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花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
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三話

その日も幸丸は護衛役の佐々木正吾と多江を連れて学問所へと向かう途中であった。

幸丸が多江のお喋りを聞きながら歩いていると、長屋門(ながやもん)から加代の娘である藤乃と下男の重蔵(じゅうぞう)が出て来るのが見えた。

幸丸は久し振りに顔を見た藤乃に向かい、声を掛けた。


「藤乃!何処へ行くんだい?」


「これは幸丸様、これから学問所ですか?私達は千代様の御遣いで下川先生をお迎えに参る処です。」


「ああ、一松様の容態はまだよく成らぬのだな。」


「はい、熱は下がったのですが、吐き気が止まらぬ御様子で…。御薬もそろそろ無くなる頃ですので、そちらの方もお願いしたいと。」


「…藤乃は千代様の元でもしっかりやれているんだね?」


「はい、御心配をお掛けして申し訳ありません。」


「いや、いいんだ。悪かったね、御遣いの途中に足を止めさせて。」


「いいえ、それでは。」


そう言って背中を見せた藤乃と重蔵を見送っていると、多江が不安気に幸丸に尋ねた。


「今の方が藤乃様ですか?…加代様の御息女なら幸丸様の味方ですよね?なのに、千代様の侍女になってしまわれて大丈夫なのでしょうか?」


「そうだね。でも、本人がああ言っているのだから、信じる他無い。」


「藤乃様はどんな方なのですか?」


「…藤乃はね、最近になって加代の伝手を頼りに、私の侍女になったのだよ。だから、それ程多くは、藤乃の事を知っている訳じゃないけど、加代に似て信頼の出来る人物だよ。」


「そうですか。だから、千代様も藤乃様に大事な御遣いを頼んだのですね。」


多江は感心した様に頷き、藤乃の背中を見やっている。


「でも、下川先生が来て下さるのなら安心ですね。うちの父も最近、頭痛が酷いと言って下川先生に診て頂いたのですけど、御薬もよく効いて、あっと言う間に治ってしまったんですよ。」


「大身旗本である藤島家の主治医に診て貰えるとは、流石、大店泉屋の主と言ったところだな。」


多江の言葉に今度は感心した様に頷いたのは佐々木で、多江は目元を赤く染めてから言い訳をした。


「泉屋はおかげ様で大店と呼ばれる程に繁盛させて頂いておりますが、下川先生に診て頂けるのは、どちらかと言うと、姉がこちらの家の側室になったからなんですよ。それが無ければ、名医と名高い下川先生に来て頂くのは難しかったと思います。」


多江の父親である泉屋(いずみや)新兵衛(しんべえ)は、泉屋の五代目の主である。泉屋の初代、伊之(いの)(すけ)は元は水飴を売り歩く行商人であったのを、自分の売っていた水飴を元に、金と伝手を使って後に名菓と呼ばれる程に名を上げる落雁作りに成功し、そこから店を構えて今の大店と呼ばれる泉屋に至る訳であるが、それでも、大名と肩を並べる大身旗本の主治医に診て貰うには幾分か分不相応であろう。


事実、お美代が兼元の側室になるまでは、新兵衛も評判の良い町医者に診て貰い、薬種問屋の世話にもなっていた。


「お祖父様と御会いしたのは、あれ以来だが…如何御過ごしだろう?」


幸丸が新兵衛と最後に会ったのは、東山の屋敷である。

碌に言葉も交わせず、慌ただしく藤島家へ戻って来た幸丸は、娘を亡くした祖父の事が気掛かりであった。


「…元気にやっております、とは言えませんが、それでも、少しずつ元の生活に戻っている様です。私は家を出ましたが、兄もいますし、これからはお店の事も、兄に任せて母と一緒に隠居しようかって言ってました。」


「そうか…」


東山の屋敷でお美代の遺体に縋り付き、声を上げて泣いていた新兵衛夫婦。

幸丸はその背中を思い出し、やるせない気持ちになった。











「今日は大福かい。私は、大福も好きなんだよ、ふふふ。」


たっぷりの餡子を包んだ白い餅の手触りを楽しみながら、赤い鬼が笑う。

今日も多江は実家に戻り、沈んだ様子の幸丸の為に菓子を手渡してくれた。


「それで、一松様の御容態は?下川先生に診て頂いたのだろう?」


「風邪だろうって言ってたわねえ。…一松様の具合が悪いのなんていつもの事なんだろう?なのに、奥座敷では上を下への大騒ぎ。きっと、坊の母者(ははじゃ)が毒を飲んで死んじまったのが原因なんだろうね。一松様も毒を飲まされたんじゃないかって疑ってね、取り乱した千代様が下川先生を呼び付けたって話さ。」


「毒か。…こんな事がいつまで続くのだろな、母上を殺した犯人は見つからず、疑心暗鬼の中で日々を暮らす。一松様も御気の毒に…」


「おや?坊は一松様を随分と気に掛けているんだねえ。千代様の息子って言っても、やっぱり弟は可愛いものかい?」


「…一松様は藤島家の大事な御嫡男だ。そして、私は側室の子であり、庶子に過ぎない。そもそも、父上が明確に私達の立場を決めて下さっていれば、家督争い等と言ったくだらないものに巻き込まれず、母上が殺される事も無かったかも知れないと思うと、私は堪らない気持ちになるのだよ。」


幸丸は手の中の大福を見つめて告白した。

その言葉は、父や木村、自分の為に侍女になってくれた多江の前では、決して言えないものだった。


赤い鬼はそんな幸丸の告白を黙って聞いていたが、大福を頬張ると黄金色の目を細めて言った。


「安心おし。そんなくだらないものは、直ぐに私が無くしてあげるから。その為に、坊は私と約束をしたのだろう?」


口元に弧を描いて笑う赤い鬼を見つめ、幸丸はしっかりと頷いた。


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