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花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
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一話

幸丸が藤島家に戻ったのはお美代が死んだ翌日の事だった。


お美代が毒殺された事は御家の醜聞の為に秘され、お美代は急な病で亡くなった事にされた。

お美代の遺体を葬る前、東山の屋敷には藤島家の主治医である下川(しもかわ)(てん)(ぜん)が秘密裏に駆け付け検死を行い、結果としてトリカブトによる毒殺が告げられた。


ただ、お美代の飲んだ茶にトリカブトが入れられていたと言うのは推測で、それと言うのも、お美代の茶器は既に飲み干されて空の器であり、その上、娘が倒れた事に動揺した母親のおしんが慌てて娘へと駆け寄った時に、その足でお美代が使った茶器を割ってしまったのだ。

これには流石の典禅も成す術が無かった。


他にお美代が口にした物と言えば、母親が土産に持参した実家の落雁であるが、これもお美代が食べる分は、箱詰めされた物の中から自分で選んで食べていた事が目撃されている。

勿論、余った落雁にはトリカブトは入っていなかったので、落雁にトリカブトが混入していたとは考え難い。


それ故に、トリカブトが入っていたのはお美代の飲んだ茶である「らしい」と結論が付けられた訳であるのだが。


事件当日は、屋敷を任されていた使用人や護衛役、果ては当日屋敷を訪れたお美代の実母や妹と言った面々へ徹底した聞き取りが行われ、特に毒入りと思われる茶を運んだ幸丸の乳母の加代と、水屋を預かっていた娘の藤乃には厳しい詰問があったのだが、確たる証拠も無く、犯人は終ぞ分からなかった。


危険から逃れる為に身を隠したにも関わらず、お美代が死んだ事に兼元は激怒した。そして、未だ病床の身であるにも関わらず、幸丸を直ぐに藤島家の本邸へ連れ戻す様に厳しく命じた。


目の届かぬ所で何かあっても助けてやれなかった事を余程、後悔したのだろう、兼元は戻って来た幸丸の警護を手厚くすると、身の回りの世話をする侍女達を一新した。

東山の屋敷に共に付いて来た乳母の加代は酷く体調を崩し、そのまま侍女の職を辞める事になり、その娘の藤乃は幸丸付きから正室の千代の侍女へと仕える主が変わった。


御役目を全う出来なかった事を理由に、藤乃にも充分な審議の後で暇を出すべきではと言う意見もあったのだが、母親である加代が辞めて十分に責任を負った事と、家老である木村の遠縁の出自でもあった為、その身分を考慮して兼元が配置転換を示唆したのである。意外にも千代からの反発も無く、彼女は奥座敷の侍女として迎えられた。


そうして、幸丸の元に新しい侍女が紹介された。


「新しく幸丸様の侍女となりました、多江(たえ)と申します。よろしくお願い致します。」


「叔母上!」


目を見開き驚いた幸丸の前で丁寧な挨拶を述べた多江は、お美代の実の妹である。

華のある美しさを持っていたお美代に比べ、多江はどちらかと言うと平凡な顔をしていたが、愛嬌のある優しい娘であった。


その多江が、幸丸の新しい侍女として目の前にいる。

側に控えていた木村が、幸丸を見やり言った。


此度(こたび)の件では、幸丸様も母君を亡くされ、随分と御辛い事でありましょう。自分が側にいる事で少しでも心が慰められるのならばと、多江から申し出がありましてな。丁度、幸丸様の侍女を一新する処でしたので、殿の御許しの元、多江を召し上げる事になりました。」


「そんな…っ、叔母上も御辛いでしょうに」


お美代が死んだ日、幸丸と共に多江もその場にいたのだ。

仲の良かった姉が、苦しみながら死んで行く様を誰よりも近くで見ていた多江に、藤島本邸と言う伏魔殿で自分の子守をさせる事に幸丸は胸が痛くなった。


「多江と御呼び下さい、幸丸様。」


だが、多江は確固たる意志を持った目で幸丸を見やった。


「私を姉の代わりにとは申しません。ですが、少しでも幸丸様の側で幸丸様の御力になれればと思い、御奉公に参りました。」


迷いの無い瞳を真っ直ぐに、そして多江はフワリと笑った。

お美代とは似ていない筈の多江の顔が確かに母と重なって、その笑顔に、幸丸の痛みを覚えていた胸にじんわりと温かさが広がって行く。


「叔母上…いえ、多江、ありがとう。」


幸丸は微笑み、多江の手をそっと握った。











「言っただろう?こんな屋敷、潜り込むのは造作もない事だって。」


灯りを落とした幸丸の寝室に、黄金色の瞳を細めて赤い鬼が言った。

月明りに輝く真っ赤な髪がまるで炎の様に煌めいている。


「だけど、それもこれも、坊があの人達によくよく言い聞かせてくれたおかげかしら?ふふふ、坊は人望のある良い子なんだねえ。」


「…本当に私の願いを叶えてくれるのだな?」


「勿論だとも。だけど、私との約束も忘れるんじゃないよ?」


幸丸を見やり、赤い鬼が笑う。


それがどれ程に愚かな取引であったのか幸丸には分からない。

けれど、幸丸にはそれを断ると言う選択肢は無かったのである。



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