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愚者達の落日

静かな波の音がハシムの心を揺さぶる。


彼は心が乱される中、まだ銘酒の香りの残る舌で乾いた唇をなめた。

舌から唇に移された銘酒の香りが鼻孔へ伝わり、一瞬ではあるが心を癒していく…

思考が落ち着いて行く中、彼は悟ってしまった。


―どうあがこうが、間もなく自分は死ぬことを…


それが分かった瞬間に、彼は憑き物が落ちた顔になった。

そして、周りで傅く兵士達に語り掛ける。

「どうやら私の命運はもう尽きたものと思われる。今まで付き従ってくれた忠実なる者達よ…私の首を差し出せば、まだ間に合うかもしれぬ。他の船のように私の首を土産に降伏をするが良い。」


兵士の一人が立ち上がり、発言をした。

「ハシム様、我らはあのような者達とは違います。自分の意思で貴方様を信じて従軍いたしました。」


違う兵士がまた立ち上がり、発言をする。

「先王は確かに正しい行いをされたかもしれませぬ。ですが、余りにも理想を述べられすぎた。確かに我々はそんな理想と現実の矛盾を解決するために、心付けなどをしたかもしれません…ですが、先代は我らを罰して成果のみを手にされました。」


さらに違う兵士が発言をした。

「先代は我らのそういった苦労を顧みずに、爵位の世襲を廃止なされると仰られた…ハシム様は手段こそ間違われましたが、我々の気持ちを代弁して下さったのです。」


ハシムの周囲の兵士たちが、自分たちの思いを吐き出そうと叫び始める。

「我らは最後まで貴方に従います。」

「最後ぐらい華々しく散って、少しでも奴らに後悔させてやりましょう!」

「われらが想い、決して無駄ではなかったことを教えてやりましょう。」



ここに来てハシムは自分の行いを後悔した。


―自分がまともに王に対抗するような形で動いていれば、また結果は違ったかもしれないと。


だが、絶望的な状況にも関わらず、兵士達が陰謀で穢れきっている自分の手を取ろうとしている。

そして、兵士達の最後まで自分と運命を共にしたい叫ぶ姿が彼の心を打った。


ハシムは穏やかな顔で兵士達を見渡す。

そして、静かに右手を上げることで、彼らの最後の望みに応えるという意思を表した。


兵士達が涙を流しながら最後の戦いへ向けて心を決める中、彼はアルドへ書簡を二通書いて使者を出すのだった。


 *


アルドはハシムからの使者より書簡を受け取って考え込む。

書簡には『死に方を決めたいので後三十分時間が欲しい。そしてもう一つの書簡は王に渡してほしい』と書かれていた。



アルドは使者に問いかける。

「ハシム殿の様子はいかがであったか?」


使者は目に涙を浮かべながら、それでもしっかりとした声で答えた。

「死を目前とされながらも非常に立派な態度でございます。」


アルドはとても嫌な予感がして使者に確認する。

「して…そなたは船に戻られるのか?」


使者は涙を流しながらも毅然とした顔で答えた。

「私も船に戻り、ハシム様と最後を共に致します。」


アルドは静かに頷くと、使者を帰らせると共に急いでサウスの海軍へ使者を出すのだった。


 *


私はマグニと共にアルドの使者から話を聞くことにした。

「分かった。急ぎカマル王とダナンにこのことは伝えるが…恐らく、その後に起きるであろう戦闘にはサウスに手は出してほしくないのだろう?」


使者が目を見開きながらも、静かに頷いて私に感謝する。

「こちらの心を汲んでいただき、ありがとうございます。」


私はそっと使者に近づき耳打ちした。

「私はカマル王にそのことを伝えがてら、王の護衛として側に居させてもらうぞ。」


使者は少し思案したが、私の申し出を了承してアルドの船に戻っていった。



私は書簡をグエンに手渡して、ダナンと一緒にいるヘカテイアの帆船に渡すように指示をした。

そして、別の小舟に乗ってカマルの元へ急ごうとした時、マグニが問いかけてきた。

「ガイ、その後に起こる戦闘とはどういう意味なんだ?」


私は足を止め、静かな声で答える。

「ハシムと残った側近の船が、カマル王の船に向かって特攻するってことさ。」


マグニが目を見開いて私の肩を掴んだ。

「待ってくれ、あの使者は俺達に何もせず、傍観していろと言うのか!」


私は彼の手をやさしく両手で包んで言った。

「そうだ…それがカマル王が負うべき業だからだ。先代の王や王妃の政治の責任とはいえ…カマル王もその誤りにに気付く必要があった。」


マグニが納得しきれない顔で私に問いかける。

「だが、カマル王はガイの話を聞いて改心したじゃないか。だからこそ、皆がハシムという名の扇動者を取り囲んでいるのだろう?」


私は彼の目を見つめて静かに彼の問いに答えた。

「そうだ、王は改心なされて、ヘカテイアの港に着いた後からずっと立派な振る舞いをされたのだろう。だからこそ家臣たちが付き従っている。だが、反乱を起こした者にだって、それなりの理由があった…だからこそ、部外者の私達の力を借りずに、自国の民で決着をつけたいと望んでいるのだろう。」


マグニは深く考え込んでいるようなので、私は彼の手を優しく握って肩から離させた。

「マグニ、今すぐに解らなくても良いんだ…だが、君が領主となり、物事を決める際に今の光景を思い起こして欲しい。為政者の責任という物が、いかに重いというものかを。」


私はマグニに背を向けると、小舟に乗り込んでカマル王の元へ船を走らせる。


マグニは私の後姿を見送った後、ロングソードを撫でながら呟いた。

「ガイ…俺は義父さんやアルベルト義兄さん、そしてお前のようになれるかは分からない。だが、皆がいつもこうやって為政者としての心得を伝えようとしてくれるということは、俺に期待してくれているってことでいいんだよな…」


 *


私はカマル王の船団に近付き、大声で兵士たちに向かって告げた。

「サウス海軍を指揮するガイと申します、至急カマル王に取次ぎを願いたい。」


兵士たちが訝しがる中、小舟が私たちのほうに近づいてくる。

その船には桔梗が乗っていて、すぐに私を王の船へ案内してくれた。


私はカマルに、ハシムが特攻を仕掛けてようとしていることを伝えた。


カマルが深く頷き、全船団にハシムの船を沈めるように命じる…

それと同時にハシムの大型帆船が動き出した。


ハシムの大型帆船と右舷の大型帆船は大きく旋回しながらこちらへ向かおうとしている。

そして、残りの大型帆船二隻が、アルドの足止めをしようと彼の船に突っ込んでいった。


だが、グエンから連絡を受けていた左舷の帆船十隻が、必死で矢を射かけてそれを食い止める。

さらに右舷より帆船が十隻援軍に入って、大量の矢の雨を降らせた。


大型帆船はそれでも激しい抵抗を試みたが、所詮は多勢に無勢…最後の一兵まで抵抗していたが、アルドの船にたどり着くことは出来なかった。



一方、ハシムの大型帆船とそれに随行する船は、犠牲になった二隻のおかげで旋回してこちらの方に進路を向けることができた。

彼らは守りなどは一切考えずに真っ直ぐにこちらへ向かい、乾坤一擲の特攻を仕掛けてきた。


カマル王の周りの船団も、ハシムの動きに合わせていち早く防備を整える。

カマル王の船の前に帆船十隻を並列したの四段の防御陣を敷き、特攻に備えた。


ハシム達の船はどんなに矢を射かけられても怯むことは無く、邪魔立てする船には体当たりを仕掛けて押しとおって行く。

帆船との重量差により大型帆船は防御陣を破竹の勢いで突破した。

そして、彼らの船は圧倒的戦力差にもかかわらず、第二陣まで突破して…第三陣の途中で力尽きた。


カマルは静かになったハシムの船を見て静かに呟いた。

「あの寡兵で、あそこまで突破するとは…彼に殉じた者たちの想いがいかに強かったかが伝わった。」



先ほどまで人の手によって荒れ狂った海上が、穏やかな波の流れに戻りつつある。

だが、海上に浮かぶ死体や船の破片は、戦いによる傷がそう簡単には癒えないことを示しているようだった。


 *


ハシムの特攻が終わってからしばらくの時間が経った。

ハシム達の船の事後処理を終えたアルドがこちらにやってきた。


アルドは王にハシムからの書簡を渡す。

「彼からの遺言のようなものでしょうか?」


カマルは複雑な顔をしながらそれに目を通すが、すぐに顔が怒りに染まっていく。


彼は怒りを隠さずに書簡を私達に投げ渡し、吐き捨てるように言った。

「奴は何様のつもりなのだ…自分達の勝手な行動の為に、どれだけの人が犠牲となったのかが分かっておらぬ。」



―書簡にはこう書かれていた。


カマル王よ、先代は家臣達の理解を得ずに独善を尽くしました。

その結果、今の我々の反乱を引き起こす結果となったことをお忘れなく。

我々はもうじき死ぬことになりますが、後悔はしておりませぬ。

私に付き従った者達は、国を穢したものとして処断されるぐらいならば、潔く死を選ぶでしょう。

私は今回の陰謀の責を取り、この国の歪みに対する不満を持つ者たちを率いて、一緒に天に還るというのが国に対する真の忠誠というものと考えました。

我らは皆死に絶えるでしょう。

その後は我らの死骸を糧に、ご存分に清浄なる国にして下さい。

最後になりますが…

王よ、覚えておいて下さい。

貴方が、もし先代のように独善に走って家臣たちをないがしろにした時、再び我らの様に家臣達が蜂起することでしょう。



私はアルドにハシムたちの死相はどうだったかを尋ねる。


アルドは一瞬目を伏せたが、その様子を思い浮かべながら静かに答えた。



―ハシムを含めて全員が満足した顔で死んでいた。



それを聞いたカマルは複雑な表情を浮かべて彼らの船を一瞥した。

そして、周囲の者に静かな声で命令した。

「皆の者…今回の戦で亡くなった者達は、敵味方問わず丁重に葬ってやるがよい。」


周囲の者が戦後の処理で慌ただしく動く中、カマルはハシムが乗っていた船を見た。

そして、一呼吸おいてから私達に語った。

「反乱の首謀者達が父上や母上、そして私に不満があったということは認めよう。だが、私を貶めるために王妃に毒を盛ったことは、絶対に許されざることだ。王妃は家臣たちのことをよく考え、寄り添っていた。それを裏切るような真似をした奴らに、何かを偉そうに語る資格などはないだろう。」


カマルは、私を見て何かを思い出したような様子になり…

思い直したように言葉を続けた。

「だが、死にゆく者の言葉というものは、正直な気持ちも含まれているだろう。私は先代の王の失敗を深く心に刻み付け、家臣たちの信頼と協力のもとにヘカテイアを治めて行こう。」


そして、アイシャとアルドの手を取って万感の思いで伝えた。

「これからのヘカテイアを収めるに当たり、さらにそなた達の協力が必要になるだろう。私と共に良き国を皆で作れるよう手を貸してほしい。」


二人は嬉しそうな顔でカマルに深く礼をした。


 *


戦後処理の状況が落ち着いてきた為、私と桔梗はサウスに戻る為に小舟へ向かおうとした。


その時、カマルが私達を呼び止めた。


私達が振り向くと、カマルとアイシャ、そしてアルドが私達に傅いた。

周囲の家臣や兵達が驚きのあまり、声も出せずに固まってしまい、周囲に静寂が訪れる。


カマルは鈴のようによく通る声で周囲の者に伝えた。

「皆の者、このたびの陰謀はこの二人によって防がれた。そこに居られるキキョウ殿により、王妃は毒から一命をとりとめた。そしてガイ殿は神の如き叡智により、ハシムの陰謀を悉く看破した。私はこの二人がいなければ、こうしてここに立ってはいられなかっただろう。」


カマル言葉の意味を理解した家臣達や兵士達が私達に傅いた。


カシムは私と桔梗の手を取り、穏やかな笑みを浮かべて深く礼をして告げる。

「ガイ殿、そなたの諫言と献策は生涯の宝とする。そして、キキョウ殿と共にヘカテイアに来ることがあれば、必ず私に知らせを下され。国賓扱いで歓迎しよう。」


私達も深く礼をして彼に伝える。

「そのようなお褒めの言葉をいただけたこと、真に恐悦至極に存じます。海軍を任されている身でございますれば、また任務にてお目にかかることがございましょう。その時は是非アルド様を通じて王にお伝え申し上げます。」


カマルは満足げに頷くとアイシャやアルドを伴って私たちの小舟を見送った。


小舟が滑るように海を走っていく。

私は遠ざかっていくカマル達に手を振りながら、穏やかな笑みを浮かべて桔梗に伝えた。

「ご苦労だったな桔梗。それではサウスに戻ろうか。」


彼女は嬉しそうに頷きながらも、一連の陰謀を思い出して呟いた。

「今回の件で多くの血は流れました…ですが、悪しき血が抜けてヘカテイアの病も快方に向かうのかもしれないですね。」


私はカマル達のことを思い浮かべて、今後のヘカテイアの事を考える。

「そうだな…今のカマル王ならば、アイシャ様やアルドだけでなく、家臣達の意見を取り入れて良き国を作っていくのだろうな。」


私達の船に戻ると、グエンが私を出迎えてくれた。

グエンと海賊たちが私と桔梗を抱き上げて胴上げしながら私たちを称賛する。

「さすがお頭だ…ヘカテイアの内乱まで納めちまった!」

「俺達、お頭に従って間違いじゃなかった。」

「姐さん、よくぞ御無事で戻られました。」


彼らが一通り落ち着いた後に、ダナンがこちらの船に乗り込んできた。

ダナンが私達の様子を見て笑みを浮かべる。

「ガイ、お前は本当にグエンたちに好かれているんだな。」


グエンが当たり前だという顔をして胸を張る。


私はダナンに深く頭を下げながら感謝した。

「今回の件、貴方の働きがなければ成し得なかったでしょう。」


ダナンが頭をかきながら、どう切り出したものかと悩んでいる。


私はそんな彼の態度に疑問を抱いて問いかけた。

「何か問題でもあったのか? 私に出来ることであれば協力させてもらいたい。」


ダナンが私の目を見つめて不敵に笑った。

「ほう…ガイも海賊の頭なら、その言葉を翻すなよ?」


―私は何か嫌な…いや、とてつもなく嫌な予感がした。


ダナンは満面の笑みを浮かべて私に告げた。

「俺達もガイの部下にしてくれ! 今回の件でアンタがものすごい奴だということがよく分かったよ。」


そして、グエンの顔を見ながら自分の二の腕に力こぶを作って力強く叩いた。

「俺は少なくとも、グエンより良い働きをして見せるぜ。」


それを聞いたグエンがダナンを睨み付けて挑発する。

「ダナン、人を見る目は俺のほうが上だ! 今更、お頭の部下になりてえなんて遅いんだよ。」


ダナンがふんぞり返って言い返す。

「今回の俺の働きを見れば、どちらが役に立てるか一目瞭然だろうが!」


そして、二人は殴り合いの喧嘩を始めた。


船内が、二人の喧嘩を応援する海賊達の声援で盛り上がる中、私はカインへの報告を考えて頭を抱えそうになった。

だが、今回のヘカテイアに対するダナンの働きぶりを見る限り、私が断ればヘカテイアに登用されるのが目に見えている。

サウスとしては、ダナンもこちらに臣従してくれれば交易は万全となるだろう。


私は喧嘩をしている二人の間に割って入った。

「ダナン、お前を歓迎する。そしてグエンと共に双方を武官の副長に任命する。二人とも私の大事な配下として期待しているから、()()()()私のために尽くしてくれ。」


グエンとダナンは先ほどまでの喧嘩はどこへやら、手を取り合って私に忠誠を誓った。


海賊達から歓声が沸き上がる中、私は二人に指示を出す。

「皆の者、戦いは終わった! サウスへ帰還するぞ。」


騒々しく叫び声をあげる海賊たちを乗せた船は、陰謀の終わりを告げるように軽やかにサウスへと向かっていった。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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