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花鬼~紅葉、燃ゆる~  作者: 光沢武
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十五話

東山には昔、鬼が住んでいたそうだ。


東山の奥、一面に咲くあざみ野原に住んでいたその鬼は、この地を荒らし、やがて京の都に上って乱暴を働く様になった。そうして、京から攫って来た双子の姫をあざみ野原で食べたのを最後に、この地でその姿を消したと今に伝えられている。



「だから、貴女を初めて見た時、私も同じ様に食われるのだと思ったんだ。」


幸丸は真っ赤な楓の絨毯を踏みながら、そう言って月夜を見上げた。

藤島邸より赤い鬼に連れて来られた先は、幸丸と赤い鬼が初めて会った場所。

東山の屋敷の裏手にある雑木林の中だった。

季節はあの時より移ろい、最後の紅葉の名残を見せるだけ。

赤い鬼は、月夜を見上げた幸丸に、何とも形容し難い顔で告げた。


「それは、私の弟の話だね。あの子達も昔は色々とやんちゃしてたみたいでねえ。」


「…やはり、私も食われるのか?」


真面目な顔で静かに問い掛けられたのが面白くて、赤い鬼は溜まらず噴き出すと腹を抱えて笑い出した。


「あはははは!さっき私が贄なんて言ったから気にしてたのかい?幾ら私が毎晩の様に坊にお菓子を強請ってたって、流石に人間まで食べたいとは思わないねえ。」


「…では、貴女の望みは何なのだ?」


笑い続ける赤い鬼に困惑し、幸丸は二人の出会いを振り返った。





「おやおや、これは可愛らしい坊じゃないか。こんな所で何をしてるんだい?」


カサリと聞こえた足音に振り返った幸丸が目にしたのは、燃える様な真っ赤な髪をした異形の女だった。

赤い鬼は、そのまま瞠目する幸丸の前に立つと、少し身を屈めて幸丸の顔を覗き込み笑う。


「何だ、泣いてないんだね。てっきり泣いているものとばかり思ったよ。」


その顔が余りにも優し気で、この時、幸丸は異形の者に対する恐ろしさよりも何か別の不可思議な感情が沸き上がるのを感じていた。


「それで、どうしたんだい?こんな所で一人きり。迷子にでもなったのかい?」


「…迷子では無い。母上が殺されたのだ。」


気が付けば幸丸は、この目の前にいる異形の存在に、身の上話を始めていた。

自分でもおかしな事をしていると思ったが、これも赤い鬼の持つ怪し気な力のせいだと言い訳をして、自分の為に家督争いに巻き込まれた哀れな母の死を語った。


「ふうん、成程ね。…それで、坊はどうしたいんだい?」


赤い鬼は分かった様な顔をして、幸丸の何かを誘う様に問い掛けた。

幸丸は、唇を噛み締めて己の望みを呟いた。


「母上を殺した奴を捜したい、そして…ここから離れた、私の事を誰も知らない遠くへ行きたい」


幸丸の言葉に、赤い鬼は黄金色の目を細めた。

その言葉を待っていたと言わんばかりに、口の端を上げて。


「だったら坊や、私と取引をしないかい?私が坊の母親を殺した奴を捜すのを手伝ってあげる。その後は、誰にも見つからない遠くへ連れて行ってあげる。その代わり、坊には私の望みを叶えて貰いたい。どうだい?」


「…貴女の望みとは何だ?」


「ふふふ、それは、まだ秘密。どうだい、取引をするかい?」


一体何を要求されるのか、けれど、それがどんなに愚かな取引きであったとしても、この時の幸丸に断ると言う選択肢は無かったのである。


「是」と答えた幸丸に、赤い鬼は満足そうに頷いて「約束だよ」と片目を瞑った。

それから、自分が藤島邸に潜入する方法を幾つか提案し、それを聞いた幸丸は、黙って俯き考え始めたが、やがて聞こえた自分を捜す加代の声に面を上げた。


そうして、赤い鬼にここで暫く待っている様に告げると、半刻程過ぎてから加代と娘の藤乃を連れて戻って来た。


不思議な事に、二人の顔は赤い鬼を見る前から既に蒼白であったが、赤い鬼はそれを気にせず、自分の妖力を使って藤乃に化けた。


赤い鬼が使った力は『合わせ』と呼ばれるもので、触れた者の記憶と姿を全て移せる『移し』と比べて、『合わせ』は触れた者の姿だけ合わせる力である。


記憶を持たない『合わせ』では、縁の深い者と接した時に正体がばれる可能性もあったが、藤乃が藤島邸で侍女として仕える様になったのは最近の事、また、母親の加代は今回の事を理由にして療養して貰うつもりであり、遠縁である木村とは加代程の親しさは無い。

あとは藤乃に化けた赤い鬼の演技力頼みではあるが、それも本人が自信満々であるからして、問題は無いのだろう。


自分と瓜二つになった赤い鬼の姿を見て、必死に悲鳴を噛み殺した藤乃には人知れず自宅へ戻り時が来るまで隠れて貰う事にした。

程なくして、後を追う様に加代にも暇を出して、藤島邸に残ったのは藤乃に化けた赤い鬼だけ。


想定外だったのは、多江が新しく幸丸の侍女として召し上げられ、藤乃が千代付きの侍女になった事だったが、それも結果から言えば良かったのだろう。


こうして、赤い鬼は幸丸の指示に従って藤島邸で行動していたと言う訳である。





「…千代様付きになった侍女の貴女が、一人でふらふらと私の部屋に来て菓子を勝手に漁っていたと知った時は、どうしたものかと思ったがな。」


赤い鬼との出会いから、藤島邸での出来事までを思い返した幸丸は、余計な事まで思い出して苦い顔をした。

あの時、多江には女中に用があったのではと苦しい言い訳をしたが、それを多江が信じたとは幸丸とて思わない。

赤い鬼の事だから自分の知らない所でも、随分と無茶をやっていたのでは無いだろうか。


「ふふふ、あの時はちょっと小腹が空いてたんでね。…それよりも、加代様も藤乃様も坊の言う事には随分と素直に従ってたねえ。普通なら私の姿を見て怖がるもんだけど、あれは坊を怖がってたろ。坊は二人に何をしたんだい?」


赤い鬼が小首を傾げて幸丸に問い掛ける。


「別に私が何かした訳ではない。あの二人がやった事を私が知っていただけだ。」


「加代様と藤乃様がした事?」


「藤乃は千代様しか知らないと思っていたみたいだけれど、父上の煙管を壊した処を見たのは千代様だけじゃなかったんだ。あの時、()()()()()()()()()()私も見ていた。だから、千代様が父上に偽の証言をした後、藤乃を呼び出した事にぴんと来たんだ。ああ、藤乃は私の味方では無くなったんだろうなと。事実、それから間もなくして私付きになった藤乃は、千代様にこっそりと私の動向を知らせていたからな。それで、何度か(かどわ)かされそうになって、木村が東山の屋敷に隠れる事を提案したんだ。」


藤乃が千代に付いたと知っても、幸丸は特にその事を誰にも言わなかった。

藤乃と言う女の人間性を知り、いつかそれを利用する時が来るのではと思って、逆に藤乃を泳がせていた。


なので、東山の屋敷でお美代が毒殺された時、一瞬だが藤乃を疑い、自分の傲慢な考えが母親を死に追いやってしまったものとばかり思ってもいたのだが。


「それで、その事を藤乃様に言ったんだ。」


「ああ、藤乃は泣きながら何度も詫びていたよ」


「じゃあ、加代様は?」


赤い鬼が尋ねると、幸丸は俯き唇を噛み締めて言葉を閉ざした。

躊躇い、けれど覚悟を決めて顔を上げた幸丸は、()()()()の告白を始めた。


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