海賊たちの処遇
私達はグエンを連れてカインの屋敷の応接間で話し合いをした。
アケロスが私の頭をガシガシなでながら嬉しそうにカインに言った。
「海賊まで従えちまうとは、俺の息子は大したもんだ。」
フレイも顔は苦笑しているが、目が完全に笑っている。
「ガイ…流石にに私も予想できなかったよ…まさか海賊を討伐するとは聞いていたが、完全に臣従させるとはな。」
そして、とても嬉しそうな声で私に言う。
「海賊どもを商人ギルドに押し付ける気だったようだが…残念だったな。」
カインは少し難しそうな顔をして私に問いかける。
「それで、ガイ君はこの海賊達とサウスの関係についてどう対処しようと思うのかい?」
私は少し考えた後に、海賊たちの処遇についての考えを話した。
*
―まずは彼らの処遇についてだ。
彼らは海賊ではなく、私直属の配下としてサウス海軍として働かせたい。
主な任務として、商船の輸送と護衛、そしてサウス領海の防衛を任せたい。
そうすることで、サウスの民たちはグエンの一派を脅威ではなく守り手として信頼することになるだろう。
また、将来のことを考えて現在の海賊は主に海軍の武官として働いてもらい、商人ギルドから交易や薬学、料理人を海軍の文官として登用することで、この一帯の経済を良くしていく礎としてより期待することができる一団になれるだろう。
―そして、将来的なサウスのと海賊の関係についてだ、
私は将来的な解決方法として、海軍の士官学校の開設を希望する。
そこで半年ごと学徒を入学させ、退役した海軍の者を教え手として船での実習と陸での教育を交互に行わせて海運業の専門家を輩出する。
交易をおこなう関係上、陸の教育で商人ギルドから講師を招ければなお良い結果が生まれると思われる。
士官学校を卒業した後は、各人の才に応じて決める。
例えば商才があれば商人ギルド、武の才があれば海軍、交易の才があるのであればどちらで登用しても良しとすれば、将来的なサウスを支える人材になることは間違いないだろう。
*
カインは満足げに私の献策に耳を傾け、私に問いかける。
「なるほど、それならば海賊たちはかなりサウスにとって有益な存在になれるだろうね。あと、さし当たって必要なものはあるかな? 今回の戦功を考えればそれなりに報いたいと思う。」
私はアルベルトのほうを見て笑みを浮かべた後にカインに告げる。
「まず初めに、ミスリルの帆は海軍に頂きたいと思います。交易や防衛などで彼らが活躍することを考えれば、所有させる価値はあるものと考えます。」
カインは静かに頷き、アルベルトの方を向く。
「確かにそうだね…アルベルトは異存はないかな?」
アルベルトは微笑して静かに頷いた。
私は次の要求をする。
「そうですね…ドーベルですが、海軍にも所属ということにして欲しいです。」
これにはカインとアルベルトが焦った。
「ガイ君…それは流石に困る、彼は商業ギルドの副ギルド長にする予定なんだよ。」
私はアルベルトを一顧してカインに説明する。
「彼は海上警備などの任務で海賊との信頼関係はすでに築けています。さらに交易関係にも強いとなれば、元海賊が海軍へとなるに当たって輸送業務についての良い指導役になるでしょう。それに、商人ギルドから交易関係の人間を海軍に受け入れる際の懸け橋にもなることができますね。」
アルベルトがなおも逡巡するので私は彼に言った。
「商業ギルドとしては全面的に協力してくれるはずだったよな?」
アルベルトは降参したように私に言った。
「ドーベルの意思を尊重したいので、彼に聞いてからでもよいですか?」
私は頷いた後にアルベルトに優しい顔で言った。
「海軍にも所属といった訳だから、あくまで本所属は商人ギルドさ。顧問として海軍に来てもらい、ある程度落ち着いたら商人ギルドで本業に専念させると良いんじゃないかな。」
アルベルトが胸を撫で下ろして苦笑する。
「ガイ殿もなかなか意地悪なことをしますね。」
私はそれに笑顔で応え、グエンに命じた。
「そういうわけだから、お前はしばらくの間しっかりとドーベルに教えを請うんだ。そしてサウスの海運と安全を一身に背負う気持ちで職務に全うしてくれ。」
グエンは深く私に頭を下げて了承した。
私はカインに念のため確認する。
「…と、まあこんな形で海賊達の罪は償うといった形で良いでしょうか。」
カインは深く頷く。
「そうだね…でも、給金などはしっかりと支給させてもらうよ。あとは船もしっかりと造船させるから安心して欲しい。」
私は深く感謝したところでフレイがまた悪戯っぽい顔で私を見て言った。
「ガイ…まったくお前は策士だな。全部グエンとドーベルに任せて、自分は見事に逃げたな?」
私はグエンのほうを見ながらフレイに反論する。
「彼らの手に余った時は私が面倒を見れば良いってことです。本来、将いうのは部下に仕事を任せるものですからね。」
桔梗が私の背後からぼそりと呟いた。
「その将という理から一番外れたことをしている人がそれを言うのですか…」
ぎくりして後ろを振り向いた瞬間、応接間が笑いに包まれた。
マグニが腹を抱えながら私と桔梗を見てカインに言う。
「義父さん、ガイは…こうやって海賊船の上でも桔梗に説教されて小さくなっていたんですよ。」
カインは目を細めながら私たちのほうを眺めている。
「私もそれは見てみたかったものだね…あのガイ君が小さくなっているところを。」
アケロスも私の様子を見てつぶやいている。
「ガイは戦闘とか戦略的なことは一人前なんだが…本当に女性に対してはヘタレだからな…」
フレイも笑っていたが、真面目な顔に戻ってアルベルトに問いかけた。
「さて、アルベルト…私かカインあたりに何か頼みごとがあるのでは?」
アルベルトが真面目な顔をしてフレイのほうを向く。
「そうですね、実はグエンの妻子が殺されるのを防ぐために、ヘカテイア宛に私が新しい商人ギルドの長に就任した挨拶と、旧幹部の登用をしてくれたことの感状を送っておきました。」
「ほう…それで、グエンとその妻子についてはどう書いた?」
「私の就任とダナン一派の海賊との和睦を祝して、ヘカテイアに登用されたテリア殿が面白い余興を開いてくださり、その結果グエンというかけがえの無い将がサウスに加わることになりました。そして、彼を登用した以上は、その妻子は責任をもってサウス住民として、なに不自由なく暮らさせるのが妥当なのでこちらに移住させたいと書きました」
「それで、ほかに何か書いたのか?」
「そうですね、キキョウ殿に手伝ってもらって、テリアに書簡の続きを自筆で書かせました。ヘカテイアの使者とグエンの妻子を連れてくるように…決して間違いがあってはならないと。」
フレイが訝しげな眼で桔梗を見る。
「そういえば…イースタンでも衛兵がキキョウを呼んで来ようかと言っていたが…彼女に何かそういった特殊な何かがあるのか?」
アルベルトとカインが一瞬青くなるが、平静を装ってアルベルトが答える。
「い…いえ、キキョウ殿は昔、諜報の仕事もされていたということで、そういった分野も得意なのですよ。」
フレイが興味深そうに桔梗のほうを見た。
「今度私にもその諜報とやらの方法を教えてくれないか? 元尋問官としてとても興味深いものだ。」
カインが思わずイースタンでの桔梗の尋問の仕方を思い出して叫ぶ。
「だっ…駄目だ! フレイは今のままで十分魅力的だ、これ以上のそういった知識は持たなくて良い。」
アケロスが呆れた顔でカインに突っ込む。
「カイン…そういった話は閨の中でしてくれ、今は大事な話の途中だぜ。」
アルベルトが気を取り直してフレイに話を続ける。
「そういったわけで、数日後にはヘカテイアから何らかの反応が来るものと思われます。」
フレイがカインに尋ねる。
「カイン、奴らが無視する可能性はどれくらいあると考える?」
カインは少し思案して答えた。
「そうだね…ヘカテイアとしては、今回の襲撃については何を言っているのかが分からないと無視を決め込みたいところだね。だけど、交易先の商人ギルド長が挨拶の書簡まで送っているのに返事をしないという愚行はさすがにしないと思うよ。」
フレイは満足げな顔で頷く。
「そうか…それは楽しみだな。実はもう少してこずるものだと思っていて私も一手打っておいた。」
フレイが私たちに見せた書簡を見てカインの表情がこわばった。
「これは…王は君のことを本当に信頼しているんだね。」
「まあ、王も忙しいからな、こんな些事に構ってはいられないのだよ。」
*
ヘカテイアの王、カマルは切れ長の紫色の目で家臣たちの慌てぶりを見ていた。
彼は褐色の美しい顔を覆う銀髪をかき上げながら、右往左往とする側近と家臣の情けなさに歯噛みする。
そして、今回の一件について思い起こした。
*
―私はサウスの商人ギルドの元幹部を調略するところまでは許可した。
交易上有利になるから、サウスに圧力をかけるというところは理解できる。
だからこそグエンに対して便宜を図り、彼がサウスの船を襲うところまでは許した。
だが、欲をかいた側近とテリアが暴走して新しい商人ギルド長を襲ったのなら話が別だ。
奴らはアルテミスと本気で戦争でもしたいのか?
そんなことになれば、交易が止まってしまい国の経済が停滞することすらも理解できないと見える。
最悪なことに、彼らは表向きには私の為とすり替えてそれを実行していたのだから度し難い。
聞けば、グエンや海賊達に契約の人形を使って従わせていたというではないか…それが事実ならば海賊たちが契約から解放されたら向こうの軍団に下るのも致し方がないことだ。
ここまで事態を酷くしておきながら、彼らはそれに対応する方策すら考えずにただ喚いているばかりだ。
*
そして、カマルは今更ながらに自分の無力さ嘆いた。
―私にもっと求心力があればこのようにはならなかったものを…
王と王妃が病で急死したためにカマルは二十で王位を継いだ。
当時から神童と呼ばれていた彼が王位を継ぐこと自体はだれも文句を言わなかったが、父王の時代からの側近たちが今でも幅を利かせていて、王位をついでから三年にもなるのに彼自身の求心力はまだ低い。
今回の件は、彼の求心力の低さを顕著に表したものの一つと言えるだろう。
そんなカマルにも、信頼できる配下が一人だけいる。
乳兄弟のアルドだ。
彼はカマルと同い年で、その知略からヘカテイアの智将と呼ばれている。
そして碧眼の美しい銀髪を持つ美丈夫で有名な男だ。
今は、別の任務で王都を離れているが、彼さえいれば側近達がこのような杜撰な陰謀などを起こすことがなかっただろう。
*
これ以上考えても仕方がないので、カマルは鈴の音のように静かでよく通る声で家臣たちを窘めた。
「皆の者、静まるがよい。すぐに戦争が始まるわけでもあるまい。」
家臣達が騒ぐのを止め、カマルに傅く。
カマルは家臣たちに尋ねる。
「それで…散々騒いでいたようだが、何か良い方策の一つでも浮かんだか?」
玉座の周りの先ほどの喧騒が嘘のように静まり返ってしまった。
カマルが失望したような顔で側近と家臣たちに問いかける。
「お前たちは、自分達の欲望のままに動き、さらに私の名前を騙った挙句…失敗したわけだ。せめて策の一つでも出して、この責任を取ろうという者はいないのか?」
側近たちが家臣たちを睨み付け、家臣の一人が慌てながら献策をした。
「恐れながら…テリアは元々商人ギルドで陰謀に失敗してこちらに逃げたという経緯があります。彼がサウスを逆恨みして、我らを勝手に盟主と仰いだという風に仕立て上げるのが賢明かと思われます。」
カマルは静かに頷く。
「そうだな、我らは彼には一切関与していないことにするのは賛成だ。だが、グエンはどうする?」
違う家臣が側近に諂うように進言する。
「彼の家族を殺して何も無かったことにするのはいかがでしょうか。」
カマルは軽蔑した目でその家臣を睨み付けた。
「お前はサウスから来た書簡を見ていなかったのか? わざわざサウスの住民として迎えると書かれているのに理由なくそれを殺してどうするというのだ。それこそ裏で何をしていたのだと疑われる。それくらいのことすら解らぬのか。」
周囲から失笑が漏れ、その家臣は顔を赤くして下を向いた。
その状況を見たカマルは力いっぱい床を踏みつけた。
激しい音に音に失笑がかき消され、家臣たちはカマルの怒りを感じて平伏する。
カマルが周囲を睨みつけ、苛立ちを抑えずに言い放つ。
「この者を失笑している者たちも同罪だ。私の名を騙りながら欲に駆られて動く者たちを見過ごし、そしてこのような事態になるまで私に報告の一つもよこさぬではないか。」
家臣たちが下を向いて何も言わないのを見て王は失望しながら側近達に尋ねた。
「あいつらは役には立たぬ。そなた達…なにか良い方策はないか?」
今回の件の元凶である側近達には、こういう時にこそ役に立ってほしいのに、全て王に任せるといった顔をして一切何も言わない。
カマルは『お前たちが招いたことだろうが』と叫びたくなるのを必死に堪えた。
その時、冷静だがよく通る声が広間に響き渡った。
「カマル様、ただいま任務より帰還致しました。私に方策がございます…」
皆がその声のほうに振り替える。
そこには銀髪の碧眼…そう、アルドが立っていた。
カマルは思わず玉座から立ち上がりそうになったが、側近達が制止した。
アルドは側近達に対し冷ややかな目を向け、少し思案した後にカマルに進言する。
「急ぎ使者をサウスに送るべきと思われます。新しい領主と商人ギルド長に挨拶の返礼といった形が良いでしょう。そしてグエンの妻子については、サウスの要人に危害を加えようとした咎の為、こちらでも取り調べを行っている。そちらの対応次第ではすぐに引き渡すのもやぶさかではないとでも伝えておきましょう。」
カマルは周囲を見渡して、問いかけた。
「他に異論がある者はいるか?」
異論を唱える者は当然のことながらいなかった。
家臣たちは頭を下げ、すぐに準備に取り掛かった。
側近達は、カマルに囁いた。
「もしこれでうまくいかなかった時は彼にすべての責任を取ってもらいますぞ。」
カマルは側近達のあまりの発言に流石に激昂した。
「黙れ! 元はと言えば貴様らが始めたことだろうが…肝心な時に何もせずに責任だけをこちらに押し付けるのか? 早々に下がるがよい。」
側近は舌打ちをして下がり、カマルとアルドが残される。
アルドはカマルに傅いて謝罪した。
「申し訳ありません…どうやら側近の策のようでした。私を王都より遠ざけている間にサウスへ陰謀を仕掛けたのでしょう。」
カマルはアルドに近寄り、肩を叩いて告げた。
「すまぬが此度の使者…お前に頼めぬか? もうお前しか頼れるものがおらぬのだ…すまぬ。」
アルドはカマルの頼みに涙を流しながら応える。
「私がふがいないばかりに…王よ、申し訳ありません。」
人がいない広間の中で、ヘカテイアという国の病を必死で支える二人は、この先の国の未来のために交渉という戦場でに赴く決意を込めて抱き合った。