カマル王への進言
カマル王がサウスに来訪された翌日に話は遡る。
応接間にはカインとフレイ、マグニとアルベルト、そして私と桔梗がいる。
執事がカマルとアルドを応接間に案内し、二人は貴賓の席に座った。
カインがカマルに深く礼をして、話し始める。
「今後起きることの予測と、その対処について話し合いたいと思う。」
アルドが手を挙げて発言をする。
「恐らく、今から一週間後にはハマルが反乱を起こすものと考えます。」
フレイがアルドに問いかける。
「それで、ヘカテイアはどれだけの兵をこちらに差し向けると考えるか?」
アルドは少し思案する…そしてカインとフレイの顔を交互に見た後に答えた。
「恐らくは…五千程度かと。」
フレイは少し考えて私のほうを見て聞いた。
「ガイ…こちらは防衛を考えても千程度の兵は余裕で出せるが、流石に全面戦争となると、我らはアルテミスの王からの咎を受けねばならなくなる。何か良い策はあるか?」
私は少し思案したうえで、言うべきか迷ったがフレイの問いに答えた。
「そうですね…カマル王とアイシャ王妃には私の小舟でひそかにヘカテイアに戻って頂き…そして、先代の王と王妃の死を含め、すべての真実を明らかにすることで、ハマル直属の兵以外の戦意は地に落ちることになるでしょう。」
フレイが満足げに頷く。
「そうだな、そうすれば我らはヘカテイア反乱軍の討伐に手を貸した程度と報告はできるか…。」
その時、カマルが話に割り込んだ。
「父と母の真相とは何だ? 二人は病で死んだのではなかったのか!」
フレイがアルドの方を見る…
アルドが下を向きながら首を振るのを見て代わりにこたえることにした。
「彼らは毒殺されました…そして、アルド様はあえてカマル王に教えないようにしていたようですね。」
カマルが目を見開いた。
そしてアルドを睨み付けて怒りをぶつける。
「アルド、何故真実を教えなかった…私はお前のことを信じていたのだぞ!」
アルドは下を向き、肩を震わせながらカマルの怒気を受け止めている。
フレイが私の方を見てカマルを説得するよう促す。
私は昔のことを考えて逡巡した…が、諦めて彼に問いかけた。
「王が真実を知った時、それに関わった側近や家臣たちをどうされますか?」
カマルは怒りに目を光らせながら答える。
「当然のことながら、奴らを全て粛正する。王殺しは最大の罪…しかも王妃まで殺したとなれば、その家族もすべて処刑するだろう。」
私はカマルに静かに聞いた。
「王よ…その後に何が残るのでしょうか? 家臣達は自分達の汚職や不正の処罰までは甘んじて受け入れました。ですが、その後の爵位の世襲の廃止を聞いた時、家臣達は何を考えたと思われますか?」
カマルが憤怒の表情のまま私を怒鳴りつける。
「黙れ! 不正や汚職などをすること自体が言語道断なのだ。そして能力がないものが高位につき続けることにより国が腐っていく…それを正そうとした父と母の思いを踏みにじるつもりか!」
私は静かにカマルの目を見つめて考える。
―確かに彼は素晴らしい名君になれる素質がある…
だが、理想だけで人は付いてきてくれない。
それを支える人達の支えがあってこそ、理想を語ることが出来るのだ。
私はカマルヘ穏やかな声で語りかけた。
「カマル王、家臣達はこれまでに立てた功を蔑ろにされたと感じて憤りました。王は確かに民や家臣たちを統べる重責をその背に負って国を導かなければなりませぬ。そして、側近や家臣達が、官爵に見合う責任を全う出来ないなら、他の者にその爵位を譲らせる必要があると、私も思っております。」
カマルの怒気が少し薄まり、彼は静かに頷く。
私はその先の言葉を続ける。
「ですが、もしそれをなさるのであれば、側近や家臣たちをしっかりと味方に付けて周囲を納得させてから行うべきではないでしょうか。そう、アルド様のような腹心をより増やすのです。そして家臣たちにその考え方を浸透させて行うべきなのです。」
アルドが目を見開いて、そして感謝するような表情で私を見た。
私はアルドへ優しく頷き、話を続ける。
「王は側近や家臣たちを導き、確かに国を治めてまいりました。ですが、家臣達もまた国を支え続けたのです…自分達の家族や大事なものを守るためにと。それゆえに彼らもまた王は国を統べるものとして尊重し、未来を王に託しているのです。」
カマルが天を仰いで嘆く。
「父上と母上は早急すぎたということか…」
今なら聞いてもらえるかもしれないと思い、私はカマルヘ献策をすることにした。
「もし、カマル王が国へ戻られて真実を明らかにされた時…従う者に限っては、一連の出来事については寛大なお心を示していただきたいのです。色々と思うところはあるかもしれませぬ…ですが、貴方が王としてこれからもヘカテイアを収めていく以上、彼らの力は必ずや必要となりましょう。」
カマルはアルドのほうを振り向くと、アルドは静かに頷いた。
カマルは私に深く頭を下げて静かに言った。
「ガイ、その方の献策感謝する…私は王としてこれからのヘカテイアをよりよく収めるためにも、今は耐え忍ぼうと思う。そして彼らをもしっかりと導けるだけの力を手に入れる。」
そしてアルドにも頭を下げた。
「そなたには苦労を掛けた…これからも私の為に国を支えてくれるか?」
アルドは涙を流しながら頷く。
「もったいないお言葉でございます…身命を賭して、これまで以上に王にお仕え致します。」
場が落ち着いたところで、カインが私に聞いた。
「さて、ガイ君…どうやってカマル王と王妃をヘカテイアに送るのかな?」
私は桔梗を見ていった。
「少々ご不便をかけますが、小舟で行けば遅くても三日程でヘカテイアに到着できるのでそれを使おうかと考えています。護衛には桔梗をつけようと思います。」
カマル王は静かに頷く。
「彼女が一緒ならばアイシャも喜ぶだろう。とても心強い護衛だ。」
カインが私に確認をする。
「だけど、サウスの船は警戒されていると思うよ。どうやってその警戒をすり抜ける気なのかな?」
私は応接室の窓の向こうに広がる海を思い浮かべながら答える。
「昨日のうちにアルベルトにお願いして調度品をグエンの船に乗せ、ダナンのもとに向かわせました。半分はダナンに与えますが、もう半分はハシムに渡させるつもりです。その際に、他にもへカテイアに渡したい貢物があるので、入港を許可する書状を一筆書いてもらいたいとお願いするのです。」
カインが納得したように頷いた。
「なるほど、王達には海賊と一緒に紛れてもらって、それを渡したらすぐにヘカテイアに向かってもらうというわけだね。」
私は頷き、アルドに聞いた。
「時間的に余裕がない為、ハシムが出港後、残った家臣がヘカテイアの港に集結できるようにしたいのですが、可能ですか?」
アルドが難しそうな顔で答える。
「出来なくはないですが…何かハシムに疑われないような理由がほしいですね。」
私はそれについては問題ないと考えた。
「そうですね…それについてはこんな案はいかがでしょうか?」
王に成りたがる者の虚栄心をくすぐるような策を私はアルドに献策した。
アルドが微笑して答える。
「その理由であればハシムはむしろ喜んで招致するでしょう。」
フレイがアルドに目配せをする。
―ヘカテイアにその策を届ける手段は私が確保しよう。
アルドは苦笑しながらもありがたくその好意を受け取ることにした。
カマルはアルドに問いかける。
「アルド、お前も私と一緒にヘカテイアに来てくれるのか?」
アルドは残念そうに首を振って答えた。
「私は親衛隊とともにヘカテイアの船に乗り、王が真実を話した後、なおも従わない逆賊を征伐する所存です。」
私はカインに確認をする。
「サウスはこの件についてどこまで関与していいのかな?」
カインはフレイに答えるように目で促し、フレイが代わりに答えた。
「そうだな、海軍と海賊は使っても構わない。だが…サウスの兵まで動員するとなると後の報告がかなり面倒でな。マグニと彼の親衛隊程度なら構わぬぞ、あれは自由に動ける。」
私は笑みを浮かべてフレイに感謝した。
「それだけ頂ければ十分です。帆船二隻と小舟十隻はすべて使わせてもらいます。」
フレイは若干申し訳なさそうな顔をした。
「本来であれば、もう少し兵を都合したいところなのだが、我々も就任したばかりなので…足をすくおうとする輩が多くてな。」
私は静かに答える。
「策が上手くいけば、敵は戦意を失います。後は国に帰れないと絶望した者たちが最後の抵抗とまでに我らに戦いを挑んでくるだけです。」
フレイが優しげな顔になり、私に向かって言った。
「お前が味方で本当に良かったよ。」
私はフレイに笑いかける。
「私も貴女が味方で本当に心強いと思っています。」
今後の方針が決まった為、急ぎ準備をすることとなり、応接室から私達は退出した。
*
私室に戻ったカインがフレイに聞いた。
「どうして、カマル王の説得をガイ君にさせたのかい? 君にも出来たのではないのかな?」
フレイは首を振る。
「私がアルテミスの外務官の権力を使えば、カマル王を無理やり説得することは出来ただろう。だが、それでは彼が怒りに駆られるままに国を治める…すなわち暴君となってしまう危険が大きかった。その点、ガイは前の世界で広大な領土で領民に善政を敷いている。彼ならばカマル王の気持ちを理解したうえで説得できると思ったのさ。」
カインは深く頷く。
「前の世界で、ガイ君は本当に英雄だったのだろうね…でも、それ程の英傑が世の平和を願ってすべてを捨てて隠遁生活を送った末に、そこから邪魔者のように追放される。私が彼の立場だったら、とてもじゃないが耐えられないと思う。」
フレイは桔梗のことを思い浮かべた。
「一人なら耐えきれないようなことだったかもしれないが、彼にはキキョウが常に傍に居た。それに、今や彼はそれすら克己したのかもしれない。最近の彼は大分良い表情をするようになったとは思わないか?」
カインが穏やかな笑顔を浮かべた。
「そうだね、何か吹っ切れた…そんな感じだね。丁度、僕と結婚した後の君と同じでね。」
フレイは笑みを浮かべる。
「それに、彼は私の期待を常に良い意味で裏切る。彼に任せると色々な人を救ってくれる…そんな気がするのさ。」
カインがフレイの肩を抱く。
「そうだね、僕も君も彼とキキョウに随分と救われた。だからこそ彼らには幸せになってもらいたいものだ。」
フレイも静かに頷く。
「ああ、そうだな…私もそう思うよ。」
静かに寄り添うカインとフレイの頬を撫でるように穏やかな海風が吹き込んだ。