表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
6/29

五話

佐々木正吾は一刀流の剣客である。


藤島家に仕える様になったのは、ごく最近の話で、佐々木はそれまで北野(きたの)(そう)(げん)の道場で腕を磨く一浪人に過ぎなかった。


それが何故、大身旗本である藤島家に仕官が叶ったかと言うと、幸丸が通う道場の主、(いし)井東(いとう)(さい)の口利きによる処が大きいと言えるだろう。


お美代が死んだ事で兼元は、幸丸の防備を固めるのに腕利きの剣客を求めていたが、ただ腕が立つだけでは不安である。腕が立ち、身元が綺麗で、誠実な者をと、東斎に相談した処、紹介されたのが佐々木であった。


佐々木の師である宋玄と東斎は流派も同じと言う事で昔から交流もあり、佐々木も東斎の道場に通う事もあった為、東斎は佐々木の人為(ひととなり)を知っている。

それ故、東斎は太鼓判を押して兼元に紹介し、東斎からその話を聞かされた佐々木は涙を流して感謝したのであった。






その日、佐々木は多江の実家である菓子商の泉屋に足を運んでいた。

常に幸丸の側に仕える佐々木であったが、兼元の了承を経て、宋玄の見舞いに訪れる途中であった。


その年齢にしては達者な宋玄だったが、近頃眩暈がすると言って暫く道場を閉めているらしい。幸丸と東斎の道場を訪れた際に、東斎からその話を聞いた佐々木は居ても立っても居られない心地になり、兼元に師の見舞いへ行きたい旨を願い出て、本日に至っている。


「宋玄先生は羊羹が好物だったからなあ…」


佐々木は宋玄への手土産にと訪れた泉屋で、目当ての羊羹を買うと店の裏手へと向かった。

泉屋の裏手通りには船着き場があり、佐々木はそこから宋玄の道場へ舟を使って訪れるつもりであった。

近道の為、店と店の間、大柄な佐々木が歩くには少々狭い道を歩いていると、菓子の甘い匂いが漂って来た。


菓子商の泉屋は、店と住居地の他に、その敷地内に菓子を作る為の工房を設けている。

泉屋で取り扱う菓子には、外注した腕利きの菓子職人が作った菓子も多いのだが、泉屋で作られる菓子も幾つかあり、その菓子の匂いなのだろう。


少しだけ小腹の空く心地がして、腹を擦りながら歩いていると、垣根の向こうから話声が聞こえた。

佐々木は咄嗟に身を潜め、声の主達の様子を窺った。


「待って下さい、若旦那。それじゃあ、話があまりにも違うじゃないですか!?」


「そうは言っても、多江は幸丸様の侍女になったんだ。おまえがうちから暖簾分けをして、自分の店を構えるのは、多江を女房にするのが条件だった筈だよ?その多江が、おまえに嫁がないのであれば、その話も無かった事になるのは道理だろう?」


「そんな…、そんな馬鹿な話がありますか!?」


「馬鹿も何も、この話は泉屋の当主である新兵衛が決めた事…それにね、おまえを信頼してうちの工房を任せていたって言うのに、暖簾分けの話が出てからこっち、妙に気が抜けた仕事ぶりだったみたいじゃないか。だから、大事な商売道具を盗まれたりするんだよ。そんな仕事ぶりじゃあ、新しく店を出した処で、うちの評判まで悪くなっちまう。」


泉屋の若旦那と言う事は、多江の兄なのだろう、手代らしき男に向かって容赦の無い弁を振るっている。

佐々木は身内の揉め事を覗き見してしまった後ろめたさから、そっとその場から離れて元来た道へ戻る事にした。


「それにしても、多江殿に嫁ぐ相手がいたとは…」


幸丸が学問所に通うのに多江はよく付いて来るので、佐々木もすっかり多江とは心安い間柄になっていた。


佐々木は何とは無しにうら寂しい心持ちになったが、それを振り切って宋玄の見舞いへと向かった。











「佐々木様は顔の割に気の利いた御人だねえ。今日は坊の側に居られなかったのを気にしてだろうけど、羊羹を土産に下さるとは。ふふふ、良い御人だ。」


一口大に切った羊羹を楊枝に刺して、赤い鬼は機嫌良さげに笑っている。

幸丸も口元を上げて羊羹を食べた。


「宋玄先生の体調も良くなっていると言っていたし、佐々木も安心しただろうな。」


「佐々木様、泉屋で買ったって言ってたんだろう?この羊羹も泉屋で作ってるのかい?」


「確か、泉屋の工房で作っている菓子は、落雁と羊羹、それと練り切りの幾つかだった筈。他の菓子は外注での品だったかな。」


「へえ…に、しても、多江様に嫁ぎ先が決まっていたとはねえ。それを断って、坊の侍女になったんだろう?よっぽど坊の側に居たかったんだろうねえ。」


楊枝をくるくる、赤い鬼は笑っている。


「佐々木も私に話すのを躊躇っていたが、多江の覚悟の深さを伝える為に、敢て告げ口の様な真似をしたのだろう。」


「成程ねえ、つくづく佐々木様って御人は清廉な御人なんだろうねえ。」


大柄な体格で真っ直ぐな性格の佐々木正吾。

彼の様な人間が、この伏魔殿の様な藤島家に仕えるのはきっと似合わない。


佐々木から貰った羊羹は、今まで食べた泉屋の羊羹の中で一番美味く感じ、だからこそ、幸丸は心苦しい気持ちになるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ