ウエスタンでの立ち合い
私達はクロードの歓待を受けて、領主館で一夜を過ごした。
次の日の朝、私達はクロードとデボラと共に、ウエスタン門外に駐屯しているバルデルの下へ赴く。
彼は貴族達と共に私達を出迎えた。
バルデルが私と桔梗を見て、笑みを浮かべて話しかける。
「昨日はなかなか良い余興を見せてもらったぞ。ウエスタンの民達はすっかりお前達になびいてしまったようだな。」
私は微笑して、彼に深く頭を下げた。
「ありがたいことです……本日は、バルデル様に拝謁する機会をいただけて感謝しております。」
バルデルはニエルドのほうを見て、彼に話しかける。
「ニエルドが来たとなると、どうやら王命が下されたようだな。」
ニエルドは静かに頷き、王の書簡をバルデルに手渡した。
バルデルは書簡に目を通したが、特に驚くこともなく周囲の者達に告げる。
「フレイが父上の隠し子だったようだな。王女と婚姻を結んだカイン公にも、王位を継ぐ権利があるということが書かれている。それに、ニエルドを彼に賜ったそうだ。」
バルデルの周囲にいた貴族達はとんでもない事実に騒めいた。
「カイン公が王位を継ぐことになれば……我らは漁夫の利を取られてしまう。」
「ニエルド様は尋問官を束ねるお方……王はカイン公を後継者にしたいのか!」
バルデルは私を見て問いかける。
「ガイ殿はカイン公に対して、この事実についてどう進言したのかな?」
私は首を振り、彼の問いに答えた。
「私はすぐに公表すべきでないと進言致しました。少なくともウエスタンと貴方様が味方になってからするべきだと、考えたからです。」
バルデルは興味深げな顔をして私の顔を見た。
「ほう……お前は不思議なことを申すな。俺がクロードの配下になってまで、生き延びたいと考えるような卑怯者だと考えたのか?」
私は真っすぐに彼の眼を見て静かに告げる。
「トール将軍から聞いておりましたが、実際にお話しすることで確信を得ました。貴方は卑怯なことをするような方には思えません。ですが、背負うものが多すぎて苦しんでいるようにお見受けします。」
バルデルは面白くなさそうな顔をした。
「御託はもういい……それで、お前に俺の心を動かすような策はあるか? 今日は機嫌が良いので、話だけは聞いてやろう。」
私は笑みを浮かべて彼と若い貴族達を見回す。
「それならば、力比べなどはいかがでしょうか? バルデル様の軍で最強の戦士二十人を選んで頂いて、私が順番に立ち合います。その者達全てに勝利した場合には、ウエスタンに仕えて頂きます。逆に私が負けた場合は、あなたにお仕えするというのは如何でしょうか?」
バルデルも笑みを浮かべてクロードに問いかける。
「クロード、後はお前次第だぞ? ガイ殿が負けた場合は、ウエスタンが我ら味方するというならば、この勝負を受けてやっても良いぞ。」
クロードは深く思案したが、デボラの方を見て決心したようだ。
「超越者を降せるような者であれば、民も言うことを聞くだろう。それで構わいませぬ。」
バルデルは嬉しそうな顔をして私に告げる。
「半日後にまたここで会おう。我が軍の選りすぐりの強者達にお前が勝てるか、楽しみだ。」
彼はデボラを一顧すると、颯爽と自軍の陣へ帰って行った。
クロードが私に不安そうな顔で問いかける。
「あんな約束をして大丈夫なのですか? 一人で二十人抜きなど、鬼神の所業ではないですか。」
ニエルドがクロードに笑いかけて、安心させるように言った。
「ガイ様はあのマグニ様と立ち合いをして、勝利されております。これぐらい不利な条件を付けなければ、彼らも納得はしないでしょう。」
デボラは私に近づいて手を取った。
「正直なところ、バルデル様がこの勝負を受けてくださるとは思っておりませんでした。ですが、こうなってしまった後は貴方に縋る以外に道はありません。どうか……あの方達を救ってください。」
私は深く頷いて、彼女に優しく伝えた。
「バルデル様が去り際に、デボラ様の方を見られておりました。恐らく、あの方も王子という立場がなければ、貴女と共に生きる道があると思われているに違いありません。」
デボラは一筋の涙を流して、祈るようにバルデルの陣を見つめるのだった。
*
それから半日経ち、私達は門外でバルデル達と再び対峙した。
ウエスタンの民達はこの立ち合いで自分達の運命が決まる為、門の上に集まっている。
クロードがバルデルの前に進み出て、深く一礼をする。
「我らウエスタン全体が立会人です……勝敗の結果がどうであろうと、この衆目の中ではその結果を覆すことは出来ないでしょう。」
バルデルは満足そうに頷くと、威厳のある声で宣言した。
「我らは貴族の誇りにかけて、超越者ガイを打ち破る。そしてウエスタンを我らが傘下に収めるのだ!」
若き貴族達が歓声を上げる中、壮年の貴族達は冷めた目でバルデルの宣言を眺めている。
彼らから不穏な気配を感じた為、私は桔梗とニエルドに何かあったときの対処を頼むことにした。
私が前に進み出ると、バルデルの軍から兵士の部隊長と思われる者が十人と若き貴族が九人、そしてバルデルが出てきた。
バルデルは私の前に出ると、笑みを浮かべて話しかける。
「よくぞ逃げずに来たものだ。我が精鋭の者達を打ち破って、俺と戦うことを期待しているぞ。」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「ご期待にきっと沿えると思いますので、その時はお互いに遠慮なく戦いましょう。」
バルデルは静かに笑い、「楽しみにしている」と言って自陣の方へ戻っていった。
そして、私の前に部隊長と思われるものが一人進み出て、槍を構えるのだった。
*
私はミスリルの戟を構えて、部隊長と思われる者の一人と対峙する。
――全身に鎧をまとっていて、少し大柄な相手だ。
彼が私に突きを仕掛けてきた。
私は斜め右前に進み出て難なくそれを躱すと、体を捻りながら彼の兜に石突を叩き付ける。
彼が兜に響き渡る音に怯んでいる隙に、私は回転の勢いを生かした上段蹴りを胸に放った。
なすすべもなく倒れた彼の首に、戟の月牙を突き付けて問いかける。
「まだ、やりますか?」
彼は首を振って降参した。
ウエスタンの街から歓声が上がる。
貴族達は、彼があまりにも呆気なくやられたことに呆然としていた。
次の者は右手にショートソード、左手にバックラーを装備している。
盾を構えながらこちらに近づこうとしているようだが、間合いはこっちのほうが圧倒的に有利だ。
彼が間合いに入った瞬間に、私は彼の右側頭部めがけて戟を振り下ろす。
反射的に彼が剣で受けようとしたところで、私は戟を引き戻して彼の剣を引っ掛ける。
そして、戟を捻りながら振り上げて、彼の右手から剣をもぎ取った。
なおも彼はバックラーで殴りかかろうとしたが、その隙をついて彼の顎にカウンターの石突を喰らわせて昏倒させた。
同じような事を繰り返しながら五人抜きしたところで、私は大声で部隊長達を叱咤した。
「これでは、バルデル様と戦う前の運動にすらならぬわ! おぬしら、五人纏めてかかって来るがよい。」
部隊長達はあまりの侮辱に怒りで顔を染めて、私に襲い掛かってきた。
私は前方に駆け出し、真正面から突っ込んでくる相手の兜に右から横殴りの一撃を与えて昏倒させる。
さらに、左前方から来た相手に突っ込み、石突で小手を痛打して腕の骨を折り、武器を落とさせた。
そして、そのまま左方に駆け出して、相手の間合いに入り込む。
予想外に早く間合いに入られたために、慌ててこちらに斬撃を仕掛けようとしているが、そんな一撃を食らう私ではない。
難なくその攻撃を下から月牙で受け止めて、返す刀で相手の武器に全力の一撃を仕掛けて武器を叩き落した。
手がしびれて動けなくなった相手を尻目に、今度は右方の敵に対峙する。
私は一瞬で間合いを縮めようとしたが、彼らは二手に分かれて私の両側方から攻撃を仕掛けてきた。
彼らは勝利を確信していたが、そこに私の姿はない。
私が戟を地面に打ち立て、その反動を利用して高く飛び上がってしまったからだ。
彼らの攻撃が空しく空を切る中、私は空中から強烈な蹴りを一人の頭に放つ。
そして、その勢いを利用して、戟の石突をもう一人の兜に叩き付けた。
五人の部隊長達がそれぞれ戦闘不能になる中、私は戟を掲げて堂々と叫んだ。
「もっと強い者はおらぬのか、これでは勝負にならぬぞ!」
ウエスタンの民達が先ほどよりも大きな歓声を上げる中、壮年の貴族達は絶望した表情をしていた。
*
若い貴族達は焦った表情をしながらバルデルに話しかけた。
「広場で見た奇跡から、只者ではないと思っておりましたが……あれほどの化け物だとは思いませんでした。」
バルデルは静かに頷く。
「そうだな……さすがは超越者といったところか。お前達はあれに対してどう対応するつもりか?」
彼らは自分達のミスリルの武器を撫でながら思いつめた表情をした。
だが、決心した表情になってバルデルに深く礼をした。
「バルデル様、我らはこれよりミスリル武器の力を開放します。その力を使えば……彼を叩き潰すことが出来ましょうぞ。」
バルデルが激しく動揺した顔で彼らを止める。
「それは駄目だ、ライルのようになって戻れなくなる!」
彼は腹心の中でも忠義に厚く、自分のために理力をいち早く発現したライルの末路を思い起こしていた。
*
――彼は人間ではなくなってしまった。
サウスの卑怯者共を断罪しようとした時に、ライルのミスリルの剣が赤黒く光って彼を包み込んだのだ。
そして気づいた時には、彼は頭から角を生やした異形の姿になっていた。
背丈は二メートルほどになった彼は、我らに早く逃げろと懇願した。
だが、放っておくことは出来ずに躊躇している間に、彼は理性を無くしてしまったのだ。
近くにいたサウスの罪人は五メートルは吹き飛ばされて、見るも無残な姿になった。
彼は近くにいるもの全てを粉砕した後、我々に向かって突進してきた。
弓隊が必至で彼を射抜き、数十本の矢が突き刺さったが、それでも彼は止まらない。
俺がライルの名を叫んだ時に、彼の一瞬動きが止まり……周囲にいた者達が決死の覚悟で彼を切り付けて、ようやく静かになった。
息絶えた彼の姿は縮んで行き、人の姿に戻ったが……とても見られた姿ではなかった。
あまりの出来事に、ミスリルの武器を捨てたがる者も多かった。
――だが、壮年の貴族達が必死でそれをとめたのだ。
王からの賜わった品を捨てるなどという不敬なことをすれば……それこそホッド達に付け入る隙を与えるでしょうと。
そんなことをするならば離反すると、彼らは息巻く。
だから我々は我慢してあの武器を持ち続けてきた。
それに、ミスリルの武器を持っていると不思議と心が満たされるような気がして、それを捨てる気にどうしてもなれない……むしろ、捨ててしまったら気が狂うような喪失感に襲われそうな気がしてしまうのだ。
武器を使っているのか、武器に使われているかは今となっては分からない。
だが、我々がこの呪われた武器を持ち続けることで、精神の均衡を保ち続けてきたことは紛れもない事実なのだ。
*
若き貴族達のが持つミスリルの大剣が赤黒く光り始めた。
バルデルは必死に彼らを止めているようだ。
私はジャンのことを思い出して、嫌な予感を感じずにはいられないのだった。