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花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
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四話

お美代と幸丸に宛がわれた部屋は、藤島本邸の西向きの一室にあった。


正室の千代達が居住する奥座敷は北向きにあり、西向きの部屋は回廊を挟んだ女中部屋に近い場所であったが、座敷から見える敷石の敷かれた庭の両端には楓が植えられ、今の時期それは見事な紅葉を見せている。


お美代は季節の花や樹々を好み、この庭の紅葉も毎年楽しみにしていたのだが、今年はそれを見る事も無く、東山の屋敷の庭園の紅葉を眺めたのを最後に毒を盛られて殺されてしまった。


幸丸は自室に向かう途中、廊下からも見える紅葉に足を止め、その赤い色を眺めていた。


「綺麗ですねえ。御庭もよく手入れが行き届いていて、流石、藤島家の御庭と言う感じです。」


後ろに控える多江も、幸丸の視線を辿り庭の紅葉に感嘆の溜息を吐いた。

そうやって、二人、暫し庭の景色を眺めていると、廊下の先から藤乃が歩いて来るのが見えた。


藤乃は二人に気が付くと、声を掛けるでも無く軽く礼をして足早に去ってしまった。


「…藤乃様、何かこちらに御用があったのでしょうか?」


多江が藤乃の背中を見送りながら呟いた。


「女中の誰かに用があったのかも知れないね。」


「でも、この先は幸丸様の御部屋しかありませんよ?…藤乃様は、本当に幸丸様の味方なのですか?千代様にも信頼されて凄いのは分かりましたけど、でも、それってよく考えたらおかしいじゃないですか。千代様は幸丸様が姉の産んだ御子であるのを理由に、辛く当たっているのでしょう?その様な方に信頼されてるなんて…。それに、藤乃様のあの態度!幸丸様がいらっしゃるのに、何ですか!あれは!」


藤乃の態度に多江が不満気に頬を膨らませる。


本来ならば、幸丸の乳母の娘である藤乃は幸丸付きの侍女の筆頭であっただろう。

それが、お美代の件で千代付きの侍女として主を挿げ替えられ、不安や不満を持つでも無く淡々とした様子で千代に仕えている。

おまけに、千代からも信頼されているらしい。多江には藤乃が全くもって理解出来なかった。


「藤乃には藤乃の都合もあるのだろうから、そう厳しい事を言うものじゃないよ。」


「…申し訳ありません。出過ぎた事を言いました。」


「いや、多江が私の為を思って言ってくれたのも分かっているから、謝らないで欲しい。」


窘められて謝った多江は、幸丸の視線が既に姿の見えなくなった藤乃の後を追っている事に気が付いた。

けれど、今度は何も言わず幸丸が自室に戻るのを待っていた。


風に吹かれた楓がハラリと落ち、庭先を赤く染めるのを眺めながら。











「泉屋は本当に色んな菓子を取り揃えてるんだねえ。甘い物が続いたから、今日のあられ餅はいい塩梅だよ。」


塩味の効いた小さなそれを、ひょいと口の中に放り込み、赤い鬼は満足そうに言った。

それを見ながら、呆れた顔で幸丸は溜息を吐く。


「…貴女がここに来るのは菓子が目的では無いかと思えてならないのだが、私の気のせいだろうか?」


「やだねえ、そんな小さな嫌味を言う子は良い男に育たないよ?うちの父者(ててじゃ)が言うには、女はよく食べるのが一番なんだってさ。父者も母者の食べっぷりに惚れたって話だし、母者が食うに困らない様に()()()稼いで来る。坊はまだ小さいからね、人から貰った菓子で今は満足してやってるんだよ?良い男になりたけりゃ、自分の甲斐性で菓子くらい用意して私を満足させてくれなくちゃあねえ。ふふふ。」


ちょっとした嫌味を倍にして返され、幸丸は苦虫を噛み潰した様な顔になる。

赤い鬼は面白そうにそんな幸丸の頬を突いてケラケラと笑っていたが、ふと、真面目な顔をして告げた。


「…鬼の妖力には人間の(ことわり)には当て嵌まらない力があってね、その中に『移し』って言うものがあるんだ。それは触れた者の記憶と姿を移す力で、それを使えば坊の母者を殺した者も直ぐに分かると思う。でもね…」


「…その力を使えぬ理由(わけ)があるのだな?」


「その通り。先ず、『移し』には大量の妖力が必要って事。私が『移し』を使えば、私の持ってる妖力のほぼ半分は必要になるだろうね。だけど、それだけだったら難しい話じゃない。肝心なのは、触れた者の記憶の()()が私の中に入って来るって事さ。」


人が生まれてからの全ての記憶、それは楽しい事ばかりでは無い。怒り、悲しみ、絶望…膨大な感情の渦が術者と言う一個の中に流れて来るのだ。

しかも、今回はお美代を殺した犯人の事、どれ程の憎しみを抱いているのかも分からない。

犯人が分かるだけならば良いが、恐らくその者の感情に流され、精神が壊れてしまうだろう。


それ故に、『移し』を使える者は、己と言う者を正しく律し、精神を殊更に鍛えた者か、余程の変わり者かと言われている。


「うちの父者と長兄は『移し』が得意でね、持ってる妖力も桁違いだけど、私はあの二人は余程の変わり者なんだろうと思ってるよ。…まあ、何にしろ、怪しい奴に片っ端から触れて周るのも現実味が無い話だし、坊には悪いけど、繊細な私じゃ使えない力なんだ。」


赤い髪をフワリと揺らし、少しだけ申し訳無さそうに告げる。

普段、尊大な赤い鬼には珍しい姿であった。


「…いや、その様に恐ろしい力は使わなくて良い。人は誰しも隠しておきたい気持ちを持っている。例え、それが母上を殺した者だとて、私はその者の気持ちを知りたいとは思わないよ…それに、貴女の()使()()()()()力は十分に私達の理から外れているじゃないか。感謝している。」


幸丸が素直に礼を口にしたのを、赤い鬼は笑って頷き、あられ餅に手をやった。



―…坊にも隠しておきたい気持ちがあるのかい?



ふと頭に浮かんだ、そんな疑問は口にしないままで。



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