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セントラルへの出立

ヘカテイアの反乱から一か月半ほど経った。


サウスは大きな発展を遂げ、へカテイアとの交易もこれまで以上に盛んになった。

経済だけでなく、領主の息子であり、民から絶大な人気を誇る”海の守り手の英雄”のマグニによって、治安も大幅に改善していて皆が安心した。

人々は皆、カイン公の手腕と彼らの優秀な家臣達、そして商人ギルド長のアツベルトの辣腕ぶりに感謝しているのだった。


 *


私達が燕月亭(我が家)で朝食を食べていると、呼び鈴が鳴った。

今ではすっかりと当たり前になってしまったが、フェンが来たのだろう。


私が門のほうへ歩いていくと、いつものようにグエンと一緒にフェンがいた。


フェンがグエンを睨みながら言い放つ。

「お父さん! 何度も言っているけれど……私、もう子供じゃないんでついて来ないでよ。」


グエンが鷹のような目で辺りを見回しながらフェンに言った。

「フェン、男はみな獣だ……どこに悪い虫がいるか分からねえ以上、俺はお前を守らなければならねえ。」


そして私に気づくと、満面の笑身を浮かべて手を振った。

「お頭! 今日も良い男ですな。」


私は苦笑しながら門を開ける。

「グエン、私も獣っていうことで良いのかな?」


グエンは激しくかぶりを振りながら答える。

「とんでもねえ、むしろお頭は……いえ、何でもないです。」


私はグエンに目で訴えかける。



――紳士ってことで良いんだよな?



グエンは慌てて何度も頷いた。


フェンが不思議そうな顔で私とグエンを見ていたが、私に会釈をして工房のほうに向かって走っていった。


私はそんなフェンを見ながらグエンに優しく話しかける。

「お前に似て、素直でよい娘だな。」


グエンが笑顔になって答えた。

「そうですね、俺の自慢の娘です。」


そして、何かを思い出して歯ぎしりをした。

「お頭、聞いてくださいよ……この前、ダナンの息子とフェンが市場で愛の実を一緒に飲んでいたのを見たって、でまかせを言う奴がいたんです。俺はおもわず、そいつの胸ぐらをつかんで海に落としそうになっちまいました。」


私は市場でのあの二人の様子を知っていたが、あえて知らずに合わせることにした。

「そ……そうか、お前が娘を大事にしていると知っていながら、酷いことを言う奴がいるんだな。」


グエンが私の肩を何度も叩きながら涙目で語り始める。

「この前、アケロスさんから聞いたんですが……『娘を手元に置きたいなら、家を二世帯にして婿養子にでもしちまえば良いんだ』って言ってましたが、俺もそうしたほうが良いですかね?」


私は後で絶対にクラリスさんに言いつけておこうと心に決めながら、グエンを朝食に誘って家に戻るのだった。


 *


朝食を食べ終わり、私は桔梗とグエンを連れてアケロスの工房に立ち寄ることにした。


工房の扉を開けた瞬間に、顔に熱気が吹き付けてくる。

それは、まるで工房の吐息のように感じられた。

中に入ると熱気で満ち溢れ、その中でアケロスとフェンがミスリルの金槌を持って、金床の上にある鉱石を叩いていた。


アケロスがフェンに優しく教示している。

「金槌を通じて鉱石に語り掛けるんだ。そして作りたいものを具体的にイメージするんだぞ。」


フェンが何かを思いながら、金槌で鉱石をたたいた瞬間、鉱石が眩い光を発した。

そして、鉱石から零れ落ちるようにミスリルの細かい結晶が金床に残った。


アケロスが目を見張りながらフェンを褒めちぎる。

「大したもんじゃねえか、こんなに早く習得し始めるとは大したもんだな。しかし……サーベルが作りたいとはな、グエンにでも作ってやるのか?」


グエンがとても嬉しそうな顔をして二人を見ている。


だが、フェンはかぶりを振った後、恋する乙女の笑顔になった。

()()()、お父さんみたいな立派な海賊になってもらいたいんです。それに彼への贈り物に私の初めての鍛造品って、素敵だと思いませんか?」


それを聞いたグエンが膝から崩れ落ちて大泣きした。

私と桔梗は、哀れな彼の背中を優しく摩ってやることにしたのだった。


 *


立ち直れないグエンをその場に残し、私と桔梗は市場へと足を運んだ。


市場は大賑わいで人で溢れている。

以前も活気があったような気がしたが、今はそれ以上に人々が行き交い、皆が笑顔になっている。


私と桔梗は愛の実の店をしっかり回避したところ、その先に美味しそうな串物を焼く屋台を見つけた。

肉や魚を焼く香ばしい匂いが鼻をくすぐり、私達の食欲を刺激する。

食の誘惑に負け、私と桔梗はそれぞれ別のものを頼んでみることにした。


私の串は羊の肉に胡椒を振りかけたものだ。

一口それを頬張ると、熱い肉汁が口の中に染み出して旨みが口中に広がっていく……

若干の獣臭さは感じるが、逆にそれが肉の旨味をよく引き出しているのだ。


一方、桔梗は魚を焼いた串を頼んだようで、美味しそうにそれを頬張っている。


商人や街の民達が私と桔梗に気づいたのか、ぞろぞろと集まって冷やかしてくる。


「ガイの旦那、そういう時は彼女の串と交換して味を共有するもんでしょう?」

「キキョウの姐さん、ガイの旦那に口を開けさせて食べさせたほうが良いですぜ。」

「あの二人はじれったくて見てられねえや。」


私は真っ赤になりながら桔梗に自分の串を渡そうか悩んでいると、彼女が私に口を開けるように目で訴えた。


私がおずおずと口を開けると、彼女がそろそろと串を私の口に近づける。

だが、私がそれを食べようとした瞬間に、桔梗は恥ずかしさで目をつぶってしまい、私の口を貫通する勢いで串を突き出された。


思わず私はのけ反ってその一撃をぎりぎりで躱して、桔梗を窘める。

「さすがに今のは危なかったぞ……魚の骨ではなく、串が喉に刺さるところであった。」


商人達がそんな私達を見て大笑いしていると、ひと際大きな歓声が聞こえ始める。


思わず私達がそちらを向くと、マグニが苦笑しながら近づいてきた。

「お熱いお二人さん、義父が呼んでいるので一緒に来てはもらえないかな?」


私と桔梗は顔を真っ赤にしながらも、マグニ一緒に領主の館へ向かうのだった。


 *


私達が領主の館の応接室に入ると、カインとフレイそしてアルベルトとアケロスが座って待っていた。


カインが難しい顔をしていたので、私は彼に問いかけた。

「カイン、何かあったのかな?」


カインが溜息をつきながらフレイのほうを見て話す。

「フレイが送った使者が、ガイ君のことを王にしっかりと報告してしまったみたいでね、さらにアルド様がガイ君と桔梗君のヘカテイアに関する貢献を伝えたせいで、すっかり王様が君達に興味を持ってしまったというわけさ。」


フレイが申し訳なさそうな顔で私達に謝罪する。

「私が送った使者が第一王子(バルデル)の挑発に乗ってしまい、余計なことを喋ったようでな……本当に申し訳ない。」


私は静かにかぶりを振った。

「どのみちカインが言っていた通りに、アルド様が私達のことを王に伝えた時点でこうなっていたと思います。」


アケロスが何かを考えて真剣な顔になった。

そして、カインとフレイに問いかける。

「念の為、俺もガイとキキョウについて行っていいか?」


カインは驚いた顔でアケロスに確認した。

「僕としては嬉しいけれど、クラリスさんを置いて行っても大丈夫なのかい?」


アケロスは悩んだが、決意を込めて言った。

「ああ……今回ばかしはかなりやばい気がするんだよ。それな、フレイが言っていたが、馬鹿な王様がミスリルの錫杖作っちまったとなれば、俺も行ったほうが良いのかもしれないぜ。」


フレイが苦笑しながらアケロスを窘める。

「他に人がいないから聞かなかったことにするが……セントラルで不敬な事は言うなよ。さすがに私も庇いきれないからな。」


私は少し考えながら、アケロスに確認した。

「アケロスは、王様に錫杖を作らなかったようだな。」


アケロスは当然だという顔で胸を張る。

「当たり前のことを言っちゃいけねえよ、俺は王からの使者が来た時に、あんな物を作ったら国が滅ぶからやめておけと言ったんだけどな。」


マグニが不思議そうな顔でアケロスに聞く。

「王の理力が発現すれば、皆がその威光に平伏するから、より国は発展するんじゃないですか?」


アケロスはかぶりを振った。

「初めのうちはうまくいくだろうさ……だがな、余りに強い力は逆に人を惹き付けすぎる。家臣や貴族たちは王ではなく、王の理力にひれ伏すようになるのさ。」


マグニがさらに混乱したので、アケロスが私のほうを見て続きを言うように促す。


私はどう話したものかと思案し、マグニに優しく話しかけた。

「マグニ、君はロングソードの名手で理力も強く発現しているが、もし君の子供がロングソードで理力を発現出来なかったとしても、きっとその子にあった道を与えてやれると思う。」


マグニは確かにそうだと頷いた。


私は彼に問いかける。

「そうだな…あくまで仮定の話だが、王子たちが全員不甲斐なかったとしたら、マグニが王だとしたらどうする?」


マグニは深く考える……そして、答えた。

「自分が退位した際に、優秀な側近や家臣をつけて、その代は何とかするさ。そしてその次の代に期待するってところ妥当だろうな。」


私は深く頷く、そしてさらに問いかける。

「では、王が絶大な王の理力を発現したとして、その子供達が王の理力を発現できなかった時、家臣達はその子供たちを王と認めてくれるだろうか?」


マグニは目を見開いて固まった。


カインが真面目な顔でマグニに伝える。

「領主なら転封あたりで済むのかもしれないが、王はそうはいかないんだ。そうなったら、誰がこの国を治めるのかで有力者同士の争いが起きる……そして国が大きく割れてしまうのさ。」


アケロスが呆れた顔をしながら吐き捨てるように言った。

「少し考えればそれくらいわかるはずだろうが……誰もそれを止めなかったって言うんだから、度し難いぜ。」


フレイが申し訳なさそうな顔をしながらアケロスに弁明する。

「皆、ミスリルが見せる可能性に惹かれていたのだ。王とて悪気があったわけではなく、より国をよく治めていきたかっただけなのだよ。」


アケロスが王を思いながら複雑な顔でフレイに言う。

「王は恐らく、あんなものがなくてもよく国を治めることが出来たはずなのさ。そして王子が多少不出来だったとしても貴族たちに補佐でもさせて、自分は王位を譲って楽隠居でも決め込めたはずだ。あの年までずっと王をしていなければならないのは、ある意味可哀想だとは思わないか?」


フレイは複雑な顔をしながら、アケロスの言うことに同意した。


カインが二人の息子を見ながら穏やかな声で皆に語り掛ける。

「まあ、そういう訳で、私はアケロスが来てくれることには賛成だ。そしてマグニとアルベルトには私達が留守中の間、サウスをしっかり守ってほしい。二人とも私の期待以上に育ってくれたから、安心してセントラルに行くことができるよ。」


マグニとアルベルトはお互いの顔を見合わせて笑顔になり、カインに向かって頷いた。


フレイはそんな彼らを微笑まし気に眺めながら、アケロスに話しかける。

「色々と思うところはあるかもしれぬが、よろしく頼みたい。」


アケロスは頭をかきながらフレイに言った。

「俺はな、あんたは何も悪くないと思っているし、王も被害者だと思っている。だが、俺の子供達やカインが危険にさらされるのは見ていられねえのさ。」


フレイはそんなアケロスを好まし気に見た後、カインに耳打ちする。

「ああいった長所があるから、お前は多少胃が痛くなっても許してしまうのだな。」


カインはフレイの意見に同意するように、アケロスのほうを見ながら深く頷いた。


アケロスがフレイのほうを見て笑顔で話しかける。

「そういえば、セントラルにはなかなか良い調度品や装飾品の店があるらしいな。クラリスの土産に買ってやりたいから、フレイに良い店を教えてもらわないとな。」


フレイは満足げな顔で頷いた。

「任せてくれ、とても良い店を知っているから教えてやるさ。」


先ほどまでの暗い雰囲気はどこへやら、セントラルで何を土産に買おうかという話で盛り上がり、応接間は束の間ではあったが、平和な雰囲気を取り戻すのだった。


 *


それから三日後、私達は数人の護衛と共にセントラルへ向かうことにした。


グエンとダナンが今生の別れでもないのに、涙を流しながら私と桔梗の手握ってなかなか離さない。

「俺たちお頭がいなかったらどうすればいいか……早く戻ってきてください。」


私は空いているほうの手で彼らの頭を撫でながら命じる。

「万が一ということはないが、しっかりとサウスを守るんだぞ。そして街の人たちには優しくしてくれ。」


二人は大泣きしながら何度も頷き、ようやく私達の手を放してくれた。


マグニが笑顔で近づいてきて、私の肩を叩いた。

「ガイ、気をつけてな。そういえば、親父……いや、トール隊長によろしく伝えておいて欲しい。」


「もちろんだ。昨今のマグニの活躍もしっかりと伝えておくよ。」


「それは照れ臭いからやめてくれ。」


私達は笑いながら握手をして、お互いの肩に手を乗せた。



クラリスさんが私と桔梗、そしてアケロスの分の弁当を持ってきてくれた。

さらにアケロスに抱き着いて、別れを惜しんでいるようだ


アケロスが私と桔梗を見ながらクラリスに真面目な顔で言った。

「クラリス、こいつ等のことはしっかりと面倒見るから、お前も体に気をつけてな。」


「もちろんよ、あなたも気を付けてね。」


「それと、セントラルで土産を買ってきてやるから楽しみにしてるんだぞ。」


クラリスは笑顔で頷き、アケロスにキスをした。

「楽しみにしているわ、いってらっしゃい。」


そして私と桔梗を抱きしめて言った。

「何があっても、貴方達は私達の子供だからね……ちゃんと帰ってくるのよ。」


桔梗がうれしそうな顔でクラリスに答える。

「お母さん、私も何があってもお母さんとお父さんの子供です。だから待っていてくださいね。」



出立の時間が来た為、私達は馬車に乗り込んだ。


馬車がサウスの街から遠ざかっていく。

船とは違った揺れ方をする馬車は、これから起こる事件の前触れを予測させるように、私たちの体を揺さぶるのだった。

いつも本作を読んで下ってありがとうございます。

これにて第三章が完結しました。


かなり難産だった話も多く、何度も書き直しをすることになりましたが、

皆様のおかげで何とか描き切ることができました。


感想やレビューを頂けて嬉しかったです。

あれから少し参考書を読みながら書くようになりました。


また、ブックマークや評価をして下さった方々、ありがとうございます。

更新が苦しかった日も何とか気合で乗り切ることができました。


さて、次章はでございますが、三章までが起承転結の承の部分なので、次はアルテミスを揺るがす事件を書いていくつもりです。


ちょっとリアルが忙しくなってきたので少し更新のスピードは遅くなりますが、

しっかりと完結させますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。


最後になりますが、

感想やレビューを書いてくださる方がいれば、

是非書いていただければ、今後の参考にしたいと思っています。


そして、本作を読んで評価しようと思ってくださった方は、

↓ににある☆を選んでこの作品を評価していただければ嬉しいです。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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