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海上での陰謀

カインはマグニにヘカテイアの内乱の可能性について語り始めた。


 *


元々ヘカテイアは、先代の王と王妃が側近達を従えてよく国を治めていた。

だが、彼らはあまりにも清廉潔白を貫きすぎた。

汚職や不正に対してかなり厳しい取り締まりをするまでは、側近たちも仕方がないと我慢した。

しかし、能力主義を取り入れるために、爵位の世襲制廃止をしようとした時に彼らの不満が爆発する。

そういった不満に対する()()()()()()()()()()、その頃に先代の王と王妃は相次いで病死をしてしまった。


王の息子カマルは先代の後を継いだが、側近と家臣たちは自分達の地位を守るために彼の足を引っ張ることはあっても、彼自身のためになることは殆どせずに三年の時が過ぎた。


カマルが非常に優秀な為に、先代と同じことが起こるかもしれないと考えた側近たちは、彼を何とか排除したいと考えた。

だが、カマルには優秀な忠臣の”智将アルド”が仕えているため、中々その機会に恵まれないでいる。


そのため、今回の余興の責任を取って、カマルとアルドがサウスに訪問することになれば、側近達が千載一遇のチャンスとばかりに、何らかの大義名分を立てて反乱を起こす可能性が高いだろう。


 *


そこでマグ二が疑問を口にする。

「アルド様はそのような大変な時にサウスに使者として来てくださいましたが、カマル王の暗殺の危険は考えなかったのですか?」


アルドが色を無くして抗議しようとしたが、カインが制止し、私に話すように促した。


私はカインとフレイたちのやり取りを思い起こしてマグニに推論を述べた。

「恐らく、その危険はまだ無いと思われます。サウスへの余興の失敗は、王の責任ではないと思う家臣も多いでしょう。その状態で先代と同様に王に急死されてはそれこそ王殺しの疑いをかけられる可能性があります。」


アルドが冷静な表情に戻り、静かに頷いた。


アルドに向かって私はその先の推論をつづけた。

「恐らく、王がサウスに向かわれる際に彼らは罠を仕掛けるでしょう。そう、何か決定的な失態を侵させるような罠を。」


アルドが目を見開く…そしてカインのほうを向いた。

「彼は…いったい何者ですか?」


カインはただ微笑を浮かべてそれに応える。


アルドはその微笑で察した。


―彼が裏で糸を引いている者か。


フレイがアルドに尋ねる。

「カマル王には妃がいましたね…確かアイシャという名では?」


アルドが深く頷いた。


フレイが興味深げにアルドに問う。

「そういえば側近に王の血を引くものが居るのでは?」


アルドが思案して答える。

「そうですね、ハシムというものがおります。四代前の王の妾の子の末裔ですね。」


フレイが私のほうを見て言うように促した。


私は静かにアルドに伝えた。

「彼が盟主となって反乱を起こすでしょう、彼の息が掛かった者がカマル王やアイシャ様に何かを渡したとしたら…警戒してください。」


そして、私はカインに進言した。

「もし許されるならば、私もグエンと共にヘカテイアにカマル王とアイシャ様を迎えに行かせて頂きたいのですが。」


カインは静かに頷き、アルドに伝えた。

「私が信頼するガイとキキョウをそなたの護衛につけよう。きっとヘカテイアの役に立つだろう。」


アルドはカインに頭を下げ感謝した。

「百万の兵を得た気持ちです。この恩を私とヘカテイアは忘れないでしょう。」


カインがアルドに優しく言った。

「私はカマル王やアルド様のような方々は好ましいと思っています。出来ればそうですね…へカテイアが貴方達にしっかりと収められるようになるのであれば嬉しいところなのですがね。」


私はアルドに願い出ることにした。

「行きは私共の船でアルド様をヘカテイアに送ります。帰りは私共を王様たちと一緒の船に乗せていただくことは可能でしょうか?」


アルドは…先ほどの私の推測について深く考え込み、私に確認をする。

「王に陰謀が仕掛けられた時に、そちらに疑惑の目が向かう可能性が高くなりますが良いのですか?」


私は静かに頷く。

「その陰謀を()()()()阻止するためにも同行したいと考えております。」


アルドの目が一瞬鋭くなる。

「良い形…ですか。王や王妃に危害が加わるようなことがあれば、私は容赦はしません。」


フレイが両手を叩いて静かに言った。

「アルド様、我らは好意でカマル王の護衛をすると申しておるのです。ガイとキキョウは非常に優秀で、我らにとってもかけがえのない人材でしてね…それを一時的にでも貴方に預けるだけでも破格の計らいと考えていただきたい。」


フレイの言葉の意味を理解したアルドは私たちに深く頭を下げる。

「ご厚意に感謝いたします…」


カインがアルドに優しく告げた。

「それでは、カマル王とアイシャ妃にお会いできることを楽しみにしています。」


アルドは深く頭を下げ、広間を退出した。


 *


アルドが急ぎへカテイアに戻りたいと願ったため、私と桔梗はすぐにグエンの船を出航させ、四日ほどの時間をかけてヘカテイアの港に到着した。


アルドはミスリルの帆の船の速さに改めて感嘆した。

「通常は一週間かかるところを半分ほどに縮めることができるとは…アルテミスの船は恐ろしいものですね。」


私は笑顔でそれに答える。

「グエン達の操船技術が優れているのでしょう。」


アルドは意味ありげな笑みを浮かべる。

「貴方がそう言うのであれば、そういうことなのかもしれないですね。」


そして、アルドは港で私達に待つようにと頼み、王宮に向かっていった。


 *


それから一週間ほどして、カマル王達が港へやってきた。


カマルの側近達は、王と王妃がサウスに行っている間、自分たちがしっかりと国を守ると言い張り、ヘカテイアに残ることにしたそうだ。


ただ、アルドはまだ若輩なのでジャミルという側近を御目付け役として同行させ、さらにアルテミスを不用意に刺激させないために、あえて他の家臣は連れずに王の親衛隊のみを連れていくように王を説得したらしい。


結局、アルドとジャミル、そして二百人ほどの親衛隊、さらに王妃の世話する五人の侍女を同行させることでまとまった。



私と桔梗はアルドからの使者に呼ばれて彼のもとへ向かった。


アルドは私と桔梗を見るなり、笑顔で迎えた。

「お待たせして申し訳ありません、グエン殿の妻子の件はご安心ください…すでに彼の帆船に妻子を乗せておきました。」


「ありがとうございます…でも、側近の方々に反対されませんでしたか?」


「反対はしていましたが…フレイ様から頂いた証拠を見せたらすぐに黙りました。」


「助かります。それで王の護衛の件についてはどうでしょうか?」


「それについてなのですが…」



アルドが私と桔梗を王の元へ連れて行きたいと言い出した。


私はアルドに耳打ちをする。

「このような場所で王に謁見して大丈夫なのですか?」


アルドが微笑を浮かべて答える。

「私が雇った護衛ということで話は通してありますので…話を合わせてくださいね。」


親衛隊の隊士の一人が私たちを見て訝しそうな顔をした。

「アルド様…この者たちは何者ですか?」


アルドが笑みを浮かべて答える。

「この者達は私がこの前の任務の際に見つけた人材でしてね、武術などに長けている為、王の護衛に新しく登用しておきました。折角なので今回の任務から使おうと思いまして…。」


隊士は考え込んだが納得することにした。

「ふむ…まだ年端も行かぬ少年と少女に見えますが、アルド様がそう言われるのであれば、そういうことなのでしょう。」


アルドは私達をカマルの前に連れていき紹介した。

「こちらが王都からの出立前に私が推挙したいと申し上げた、護衛のガイとキキョウでございます。」


私と桔梗はカマルに傅く。


カマルは満足そうに頷き、私たちに声をかけた。

「サウスまでの航海…何事も起こらぬとは思うが、万が一の時は頼むぞ。」


私は傅いたまま答える。

「ありがたきお言葉にございます…身命を賭して王の御身を御守り致します。」


カマルは満足げに私を見て周囲の者に聞いた。

「この者たちはアルド直々の願いにより、私と王妃を守る。異存を申す者はいないな?」


お目付け役のジャミルがそれに異を唱える。

「王よ…そのようなどこの馬の骨ともわからぬ者をそばに置かれるのは危険です、刺客やもしれませぬ。」


カマルが厳しい目をして、ジャミルを叱り付けた。

「ほう…貴様はアルドが私に刺客を向けると言いたいのか?」


アルドがジャミルへ向かって静かな声で告げる。

「私がつけた護衛が王や王妃へ少しでも不穏な真似をしたときは、その時は私がすべての咎を受けましょう。」


ジャミルは満足げな顔をしてアルドに言った。

「その言葉…忘れなさるな。」


王が再度、皆を見渡して告げる。

「ほかに異を挟むものがいなければ、この者らを私の護衛とする。」


周囲は静まり返り、王は満足げに頷いた。

「それでは、皆の者、サウスへ向けて出発するぞ。」


 *


我々はヘカテイアからサウスへ向かって航行している。


グエンの帆船が先導する形で、その後に四隻の大型帆船が続いていた。

一際大きくて豪奢な船には王と王妃が乗っているため、それを右舷・左舷・後方の三方向から守るように編成されており、すべての船には五十人ほどの親衛隊が配備されている。


ジャミルは何かが起こった時にすぐに対応できるようにと、後方の帆船に乗っているようだ。



―そして、ヘカテイアから出向してから三日目の朝に異変が起こった。


王妃の部屋から侍女が部屋から飛び出し、甲板に上がってきた。

彼女は取り乱してハンカチを振り回しながら私達を大声で呼ぶ。

「王妃様が…王妃様がご乱心です。」


余りのことに船尾にいた一人の親衛隊の隊士が手に持っていた旗を海に落としてしまったようだ。


私達が急いで部屋に飛び込むと、更衣中の王妃が目を見開いて痙攣をしている。


アルドが侍女達を怒鳴りつけた。

「貴様ら…何をしていたのだ! 王妃(アイシャ)様のこの様子は一体…毒を飲ませたのか?」


侍女が必死にかぶりを振って答える。

「アイシャ様が船酔いをなされた為、甲板に知らせに向かった侍女が、お妃様お抱えの医師が処方した薬を飲ませたのです。」


アルドがその侍女を問い詰めに甲板に出ようとした瞬間、アイシャが白目をむいて崩れ落ちる。


カマルがアイシャを抱きかかえようとした瞬間に桔梗が王を押しのけて彼女の口を舐めた。


カマルが余りの無礼さに怒りをあらわにするが、桔梗はそれを意にも介さずに懐から薬を取り出した。

そして薬を水差しの水で薄めて口移しでアイシャに飲ませる。


アイシャから力が抜けてぐったりとする…カマルが桔梗を怒鳴りつける。

「貴様…アイシャに何をするか! 彼女を離せ!」


アルドが必死にカマルを止める。

「王よ、お待ちください、彼女は王妃を助けているのです…王妃は毒を盛られています。」


桔梗はアイシャの様子を見ながら、口移しで何度も薬を飲ませる。

そして、アイシャの呼吸が止まりそうになった時に、何度か蘇生を試みる…しばらくするとアイシャの息が正常に動き出した。


私はカマルに謝罪した。

「申し訳ありません…侍女にも目を配っていたのですが、更衣中は手が出せませんでした。」


カマルはアルドと私達に謝罪した。

「すまない…取り乱してしまった。キキョウ、妃は大丈夫なのだな?」


桔梗は、静かに頷いた。

「鎮静と弛緩の効用のある薬を飲ませました…今日いっぱいは起き上がれないと思いますが、明日には動けるようになると思います。」


王が安堵した時に、小舟が下ろされるような音がした。


アルドが隊士に状況を確認するように命令する。

隊士が急いで状況を確認して戻ってきた。

「侍女と親衛隊の一人が王命により急ぎジャミル様へこの事態を報告しなければならないと申した為、すぐに非常用の小舟を下したそうです。」


カマルは焦った顔で報告に来た隊士に伝えた。

「私はそのような命令は出していない、即刻その者たちを捕らえよ。」


慌てて隊士が甲板に上がろうとした時に、さらに違う隊士が入ってきた。

「大変です、非常用の小舟でジャミル様の船に向かった者が射殺されました。」


アルドがしくじたる顔で呟く。

「口封じをされたか…ジャミルめ許さんぞ…」


さらに隊士から報告がくる。

「ジャミル様の船が反転してヘカテイアに向かっています!」


アルドはすぐに甲板に上がり指示を出し始める。

「残った船にこちらに一度来るように伝えよ…王より大事な話がある。」


 *


ジャミルの船が急にへカテイアに向けて反転したため、親衛隊に動揺が広がった。


カマルは皆に状況の説明をする。


王妃が側近の陰謀により毒を盛られたが、何とか一命をとりとめた。

だが、ジャミルは王妃が死んだと思い込んでいる。

そのため、王が乱心して王妃を弑逆したという醜聞を側近へ報告するだろう。

それを聞いた側近は、ヘカテイアの国の隅々まで醜聞を流して、カマル王は王の資質がないと触れまわる。

そして、王の求心力が低下したところを見計らって、側近のハシムを盟主とした反乱が勃発するだろうと。


親衛隊の中にさらに動揺が広がる中、カマルは堂々たる態度で彼らを諭した。

「ひとまず我らはサウスへ向かう。ここでヘカテイアに帰還しても、どのような罠が仕掛けられているか解らぬ。お主らには伏せていたが、アルドよりサウスの領主は我々と盟約を結ぶつもりだと聞いている。だから皆の者、安心して私に続くがよい。」


カマルの言葉により、親衛隊の動揺は収まった。


私達は、できるだけ急ぎながらサウスへ向かって航海を続ける。


このような状況の中、海は不気味なほどに穏やかで…


これから始まろうとしているヘカテイア反乱という嵐の前ぶれを象徴しているようだった。

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魔王軍の品質管理人

平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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