トールのパラッシュと模擬演習
トールが燕月帝に来てから一夜明けた。
私はアケロスに呼ばれて、トールと一緒に彼の工房へ向かった。
アケロスはフェンと精錬をしている途中だったが、私達に気づいて手を止めた。
アケロスは笑顔でトールの手を握って話しかける。
「おう、よく来てくれたな。昨日は楽しかったな」
「あのような歓迎をしていただけて、ありがとうございます。」
「ところで、トールの得物を少し見せてくれないか?」
「ええ、アケロス殿に見てもらえるとは光栄ですな。」
アケロスはトールから鋼の剣を受け取ると、まじまじとそれを眺めた。
そして、深く考え込んで彼に問いかける。
「なるほど、トールは指揮をするときに、馬に乗ってこいつを振るうことが多いわけか。」
「そうですね、ミスリルでもないのによくそれが分かりましたな。」
アケロスが剣の握り手を指さして、笑みを浮かべる。
「握りの感じが独特の感じがするからな。まあ、パラッシュといえば典型的な騎兵の剣だからな。」
フェンがトールの剣を見て、不思議そうな顔でトールに問いかける。
「お父さんのサーベルとよく似た形状をしていますね。でも……これは突き刺すようにして使うような感じがします。」
トールがフェンの問いを受けて、笑顔になった。
「ほう、これを見てそう思えたか……大したものだな。こいつは馬上で敵の鎧の隙間を狙って突き抜くのに適しているのだよ。それに、騎馬の突進力に任せて敵を貫くのにも向いているな。」
私はマグニのことを思い浮かべながら、トールに聞いた。
「そういえば、なぜトールはミスリルのパラッシュを使わなかったのか?」
トールが複雑な顔をして答えた。
「王がミスリルの武具を使わせたがらなかったのです。『トールはそんなものがなくても十分に強い』とおっしゃられて。そのかわり、マグニにはロングソードを与えても良いと言って下さったのです。」
私は少し思案した後、トールに問いかけた。
「もし、ミスリルのパラッシュを作ってもらえるとしたら、それを使うつもりはあるか?」
トールは、アケロスに目で問いかける。
アケロスも考え込んだが、私に意見を求めた。
「お前は、トールがどんな理力を発現すると思ってる?」
私は二人を見ながら答えた。
「恐らくは……トールが指揮する兵士全体に、彼の意思が伝わるといったところだろうな。」
トールが驚きのあまり目を見開いた。
「そんなとんでもないことが……」
私は静かに首を振った。
「トールのことだから、王子達の護衛などでも出陣していると思うが、その時に指揮能力の差をこれでもかというくらいに見せつけるような理力を出されたら、王子達の立つ瀬がなくなってしまう……王の真意はそんなところだと思う。」
アケロスは私の考えを聞いて決心したようだ。
「トール、俺の打ったパラッシュを使ってみる気はあるか?」
トールは嬉しそうな顔になる。
「稀代の名工が作ったパラッシュが振るえることは、武人としての最高の喜びとなりましょう。」
アケロスは優しい顔でフェンに聞く。
「今回は、お前にも手伝ってもらうとしようかな。三日は工房から帰れないが大丈夫か?」
フェンが飛び上がりそうなほどに喜び、興奮した様子で答えた。
「アルテミスの英雄のための武器造りを手伝えるなんて、こんなに光栄なことはないです! ぜひやらせて下さい。」
彼女は工房の熱気に負けないぐらいの熱意を見せながら、トールの手を両手で握って、彼にあったパラッシュのイメージを固めるのだった。
*
私とトールは兵士達に挨拶するために、工房から退出してサウスの詰所に行くことにした。
詰所では私達を歓迎するように、兵士達が整列していた。
兵士達がみな私に傅いて言った。
「ガイ様のヘアテイア反乱でのご活躍、カイン様とマグニ様より聞いております。この度は将軍へのご昇進おめでとうございます。」
私は彼らに会釈し、トールを紹介した。
「海軍はグエンとダナンに指揮をさせるが、サウスの正規兵についてはトールに指揮を執ってもらうことにする。」
兵士達が驚きの声を上げる。
「アルテミスの英雄が俺達を指揮して下さるなんて! これほどの栄誉を与えられるとは、感謝いたします。」
トールが彼らへ会釈して話しかけた。
「ただいま紹介に預かったトールだ。我が主君、ガイ様の命により、本日より諸君らの指揮をとらせていただくことになった。これからよろしく頼むぞ。」
兵士達は皆、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
トールの顔合わせが終わった後、彼は早速、兵士の修練を行いたいというので、私は少し離れた位置から見学することにした。
トールは兵を五十人ほどずつに分けると、それぞれに一列縦隊を命じる。
各兵が縦隊を作り終わったら、そこから二列縦隊の指示を飛ばして進軍させる。
さらにその状態から半数の部隊に縦隊歩兵陣形を命じて、もう半数には素早く騎馬に乗せて突進の訓練をさせた。
そして、各隊の動きをの評価を行った後、部隊分けを行い、それぞれの部隊の隊長を選んで修練方法を指示した。
私は戻ってきたトールに声をかけた。
「見事な動きだな。そして、それぞれの部隊の主軸となる人物をすぐに見抜くとは大したものだ。」
「いえ、元々のサウス兵の習熟度が高かったのでしょう。これならば二週間せずに意のままに動かせそうです。」
「それならばなんとか間に合いそうだな……私も少し、彼らに教えたいことがあるので、少し兵を貸してもらいたいのだが、頼めるか?」
トールは深く頷き、動きの良さそうな四部隊の隊長を呼んだ。
「ガイ様が、戦術の極意を教えてくれるそうだ……しっかりと学ぶが良い。」
私は折角の機会なので、彼らと一緒に他の兵へ模擬戦術を見せることにした。
*
私は百人の兵士を攻撃、もう百人を防御に回させる。
まず私は、攻撃側で指揮をすることにして、防御側に好きな防御陣形を取らせた。
防御側は典型的な前方密陣形の様だったので、私は二列横隊で攻めかかる。
私は、後列の隊長に前列が攻撃したと同時に、側方から回り込んで攻撃をするように指示をして、苛烈に前方から攻めかかった。
守備側はあまりの私の勢いに正面の守備に集中してしまったが、時間差で側方から回り込まれたせいで、一気に瓦解した。
守備側を打ちのめした後に、私は彼らに今回の陣の弱点を伝える。
「前方密集陣形は、側方からの回り込み”翼包囲”に弱い。そのため、次はその対策法を教える。」
今度は、私が守備側の陣を形成して前方密集陣形を構築する。
敵側は先程の戦術を踏襲するように翼包囲を狙ってきた。
私は兵達に指示を出し右翼側を前進、左翼側を後退させて斜型密集陣形を構築する。
敵がの右翼側が包囲に移る前に、私は素早く彼らを迎撃する。
元々数が少なかった彼らは思わぬ反撃を受けて壊滅した。
私達は敵の右翼を破った勢いで、前方に攻めかかる相手に側撃を仕掛ける。
さらに、私は叫ぶように指示を出して、左翼側の兵達を後方に折れ曲がるように後退させて時間を稼がせた。
敵の左翼の側撃部隊が攻めあぐねている間に、こちらの前方と右翼側の兵が敵への挟撃をしていく。
敵主戦力は、前方と側方の二面攻撃に耐えきれず、あえなく壊滅した。
私は今度は攻撃側に翼包囲の弱点を教える。
「このように、守備側は斜行陣により、包囲を防御することがある。また、後方に巻き込むような鉤型陣という陣形により、包囲される時間を稼ぐ場合もある。この時に無理に包囲をしようとすると、手薄な側撃部隊は壊滅して、主戦力が壊滅する場合があるから注意するように。」
兵達が私の指揮をもっと見たいとせがんだ為、日が暮れるまで兵士達に付き合うことにした。
私の様子を見に来た桔梗が、トールへ話しかけた。
「凱さまは、実際に体感したほうが早いと、毎回あのようにして、兵達に陣形の有利不利を教え込むんですよ。」
「そうでしたか、さすが、天下を統一されただけの指揮ぶりですな。兵達の顔が生き生きとしております。」
「凱さま自身が、ああやって兵達と戯れるのが好きだからでしょうね。そして彼らも、自分の実力がどんどん上がっていくから、楽しくて仕方がなくなるのでしょう。」
兵士達が私の模擬戦術に自主的に参加して貪欲に学び続ける。
トールはうれしそうな顔をして、そんな彼らの姿を見続けるのであった。
*
私は燕月亭で夕食を取りながら、トールに話しかける。
「そういえば、ウエスタン地方はどんな地形なんだ?」
「そうですね……平野が多く、伏兵に向かない場所ですね。」
「なるほど、それでは弓を使う敵も多くなりそうだな。」
「あとは、騎兵も多くなるかもしれませんね。」
兵達のことを思うと、犠牲は最小限にしたい。
こういった地形の場合は、単純に兵の数と将の力量で勝負が決まるため、少しでも修練はさせておきたいところだ。
私が少し悩んでいると、トールが優しい目で私を見て聞いた。
「ガイ様は、兵士達の命を大事にされているのですね。」
私は当然だという顔で、それに答える。
「彼等はこの国の為、そして大事な人達の未来を守る為に戦っているのさ。私は出来れば平和になった後の世界では、戦った者達には平和を享受してほしいと願っているのだよ。」
桔梗が私を見ながら静かに言った。
「凱さまは、そういう人です……でも、ご自分自身も、しっかりと大事にするようにしてください。」
トールが私と桔梗を見て微笑んだ。
「キキョウ殿は、本当にガイ様のことが大事なのですな。ガイ様、しっかりと彼女を大事にしないと勿体ないですぞ。」
私は桔梗に感謝すると、彼女は嬉しそうな笑顔を見せた。
*
それから三日後、トールはアケロスからパラッシュを受け取った。
トールが嬉しそうにパラッシュを握る。
「おお! こんなにも軽いとは素晴らしいですな。しかも手にすごく馴染みます。」
アケロスが嬉しそうにフェンをトールの前に押し出した。
「そこの握りはフェンが仕上げたのさ。トールの手を握った感触をよく思い出しながら、満足いくところまで仕上げたんだぜ。」
トールがフェンの手を握って感謝した。
「素晴らしい出来だ。本当にありがとう。」
フェンは真っ赤になって照れながら、嬉しそうに笑った。
トールがすぐにでもパラッシュを試したいというので、私は彼と一緒に兵舎に走る。
その後、私とトールは兵士が動けなくなるまで模擬演習を繰り広げたのであった。
*
私達が戦っている様子を、アケロスと桔梗は半ば呆れた顔で見続けていた。
「トールも凄いけれど、あれに対応しているガイは化け物だな。」
「元々、戦術面でもかなり強いですからね……それにある程度劣勢になっても、個人的な武でひっくり返してしまうので、敵にしてみれば悪夢でしかないでしょうね。」
「しかし贅沢なもんだな、アルテミスの英雄と前の世界での英雄の戦いが、模擬戦だとしても見れるんだからな。あれなら金払ってでも見たいという奴がいっぱい出てくるだろうな……おっと、カイン達も来たか。」
さらにカインとフレイ、そしてマグ二が、アケロスに誘われて私とトールの戦いを見に来た。
マグニは父の戦いぶりに驚く一方、それに対応している私にも驚愕した。
「兵がまるで手足のように動き続けている。ガイや親父がサウスの兵を率いるようになって、まだ三日だというのに、いったい何が起こっているんだ。」
カインはフレイと微笑しながら、トールの姿を見ている。
「トール将軍は、よほど楽しいみたいだね。あんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだよ。」
「そうだな、彼と互角に戦えるものはそうそう居ない上に、あのミスリルの武器がよほど気に入ったのだろう。十歳以上は若返って見える。」
私とトールは静と動を軽妙に使い分け、お互いにどの陣を展開するかの読みあいをしながら、目まぐるしく戦い続ける。
お互いの世界で英雄と呼ばれた二人は、戦術という対話を飽きること無く続けるのであった。