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忠義を尽くす者達と王を求める者達

私と桔梗は倒れているバルデルのもとへ駆け寄った。


桔梗と共に彼を助け起こすと、意識が戻ったようで私達を振り払って叫んだ。

「無礼者が、私に触れるでない!」


貴族達が冷めた目でバルデルを見る中、ユミルは錫杖を拾い上げてアケロスに問いかけた。

「そなたは、なぜカイン公に錫杖を触れさせようとしなかったのだ?」


カインが彼を庇う様に前に進み出て、代わりに答える。

「王の錫杖に触れるのが許されるのは、王だけでございます。我らはアルテミスの忠実なる臣下に御座いますれば、王の御印でもある錫杖に触れるということは、禁忌を犯すことになりましょう。アケロスは身を挺して、私がそのような過ちをしないように諫めてくれたのです。」


貴族達はカインの説明に納得すると共に、アケロスの忠節に感心した。

そして、王でもないのに、軽率にも錫杖に触れようとしたバルデルを非難めいた目で見ている。


バルデルは自分を支持していたはずの貴族までもが、非難めいた眼で彼を見ていることに狼狽した。


ユミルは彼を哀れみの目で見た後、バルデルに命じる。

「錫杖の理力を受けて、お前は気が動転しているだろう……少し休むがよい。」


バルデルはそんなことはないと反論しようとしたが、ユミルが彼を強い眼差しで見つめたことで彼は察した。



――自分で出ていかなければ、側近や貴族達に追い出される。



彼は王の錫杖に拒まれたということだけでなく、何の見返りもないのに自分を助けてくれた者に対して、傲慢な態度をとったことで、致命的な不信感を呼んでしまったことをようやく自覚したのだ。


バルデルは肩を落としながら、大広間から退出するのだった。


 *


バルデルが退出した後、ユミルは威厳のある声で皆に告げる。

「バルデルは私の後継者となるべく、日々精進し続けたことは皆知っているな。」


側近や貴族達がそれに頷く。


ユミルはバルデルを支持していた貴族達に問いかけた。

「さて、そなたらに聞きたいのだが……何故、倒れたバルデルを助けに行かなかったのだ?」


貴族達はその問いに答えられずに、下を向いたまま黙っている。


ユミルは厳しい顔で貴族の一人に問いかけた。

「少し前に、そなたはバルデルと親しげに、真実の忠義とやらを語っていたな? 『貴方が危難に陥った時、命を投げ打ってでも助ける』と……先ほどの様な事態は、バルデルの危難ではなかったのか?」


問いかけられた貴族は青い顔になりながら、必死でかぶりを振った。


ユミルは失望した顔で彼を見た後に、大広間に居る者達全てに向かって語り掛けた。

「王は国を統べる者であり、皆を導く役目だということは承知しておる。だが、その王を補佐するのが側近であり、その意思を体現するのがそなたら貴族であろうが。己が本質を忘れ、力に溺れるのは只の愚か者にすぎぬ……」


側近や貴族達は目を見開いて、王の言葉を考えようとした。



だが……その瞬間、錫杖が王の言葉を嘲笑うように眩しい光を放った。

あまりの眩しさに貴族達が目を背ける。

そして私と桔梗、カインのそれぞれを迎えるかの如く、輝かしい光の道を作り出した。


私と桔梗は顔を見合わせて、すぐにユミルに傅いた。

カインも私達のしたことの意味を察して、同様に王に傅く。


私達がユミルに傅いたのを見た錫杖は、耳をつんざくような高音を発した。

まるで自分の意思を否定されたことを嘆くような、そんな悲しい音で……。


ユミルが強い意志を込めて腕輪に理力を込めた。

錫杖はなおも光り続けようとしていたが、彼の腕輪が光り始めると諦めたように、静かになった。

だが、錫杖は彼の手から逃れるように離れ、ホッドのもとに転がっていく。


ホッドは先ほどのバルデルの姿を思い浮かべて、錫杖から離れようとした。

だが、()()は魅力的な輝きをもって彼を誘惑したのだ。

ホッドが思わず手を伸ばすと……錫杖は光を失ったが、彼に()()()()()()()()()


貴族達が顔を見合せて、ホッドのほうを向いて傅く。


彼らは錫杖が放つ光の眩しさに目を背けていたため、光の中で錫杖が何をしていたのかは知らない。

だが、王の手から離れた錫杖が光を失い、それをホッドが手にすることが出来たのは確実に見たのだ。


ユミルは一瞬呆然としたが、ホッドに錫杖を渡すように命じた。

ホッドは逡巡したが、微笑しながら王に錫杖を返して、呟くのだった。

「私が錫杖から拒まれなかったということの意味……考えておいて下さいませ。」


ユミルは複雑な顔をしたが、貴族達の表情を見て理解してしまった。



―彼らはホッドを王の後継者として認めたということを……



ユミルは静かな声で私達に告げる。

「そなたらは、アルテミスへの忠節というものをよく示してくれた。今まで以上にサウスを発展させ、またこうして会えることを楽しみにしている、」


私達は王の言葉に感謝して、深く一礼した後に大広間を退出した。


ホッドと貴族達は色々な思惑を胸に、私達を見送るのであった。


 *


大広間から退出した後、フレイがカインと私達に深く頭を下げた。

「私にはわかるが、王は非常に感謝しておられた。あの有象無象の連中とサウスの者達、どちらが忠節というものを理解しているのかを強く感じたのだろうな。」


アケロスが何か言いたそうにしていたが、それを察したフレイが彼に耳打ちをする。

「何を話したいのかはわかるが、それはサウスに戻った後にで話そう……ここで話すのは命を危険にさらすことになるのでな。」


彼は私達とカインを見た後に、納得したように頷いた。


カインが微笑を浮かべながら、アケロスに感謝した。

「君の作った腕輪のおかげで、王は救われたのだと思うよ。やはり君は大したものさ。」


アケロスはカインを見ながら、錫杖が転がってきたことを思いだす。

「俺の見立てではあの錫杖は……」


フレイがアケロスを厳しい目で睨んだので、アケロスはその先は言わなかった。

だが、私達はみな感じていたのだ。


――意志を持っていて、より有能な王を探し続けているということを……


 *


私達は、今の情勢からセントラルに長居するのは危険だと感じ、その日中にサウスに出発することにした。


アケロスは少し残念そうにしていたが、それでもフレイと一緒にセントラルの名店を可能な限り物色することにしたようだ。


私と桔梗は、カインと一緒にトール行きつけの料理屋で会食をすることにした。



セントラルの中心街にあるその店は、歴史を感じさせる見事なものだった。

良木を惜しみなく使った看板は、若干の風化を感じさせるが、それが何とも言えない歴史を感じさせるのだ。

そして鹿と麦の見事な意匠が施された重厚な扉が私達を出迎える。


トールを出迎えた店主が私達を個室に案内しながら、店の歴史と扉の意匠について説明した。


この店は、五百年程前から貴族や親衛隊の御用達として、代々セントラルで料理を提供しており、時代と共に出す料理なども変化していったが、創始者が家訓として言い残したことがあるそうだ。


古代セントラルの最高の料理は、麦の炒め物と鹿の焼き物であり、料理は様々な歴史を経て変わっていくが、その起源を忘れないといった矜持を持たなければならない。


彼は自分の後を継ぐ者がそれを忘れないようにと、当時最高の職人に頼んで鹿と麦の意匠を施したとされている。


カインが微笑を浮かべながら店主に話しかける。

「それならば、今でも店には麦と鹿の焼き物を出してくれるということかな?」


「もちろんでございます。当店に初めて来られたお客様の大半はそれを注文されますね。」


「ではそれを頼みたいところですね。他のものはトール殿にお願いしましょう。」


トールは笑顔で頷くと、慣れた調子で店主に料理を注文した。


店主は私達を見ながら、静かな個室に案内した。



個室に入ると壁一面に見事な刺繍の入った厚い布がかけられていて、テーブルの上の燭台の蝋燭が私達を出迎えた。


少し薄暗い部屋だが、部屋に置かれている磁器などの調度品は、その薄暗さに品を持たせている。

私達が席に座ると、トールがテーブルの真上から、ぶら下がっている紐を引いた。


程なくして、店主が葡萄酒が入った容器を持ってきて、私達の前にある杯に注いでいく。

皆で乾杯をした後、私は酒を口にした。


ブドウの酸味が舌を楽しませる中、呼気にあてられた酒が花開くように香っていく。

少し渋みがあった酒は、喉を通るころには芳醇な甘みとなり、優しく抱擁するように喉の渇きを癒していった。


店主が下がった後、私はトールに問いかける。

「ここは密談などをするための部屋ではないかな?」


「よくわかりましたね……貴族等が密談に使う部屋なのです。」


「まあ、防音のために部屋の周囲に布を張っていて、しかも周囲に人を寄せ付けないようにしていましたからね。」


トールが満足げな顔で私を見て頭を下げた。

「流石はヘカテイアの陰謀を看破したお方です。」


そして、真面目な顔で問いかけた。

「王に話したことは建前でございましょう? ここでは腹を割って話すことができるはずです。」



私は、トールに自分が超越者であることを明かし、自分の人生について語った。


前の世界での天下統一までの生き様、全てを捨てて隠遁生活をしたこと。

さらに、王命を受けた実の父親に攻められて、自害しようとしたことを。


そして、勝手な気持ちかもしれないが……親友(マグニ)には父親であるトールと共に幸せに生きて欲しいと願う気持ちを正直に伝えた。



トールは複雑な顔をしていたが深く頭を下げて、私の気持ちに感謝した。

「ガイ殿……いえ、ガイ様と呼ばせて下さい。私とマグニの為にそこまで考えてくださったこと、深く感謝致します。私の生涯をかけて、あなたに忠誠を誓わせて頂きます。」


私は穏やかな笑みを浮かべながら、テーブルの上に置かれた葡萄酒の容器を取ってトールの盃に注いだ。

「昔は、新しい部下ができたときは、こうやって酒を注いで共にそれを楽しんだものさ。」


トールが嬉しそうな顔をして、葡萄酒の容器を私から受け取り、私の盃に注ぎ返した。

「それでは、ガイ様にも飲んで頂かなければいけませぬな。」


私とトールが笑顔で乾杯してぶどう酒を飲むのを、桔梗とカインは微笑まし気な眼で見ている。

カインが私達に声をかけた。

「それでは、そろそろ料理を頂きたいのだが、店の人を呼んでも良いかな?」


私達は話に夢中で、お腹が減っていることに今更ながら気が付いた。

トールは『これは失礼しました』とカインに頭を下げながら紐を引っ張る。


店主自らが運んできた麦と鹿の焼き物は、香ばしい匂いと共に、私達のお腹と心を満たしていくのだった。



 *



自室に戻ったバルデルを妻が優しく迎えた。

「バルデル様、お疲れ様でございました。体調を崩されたということなので、侍女に白湯を入れさせておきました。」


彼は苛立たしげに彼女を一瞥した。

「大事ない……デボラ、お前は気を回しすぎる。俺が必要だと言ったことをすれば良いのだ。」


デボラは綺麗に結い上げた長い亜麻色の髪を輝かせながら、切れ長の青い目で彼に笑いかけた。

「最近ご無理をしすぎではございませぬか? お顔の色が優れないように見えまする。」


バルデルは少し思案した後に、デボラに告げる。

「そういえば、お前の兄は元気にしているか?」


彼女も少し思案して、彼の問いにに答えた。

「そうですね……文を出そうと思いますので、良かったら貴方の書簡もその中に入れようと思います。」


バルデルはようやく機嫌を直して、デボラの手を取ってキスをする。

「お前は俺の考えていることを本当によく解っている……」


彼女は、キスをされながらも考えていた。


――恐らくこのままでは、私達の命は風前の灯火なのだろうと……


 *


ウエスタンの領主クロードは、(デボラ)からの手紙を見て驚愕した。


なんと、バルデルが失脚してホッドが後継者候補になるというのだ。

さらに、このままでは二人とも死ぬ運命を遂げることになることも……


クロードは悲痛な表情で呟いた。

「どう考えても、バルデル様の方が才気に溢れていただろうに。」


そして、王都でバルデルと学友として付き合っていた時のことを思い出す。



――彼は少し粗忽なところはあったが、真っ直ぐで良い男だった。


そして、王の後継者となるべく常に努力していたのだ。

だからこそ、彼が妹を妻に迎えたいと言ったときは、我がことのように嬉しかったものだ。


だがバルデルは北の国との戦争で不覚を取り、それが原因で性格が歪んでしまった。


さらに、最近は王の理力に取りつかれてしまったようで、彼にへつらう貴族どもに勧められるがままに、愚かな振る舞いもしていたらしい。



クロードはしばし悩んだ後、一通の書簡を書いた。

そして家臣を呼び、何としてもそれを妹に渡すように命じたのだった。


ふと屋敷から窓の外を見ると、街の外の超越者メイガスが空けたとされる大穴が目に入った。


どこまでも深いとされるその穴は、これから始まる動乱を示すように、何物をも飲み込みそうな恐ろしさを感じさせた。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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