親子の再会
王都で大きな動きがあるまでは、私達は通常通りの職務を行うことで意見が一致した。
マグニがトールに問いかける。
「そういえば、トール隊長はどこに住むんですか?」
トールは少し思案した後に、カインに頼んだ。
「城下の何処かに家を借りたいのですが、一人身なので、寝食さえできれば十分です。」
フレイがカインに耳打ちした。
「トールの妻は、マグニが生を受ける代わりに命を失ってしまったんだ。」
カインが思案していると、アケロスが大きく手を叩いて皆の注目を集めた。
そして、優しい顔でトールに告げる。
「俺は、トールなら燕月亭に住まわせてやっても構わないぜ。信頼できそうな奴だってことはよく分かっているしな。」
トールはアケロスに頭を深く下げて感謝する。
「お心遣い、痛み入ります。」
アケロスがそんなトールを見て、真顔で釘を刺した。
「だがな……クラリスには色目を使っちゃいけねえからな。その時は地獄の底まで追いかけて、首を取りに行くぜ。」
トールが大笑いしながら、アケロスに答える。
「イースタンの祭りでの貴方とクラリス殿を見れば、二人の絆が揺るぎないということは、誰でもわかることでしょう。それに、私は妻との思い出を大事にしているのです。」
アケロスが椅子から立ちあがって、トールの近くに行き、彼の肩を叩いた。
「それじゃ決まりだ。俺はクラリスに部屋の準備をするように伝えに行くぜ。カイン、もう大した話は残っていないんだろ? 後は任せたぞ。」
アケロスは足早に応接間から出て、燕月亭へ向かって行った。
カインは苦笑しながら彼の後姿を見て呟く。
「僕もアケロスみたいに直感と正論だけで生きていきたいものだね。」
フレイは渋い顔をしながら首を振った。
「やめてくれ……カインまでああなったら、私も胃薬が手放せなくなる。」
私はふと思い当たったことがあったので、桔梗に聞いてみた。
「そういえば、この前に良い胃薬の処方を考え付いたと言っていたな?」
彼女は笑顔で答えた。
「お父さんが、カインさんにもっとおねだりが出来るようにと思って……今、カインさんが飲んでいるものよりも数倍体に優しくて効果が高いものを用意してありますよ。」
カインが肩を落として恨めしそうに、今ここに居ない胃痛の原因を思い浮かべた。
「そもそも、その無茶なおねだりがなければ、胃薬などは必要ないのですがね……」
屋敷の大広間にはいつものように、私達の大きな笑い声が響いている。
その一方、屋敷の外でアケロスが大きなくしゃみをして呟くのだった。
「ん? また、誰かが俺のことを噂していやがるな……人気者は辛いもんだぜ。」
*
私達がトールを連れて燕月亭に戻ると、グエンとダナンが門の前で忠犬のように私の帰りを待っていた。
彼らは、犬のように私に飛び付いて、物凄い力で私を抱きしめた。
「「お頭! よくお戻りで……お帰りをお待ちしておりました。」」
私は二人の背中を優しく撫でながら、苦笑する。
「おいおい、大の男がこんなにくっついて暑苦しいぞ。だが、二人とも元気そうで何よりだ。」
トールが微笑ましげな顔で私達を見て言った。
「ガイ様は本当に部下に慕われているんですな。」
グエンが桔梗に気づいて声をかける。
「おお、姐さん……よくぞ御無事で、部下達が寂しがってましたよ。」
――姐さん?
トールが訝しげな眼で桔梗を見ているが、彼女は慣れた感じでグエンに話しかけた。
「ただいま、グエンさん。そういえば、フェンさんはお元気にしてますか?」
グエンが複雑な表情で、一緒に抱き着いているダナンを見る。
「元気ですが……この前も、色気づいたこいつのガキと一緒に、市場を歩かされたなんて聞いたもので……」
そしてダナンを怒鳴りつける。
「ダナン! てめえも父親なら、自分の子供の面倒ぐらいしっかり見ておかねえか。」
ダナンが思わず言い返す。
「男は惚れた女のために積極的になるもんよ。お頭みてえに、姐さんの尻に敷かれる前にしっかりと……」
そこまで彼が言いかけたところで、私とグエン達は戦場でもめったに感じることのない恐ろしい気配を感じて、おずおずとそちらを振り返った。
桔梗が怖い笑顔で笑いながら、私達に言い聞かせる。
「こんなところで立ち話もなんですし、家に入りましょうね。」
私達は素直に頷いて、急いで家に飛び込んだ。
桔梗はトールに振り向くと深く頭を下げた。
「すみません……お見苦しいところをお見せしました。」
トールは”姐さん”の意味を理解して、苦笑しながら燕月亭に入っていくのだった。
*
燕月亭に入ると、クラリスが笑顔で出迎えてくれた。
「ガイ君、キキョウちゃん、おかえりなさい。あら? 可愛い海賊さんたちも一緒なのね。」
そしてトールに向き直って姿勢よく礼をした。
「トール様、よくいらっしゃいました。改めてのご挨拶となりますが、燕月亭の女主人をしておりますクラリスと申します。歴戦の勇士で有名な貴方に、お部屋を貸すことができるのは光栄でございます。」
トールがクラリスに深く頭を下げて感謝する。
グエンとダナンがトールの名前を聞いて驚いた。
――アルテミスを何度も救ってきた英雄が目の前にいるのだ。
グエンがアケロスに問いかける。
「アケロスの旦那、あのトール様が何でここにいらっしゃるんで?」
アケロスは彼の問いにこともなげに答えた。
「ガイの家臣になったからさ。お前らの同僚ってことだな。」
グエンとダナンがしばらく固まった後に、急いで私のほうに走ってきた。
「お頭! さすがは俺達が見込んだ男だ……あの歴戦の勇士を配下に収めちまうなんて。」
私は二人の肩を叩いて、改めてトールに紹介した。
「彼らはグエンとダナン元海賊の頭で、今は海軍の幹部だ。顔は少し強面だが、気の良い奴らさ。」
グエンとダナンはトールに深く頭を下げた。
「アルテミスの英雄と共に戦えるのは光栄です。よろしくお願いします。」
トールは彼らの手を握って微笑んだ。
「こちらこそ、よろしく頼む。もし良かったら今度、海戦の極意を教えてもらいたいものだ。」
二人は嬉しそうな顔で何度も頷いた。
クラリスが私達に優しく話しかけた。
「折角だから、座ってゆっくりお話ししましょうね。」
私達が席に着くと、呼び鈴が鳴った。
クラリスが出迎えに行き、シェリーと一緒に戻ってきた。
「お義父様、お久しぶりです。また会えて嬉しく思います。」
トールが嬉しそうにシェリーに話しかける。
「シェリーではないか、久しぶりだな。屋敷から、わざわざ会いに来てくれたのか。」
「カイン様が、折角だからお義父さまと一緒に、食事でもしておいでと言ってくださったのです。後でマグニ様も来てくださいますわ。」
「そうか、それは嬉しいことだ。風の噂に聞いたが、そなた等は鳩のつがいの様に仲が良いらしいではないか。」
シェリーは顔を赤らめながら、嬉しそうにマグニのことを語り始める。
トールは彼女から満足げに息子の話を聞いていた。
*
しばらくすると、マグニがやってきた。
シェリーはクラリスと一緒に私たちの給仕をしてくれている。
アケロスがマグニの肩を抱きながら、グエンとダナンに自分の妻たちを自慢する。
「俺とマグニの嫁さんはな、イースタンの酒場の看板娘だったんだぜ。」
二人はマグニの方を見て笑みを浮かべた。
「マグニの旦那も堅物そうに見えて、案外やるもんですな。」
マグニが微笑する中、シェリーが絶妙なタイミングで飲み物を持ってくる。
「あまりに良い男だったので、私が逆にアプローチしちゃったんだけどね。」
マグニが顔を赤らめる中、シェリーがトールに微笑する。
「でも、私の為に彼は頑張ってくれたんですものね。」
トールは深く頷いた。
「女にまったく興味がなかった息子が、あれ程までに真剣に私を説得するのでびっくりしたが、これほどの女性であれば確かにそうなると、今では納得しているよ。」
シェリーが嬉しそうな顔をして、グエンとダナンに笑い掛ける。
「そういうことで、私の旦那様は大事な時に頑張れる人なの。だから、お二人さん……マグニのこと、よろしく頼むわね。」
グエンとダナンが笑顔で二の腕に力こぶを作って、それを叩いた。
「まかしといてください、お頭の親友は俺たちにとっても大事な人です。しっかりお守りしますぜ。」
彼女は満面の笑みでグエンとダナンに会釈する。
トールがマグニに笑みを浮かべて言った。
「シェリーは良い妻だな、お前の良さをよく引き出してくれるようだ。」
マグニは彼女の背を目で追いながら穏やかに笑った。
「そうだな、彼女は俺のことをよく理解してくれている気がするよ。」
トールはマグニの肩を叩いてやさしい目で言った。
「私はお前が力に傾倒しすぎないか心配をしたが、今のお前は様々なものを背負えるだけの男に成長したのだと思うと、本当に嬉しく思うぞ。」
マグニは私やアケロスを見て、深く頭を下げた。
「俺はガイやアケロスさんに出会えて本当に良かったと思っている。彼らと出会えなければ、今の俺はなかったと言っても過言ではないさ。」
アケロスが笑いながらトールに話しかける。
「カインも褒めていたが、マグニの一番の長所は他人の助言を素直に聞いて、しっかりとそれを自分のものにして成長していくところだ。これはトールの育て方が良かったってことさ。」
トールとマグニはアケロスの言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
クラリスとシェリーが皆のグラスに酒を注いでいく。
マグニとトールは久々の親子の再会を、私達と共に十二分に楽しむのだった。
*
カインはフレイと、アルベルト、そしてセリスと食事を楽しんでいた。
フレイがアルベルトに笑みを浮かべて話しかける。
「セントラルでは、お前のことを”神算の商人王”と呼んでいたぞ。」
アルベルトは微笑して答えた。
「それは少し誇張しすぎではないですか? 私は大したことはしていませんよ。」
フレイがいたずらっぽい顔をして、一通の書状をアルベルトに渡す。
「だがな……王はよほどお前の功績を評価したらしいな。」
アルベルトは書状に目を通したが、その内容に驚く。
なんと、サウスの商人ギルドにミスリル鉱石の専売権を与えると書いてあったのだ。
いつもは冷静な彼もこれには興奮した。
「これは……他の貴族たちは反対しなかったのですか?」
フレイは静かに首を振る。
「文句は言えないだろうな。あいつ等には、ミスリルの真贋を見分けることが出来ないのだからな。」
そしてセリスのほうを見て微笑んだ。
「これはアルベルトだけの力ではない、セリスの支えがあってのことさ。お前の才も大したものだよ。」
セリスはフレイに深く頭を下げた。
「お母様にそう言っていただけると嬉しいです。しっかり精進するようにしますね。」
フレイは満足そうに笑みを浮かべてカインに話しかける。
「しかし、カインは果報者だな。こんなにも人材に恵まれるのは、アルテミスの歴史でもたぐい稀なることだ。このままでは本当に王になれそうだぞ。」
カインは静かに首を振った。
「王位を簒奪する者は、いつかまた違う形で子孫が同じ目にあうものさ。僕はそういった禍根は残したくないものだね。」
フレイは真面目な顔でカインに告げる。
「だが、私はお前が王になるのではないかと思うのだ。その時は最後までお前についていくよ。」
カインはそんなフレイを愛おしいと強く感じながら、彼女に優しく微笑んだ。
そんな彼らを見て、アルベルトはセリスに笑いかけながらも、現在の状況を考えていた。
おそらく……遠からず、アルテミスを二分するような戦が起こるだろう。
自分は武の道では皆を助けることはできないかもしれないが、商人ギルドという武器を父は与えてくれた。
その力を元に、自分の大事なセリスと共に未来を掴み取って見せる。
アルベルトの決意を知ってか知らずか、セリスはアルベルトの手を優しく握った。
「私も貴方の行く道へ、最後までついていくんだからね。」
アルベルトはそんなセリスを見て心から思った。
――僕は、ガイ君達に出会えて本当によかった。
彼らが守ってくれたからこそ、こうして愛する人と一緒に未来へ向かって戦うことができるのだから。