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ウエスタンの歴史と超越者の誕生

私達を乗せた大型の馬車は、よく整備された道をセントラルへ向かって進んでいく。


イースタンからサウスへの街道とは全く異なる乗り心地に、私はフレイに問いかけた。

「イースタンとサウスの街道に比べて、ここは随分と整備されているんですね。」


「サウスは交易の要所だからな。セントラルや西の領地(ウエスタン)との道は優先的に整備されるのさ。」


「ウエスタンですか……どのようなところなのですか?」


フレイが悪戯っぽい笑みを浮かべてアケロスを見る。

「アルテミス一の技術都市として有名だな。イースタンの至宝が現れるまでは、あそこで作られた武器が一流のものとして有名だったさ。」


アケロスは苦虫を噛み潰したような顔になった。


彼はウエスタンの職人を思い浮かべてフレイに告げる。

「俺とあいつらはそもそもの考え方が違うのさ。俺は本質が何かを重視して考える。だが、あいつらは頭で考えて物を作る……つまり、先入観がかなり強いのさ。」


フレイが苦笑しながら、以前マグニが言っていたことを思い出してアケロスに伝える。



――剣が届いた時、俺は感じた。こいつは俺に会うためにここまで来てくれたんだと。


――そもそもそいつらが打った剣は、()()()()()()では最高傑作だろうが、()()()()最高傑作ではない。



アケロスがとても嬉しそうな顔でマグニを褒め始める。

「ほう……マグニはなかなか本質がわかっているようだな。カイン、お前の婿は大した奴じゃないか。」


カインが苦笑した後、フレイを見て静かに言った。

「フレイ、ウエスタンの歴史をガイ君とキキョウ君に教えてくれないかな。」


フレイがアケロスを見て少し悩んだ後に、私達へウエスタンの歴史を説明し始めた。



 *


―今から五百年ほど前に遡る。


ウエスタンは今でこそアルテミス隋一の技術都市だが、その頃は宗教都市として有名だったらしい。

昔はアルテミスにも宗教があり、国の至る所に教会があったそうだ。


今は無きウエスタン大聖堂……そこには民達に神の教えを伝える教皇が居て、王と並ぶ程の強大な権力を有していた。

街は高位の神官が統治し、セントラルを上回るほどの栄華を誇ったそうだ。



―だが、その栄華はたった一人の者によって砕かれた。


どこからともなく現れたジャンヌと呼ばれる乙女が、その全てを焼き払ったのだ。

彼女は大きな十字型をした銀色の金属板を背負い、その身に炎を纏いながら国中の教会を襲った。


ジャンヌに対峙した神官達は悉く逃げようとする。

だが、彼女が透き通るような美しい歌声を聴くと、彼らは恍惚の表情を浮かべながら力なく吸い寄せられてしまうのだ。

そして、彼女の白く美しい手に抱きかかえられて、骨も残さずに焼き尽くされた。


アルテミスの民達は、あまりの恐ろしさにジャンヌへ平伏した。

彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、神というものを信じて全てを捧げた者の末路と、その苦しみを説いていった。

そして、教会にたんまりと集められていたお布施を民に還して行った。


アルテミス中の民が神を信じなくなり始めた頃、ジャンヌはウエスタン大聖堂を徹底的に焼き払った。

神官達は教皇に神へ助けを求めるように懇願した。

教皇はあまりのことに、神官達を置いてセントラルに逃亡しようとしたが、ジャンヌがそれを見逃すはずもなく、教皇の足を焼き払って逃げられないようにした。


そして彼を引きずって、ウエスタンの広場に連れていった……


広場の民達が怯えながらジャンヌを見る中、彼女は民達の前で語りだした。


「私は神の使者として、ずっと人生を神に捧げてきたつもりでした。ですが、それは偽りでした……私が信じていた神は、権力を持つ者達の道具でしかなかったのです。神の名の下に聖女として戦った私は、世が平和になった後、用済みとばかりに魔女とされて、火炙りの刑に処せられました。」


教皇が『この女は気が狂っている。私を助けてくれ!』と必至で民達に助けを求める中、彼女が彼に問いかけた。



―貴方はなぜ神ではなく民へ助けを求めるのですか?



教皇が目を見開く中、ウエスタンの民達が訝しげな眼で教皇を見始めた。


ジャンヌは教皇を可哀想なものを見る目で一瞥した後、透き通るような声音で悲しげな歌を歌い始めた。

教皇が直感でその歌の意味を知り、必至で首を振りながら彼女から逃れようとする。

恐怖で怯える教皇に彼女は歌で伝える。


『神の子らよ、審判の時が来た。善き者は神の御許へ、悪しき者は永遠の責苦を味わうだろう。』


ジャンヌが優しく教皇を抱きしめようとするが、教皇はみっともなく泣き叫び、近くにいる民へ助けを求めて手を伸ばす。


だがその民は、教皇の手を振り払って叫んだ。

「私の娘が病気になった時、神官様は散々協会に寄付させた上に、神に祈ってやると言ってくれた。だが……娘は良くなることはなく、苦しみながら死んでいった。本当に神への祈りで奇跡が起こるなら、今それを示すべきだ!」


周りの民達もそれに賛同して、教皇をジャンヌのほうへ突き飛ばした。


ジャンヌは穏やかな笑みを浮かべながら教皇の手を取り……そして、彼は骨すら残さずに消え去った。



彼女は教皇が消え去った後、涙を流しながら美しい声で民達のために歌った。


民達は彼女の歌の優しさと慈悲深さに心を打たれて、みな涙を流すのだった。



ジャンヌは歌い終わると、民達にこう告げたと伝えらえる。


―神ではなく自らの生き方を信じなさい。


神に生かされるのではなく、自らで生き方を決めるのです。

心に種をまき、それが麦穂のように育った時、子供らにその種を分け与えるのです。

そして人はいつか土に還ります、その時に後悔がないように生きて下さい。



民達が涙を流しながら平伏す中、彼女は穏やかな笑みを浮かべて右手を天にかざした。

その瞬間、彼女の体は金色の炎に包まれ……

皆の前から消えていた。



民達の中では英雄となったジャンヌだったが、王や貴族達は彼女の行いを危険視した。

その為、民達にジャンヌの善行ではなく、教会を焼き払ったことを強調して伝聞させるよう、何十年もかけて情報を歪めていった。


そして、ジャンヌが教会という教会を焼き払ったという事実のみが、伝承として語り継がれていった。


だが、ウエスタンの民達はジャンヌのことを最後まで忘れることが出来なかった。

そして、街の広場にはジャンヌを模した石像が残されていて、そこにはこう書かれているらしい。


―再び民が神に惑ったとき、ジャンヌが現れて全てを焼き払う。



 *


フレイが私達をみて、静かに言った。

「ジャンヌがしたことの是非はともかく、民達に対しては慈悲深かったらしい。それ以降、アルテミスでは教皇や神官の制度がなくなったと言われている。」


私はフレイに問いかける。

「その後、ウエスタンはどうなったんですか?」


フレイは物憂げな顔をして私と桔梗を見て答える。

「それから、二百年後に半分消し飛んだのさ……超越者の力でな。」


アケロスと私は顔を見合わせて驚く。


フレイは、ウエスタンの歴史についてさらに語り始めた。


 *


ジャンヌが消え去ってから二百年後、ウエスタンの人々はジャンヌの言葉をよく守り、常に向上心を持って物事に取り組んでいた。


元々錫杖や儀礼用の剣などを鍛造していたこともあってか、鍛造技術に関してはアルテミス随一と呼ばれるようになり、人々は自分達の技術に誇りを持っている。



そんなウエスタンに、妙な青年が迷い込んできた。

その青年はとても目立った。

老人のような白髪だが、顔は非常に若々しい。

変わったシャツの中から覗く肌は、病的にまでに青白かった。


メイガスと名乗った彼は、ウエスタンの領主と何らかの密約を交わしたようだ。

領主は彼を名士として登用して、郊外に屋敷を建てて住まわせた。



メイガスは様々な理論を確立して、彼の屋敷周りに不思議な道具を作ってそれを実現していく。


屋敷から伸びた鉄線につながった柱から光が灯り、夜でも日の光のように輝いた。

そして、彼の屋敷の外にある法螺貝のような金属からは、屋敷の中にいるはずの彼の声が聞こえてくるのだ。


人々は、それを見て彼を稀代の賢者として崇めた。

それを聞きつけた職人達がこぞってメイガスに師事を求める。

だが、彼の書いている文字や理論があまりに奇怪だったため、誰もそれを理解できないのだ。

結局、不思議な道具はウエスタンに普及することは無かった。



だが、メイガスはさらに凄いことを実現したのだ。

彼はジャンヌの伝承を耳にして、彼女が自分の経験したことを何らかの力で発現しているのではないかと、推論を立てた。

その力を理力と名付けて、発現の方法を昼夜をかけて探し続けた。


そして、メイガスはついに理力の発現に成功する。

メイガスは自分を崇拝する人々へ、彼の屋敷周りに引っ越す代わりに銀色の腕輪を渡し、理力の発言の方法を伝授した。

理力を発現した職人は、その力の凄さに打ち震えて、ウエスタンの仲間へその素晴らしさを喧伝した。


メイガスの屋敷周りは第二の都市となり、ウエスタンの職人も理力を求めて、次々と彼の都市へと引っ越していく。


ウエスタンの領主はここに来てメイガスの危険性に気付いたが、理力を欲する人の流れは止められない。


結局、ウエスタンの街には領主の一族とプライドが高くて昔気質の職人、そして理力を発現出来なかった者達だけが残った。



それから数か月後、ウエスタンの領主にメイガスから書簡が届いた。

これから元の世界に戻るので、最後の別れがしたいと。


領主は嫌な予感がしたので、息子達を置いて自分だけで行くと言ったが、腹心の家臣がどうしても付いていくと聞かなかったので、彼だけは連れていく事にした。



領主がメイガスの屋敷の付近に行くと、彼の法螺貝から声が聞こえてきた。


領主はその声に耳を傾けると、ウエスタンへの今までの感謝と、メイガスの驚くべき秘密が語られる。


彼は他の世界からこの世界に来て渡たのだが、自分があまりにも優秀すぎたために、前の世界から疎まれていた。

そして、これからその世界に戻って彼らを見返しにこうとしている。

ここに住む者達は皆、私についてきて力を貸してくれると言ってくれた。

これより我らは旅立つ……領主よ、死にたくなければここよりすぐに離れるのだ。



領主は慌ててメイガスを引き留めるが、彼はその言葉を聞かなかった。

そして彼の屋敷とその周辺の家々が青白く光りだす。


家臣が慌てて領主を馬に乗せ、全速力でその場を離れる。


しばらくした後、ウエスタン周辺で大規模な地震が発生した。

そして、メイガスの都市があったはずの場所には、どこまでも深い大穴が開いていたのだった。



無事に屋敷に戻ることができたウエスタンの領主は、アルテミスの王へ理力という概念と、ジャンヌやメイガスのように絶大な力や知識がある者が世界を越えてきて、世界に大きな影響を与えるということを伝えた。


王は過去の伝承を思い出した時に、同様の存在の者がいることに思い当って戦慄する。

そのため、ジャンヌやメイガスのような存在を超越者と名付け、世界に災厄もたらす者とすることにした。


その一方で、理力という存在に興味を持ち、それを発現する方法を家臣達に探させるのだった。


 *


フレイはそこまで話した後、アケロスのほうを見て言った。

「まあ、その後のウエスタンは残った者達が復興していったわけだが、何せプライドが高く頑固な者達と理力を発現できなかったコンプレックスを持った者達が多かったものでな……技術は高いがああいった風土になってしまったのかもしれないな。」


アケロスが首を振りながらジャンヌのことを思う。

「ジャンヌという超越者は、それでも筋が通ったことを言っていた。それをきちんと聞いていれば、そんなことにはならなかっただろうさ。」


そして私と桔梗の頭を撫でながらやさしく言った。

「お前らは大したものさ、もう前の世界には引きずられていないだろう? 俺達と一緒にこの世界で幸せに暮らして行けば良いのさ。」


桔梗がアケロスに抱き着く。

「私達はこの世界で新しい家族を得たんです。だから前の世界に未練なんてないです。」


私も穏やかな顔でカインとフレイの方を見て言った。

「そうだな……私もカインやフレイのような良い友人、そしてアケロス達と幸せに生きていきたいと思っているよ。」


カインとフレイは嬉しそうな顔で私達を見る。


馬車はセントラルに近づいてきたのか、揺れが収まってきた。

私達の心も同じように穏やかになって行き、馬車の中は和やかな雰囲気で包まれた。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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