上げるがいい。オリビア・プリングル嬢。今回のそなたの発明により、余が長年苦しんでいた苦しみから脱却することが出来た。感謝する。そうして、このオテダマという発明は、余と同じ苦しみに悩む国民たちにとっても光となろう。よって、そなたの望む報酬を与えることにしよう」

「プリングル侯爵家一女オリビアでございます。此度は陛下のお役に立てました事、身に余る栄誉と存じます。そして、多大なるご高配を戴きましたことに感謝いたします」

「よい。して、オリビア。そなたの望みはなんだ?」

 私は、お父様と視線を合わせ、憂鬱そうで居心地悪そうにしているコルトお兄様を無視して昨夜決めておいたお願いを、頭を下げ口に乗せた。


「私の婚約を白紙にするご許可を」

 ざわっ。入室してからずっと黙っていた貴族たちに動揺が広がる。

「静かに。オリビア・プリングル。そなたの婚約者は、我が息子ティモンであったと思うのだが、間違いないか? ティモンとの婚約の白紙を望むと言ったのか」

 緊迫した空気が謁見室を満たす。

 その時、唐突に声が上がった。

「俺は許さないぞ! そんな勝手な…ありえない!!」

「ティモン。お前に発言を許可した覚えはない」

「陛下、そんな…」

「黙れ。いまはこの国の医療に多大なる貢献をしたオリビア・プリングル嬢への褒賞について話している最中だ。お前の意思が関与する余地はない」

 陛下のお言葉に悔しそうにしながらもティモン殿下はそれ以上食い下がることなく下がった。

 自分から破棄するのはいいけど、されるのは嫌なスタイルかよ。許せん。

 あんたなんかゲームの中では自分の浮気が原因でオリビアが可笑しくなったのにまったく我慢できないでオリビアをすぐ横に立たせたまま見つめ合うとかしてさ、それで手が出たオリビアを止めるんじゃなくて自分で勝手にヒロインを庇って怪我した癖に、オリビアだけ断罪して結果自分達だけ幸せになったんじゃないの。

 それなのに、私から破棄を言われるのは納得できないとか。こいつホント嫌いだわ。

「ここでオリビア嬢の申し出を断っては、余から『そなたの望むものを』と言った言葉を裏切ることになる。受け入れるしかあるまい」

 ざわっ。再び謁見室に動揺が走る。

「そんな…」がくり、とティモン殿下が大袈裟に膝をついた。小芝居おつ。

「後程正式な書類を起こしてプリングル侯爵家へと届けよう。しかし余が許可を出したという事は、オリビア嬢はフリーとなった訳だ。して、この後は如何とするつもりだ。ティモンとの婚約を破棄して、次は誰と婚約を結ぶつもりか、教えてくれぬか?」

 そうか。婚約を破棄するということは、他に意中の相手がいると考えられても仕方がないのかもしれない。女は誰かと婚姻を結んでこそ幸せになれるという考え方はこちらでも一般的な物のようだ。

「いいえ。私は誰とも婚姻を結ぶつもりはありません。私は、学園を卒業した後は修道女になるつもりですので」

 ざわわっ。これまでで一番大きなざわめきが周囲から沸いた。

 それは陛下のお咎めがあっても完全には消えることがない。

「それは…許可できない。オリビア嬢の今回の研究成果は目を見張るものがある。神への奉仕にその人生を捧げさせることは国益を損なうことになろう」

 そんなことを言われると思ったので、それに対する回答も用意してある。

「お言葉ですが、例え修道院に入ったとしても、この国と民の為になる研究を続けることは神の御意志に背くものではないでしょう。修道院に入ろうとも続けることは可能かと存じます」

 ふふん。大体研究なんてしないもん。前世の記憶というか謎授業でやったことだし。こっちでも同じ原理なのかとか作れるのか程度のお試しだけだ。どこにいようと関係ない。でも実際には質素倹約な生活をしている修道院では材料を手入れるのに困る事はあるかもしれないけどね。

 私の答えについて陛下が考えている最中、それは静かになっていた謁見室で響いた。


「オリビア様! ティモン先輩との婚約を破棄されたって本当ですか!?」

 …来たよ、ヒロイン。貴女の為じゃないけど、殿下がフリーになってよかったね。勝手に好きにするがいいよ。私に意地悪されなくてもティモン殿下のルートでハピエンを迎えることはできるかもしれないし。

 ふん、と拗ねた思考に耽っている所に、そのヒロイン、マリナ・トリス嬢が私の目の前に立っていた。

 

 大きな、光を良く取り込む蕩けたチョコレートの様な艶のある瞳はいま、不安に揺れている。その愛らしい顔に、今は緊張の色が濃い。

 花弁を思わせる紅い唇が、震える声で告白を始める。


「ずっと…幼い頃から見てきた夢があるんです」

 突然、何を言い始めたのかと誰もその少女を止めることは無い。話している内容はともかく、それほど目の前の少女は真剣だった。

「私は、ここではない別の世界にいて、そこで恋をするのです。

 好きで、好きで。心から好きで。思いが通じた時は天にも昇る気持ちでした」

「でも、その方とはその世界の制度では婚姻を結ぶことが出来なくて。

 適齢期を過ぎようとしていた私は『孫の顔が見たい』という親のプレッシャーに耐え切れず、その人を、裏切った」

 どこかで聞いたことのあるような告白が続く。

「その人は本当に優しい素敵な人で。私の結婚を祝福してくれたんです。でも、私の結婚式の当日、事故で死んでしまうんです」

 それは…その夢に出てくるという少女は…。

「私は結婚式が終わってからそれを教えられて、新婚旅行の飛行機に乗り遅れるほど泣いて、その夜、彼女の死んだ事故現場に花を捧げに行って、そこで泣き続けるんです」


「夢で出てくるのは、そこまで。その後の私が幸せだったのか不幸になったのかも判らないんですけど…なんとなくだけど、私はそのまま死んだんじゃないかなって思っています」


「夢の世界では無理でしたけれど、今私が生きているこの国だったら、その人に婚姻を申し込めたのにって、目が覚めて泣いている自分に気が付く度に思っていました」


「だから、お願いです。オリビア・プリングル様。初めて私の視界に入ってきたその瞬間から、私の心の中央に住まう方。どうぞ、私の手を取って戴けないでしょうか。私は、貴女のその手を取れるなら、貴女を誰よりずっと大切にすると約束します。強く輝く太陽でも綺麗な月でもなく、夜空を飾る小さな星々に掛けて」


 それは、前世における私が高校を卒業する時に、彼女にした告白に返ってきた言葉。


『月が綺麗ですね』

『月も綺麗ですけど、夜空を飾る小さな星々も綺麗ですね』


 太陽や月のごとき正道でなく、宇宙の片隅に存在する小さな星の様な塵芥のような恋でしかないかもしれないけれど、それでも自分にとって本当の恋なのだと懸命に言葉にしてくれた。

 繋いだ手から、心は伝わると信じていたあの頃。


「私は後悔したくない。どうかこの手を取って下さいませんか、オリビア様」


 前世の私が願った優しい手が、いま、私の前に差し出されている。


【それが僕を助けてくれたキミの願いなら、叶えてみせよう】

 あの声に、嘘は無かったのだ。

 そうして私は。私の選択は…。



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