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花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
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紫陽花に最中(三)

『招道館』を真っ直ぐ進み、薬屋の角を右に曲がった所に紅緒の目当ての店があった。

手土産と聞いた時に分かっていたが、その店は菓子屋であった。

店の名は『ことぶき』と言うらしく、幸也の祖父の店である泉屋と同様に色々な菓子を売っているが、この店では特に最中(もなか)が評判らしい。


「ここの最中は種類が豊富でね、秋に売ってる栗の入った最中が人気なんだよ。でも、餡子だけの最中も凄く美味しくてさ、皮はパリッとしてて、中の餡子が上品な甘さでね、こし餡もつぶ餡も甲乙つけ難いんだよねえ。今、家に居る家族はこし餡派が四人、つぶ餡派が三人なんだけど、幸也はどっち派だい?」


店に入る前から饒舌な紅緒に呆れつつも、幸也は「つぶ餡だな」と素直に答えた。

そうして、逆に問い掛ければ、紅緒はきっぱりと「私は中立だよ」と断言した。

何とも紅緒らしい返事である。

笑いながら傘を畳んで店の中に入る紅緒の後を追った幸也は、店内を見やり感心した。


大店であった泉屋も菓子の種類は豊富であったが、この店もそれに引けを取らない程に菓子が置いてある。

幸也に馴染みのある菓子から、全く知らない菓子まで実に様々だ。

陳列棚には包装済の物も置いてあったが、包装紙一つ取っても目を引く絵柄で、思わず手に取って眺めてみたくなる代物(しろもの)だった。


「いらっしゃいませ…やあ、これは鏑鬼先生じゃありませんか。」


幸也が熱心に菓子の棚を見やっていると、奥から小太りの男がやって来て紅緒に声を掛けて来た。どうやら、この店の店主らしい。


「無事、御婚姻を結ばれたとか。おめでとうございます。」


「ありがとうございます。こうして、またこちらで暮らして行く事になりました。夫共々、これからもよろしくお願い致します。」


「これは御叮嚀に。こちらこそ、よろしくお願い致します…それで、先生の事は、これからは何とお呼びすれば宜しいので?」


店主がにこやかに尋ねるのに、紅緒はチラリと幸也に視線を送って微笑みを浮かべた。


「そうですね、これからは紅緒と呼んで頂ければ。」


「紅緒先生ですか!これは、これは!とてもお似合いの真名を頂きましたね!」


店主はそう言って手を打つと「紅緒さんか、良い真名だ」と繰り返し頷いた。

それを見やり、幸也の体はじんわりと熱を上げた。

自分の授けた名前をこうやって見ず知らずの者に褒められるのは、何だか妙にこそばゆく、面映ゆい。

再び紅緒の視線を感じたが、幸也は敢えてそちらを見ない様にして面を伏せた。


「こんにちは、()()()()。御婚姻、おめでとうございます。」


幸也がその場で懸命に気配を消していると、正面から店主とは別の男の声が聞こえた。

親しみのある声色に、伏せた面を上げて見れば、黄金色の髪に蒼い瞳の背の高い男がいつの間にか店主の後ろに立っていた。


「何だい、花屋の三鬼坊もいたのかい。」


「いい加減、その呼び方も止めて欲しいんですけどね…オレは仕事中です。祭りの打ち合わせで、ちょっと寄らせて貰ったんですよ。紅緒先生こそ、旦那さんをほったらかして菓子を買いに来たんですか?」


三鬼と言う名に、この男は花屋の三番目の子供と言う事かと、幸也が男を見上げた時、彼の口から「旦那さん」と言う言葉が落とされたのに幸也の肩が跳ね上がり、丁度、その蒼色と目が合ってしまった。


「そっちのお子さんは、ここらじゃ見ない顔ですけど、道場の生徒さんですか?」


今気が付いたとばかりに三鬼が首を傾げて幸也を見やると、紅緒は幸也の肩を抱いて横に立たせて笑う。


「私の旦那様だよ、よろしくしておくれ。」


紅緒は「ほら、幸也も挨拶しなよ」と催促するが、幸也は店主と三鬼の顔を見て居た堪れない気持ちになっていた。


二人はこれでもかと大きく目を見開き、口をぽっかりと開けたまま唖然と幸也を見ていたのだから。


二人が何を思ったのか、想像するに難くない。

そんな二人…いや、幸也を含めて三人の心情を知ってか、知らずか、紅緒は幸也の背中を押すと「ほら、ほら」と再度、幸也を促した。


「…幸也と申します。見ての通りの若輩者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。」


仕方なく腹を括った幸也は一つ息を吸うと、身仕舞いを正して店主と三鬼に御辞儀する。

満足顔の紅緒とは逆に、呆気に取られていた二人は我に返ると、慌てて幸也に礼を返した。

胸中がどうあれ、直ぐに笑顔を浮かべて幸也に接する二人は実に大人の対応だった。


尤も、幸也自身は他人にどう思われようと気にしていない。幸也と紅緒が釣り合いの取れた夫婦では無い事は、自分自身が充分に理解している。

ただ、幸也のせいで紅緒の評判に傷が付くのではないかと、その事だけが申し訳無かった。


「今から二人で実家に挨拶に行くんでね、手土産に『ことぶき』の最中を買いに来たんですよ。」


紅緒が幸也の肩に手を置いたまま店主に言うと、店主は心得たとばかりに、こし餡の最中を()()とつぶ餡の最中を三つ手に取って「紅緒先生と幸也さんはどうします?」と問い掛けた。

こし餡が一つ多い事に首を傾げた幸也に、紅緒はクスリと笑うと、


「母者が二つ食べるんだよ。」


と教えてくれる。そう言えば、義母は「食べっぷりが良い女性」だと聞いていた気がする…

正確に用意された最中の数に、紅緒がこの店の常連だと言う事がよく分かった。


「幸也にはつぶ餡を、私は中立だから両方お願いします。」


「畏まりました。では、箱に詰めますので、少々お待ちを。」


呆れた顔で紅緒を見上げる幸也だったが、やはりこの遣り取りに慣れているのだろう店主は、笑顔のまま最中と箱を持って帳場へ向かった。


「あ、それじゃあ、オレはここらでお暇させて頂きます。(よし)(たけ)さん、次の集会は三日後なので、よろしくお願いしますね。」


「ああ、分かったよ。三鬼君も、お疲れ様。」


帳場で最中を詰める店主に挨拶をした三鬼は、紅緒と幸也に軽く会釈をし、店を出ようとして…その足を止めた。

不思議に思った幸也の前で、くるりと振り返ると紅緒を見やり、少しだけ口籠りながら、


「あ―…その、また近い内に寄らせて貰うからって、いっちゃんに、伝えといてください。」


とだけ告げて、今度こそ店を出て行った。

紅緒がくすりと笑い「三鬼坊とうちの妹の五鬼(いつき)は幼馴染なんだよ」と幸也に教えてくれる。

紅緒に事前に聞いていた話では、足の不自由な妹がいると言っていたが、確か、その妹の名が五鬼であったか…幸也が紅緒の家族について考えていると、最中を箱に詰めて包装を終えた店主が「お待たせ致しました。」と声を掛けたので、幸也は帳場へと視線を戻した。


薄紫色の包装紙は何処か『招道館』の門の脇に咲いていた紫陽花の色を思い出させる色で、その紙の真ん中に柔らかな文字で店の名である『ことぶき』と記されている。


「つぶ餡が五つ、こし餡が六つですから、計二千二百(かく)頂戴致します。」


店主がそう言うのに、紅緒は頷き、懐から財布を出すと紙幣を二枚と硬貨を二枚取り出した。

幸也にとって、それは初めて見る鬼界の通貨だった。


「こちらの通貨は紙幣と硬貨なのだな。それとも、藩札の様にこの宇和灘限りでの金なのだろうか?」


「いいや、鬼界なら何処でも使えるよ。まあ、土地によって図柄は違ったりするけど、種類もこれだけじゃなくて、紙幣は三種、硬貨は六種あるね。」


紅緒はそう言って、もう一度財布を取り出すと種類の違う紙幣と硬貨を取り出した。

穴の開いた硬貨や大きさの違う硬貨、色と模様の違う紙幣には、それぞれに番号とその通貨の金額が記されている。


「江戸では三貨制度だっけ?金・銀・銅の貨幣が使われたんだよね。金貨を基準にして細かく単位が分かれてたみたいだけど、こちらでは通貨の単位は全て『角』で統一されてるんだ。角はあちらで使われてる円を参考にして作られたって言われてるね。」


「円?」


「あんたが暮らしてた江戸からもっと先の時代にね、日本全国で利用出来る統一した金が作られたのさ。それが円だよ…私は、お祖父様みたいに博識では無いからねえ、詳しく説明してあげられないけど、うちの書斎にある蔵書に、その手のものがあったから読んでみると良いよ。」


紅緒はそう言うと肩を竦めて、財布を懐に仕舞った。


「そう言う時の『招道館』ですよ。」


二人の遣り取りを見やり、店主が勧めたのは、つい先程、話題になった『招道館』で。

幸也が僅かに困った顔を浮かべたのに気付いた店主は、おや、と片眉を上げて言った。


「…紅緒先生の御屋敷にある書斎には貴重な物も多くあり、知識を得るに充分に役立つかと思われますが、ここで暮らして行くのなら、やはり『招道館』に通われるのが良いでしょう。何せ、そこには幸也さんと同郷の者が通っています。同じ時代の生まれでは無いかも知れませんが、あなたと同じ疑問を持ちながら、こちらで暮らして行く覚悟を決めた方々です。そう言う方々と交流を持つ事こそ、本で得られる知識の何倍も幸也さんの為にもなりますよ。」


そう言った店主の言葉に幸也はハッと気付かされ、隣にいる紅緒を見上げた。

紅緒があそこまで『招道館』に通うのを勧めたのは、店主の言う通り『招道館』での交流こそが本質だったのだろう。

紅緒は頷き、少しだけ寂しそうに笑う。


「私は幸也の話を聞いてあげる事は出来るかも知れないけど、どうしても種族の違いってのはあるからねえ。根っこの部分では分かってやれない事もあるかも知れない。そう言う時に話せる相手がいれば、こちらでの生活も随分と楽になると思うんだ。」


「あなたの心遣いに、感謝する…だが、この先、例え同郷の者に相談する事があったとしても、それでも、先ず初めに私が相談するのはあなただと言う事は、覚えておいて欲しい、」


それが甘えであるとは分かっていても、幸也がこの地で信頼しているのは他の誰でも無い、紅緒だから。その事を知っていて欲しくて幸也が告げると、紅緒は黄金色の瞳を丸めた後、柔らかに細めて微笑んだ。


「いやいや、これは参りました。流石、新婚さん。仲が宜しいようで…」


二人の遣り取りを見守っていた店主が頭を掻きながらボソリと呟いたのに、気付いた幸也は頬を染めて狼狽える。


「あ…、いや、これは…、」


「うふふ、そうなんですよ。私と幸也はとても仲良しなんです。」


「な…っ!?何を、言って…」


紅緒が幸也の指に自身のそれを絡めて言うのに、幸也の顔はますます赤味を帯びて。

店主が口元を抑えて笑いを我慢している姿が目に映り、幸也は懸命に指を離すと紅緒から距離を取った。


「…っ、最中はもう買ったのだろう、そろそろ出なければ、遅れてしまうぞ。」


「ああ、そうだったね。ごめんよ。ああ、そうだ、祥丈さん。明日から、道場を再開しようと思ってますので、御子息にそうお伝えください。」


紅緒が店主を振り返り告げると、店主は頷き、けれど、幸也をチラリと見て申し訳無さそうに言った。


「倅が、色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願い致します。」


「うふふ、迷惑だなんてとんでもない。御子息は素直な良い御子ですよ。」


紅緒の返事に、店主は困った顔のまま笑顔を浮かべ「倅に伝えておきます」と一礼した。


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