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カマル王の来訪

私達はサウスへの航海を続ける。

桔梗が一日付きっ切りで王妃(アイシャ)の看病をしたせいか、一日でアイシャは動けるようになった。


アイシャはベッドの上から、アメジストのような綺麗な瞳で桔梗を見つめ、深く頭を下げた。

「貴女が私を救ってくれたそうですね。感謝いたします。」


桔梗が優しくアイシャの背中をさすって容体を聞く。

「違和感などはありますか? あの毒はとても強力ですが、一日ほどで分解されるはずです。」


アイシャは桔梗に優しい笑みを浮かべるも、ふらつきながら立ち上がろうとする。

「大丈夫です…カマル様にお詫びに行かなければ…私の不覚によりあの方に多大なご迷惑をかけてしまいました。」


アイシャの強い意志を感じた為、桔梗は彼女に肩を貸して甲板へ一緒に上がっていった。


 *


カマルは甲板に上がってきたアイシャの姿を見て、思わず駆け出した。

そして彼女を抱きしめて、涙を流した。

「アイシャ…よくぞ生き伸びてくれた…お前を失うと思ったら私は…」


アイシャは抱きしめられながらもカマルに詫び続けた。

「私が不覚を取ったために…本当に申し訳ありません。」


カマルは静かにアイシャを抱きしめて言う。

「私の力不足のためだ…お前に罪はない、すまなかった。」


カマルは桔梗のほうへ向き直り、深く感謝をした。

「貴女は王妃の命の恩人だ。彼女が倒れた時は不覚にも取り乱してしまった…許して欲しい。」


桔梗はカマルに傅いて穏やかな口調で応えた。

「王妃様がご無事で何よりでした…愛する者を傷つけられた苦しみ、お察しします。」


アイシャはカマルに耳打ちをする。

「そこにおられる彼女の婚約者が、よく無茶をする方のようなので余計に共感しているようですね。」


カマルが私の方を見ていった。

「ガイと申したか、あまりキキョウを困らせるでないぞ。」


私は静かに傅きながらも横目で桔梗をの様子を探る。


桔梗が王や王妃の死角からきっちりと目で訴えていた。


―私は前回の海戦で無茶していていたこと、忘れていませんからね。


私が針の筵になっていたところで救世主が現れた。


アルドがカマルとアイシャに穏やかな声で話しかける。

「王よ、そのくらいでご容赦下さいませ。彼は今回の陰謀について看破しており、そのおかげでキキョウ殿が迅速に対応出来たのでございます。」


カマルが不思議そうな顔をしたので、アルドがカマル達と私達を船室に連れて行き、人払いをした。


アルドがカマルに傅きながら説明する。

「王よ…黙っていて申し訳ありません。ガイ殿は実のところ、サウスの海軍を指揮する重鎮にございます。」


カマルが驚きの目で私を見つめた。

「なに! サウスの海軍を任されている者だったのか。」


私はカマルに傅いて謝罪した。

「王に何らかの陰謀が仕掛けられるかもしれないと考え、アルド様に王の護衛を願い出たのです。身分を偽ったこと、真に申し訳ありません。」


カマルがアイシャの方を見ながら、鷹揚に頷いた。

「そなたらが居なければ、アイシャは死んでいただろう。そして、サウスの領主…いや、カイン公が信頼出来る相手だということが良く分かった。」


カマルが私と桔梗に何か褒美を取らせたいので何でも申せと言った。


私は深く思案した後に、カマルに伝える。

「褒美の代わりに、一つ献策したいことがあります。暗殺者から王妃様の身を守る為、サウスに滞在する間につきましては、王妃様を侍女に変装させて欲しいのです。」


カマルはそんなことで良いのかと呆気にとられた顔をしていたが、深く頷いた。

「わかった…そなたの策を採用しよう。」


アルドも少し思案しているようだが、私の目を見て納得したように頷いた。


 *


カマル達を乗せた船はサウスに到着した。

サウスの民達がカマルの乗る船の豪奢さに目を見張り、そして他国の王族が街に来るという前代未聞の出来事に喝采を博する。


カインとフレイ、そしてアルベルト夫妻とマグニ夫妻が直々にカマルを出迎える。


カインがカマルに感謝を述べた。

「カマル様、サウスの地までよく来て下さいました。新しいサウス領主カインでございます。そして妻のフレイ、そして新しい商人ギルド長のアルベルトでございます。」


カマルは静かに頷いてそれに応えた。


フレイが深く礼をして挨拶を述べる。

「この度はサウスまでよくいらっしゃいました。先ほど夫のカインから紹介を受けましたフレイです。貴国への外務官に就任致しましたのでお見知り置き下さい。」


カマルがフレイに軽く会釈しして告げる。

「アルドから聞いたが、そなたは我が国との交渉権などをすべて任されているようだな。これからもよしなにお願いしたいところだ。」


カマルは二十人ほどの近衛兵と()()()()を連れて領主の館ヘ行き、カインたちの歓待を受けた。


明日、今後についてのことについて話し合うこととなり、彼らは貴賓室にて一夜を過ごすらしい。


私はアルドから今後のことについて少し相談されていたので、カインから応接間を借りて話し合うことにした。


 *


私と桔梗が応接間に行くと、アルドの他にカインとフレイがいた。


フレイが意地悪な顔で私に言う。

「お前がついていながら、アイシャ様に毒を盛られるとはな。」


アルドが私を見ながら静かに弁護する。

「王妃が更衣の間を狙われました。さすがにあの状況でガイ殿やキキョウ殿が立ち会うのは不可能です。」


フレイは微笑してアルドに聞く。

「それで、そこにいる策士(ガイ)は貴方に何か良い策を与えてくれましたかな?」


アルドが微笑を浮かべて答えた。

「彼から策を聞いた時は、ヘカテイアに思わず登用したくなりましたね。」


カインが穏やかな表情をして頷いた。

そして、私に問いかける。

「さて、ガイ君…どんな面白い策を仕掛けてきたのかな?」


私は笑みを浮かべて答える。

「港から出立する直前に、アルド様の力を借りて、王様の言葉を信じてくれそうな家臣の方々に書状を送って頂いたのです。」


―最近、王の身辺で陰謀の兆しあり。


王が居ない間に凶事が起こったと言うものが出るだろう。

だが、真偽が分かるまでは安易に動くな。

必ずや王が真実を白日の下に晒すだろう。



カインがアルドを見て尋ねた。

「この書状をよく送れましたね。ガイ君のことをよっぽど信用していなければ出来ないことです。」


アルドがカインとフレイを見て答える。

「私がサウスに来たとき、貴方達は重要なことを彼に言わせていました。つまり、それだけ信用のおける人物を私に預けたのだろうと考えました。」


フレイは満足そうな顔をして深くうなずき、アルドに聞いた。

「我らの好意を信じてくれたようで良かったです。」


アルドは私達に深く頭を下げて感謝の意を表した。


 *


その頃、ヘカテイアでは王が王妃を弑逆したという噂が流れていた。



王がいない間の執務室で二人の男が話をしている。

一人の男は三十半ばぐらいの気品のある顔で、均整の取れた体つきをしている。

もう一人の男はサウス行きの帆船から醜聞を持ち帰った男だ。筋肉質の体躯で子狡い表情をしている。


子ずるそうな表情をした男は諂うように告げる。

「ハシム様、件の侍女と親衛隊の隊士が成功を告げてきました。」


ハシムがジャミルに確認をする。

「王妃にあの時の薬を飲ませたのだな?」


ジャミルが深く頷いた。


ハシムはその報告に満足したような表情を浮かべる。

「よくやった、ジャミル。もちろんその侍女と隊士は処分したんだろうな?」


ジャミルは厭らしい笑みを浮かべて答えた。

「もちろんでございますとも。王命も受けていないのに、勝手に小舟でこちらに近づいてきたので不審者として射殺しました。」


ハシムが顔を顰めながら笑う。

「まったく…初めからそういう手はずであろうに、言い訳の好きな奴よのう。」


二人は陰謀が成功したと思い込み、笑いあった。


 *


それから一週間ほど経った。

家臣達の反応を調べさせたが、全体の半数程度は噂を信じているようだ。

中には王がサウスへ亡命したとまで言っている者もいる。


また、サウスの街に王が侍女のみを連れて領収官に入られたという噂も流れており、家臣たちの動揺がさらに広がっている。


ハシムは家臣たちを広間に集めるように側近達に言った。


広間に家臣たちが集まったところでハシムは威厳のある声で宣言する。

「先代の王の時代、我らは文字通り粉骨砕身して国に仕えてきた。だがその結果、王は我らの努力をあざ笑うかの如く、これまでの功績を無視するような無慈悲な政策を我々に突き付けたのである。」


側近達が官爵の世襲制の廃止について思い起こし、頷いた。


ハシムはさらに続ける。

「天の采配なのか、その政策が成される前に先代の王と王妃が病にて崩御されたが、その息子のカマル様は優秀なため、一時は我ら側近集も従おうと決意していた。だが、王は妃殿下以外に愛人を作られ、彼女を裏切られた。」


側近が目配せをすると、家臣たちの中から何処からともなく騒めきが始まる。

「もしや…あの噂は本当だったのか?」

「確かにサウスの商人はそう言っていた気がする。」

「言うことも憚られるようなそんな恐ろしいことを…」


ハシムは無念そうに首を振りながら噛みしめるように言う。

「…そう、妃を弑逆するという暴挙に出られたのだ。」


家臣の一人がおずおずと手を挙げる。

「その愛人は…どこにいらっしゃるのですか?」


ハシムはジャミルに言うように促した。


ジャミルが家臣たちの前に進み出てその時の状況を説明する。

「彼女は、王が自分の為に王妃様を弑逆したことに恐れ慄き、一人の勇気ある近衛兵に非常用の小舟を出させて私の帆船に近づいて来たのです。そして、事実を伝えるべく必死で王がなされたことを叫びました。ですが…秘密が漏れることを恐れた王に近衛兵と共に射殺されたのです。」


そして彼は涙ながらに家臣たちに訴えた。

「私はその時になんと惨いことをなさるのかと嘆くと同時に哀しみを感じました。あの娘には何の罪もなく、ただ王の寵愛を受けて愛人となっただけ…しかも愛を注いだ相手にあのような仕打ちをなさるとは…」


ハシムが心を打たれたような顔をしてしばし俯く…


そして意を決したように周囲を見回して告げる。

「皆の者、王は、過去に愛されていた王妃様を弑逆するだけでなく、現在愛していた愛妾までをも殺してしまうような惨い方だということがこれで分かったのではないだろうか。」


側近達と家臣の一部が、注意深く周囲を見ながらもその言葉に頷いた。


ハシムはさらに先のサウス沖での余興について語る。

「先日、王はテリアと申すものと海賊を差し向けて、サウスの商人ギルド長を試すような真似をされた…だが、ことが大きくなった時、我ら側近やそれにかかわった家臣たちに全ての責任を押し付けなさった。」


側近たちと余興に加担した家臣たちが、ハシムの言葉に頷いた。


そして、ハシムは嘆くような顔をして語る。

「私は王の真意を問おうと文を送った…だが、王へ送った使者は帰って来れなかったようだ…」


ハシムは目を見開き、周囲の者に威厳のある声で宣言する。

「私とて、遠縁ながら王の血を引くもの、このような暴虐の数々は許してはおけぬ。カマル王とその腹心アルドをこの手で打ち滅ぼして、ヘカテイアを正義と愛のもとに統治する。」


ジャミルが涙を流しながらハシムに傅いた。

「ハシム様、彼女らの惨い姿をこの目で見た私だからこそ…伝えたい言葉があります。」


ハシムが慈悲深い表情を浮かべて鷹揚に頷く。


ジャミルが嗚咽を漏らしながらハシムに乞う。

「どうか…惨たらしく殺されてしまったあの方々のためにも、王の過ちを正してくださりませ。」


ハシムは右手を上げ、家臣たちに叫んだ。

「ジャミルの気持ち、しかと受け取った! 私は王の犠牲となったものの剣となり、必ずやヘカテイアに正義をもたらすことを約束する。」


側近達とその場にいた半分ほどの家臣がハシムに賛同して叫んだ。

「ハシム様、万歳!」

「ヘカテイアに正義と平和を…」

「悪逆の主に鉄槌を下せ!」


だが…もう半分ほどの家臣は静かにハシム達の動向を確認している。


側近が訝しげに彼らに問いかける。

「貴様らはハシム様の決意に心が動かされぬのか? あれほど国のためを思って下さっているのに。」


家臣が静かに答える。

「ジャミル様の申されることは嘘とは思えませぬ…ですが、未だ事実が分からぬ故、今一度、王に弁明の機会を与えてはいかがかと。」


それを聞いたジャミルが激昂した。

「貴様には人の心がないのか? 私は王に忠誠を誓った身だからこそ、言うことを憚っていたが…侍女が私達に叫んでいたこと…あれは人の所業ではない、王は王妃に毒を盛ってもがき苦しむさまを冷笑ながら見ていたというのだぞ!」


親衛隊の一人に顎でしゃくると、彼は動揺しながらも、その言葉に同意するように深く頷いた。


ハシムがジャミルを宥めながら穏やかな口調で告げる。

「ジャミル…確かに王妃様や愛妾に同情するのは解るが、無理強いをしてはならぬ。確かに真偽が判明するまで動けないというのも道理だろう。」


そして家臣たちに告げた。

「私はこれより王に真意を問うため、兵を挙げてサウスへ向かう。私に力を貸してくれるものは、領地に戻り兵を集めてヘカテイアの港に集結するのだ。」


側近達と家臣達はハシムに傅いた後、広間を退出した。


 *


家臣たちが下がった後にハシムはジャミルに毒づいた。

「優柔不断な奴らめ…ああいった奴が一番信用できぬのだ。まあ良い、家臣どもの半数は私の方に付きそうだな。兵力としては1万程度になるが、防衛で半数残すとしたら五千程度はサウスに出せそうだ。」


ジャミルがハシムに問いかける。

「王に使者を送られたのですか? 私はそのようなこと聞いておりませぬが。」


ハシムがジャミルに耳打ちした。

「方便よ…王がそんなことは知らぬと言ったところで、こちらは王が嘘を言っていると言えば良いだけのことだ。」


ジャミルが納得した顔になり深く頭を下げて玉座へハシムを誘導する。


ハシムは主が不在の玉座に腰かけ、ヘカテイアの王になる姿を想像して笑みを浮かべた

「おとなしく傀儡になっておれば良かったものを…賢しさは寿命を縮めるものさ」


太陽が沈んでいく…沈む日の光は、ハシムを眩い光で包む。


ハシムは沈む太陽にカマルを思い浮かべ…逆に、光に包まれる自分が行く道は栄光に向かっていると確信した。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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