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不穏の先触れ

私達を乗せた馬車は王都(セントラル)付近に到達した。


セントラルは巨大のな城壁で囲まれており、その近くにも農民達の家が建っている。

サウスとは異なり、家々の屋根が青や赤と色鮮やかで、その近くにある風車からは麦を引く香りが風に乗って飛んできた。


さらに近づくと、門が見えてくる。

城壁の周辺には堀があり、水が満たされていて太陽の光を反射する。

城壁はその光に照らされて輝いていた。


馬車の高さの五倍はありそうな見事な大楼門は、歴史を感じさせながらも全く風化しておらず、今も変わらずに王都を守り続けている。


桔梗が楼門の見事さに目を見張り、私の袖を引っ張った。

「凱さま、さすが王都なだけあって、巨大で堅牢そうな門ですね。」


「そうだな、空に対する防御が弱いかもしれないな……そこを飛び越えた後の防衛が問題かもしれぬ。」


フレイがそんな私達のやり取りを見て、笑み浮かべた。

「フフ……お前達はセントラルの門を見てそういう感想になるわけか。古今の歴史の中でも、セントラルに空から潜入などと考えた者はいなかっただろうさ。」


アケロスが笑いながら私と桔梗の肩を叩いた。

「ガイとキキョウなら、その気になればセントラルだって陥落させられるだろうさ。」


カインが苦笑しながら首を振って、懐から胃薬を出した。

「確かに可能だろうけど、それは勘弁してほしいもんだね。僕の胃薬の備蓄がなくなってしまうよ。」


私達の大きな笑い声を響かせながら、馬車が城門前に到着した。



衛兵が駆け寄ってきて身分の証明を求める。

フレイが御者に身分証明の書状を渡すと、衛兵が馬車に向かって深く一礼をした。


彼女が馬車の窓から会釈をすると、彼はすぐに門の脇の扉へ入っていく。

しばらくした後、馬車の高さの二倍はあろうかという門が内側から開かれた。



門の向こうにはトールがいて、旗を持った兵士と共に私達を出迎えた。


フレイが馬車の窓を開けてトールに話しかける。

「トール自ら歓迎とは珍しいじゃないか。王はそんなに私達のことを気にかけているのか?」


トールは穏やかに笑って私達に深く一礼をする。

「サウスでの目覚ましい功績を立てた方々を、気にかけぬ者などおりませぬよ。」


そして、カインに向かって感謝を述べる。

「不肖の息子を導いて下さってありがとうございます。マグ二は本当に幸せ者です。」


カインが微笑しながらトールに話しかける。

「マグニはよく学び、そして領主の本質についてしっかりと考えながら成長しています。一重に貴方の育て方が良かったからだと、私は思っています。」


トールは嬉しそう顔をした後、兵士達に指示を出す。

私達の馬車は彼らの護衛をうけながら、王宮に向かい始めた。



セントラルの入り口近くの家は、住宅が多いようで、子供達が家の窓から私達に手を振っている。

井戸から水を汲んで戻った娘達が、家の扉を開けて食事の用意をしているようだ。

ほのかにそこから美味しそうな香りが漂ってきた。


私は道行く人の姿を見ながらフレイに話しかける。

「見事な刺繍をした服を着たものが多いのだな。」


「そうだな、セントラルでは上質な素材を丁寧に仕上げる職人が多くてな。ああいったものが好まれるのだよ。貴族達は藍色の染め物に金の刺繍を施し、それに合わせたミスリルの装飾品をつけるのを好んでいるようだな。」


「街の人々は、深緑や葡萄酒色の服も多いみたいだな。」


「普通の人々にはミスリルはあまり出回ってはいないが、やはりあれに憧れる者が多くてな。刺繍に白銀色を使いたがるのさ。」



馬車から除く風景が少し変わり、質の良い布や美しい宝石などを扱う店が増えてきた。

窓から店の中が見えるが、質の良い木材を使った人形にドレスや装飾品を身につけさせており、実際に身に着けた時の印象を感じやすくする工夫が素晴らしい。


アケロスが馬車から店の様子を興味深げに見ている。


フレイが笑いながらアケロスに話しかけた。

「どうだね、セントラルの工芸街はなかなかのものだろう?」


アケロスが笑顔で深く頷いて人形を指さす。

「そうだな。あの人形の発想はなかなか素晴らしい。サウスは調度品や工芸品が主だった産業だから、あまり必要を感じないかもしれないが、俺みたいに武具を作る人間には参考になるだろうさ。」


フレイが苦笑しながらカインに言った。

「古来の言葉に花を見るより美酒を楽しむという言葉があったが、アケロスの場合は装飾品よりも技術や発想のほうに目が行くらしい。」


カインが穏やかに笑いながらアケロスを見る。

「でもね、彼はクラリスさんへの土産となると話が別で、すべての店を回って一番よさそうなものを選ぶだろうね。」


アケロスがカインの肩を叩いて悪戯っぽく笑った。

「もちろんそのお代はお前持ちで良いよな? なんたって俺がわざわざこんな所まで付いてきてやったんだからな?」


カインが冷や汗を流す中、アケロスが懐からミスリル製の見事な意匠の施された腕輪を取り出す。

「……と言ったら、また胃薬が増えそうなんでな、王様にこれでもやってくれ。多少のお守り代わりだとでも言ってな。」


フレイがそれを見て驚愕した。

「これは……まさか、理力の腕輪なのか!」


アケロスは静かに首を振る。

「そんな大層なものじゃねえよ。こいつは身に着けた者の、本来の風格ってものを発現するだけさ。」


カインはアケロスの肩を優しく叩き返して腕輪を受け取った。

「君は僕が恐ろしくなるくらいに物事をまっすぐに解決しようとしている。だが、いつもそのおかげで救われているよ。」


いつの間にか馬車が王宮に到着したようで、私達は馬車から降りた。


トールとフレイが話をする中、私は宮殿のあまりの荘厳さに見とれていた。

屋根は目の覚めるような青色で彩られ、純白の壁には藍色に金の刺繍がされた布が垂れ下がっている。

よく手入れされた庭は、極彩色の花々で彩られている。


しばらくすると、宮殿の奥から使いの者が現れて、私達は彼の案内に従って大広間に入った。


 *


大広間に入ると、貴族達が私達の方を興味深げに観察してきた。


玉座には力強く錫杖を握った初老の王が座っていた。

銀色に輝く髪を後ろに束ね、琥珀のような眼は穏やかだが強い意志を感じさせる。

まるで、積み重ねた経験の深さを示しているように。


王のすぐ右側に鎮座しているのは第一王子のようだ。

彼は背が高く、服の上からでもわかるほどよく鍛えられた体をしていた。

金髪の髪をきれいに借り上げた彼の顔は、為政者というよりは武人に近い感じで、自信満ち溢れた顔で周囲を見渡している。


そして左側には第二王子らしき男が鎮座していた。

第一王子より若干背が低い彼は、知的な雰囲気がする一方で、少し線が細さを感じさせる風体だ。

少し癖のある金髪を首まで伸ばしており、蛇のような目で神経質に周囲を窺っているようだ。


カインとフレイが王の御前に進み出た為、私と桔梗、そしてアケロスも彼らの後に続こうとした。

だが、第一王子が高圧的な態度で私達を睨み付けて言い放つ。

「功を立てたとはいえ、領主の家臣風情が王に近寄りすぎだ。そこで傅くがよい。」


私達がその場で王へ傅くと、彼は第一王子を窘めた。

「バルデル、そのような遠いところで傅かれては、彼らの顔すら見えぬではないか……息子が無礼な振る舞いをした。もっと近くに来るがよい。」


王の近くに進み出ると、第二王子がバルデルに何か呟いたようだ。


バルデルが怒りで顔を赤く染めかけた時、王が第二皇子を叱りつけた。

「やめぬか、ホッド! バルデルの揚げ足を取るのは止めろと、何度言えばわかるのだ……カイン公とその家臣達はサウス復興で多忙の中、王命に従って推参してくれたのだ。お前達は、彼らに対して失礼だとは思わぬのか。」


私達は改めてカインとフレイと共に王に傅いた。


王は私と桔梗を興味深げに見ながら、カインに語りかける。

「カイン公、此度のサウスの統治は見事であった。また、そなたの家臣達によりヘカテイアの内乱を無事終息に導いたこと……古の超越者のごとき才覚であるな。」


カインは穏やかな声で王へ返礼する。

「ユミル王、私のような菲才の身にそのような言葉をかけて頂き、身に余る光栄でございます。本件につきましては、私一人では成し得ることは出来なかったでしょう。優秀な息子達や有能な家臣の助け合ってこそ成しえた物だと思っております。」


ユミルが満足げに頷くと、私と桔梗に声をかけた。

「ガイと、キキョウと申すのはそなたらだな? ヘカテイアの王より親書を受け取ったが、そなたらはカマル王とアイシャ王妃に多大な貢献をしたそうだな?」


私と桔梗が深く頷くと、ユミルは王子や貴族達に聞こえるように大きな声で告げる。

「皆の者、聞くが良い……ここにいるキキョウは毒を盛られたアイシャ王女を死の淵から救い出し、危険を顧みずにカマル王とアイシャ王妃をへカテイアまで護衛して、反乱鎮圧に貢献したのだ。」


貴族達と王子達が一斉に桔梗に注目した。


さらにユミルは私についても語りだした。

「そして、そこにいるガイは、ヘカテイアの陰謀をすべて看破しただけでなく、カマル王やアルド殿へ献策して五千ものヘカテイアの兵の殆どを寝返らせた。その結果ヘカテイアだけでなく、サウスの危機を救ってくれたのだ。」


バルデルが信じられない物を見る目で私を見ながら呟く。

「馬鹿な、そんなことが人間に可能なわけがない……」


ユミルはそんな彼を見て静かに首を振りながら、宣言した。

「親書には、へカテイアでは彼らが再び彼の地を踏んだ時、国賓扱いとして遇すると書かれていた。アルテミスとしても、サウスの危機を救った彼らに望むままの褒美を与えたいと考える。」


貴族達は、王に傅きながらも私が何を望むのかに興味を示しているようだ。


私は少し思案した……そして、あることが頭に浮かび、横目で桔梗を見る。

彼女は私が何を望むのかがわかったようで、嬉しそうに目配せをした。


私は静かだが強い意志を込めた声で、ユミルに願い出た。

「分不相応な願いだとは思いますが、どうしても叶えて欲しいことがあります。」


ユミルは鷹揚に頷いて続きを言うように促した。


私は一呼吸置いた後に、トールの方を向いた。

「サウスにトール将軍を与力として頂きたく存じます。」


周囲の貴族達が騒めいた。

「なんという非常識なことを!」

「トール将軍に対してあまりにも無慈悲な……」

「小賢しいことを考える……分別がつかぬ小童が。」


だが、ユミルは穏やかな顔になり、私に優しげな声で問いかける。

「そなたは何故トールをサウスに欲するのか? 返答次第ではトールにサウスに行くかどうかの意思を聞いてやろう。」


私は顔を上げ、ユミルの目を見つめながら答えた。

「サウスは現在急激に発展しており、近海の海賊はすべて私共の配下に加わりました。ですが、既存の兵においては、イースタンへの陰謀に対する粛清により、指揮官がすべて退任しております。そのため、領主代理のマグ二様が直接指揮を執っており、その他に指揮ができる者が居ないのです。」


ユミルが深く頷きながら、トールに問いかける。

「だが、それではトールが息子の配下になるぞ……トール、お前はそれで良いのか?」


彼は、難しい顔をして深く思案した後に答えた。

「私は息子の部下にはなれませぬ。私情を挟んでしまうかもしれないので……」


ユミルは私に首を振って願いを却下しようとしたが、トールがその後の言葉を続けた。

「ですが、もし私が望む者に仕えてもよいのであれば、サウスに行きたいと考えております。」


ユミルがカインを見たが、トールは全く違う人物を見ている……


トールは私のほうを見て深く頭を下げた。

「私をガイ様の配下として下さるのなら、残りの生涯をサウスに捧げましょう。」


バルデルがトールを一喝する。

「馬鹿なことを言うな! 父上を守る騎士が、領主の家臣の部下になりたいだと? 冗談も大概にするがよい。」


ユミルはバルデルを無視して私に問いかけた。

「ガイよ……トールはそう申して居るが、お主の意思はどうなのだ?」


私は静かな声で答え。

「高名なるトール将軍にそこまで言われて、心動かされぬ者はいないでしょう。私は彼を手厚く遇し、共にサウスの剣と盾となるべく精進し続けます。」


ユミルは満足げに頷き、トールに命じた。

「これよりトールはセントラルの騎士長の任を解く……あとは好きな者に使えるがよい。」


トールはユミルに深く頷き、王の寛大さに感謝を示した。



願いを聞いたユミルが、私達を下がらせようとした時、フレイが彼に進言した。

「実はアケロス殿が王に贈りたいものがあると申されて、カイン公にそれを預けております。」


ユミルは興味深そうに聞くと、カインにそれを渡すように命じる。

カインが懐から、見事な意匠の施されたミスリルの腕輪を取り出した。

そしてそれを王に献上しようと、一歩前に進み出た。


その瞬間、王の錫杖が眩い光を発して、ユミルの手から滑り落ちた。

錫杖が、カインのもとに転がろうとする……

それを見たアケロスがおもむろに立ち上がり、カインを自分のもとへ引き寄せて叫んだ。

「カイン、絶対にそれに触るんじゃねえ!」


バルデルがアケロス達を突き飛ばして叫ぶ。

「無礼者めが! 王に対する不敬は許さぬぞ。」


彼は貴族達を見回しながら、転がっている錫杖に手を伸ばそうとした瞬間……錫杖が激しく光った。そして、激しく拒絶するように彼を凄まじい勢いで吹き飛ばした。


バルデルに突き飛ばされた衝撃で、カインの手から腕輪が転がり落ちて、ユミルの足元へ転がっていく。

王は素早くそれを身に着けて理力を発すると、錫杖の光が収まって静かになった。


ユミルは腕輪をまじまじと見ながら、アケロスに感謝する。

「確かにこれはとても良い腕輪のようだ。素晴らしい逸品を献上してくれて感謝するぞ。」


そして、吹き飛ばされて気絶したバルデルのことを悲しそうな目で見た。


貴族達は呆然としていたが、気づいてしまった。


―バルデルは王の錫杖に拒まれたのだということを……


ホッドが、バルデルを見てほくそ笑む中……バルデルを支持していたはずの貴族達は、もはや彼に一顧もせずに王に傅き続けている。



その光景を見た私は、アルテミスに巣くう病魔の根深さを感じずにはいられなかった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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