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サウスの尋問官とヘカテイアの知将

私達が海賊の討伐から帰還して二週間ほど経った。


サウスの街では、アルベルトの指揮の元、海軍用の土地の造成と、それと並行して造船所で帆船が造られている。

船大工達はは自分たちの腕を存分に振るうことできると嬉々として仕事に取組んでいる。

王都からの工芸品の受注も殺到しており、工芸品関係の職人も大忙しで対応して、サウスの街はかなり活気に包まれ始めた。


サウス沖の海賊討伐の件以来、マグニは”海の守り手の英雄”として、サウスの民達から絶大な人気を誇っている。

そんな彼がいつもの通りに巡察すると、サウスの市場の商人が浮かない顔をしているのを見かけた。


マグニが優しげな顔で商人に話しかけた。

「どうした? いつもなら嬉々として仕事中の俺にも商品を売りつけてくるのに…今のお前の顔は食べ時を失った萎れる野菜のようではないか。」


商人が苦笑しながらマグニの問いに答える。

「萎れた野菜って…それは酷すぎますよ。実はヘカテイアから品物がなかなか届かなくてね、仕入れ値がだいぶん高くなっているんですよ。」


マグニが不思議そうな顔で商人に尋ねる。

「前は、ヘカテイアからくる船は襲われないって聞いていて、今回はサウスの船も襲われなくなったと聞いていたが、逆に物の流通がよくなったのではないのか?」


商人がマグニに耳打ちをする。

「実は最近ヘカテイアの国内が荒れているらしくって、そのとばっちりで交易の方まで影響が出ているらしいんですよ。」


マグニは少し思案した後、そこにあるリンゴを一篭買って礼をした。

「じゃあ、俺もこれくらいは貢献しないとな。また何かいい話があったら教えてくれ。」


商人は笑顔で代金を受け取り、マグニを見送る。


そして、彼の背中を見ながら呟いた。

「まだ若いのに、こうやって私みたい一介の商人にも心遣いをしてくれるんだからな。あの人は本当に良い人だよ。」


 *


領主館でマグニはカインとフレイに、商人から得た話を伝えた。


カインが複雑な顔をしてフレイに聞く。

「確か、ヘカテイアの王は三年前に就任したと聞いたけれど間違いないかな?」


フレイがカインの問いに即答する。

「そうだな、先代の王と王妃が病で急死したとされているな。」


カインが少し思案して聞いた。

「されている…ということは、病ではないのか?」


フレイは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「ヘカテイアの王宮にはこちらの息がかかったものがいるのだが、その者曰く、王と王妃が側近からの献上品の飲み物を口にしてしばらくした後、急に眼を見開いたそうだ。その後は全身が硬直し、背骨を折る勢いで弓なりに仰け反り…そして死んだ。」


カインは首を振って呟く。

「なるほど…これ以上無いくらいあからさまな毒殺だな。それで、そのとき王子はどうしていたんだい?」


「海上に賊が出たということでな、箔をつけさせるために隊長として討伐に行かせていたそうだ。賊は物を少ししか奪わずに討伐隊に恐れをなして、姿を見ただけで蜘蛛の子を散らすように逃げた聞いている。」


「なるほど…側近が手を回して王子を陽動したといったところだね。」


「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。」


「それで、王子はその事実は知っているのかい?」


「恐らくは隠蔽しただろう…まあ、おかげであの国は側近の発言力が大きいのさ。」


「しかし、相変わらず君の情報収集能力には驚かされるばかりだよ。」


フレイは笑みを浮かべてマグニに見せつけるようにカインに耳打ちする。

「フフ…だからなカイン…お前が他の女性に懸想をすればすぐに分かる。」


カインの顔色が青くなり、大慌てでフレイの目を見て言った。

「クレアにはクレアの魅力があったが、君には君自身の魅力がある…そんな素晴らしい女性がいるのに他の女性に目を向けるはずがないじゃないか。」


フレイが目で誰がそばにいるのかを示して…カインは珍しく狼狽した。


マグニがカインの様子を見て感歎した。

「義父さんにもそんな一面があったとは…女性に対しては常に理知的だと思いましたが、やはり愛する女性の前では一人の男なのですね。」


カインがフレイを窘める。

「フレイ…あまり私を苛めないでくれ。」


フレイはそんなカインを見て微笑んだ後、マグニにガイ達を呼んできて欲しいと頼んだ。


 *


フレイが私と桔梗に毒の件を伝え、実際にその毒と思われる薬を桔梗に手渡した。


桔梗がその薬を一舐めした後、ハッとした顔をした。

「とても危険な毒ですね。ただ、ごく微量を処方すれば一時的に常人離れした筋力を発揮することもできますよ。」


フレイが興味深そうな顔をしたがカインが止めた。

「それは危なさそうだから、今度にしようね。それでその薬の解毒剤は作れそうかな?」


桔梗が思案している、そして確認する。

「おそらく、解毒剤は作れますがそれを飲むとしばらくの間は動くことはできないでしょうね。」


そして不思議そうな顔をしてフレイを見た。

「本来、こういった類の毒は苦みが激しいのですが、これは良く出来ていますね…作り方を教えてもらいたいものです。」


フレイは桔梗をじっと見つめて何かを言いかけて…首を振った。

「興味を持つだけで止めておけ…こういったものは、ろくな結果をもたらさないものだ。」


そして気を取り直したように私達に言った。

「おそらく数日後にヘカテイアからの使者が来るので、お前達にも立ち会ってもらいたいのだ。」


私と桔梗は深く頷いて了承した。


 *


数日後、ドーベルに連れられて、ヘカテイアからの使者がサウスの街に入港した。

サウスの民たちが船から降りた使者を見て感嘆の声を漏らす。

「なんて美しい銀髪なんだ、そしてあの碧眼の瞳は宝石のようだ。」

「あの褐色の肌はよくなめした皮のように輝いている。」

「なんて知的な雰囲気をお持ちなのでしょうか。」


そして、使者を出迎えた男に皆が歓声を上げる。

「マグニ様が参られたぞ!」

「いい男が二人そろうと絵になるわね。」

「一方は武人で一方は知者…どちらも良い男だなあ」


マグニはヘカテイアの使者へ深く礼をした。

「サウスの領主の娘婿、マグニと申します。貴方を領主の館まで案内させていただきます。」


ヘカテイアの使者もマグニに返礼する。

「ヘカテイアのアルドと申します。マグニ殿とカイン公のご厚意に感謝いたします。」


アルドは表情こそ変えなかったが、サウスの住民たちを見て驚いた。



―彼はこれ程までにサウスの住民の心をつかんでいるのか。


商人ギルドの陰謀により、サウスの住民たちの心は国から離れているはず。

だが、彼を見る民たちの表情を見れば一目で分かる…

彼はこのサウスの民の心を完全に掴んでしまっているのだ。

彼らがサウスに就任した時期に鑑みて、通常では考えられないようなことが起きている…


恐らく誰かが裏で糸を引く者がいるのではないかとアルドは推測した。


 *


アルドはマグニとドーベルの案内を受け、領主の館の大広間に通される。


彼は大広間の中にいる重鎮と思われる人物を観察した。


領主のカイン公は悠然と椅子に座り、アルドを穏やかな目で見つめている。

カイン公の奥方は理知的な目でこちらを観察しているようだ…が、どこかでお会いしたことがある気がした。

そしてそのすぐ隣にはアルベルト公とその夫人。

さらにその傍らに、イースタンの至宝で有名とされるアケロス殿と白銀のマントを纏った少年少女が二人、そしてグエンもいる。



アルドは違和感を感じて思案した。


―あの少年少女は何者なのだろうか?


この場に居るのは間違いなくサウスの重鎮のはず。

おおよそこの場に似つかわしくない若輩の少年少女がここに居ることに彼は疑問を感じずには得られなかった。

アルテミスに住む民とは異なった顔だちをしているように思えるが…


 *


私は桔梗とともに大広間に入ってきたヘカテイアからの使者を見た。


―なるほど、これはなかなかの相手のようだな。


大広間に入った瞬間に、私達がどのような関係なのかを分析してどう対応するかを考えている。

今回の件は、ヘカテイアにとってかなり不利な交渉となるはずだが、非常に堂々たる態度で好感が持てる。


カインが使者へ声をかけた。

「高名なヘカテイアの知将、アルド様が直接こちらへ赴いて下さるとは思いませんでした。」


アルドがカインに深く一礼をする。

「この度はカイン公のサウス領主ご就任とアルベルト様の商人ギルド長ご就任のお祝いに参りました。王は、イースタンでの一件を見事に解決された貴方の手腕を深く買っておられましてな。それで私が参った次第にございます。」


カインが微笑して私の方を見た。

「そうでございましたか、それはありがたいことです。あなたに紹介したい者がおります。」


私はカインの意図を察して桔梗とグエンと共にアルドに深く一礼をする。

「サウスの海軍を任されているガイと申します。どうぞ御見知り置き下さい。」


そしてグエンを一顧してアルドに紹介する。

「この者は私の大事な部下のグエンと申します。実務は彼に任せることにしておりますが、なかなかに有能な男です。」


アルドもグエンを一顧した後に私に問いかける。

「そうでしたか、噂によるとグエン殿がアルベルト様を襲われたという流言が我が国に流されていて、念のために私がグエン殿妻子をお預かりしているのですが、これは事実でしょうか?」


私はフレイを一顧すると彼女は静かに頷いた。

「そうですね…元商人ギルドのテリアが申すには、アルベルト殿が真の商人ギルドの長にふさわしいか試したいと言うことで、ヘカテイアの王様が軽い余興を催してくださったそうです。私共も少し驚きはしましたが、余興ということで少々派手に立ち回らせていただきました。」


アルドは顔を顰めて私の話を否定する。

「テリアというものについては私共もよく知りません…ましてそのような得体の知れない者に王が何かを命ずるとは全くありえないことです。彼の妄言かもしれませんが、こちらとしては看過できない発言です。ですが…余興と申されるものには興味がありますね。どのように対処されたのでしょうか?」


私はグエンの方を向き、話すように促した。


グエンが静かに余興について話し出す。

「ガイ様とマグニ様がのる帆船一隻に、私は帆船三隻と小舟十隻で挑みましたが、全く歯が立たず帆船二隻が沈められ、小舟も無力化されました。私はテリアに脅されつつもガイ様と一騎打ちをしましたが、敗れました。その後、ガイ様はテリアから我々を解放しただけでなく、我々を部下に迎えるという温情をかけて下ったのです。」


アルドは表情を変えずに私とマグニを称賛した。

「そうでしたか…ガイ様は情け深い方なのですね。そして、マグニ様がサウスの街で海の守り手と言われた理由もよくわかりました。グエン殿はよい主君を手に入れられたようですね…妻子につきましては次の船便でサウスに送り届けるといった形でよろしいでしょうか?」


私は笑顔で答える。

「せっかくなので貴方をグエンに護衛させましょう。私の部下の中で一番船の扱い長けております。彼も家族に会えるとなれば喜ぶことでしょう。」


そしてカインを一顧するとカインもそれに同意した。


アルドは逡巡したが、これを受けないとサウスを信頼していないと見なされることに気づき、仕方なく同意した。



一通り私の照会が終わったところで、カインがフレイのほうを見て彼女を紹介する。

「アルド様、こちらが妻のフレイです。」


フレイがアルドを見て微笑する。

「久しいですねアルド様、元尋問官のフレイです。先代の王と王妃のご不幸からよく国を支えられているようですな。」


アルドが今までの冷静さを捨てて、驚愕の顔を浮かべた。

「まさか…貴方がカイン公の妻になられていたとは…王のカイン公に対する信頼がこれほど深かったとは思いもせず…」


フレイが眉をひそめてアルドを嗜める。

「公の場所ではあまり多弁にならぬほうが良いのでは? それと…そうですね、私も王より新しく役職を頂いたのでヘカテイアにも伝えておかねばと思いましてね。」


そしてアルドに王からの書状を手渡す。


それを読むアルドの手が震えだす…そしてアルドはフレイに傅いた。

「まさか、サウス地方全般の尋問官およびヘカテイアとの外務官に就任されていたとは、気付かなかったとはいえ失礼致しました。」


フレイは静かな声でアルドに書状の続きの説明をする。

「そういったわけで、私はカイン公と結婚したことの報告と今後の外交の件でカマル王に直にお会いしたいのだが…今回の余興などのおかげでな、多忙なのだよ。」


アルドがフレイの真意を察して慌てた声で反論しようとする。

「お…お待ちくださいフレイ様、カマル様は王でございます。王が国を離れて領主の婚姻を祝う為に挨拶へ赴くなど前代未聞の事です。」


フレイが冷たい目でアルドを射抜いた。

「ほう…? アルド様は私が何も知らずに余興を楽しんだと思われているか。」


フレイが手を二度たたくと、執事が何かの資料を持ち込んだ。


そしてそれをアルドに渡すように指示をする。

アルドがそれを読んだ瞬間に固まった。


資料には、今回の件にかかわった首謀者である側近の名や準備に関わった家臣、首尾よくテリアが任務を終えた時の処遇についてまで詳しく書いてあるのだ。


フレイが静かな声でアルドに告げる。

「アルド様、これは写しなので差し上げます…存分にお使いください。カマル王と貴方はよく国を治めようとされているのは分かりますが、あまりに側近が好き勝手にしすぎてはいませぬか? こういった余興はもう少し証拠を残さずにするものですぞ。」


アルドが表情を戻し、フレイに問いかけた。

「このようなものが手に入るということは、我が国にも随分とアルテミスの協力者がいるといった所でしょうか?」


フレイはそれに答えずアルドに告げる。

「書状には、ヘカテイアの王に外務官を王の代理と考えて接するようにと書かれておりますが、ヘカテイアとしてはどういたしますか? このようなことは無礼と考えて無視するのも一興ですが…その時は私も尋問官として今回の余興について色々と対処させてもらいます。」


アルドは苦悩したが…フレイの要求をのまざるを得なかった。


そしてフレイに確認する。

「恐らく、フレイ様がそう言われるということは…我々に加担して頂けるということなのでしょうか?」


フレイはカインの方を向く。

「それはカイン公が決めることです。」


マグニが何のことだという顔をしていたのでカインが優しく教えた。

「マグニ…カマル王がサウスに訪問されたら、それを機にヘカテイアで反乱が起きる可能性が高いんだ。」


マグニの目が大きく見開かれ、広間に静寂が広がった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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