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ウエスタンへの出立

皆の笑いが収まった後、フレイが私に問いかけた。

「ガイ、お前のことだからウエスタンの調略について、何か策があるのだろう?」


私は少し思案した後に、ニエルドを見ながら言った。

「まず初めに、私と桔梗だけがウエスタンに赴いたところで、クロード様に信用してはもらえないでしょう。やはりニエルド様に同行していただくのが良いかと思います。」


フレイが不思議そうな顔をする。

「お前の飛蝙蝠をもう一つ作るとでもいうのか? いくら義父上でも、それを使いこなすのは大変だろう。」


アケロスが笑みを浮かべてフレイに教える。

「ガイの飛蝙蝠は二人乗りにもなるんだぜ、それであいつはキキョウに熱い告白でもしたんじゃねえか? あの後二人が……」


アケロスがそこまで言いかけたところで、桔梗が顔を真っ赤にしながら窘めた。

「お父さん! そういったことは家で話すものです……後でしっかりとお母さんに叱ってもらいますからね。」


アケロスがしょんぼりする一方、フレイは笑みを浮かべて私と桔梗を見る。

「ほう……今度、じっくりとそういった話も聞きたいところだ。さて、二人乗りできるとなれば、父上にも同行してもらったほうが話が早いな。」



私はさらに、カインにサウスからの出陣の許可をもらうことにした。

「マグ二を総大将として、トールに兵を二千ほど指揮させてウエスタンに向かわせたいと考えております。その間に、私達はウエスタンの調略を進めておきます。」


カインは静かに頷くと、マグニに優しく声をかける。

「君は御旗にもなれるし武人にもなれる。恐らく、この国でガイ君のようになれる可能性があるのは、マグニ以外には居ないだろう……期待しているからね。」


マグニは嬉しそうにカインに頷いた。


カインは満足気に頷くと、トールに声をかける。

「将軍に軍法を説くということわざがありますが、サウスの郊外で見た兵の教練、とても見事でした。マグニと共に貴方が出陣するとなれば勝利は確実でしょう。ご武運をお祈りしております。」


トールは見事な敬礼をしてカインの期待に応える気持ちを示した。



私は次にバルデルの調略について献策することにした。

「ウエスタンの調略を終わらせた後に、バルデル様の説得すべきでしょう。デボラ様の協力なしに彼の心を動かせるとは思えません。また、他の貴族に降伏を勧告したくても、ウエスタンが味方する可能性が少しでもあるならば、彼らは首を縦に振らないでしょう。」


フレイが意地悪な顔をして私に問いかけた。

「壮年の貴族は実利で動くかもしれぬが、若い貴族やバルデル様は矜持を大事にするだろう。彼らが命惜しさに降伏するとは限らぬがな。」


私は笑みを浮かべて静かに答えた。

「そうであるならば、彼らに立ち合いを申し込んで叩き潰すまでのことです。彼らを完膚なきまでに叩き潰せば、考えも少しは変わるでしょう。」


桔梗がそんな私を見て、呆れたように首を振った。

「凱さまは、そのほうが面白そうだと思っているんでしょうが、少しは心配する者の気持ちも考えて欲しいです。そろそろ私も胃薬を飲まないといけなくなりそうですよ。」


カインが冗談めかした顔で、桔梗に話しかける。

「私はこの前、とても素晴らしい腕の薬師から体に優しい胃薬を頂いたのですが……その方の胃薬を差し上げましょうか?」


ニエルドが興味深そうな顔で、カインの方を見て言った。

「それは素晴らしいですな。今度、その薬師を紹介してほしいものです。」


フレイが堪えきれずに笑い出したのを皮切りに、応接間にまた大きな笑い声が響き渡った。



真っ赤な顔をした桔梗が私を恨めしそうな顔で見ている。

私は「急ぎの軍務がある」と言って、そこから逃げ出すことにしたのだった。


 *


私はグエンとダナンにトール出陣後のサウスの防衛を託し、アルベルトにはサウスとウエスタン間における二か月程度を目安とした兵站の確保を依頼した。


私はアルベルトの手を握って告げる。

「戦争は戦略と戦術が全てと申す者がいるが、それは大きな間違いだ。兵が安心して戦うことが出来るのは、兵站を担ってくれるものが十分な物資を与えてくれるからに他ならない。此度の戦い、アルベルトが居るだけで、万人もの兵と共にいるような安心を感じているよ。」


アルベルトは嬉しそうな顔で私の手を握り返した。

「そう言ってくださる方と戦える私も、幸せだと思います。商人ギルド全ての力を使って、武略を万全にこなせるように致します。」



それから数日後、領主の館がある丘から、私とキキョウ、そしてニエルドはウエスタンに飛立つことにした。


私とキキョウのマントが飛蝙蝠に変化する。


ニエルドは驚きながらもその構造に舌を巻いた。

「これは素晴らしい道具ですね……このような物が普及したら、城壁などは意味をなさなくなりましょう。」


そして、残念そうな顔をしながら首を振る。

「ですが、これはこの世界には過ぎたる物なのかもしれません。ガイ殿やキキョウ殿のみが使えるに留めておいたほうが、後世の為にはよいのかもしれませぬな。」


私は静かに頷くと、ニエルドと一緒に飛蝙蝠で飛び立つ。

桔梗も私の後に続き、風に乗って高く舞い上がった。


ニエルドは嬉しそうな顔で、私に感謝する。

「齢五十の後半になりましたが、童心に帰ったような気がします。生きている間に空を駆けることが出来るなどとは、夢にも思いませんでした。」


「それは良かったです。ところで、ウエスタンまではどれくらい時間がかかりそうだと思いますか?」


「そうですな……通常なら軍では三週間、馬車なら二週間はかかるでしょう。ですが、この速さで空を飛べるなら、途中で休憩を入れても一週間程度でしょうな。道中に私の手の者が隠れ住む場所もありますので、そこで休みながら進まれると良いでしょう。」


「なるほど、それはありがたいです。その場所に近づいたら教えていただけるでしょうか?」


ニエルドは頷きながら、眼下に広がる景色を楽しんでいるようだ。


そして、私達は風に乗りながら川や山々を超えて、ウエスタンに向かうのだった。


 *


その頃バルデルは、貴族たちの不満を一身に受け止めていた。


壮年の貴族達は、好き勝手に自分の意見をバルデルにぶつけている。

「ウエスタンは当てになりませぬ、どこか違う土地に移るのも手かと。」

「いっそのこと、ウエスタンを攻め落としましょうぞ。」

「いや、セントラルを強襲するべきです。あの軟弱者に目にもの見せましょう。」


バルデルは静かに首を振って彼らに伝える。

「ウエスタンとは、俺達がセントラルを出てから三ヶ月の間は停戦するという協定を結んでいる。ちょうど今が協定を結んでから二ヶ月といったところだろう? あと一月だけ我慢するのだ……それでウエスタンが動かないようであれば、俺がクロードを問い詰めて、どちらに付くのかを決めさせる。」


壮年の貴族達は一応納得したような顔をしていたが、不満が限界近くまで溜まっていることは明らかだ。


若い貴族達がバルデルに問いかける。

「我らは命などは惜しんでおりませぬ……ですが、バルデル様はどうされたいのでしょうか? このままではセントラルからの討伐軍が、我らに差し向けられるでしょう。ウエスタンは中立といえど、その時に味方でいてくれるかは分かりませぬぞ。」


バルデルは苦笑しながら彼らについ本音を漏らした。

「俺にとって、純粋に忠誠を誓ってくれるのはお前達ぐらいなものだ……だが、俺が王子でなかったとしても、仕えてくれたかな?」


彼らはバルデルに傅きながら、静かに告げる。

「正直なところを申しますと……セントラルを出るまでは、自分の身分に執着をしておりました。ですが、今となってはそんなものにしがみついても詮無き事でございます。我らは少数なれど、バルデル様に最後まで付き従いたく存じます。」


バルデルは穏やかな笑みを浮かべて、彼らの忠誠に感謝するのだった。



それから数日後の夜、大きな白銀の蝙蝠のつがいが、月の光で輝きながらウエスタンの領主の館へ向かって飛んで行った。


あまりにも美しいその姿に、バルデルと貴族達は見とれてしまう。



貴族達の我慢が限界に達する中、奇跡のような存在がウエスタンに飛来する……

そして、あの美しさにウエスタンの民達は魅了されるに違いないだろう。



バルデルは底知れぬ不安を感じて、空を見上げた。

夜空に輝く月は、彼の不安を消すことはなく……どことなく突き放したような、そんな冷たさを感じさせるのだった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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