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御旗になるべき者と剣となるべき者

2020/6/15 誤字修正しました。

教えてくれて、ありがとうございます。

ユミルがカインたちと謁見してから二週間ほど経った。


ユミルは側近から一通の書簡を受け取り……それを読んだ瞬間、我が目を疑った。


彼にしては珍しく、驚きと不安の混じった声で側近に問いかける。

「こ……これは、本当に……本当にバルデルがしたことなのか?」


側近は無言でホッドからの報告書を王に差し出した。


ユミルは震える手でその報告書をゆっくりと読み、そして嘆息した。

「なんという馬鹿なことをしたのだ……いずれ、このようなことは明るみになり、信頼を失うということが何故分からなかったのだ!」


そして、バルデルと彼を支持していた貴族達を招集するように命じた。


だが、しばらくしてから側近が慌てた顔で戻ってくる。

「バルデル様とそれに従う貴族達、そして千五百ほどの兵が、ウエスタンからの救援要請を受け、急ぎ出陣してしまったそうです。」


ユミルは静かに首を振り、そして側近に命じる。

「ホッドと貴族達全てを招集せよ。」


 *


その頃、バルデル達はウエスタン方面へ進軍していた。


彼は腹心の貴族に内密に書状を送って、ホッドが自分達を陥れるために、()()()()を白日の下に晒そうしていることを急ぎ伝えた。


そして、ウエスタン領主(クロード)からの援軍要請を側近に渡して、貴族達と共に颯爽とセントラルから出陣したのだ。


馬車の中で、男装をしたデボラがバルデルに耳打ちをする。

「恐らく、今頃はセントラルでは、激震が走っているに違いありませぬ。」


バルデルは複雑な顔をしながら彼女に同意した。

「そうだな……クロードがすぐに動いてくれたおかげで助かった。」


デボラがバルデルを抱きしめてささやいた。

「ですが、これからが大事なところです。貴方はここで終わるような人ではないでしょう?」


バルデルは強い意志を込めて、彼女を抱きしめ返した。



 *



ユミルは大広間にてホッドと貴族達を見渡した。


ホッドは、今までの彼とは打って変わった堂々たる態度で鎮座している。

貴族達は、王が何を言うのかを知っているように、笑みを浮かべながら傅いていた。


ユミルは彼らの意図を知りながらも、しくじたる思いでバルデルの悪行について語り始めた。


――バルデルを支持する貴族達が、彼の理力を更に強く発現させる為に行ったことを……


 *


イースタンへの陰謀により、元サウスの領主と商人ギルドの幹部達は粛清対象となった。

そして、内乱罪としてバロンとそれに関わった者達は死罪となった。


貴族達は処刑人を買収して、バロン達の処刑をバルデルと自分達の子息にさせたのだ。

バルデル達は、彼らをミスリルの武器で虐殺した。


それだけでも大きな事件なのだが、バルデル派の貴族達はさらに悪辣だった。


イースタンの陰謀に自分達が間接的に関わったことを隠蔽するために、死罪でなかった者達についてもバルデルを焚き付けて、正義の名の下に断罪させてしまったのだ。


公式にはセントラルとウエスタンの間にある収容所に送られるはずだった罪人達は、商人ギルドに裏切られたとされる賊に殺されたと報告されていた。


だが、実際のところは護送を担当する者が馬車を途中で止めており、討伐に向かったバルデル達が彼らを皆殺しにしてしまったのだ。


 *


王から聞かされたバルデル達の行いに、貴族達が失望した顔をしているようだ。


ホッドは彼らの気持ちを代弁するようにユミルへ問いかけた。

「父上、いや……あえて王と呼ばせて頂きます。我が兄は王太子という身でありながら、法を捻じ曲げ、私欲のままに暴虐の限りを尽くしました。さらに、悪事が明るみになった際には、彼に従う者達と共に兵を私物化してウエスタンに逃亡致しました。王よ、彼をいかように処断されるおつもりでしょうか?」


ユミルは逡巡したが、決意を目に込めてホッドに命じた。

「ウエスタンへ使者を送り、まずはバルデル達の引き渡しを要求するのだ。まずは、彼にここで申し開きをさせねばならぬ。」


ホッドが真面目な顔をして王に確認する。

「ウエスタンがそれを拒んだ時はいかがいたしましょうか?」


ユミルは苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、宣言した。

「その時は彼らを逆賊として討つまでだ。」


ホッドは貴族達に向かって叫んだ。

「皆の者、今の言葉を聞いたな。まずは、兄上をセントラルに召還するのだ。そして、それが叶わぬ時は……非常に残念なことながらも逆賊として征伐せねばならぬ!」


貴族達は神妙な面持ちで傅くことで、その言葉に従う意思を示した。


後継者争いをしている愚かな王子達を嘲笑うかのように、王の手に握られた錫杖は妖しく輝いているのだった。



 *



サウスに戻ってきた私達は、領主の館の応接室に集まった。


マグニがトールを見て驚く。

「親父……いえ、トール将軍、お久しぶりです。」


トールが穏やかな笑みを浮かべて息子に話しかける。

「少し見ない間に、随分と成長したようだな。サウスの街の人々がお前のことを称賛していたぞ。」


マグニは嬉しそうな顔になる。

「まだまだ私は未熟者です。周囲の者に支えられながら、何とか職務をこなしているだけにすぎません。」


そして、不思議そうな顔でトールに問いかけた。

「ところでトール将軍は、サウスにどのようなご用件で参られたのですか?」


カインが私のほうを見ながらマグニに告げる。

「実は、トール将軍はガイ君の家臣として仕えることになった。」


マグニの目が驚きで見開かれた。

「親父! どういうことだ……王の御身を護るのが自分の誇りだと言っていたではないか!」


トールはマグにの目をまっすぐに見つめて答える。

「生涯を尽くすに値するような者に出会うことが出来たのだ……お前も、ガイ殿と付き合ってみて、彼が英傑であることは知っているのだろう?」


マグニは私の方をまじまじと見つめて、深く思案しているようだ。


私もマグニに真面目な顔をして告げる。

「私は君と共に、サウスの平和のために尽力するつもりだ。その為にトールは力を貸してくれると言ってくれた。」


カインは優しい顔でマグ二を諭す。

「マグニ、君は現在では名実ともにサウスの後継者として認知されている。君が戦場に出るときは大将として、兵達の御旗にならなければならないんだ。ガイ君やトール殿は君の剣となって、敵を打ち滅ぼすだろう。でもね、兵達はしっかりと見ている……自分達が誰が為に戦っているのかを。だからこそ、御旗である君は戦の最後まで誇り高く、そして決して倒れてはならないんだ。」


マグニは決心したように私達に頭を下げた。

「私は若輩者ですが、皆からの期待に添えるように邁進します。」


立派に成長し続ける息子の顔を見ながら、トールは満足げに頷く。


カインは彼らをほほえましげに見た後、私に向き直って命じた。

「そういうことだから、ガイ君には海軍だけでなく、サウス全体の軍を束ねる将軍に任命させてもらうね。」


フレイが、満面の笑みを浮かべて私に問いかける。

「ついにサウス全体の軍を統べるまでになったが、気分はどうだね?」


私は桔梗とトールのほうを見ながら答えた。

「そうですね……サウスの陸軍はトール、海軍はグエンとダナンに任せます。そして桔梗には、諜報活動に従事してもらおうかな。」


フレイが面白くなさそうな顔をして、ぼやいた。

「お前は、本当に人に仕事をやらせるのが好きだな。」


トールがフレイのほうを見て悪戯っぽく笑った。

「フレイもよく言っていたではないか、手段は用意するからあとはしっかり働けとな。」


フレイは憮然とした顔でトールに言い返す。

「真の男は過去に囚われぬものさ。」


私はそんな二人を見て思わず笑ってしまった。



アケロスもひとしきり笑った後、真面目な顔をして話し出した。

「カイン、王が持っている錫杖からかなりやばい意志を感じた。あのミスリルは虚栄心の塊だ……そして、自分が王にでもなったつもりになっていやがる。」


カインも静かに頷く。

「あの錫杖は私とガイ君、キキョウ君に強い興味を示したようだ。だが、ガイ君達が王に傅いたのがよほど気に入らなかったと見えるね。」


フレイが首を振りながら、その後のことを思い出す。

「ホッド様に錫杖は身を預けたようだが……あれはカイン達に対する当てつけのようなものだろう。だが、そのせいで非常に拙いこととなった。」


カインが物憂げな顔でフレイに聞く。

「何かよからぬ動きでもあるのかな?」


フレイが眉をひそめて、静かに話し出した。

「バルデル様に最近後ろ暗い噂が流れていてな……真偽はまだ確認できていないが、廃嫡の危険すらある問題行動を起こされたそうだ。恐らくホッド様がそれを突き止めて、王に報告するだろうさ。」


私は嫌な予感がしてフレイに確認する。

「バルデル様に、有力な支持者はいるのですか?」


フレイが我が意を得た顔をして深く頷いた。

「バルデル様の奥方、デボラ様がウエスタンの領主の妹なのだよ。今回の件で何かあれば、十中八九彼のもとに身を寄せると思われる。」


私はカインになるべく早く、トールの指揮のもと兵士の修練を行うことを提案する。


カインは私の提案を快諾し、そしてフレイのほうを向いた。

「すまないが、セントラルとウエスタンの動向を逐次確認してもらえないかな?」


フレイは、不敵な笑みを浮かべる。

「すでに私の部下達へ探るように言ってあるさ。」


カインはそんな彼女を見て、「やはり君は頼もしいね」と微笑した。



一方で、アケロスは呆れた顔で王子達のことを思い起こしていた。

「一方は傲慢で、もう一方は足をすくうことしか考えてない感じだったな……あれではユミル王も気の毒だ。」


トールがバルデルのことを思い出しながら、彼に異議を唱えた。

「今はそう感じられるだろうが、昔のバルデル様は純粋で王の跡を継ぐために邁進されていたのだ。」



そして、バルデルの性格が歪むきっかけとなった出来事を、私達に語り始めるのだった。


 *


今から十年ほど前、まだバルデルが三十路前だった頃……


北の隣国(セレーネ)がアルテミスに攻め込んできた。


アルテミスの北の領地(ノース)は必死にセレーネの軍勢に抵抗したが、余りにも敵の兵が強かった為に、セントラルからバルデルとトールの軍勢が大軍を率いて向かった。



ノースの北部の平原にて両国の軍勢は対峙し、大規模な決戦が繰り広げられた。

当初はアルテミス側が優勢だったが、大将のバルデルが功を焦って最前線に突撃してしまった。


彼の部隊は最初こそ敵を蹴散らしていたが、明らかに突出しすぎていた。

また、大将のバルデルはあまりに目立つ武具を身に着けていた為、敵が彼に向って殺到し始めた。


親衛隊は必死で敵を抑えようとしたが、多勢に無勢でどんどん死者が増えていく。


バルデルはここにきて事態のまずさを覚えたのか、後退しようとしたが、あまりに前線に出すぎてしまった為に、満足に後退することすらできない状態になってしまった。



親衛隊は王太子を失うことを恐れて、味方を蹴散らす勢いで無理やり後退しようとした。

その結果、アルテミス軍は敵と味方の区別がつかなくなり大きく混乱する。


混乱したアルテミス軍にセレーネ軍が一気に攻勢をかけて、ノースの兵士の死傷者が一気に増えていく。

だが、そこでトールが見事な用兵術でセレーヌ軍の側方から攻め立てた。


今が勝機と戦陣が伸びてしまっていた、セレーネの兵達は、その攻撃に耐えることが出来ずに多数の死者を出した。


結局、アルテミスとセレーネの両軍におびただしい死者が出てしまった為、両国は講和を結ぶことになった。



戦いが終わり、王都に戻ったバルデルはユミルから激しく叱責された。


彼は衆目に晒される中、王に『バルデルが王太子としての立場を理解せずに蛮勇に走った結果、ノースの兵士の六割を失うといった大失態を犯したことは許せぬ』と責められた。


さらにユミルは、バルデルから王太子としての地位を剥奪しようとしたが、トールの必死の懇願により、なんとかそれを免れた。


それから半年後、バルデルはノースへ弔問に向かったが……

兵士達の遺族のバルデルに対する恨みは凄まじく、彼は逃げるようにしてセントラルに戻ったそうだ。


それ以降、バルデルは取り巻きに勧められるままに、力に溺れていったのだった。


 *


アケロスはトールの話を聞いた後も、バルデルに対して呆れていた。


そして、マグニに問いかけた。

「今のお前なら分かるな? バルデルが何をはき違えていたのかを。」


マグニは真っ直ぐな目でトールを見て、答えた。

「ノース軍とトール将軍を信頼して剣となって、貰うべきだったということですね。王子という御旗により十二分に士気が上がっているのだから、彼らが戦いやすくなるように配慮する必要があった。」


アケロスが私に目配せして補足するよう促す。


私はマグニに笑いかけ、穏やかな声で伝えた。

「マグニは王国でも随一の強さだと、皆が知っている。だからグエンとの戦いでは、総大将の君が戦っても皆が大丈夫だと背中を預けられたのさ。つまり、総大将というのは、自分が味方にとってどういう存在で、何を望んでいるのかを常に考えて、それに応えるのが仕事なのさ。」


マグニが嬉しそうな顔で、私に言う。

「ガイは、俺のことを信頼してくれているようだから、とてもやりやすいよ。」


私は笑顔になった。

「そう言ってくれると、私も嬉しいものだ。それにな……私は戦略面で敵を圧倒することでも、マグニの負担を減らして見せるさ。」



トールはそんな私達を見て、穏やかな笑みを浮かるのだった。


――息子は本当に果報者だ……よき理解者と親友に恵まれている。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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