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海の守り手と海の悪魔

白銀の帆が煌く二本マストの帆船の船室に二人の男が葉巻を吸いながら海賊からの報告を待っていた。

一人はインテリ風の神経質そうな顔で見事な金髪の長髪を後ろで束ねている。

彼こそが今回の諸悪の根源であるテリアだ。


テリアの前にいる大男は筋肉質な体を浅黒い皮で包んだような風体をしており、極めて残忍な顔をしている。

彼はテリアを宥めるように話し始めた。

「テリア、そんなに焦んなよ。ダナンとの盟約を反故には出来ないだろ?」


テリアは苛立ちを抑えずにその男に不満を述べる。

「グエン…お前はそう言うが、私は早くヘカテイアの王に土産を持って帰りたいのだよ。それに、私を裏切った商業ギルドの次の長に、イースタンの元領主の息子が就任するなんてあってはならないことだしな。」


『裏切ったのはお前だろう』とグエンは突っ込みたくなったが、ヘカテイアの王から自分達に便宜を図る代わりにテリアを丁重に扱えと命じられているために堪えた。


テリアがさらにグエンに嬉しそうに語る。

「もし、あの小僧を攫うことが出来ればな、サウスの領主を脅して私は商業ギルド長になることも可能かもしれないのだ。そうすればお前たちにも良い思いをさせてやろう。」


グエンは完全に冷めた目でテリアを見つめているが、テリアは今回の件が上手くいった後のことだけを想像して悦に浸っている。


彼の相手をこれ以上しても仕方がないと考え、グエンは甲板に上がることにした。


 *


グエン自身は今回の襲撃については問題ないと考えている。


―通常で考えれば、まず負けることはない。


こちらは帆船が三隻、そして強襲用の小舟が十隻。

どちらもミスリルの帆を使っているため高い速力を持つ。


こちらの兵力はおおよそ百人、相手は多くて三十人程度とみるからかなり戦力差も大きい。


相手はこちらの条件通りに来ていれば帆船が一隻。

たとえ相手が同じミスリルの帆を使った帆船でも、強襲用の小舟の方が速い為、それを使って取り囲めばこちらのものだ。


強襲用の船は五人乗りだから戦力的にはほぼ互角に見えるが、四方八方から攻められる状況では相手の指揮も十分には発揮されないはずだ。


そして、敵はこちらに近づくことすら出来ずに小舟から船に乗り移られ、制圧されることになるだろう。


テリアが言うには、今回の敵の隊長は、王国でも屈指の騎士で有名なマグニだと聞いていた。

だから後詰として、こちらの二隻の帆船で挟撃しようと思うが…恐らくはそこまでしなくても大丈夫なはずだ。


彼は海の戦いに慣れていないだろう…つまり、揺れる船の上では満足に戦えるはずがないからだ。



いずれにせよ、楽勝だとグエンは思いながら見張り台からの連絡を待った。


そして見張り台の船員から目標の船を発見したという連絡を受けたグエンは叫ぶ。

「でめえら、あのお高くとまったサウスの帆船に海の厳しさを教えてやれ!」


彼は海賊達が小舟に乗ってサウスの帆船に向かっていくのを満足気に見つめた。


その時…空に白銀の大きな蝙蝠が飛んでいるのが目に入る。

「あれはなんだ? 今まで見たことがない…新種のエイか何かか? つがいのように空を飛んでいる。」


だが、今はサウスの船を落とす…あの蝙蝠のような何かはその時に考えればよいのだ。


グエンは腕を組みながら、視線をサウスの帆船に戻した。


 *


ガイとキキョウが敵の帆船に飛び去って行くのをマグニは眺め、アルベルトとドーベルに船室から出ないようにと伝えた。

ドーベルはガイ達が空を飛ぶのを見て、腰を抜かしそうになっていたが、アルベルトがうまく説明するだろう。


マグニは兵達に配置につくよう命じる。

「それぞれ持ち場につけ! 船尾には五人、右舷と左舷に五人ずつ、そして残りは手薄なところに援護に回れ。」


兵士たちが配置についた後、マグニは法螺笛を吹いた。

繊細ながらも見事な技量で彼は法螺貝を月夜に照らされた海一杯に響き渡らせる。

その見事さに敵味方とも一瞬動きが止まる。

そして彼は叫んだ。

「さあ皆の者、鬨の声を上げろ! 敵を声で殺してやろうぞ。」


兵士たちがあまりのマグニの勇ましさに思わず一緒に叫び、サウスの帆船から鬨の声が上がる。


海賊たちは何が起こったのかもわからず呆気にとられ、先ほど頭上を通過した銀の蝙蝠を忘れてサウスの帆船に目が釘付けになった。


だが、相手が少数だと思い出してすぐに帆船に近づいていく。

「こけおどしだ、奴らの策に乗せられるな!」

「我々は奴らよりも多数なのだ、負けるはずがない。」

「鍵縄を奴らの船に引っ掛けてやれ」


海賊たちは巧みな動きで帆船からの弓を避け、鍵縄を船に引っ掛けていく。

そして猿のように起用に綱を登って船への侵入を図る。


マグニがその様子を見ながら指示をする。

「弓隊、斉射せよ。剣を持っているものは私とともに鍵縄を切れ。」


揺れる船の中、マグニは神速で動き右舷の敵の鍵縄を見事に切り落とす。

「こちらは俺に任せろ。お前らは他のの場所へ救援に行け。」


マグニはよく対応しているが、やはり多勢に無勢で海賊の何人かが甲板に上がり始めた。


マグニは即座に対応の変更を指示する。

「右舷・左舷の防衛をしてるものは船室への入り口を固めろ。上がってきた奴は私が処理する。」


海賊達は曲刀を手にもってそんなマグニを嘲笑う。

「まさか一人で五人相手をするとでも?」


マグニはそれに答えるよりも素早く、縁に近いの海賊の胸元に近づく。

慌てて海賊が曲刀で防ごうとするが、マグニはその曲刀の刃にロングソードを合わせるようにして軽く払った後に海賊の腕をとってそのまま海に投げ落とした。


そのまま、次の海賊の足を切り、動きを奪った後に次の海賊のほうに向かって一気に間合いを詰める。

海賊の目が変わり、下から舐めるようにマグニの左腕を狙った一撃を見舞った。

マグニはロングソードでそれを受けながら切り返しで仕掛けるも、海賊はさらに器用に手首をひねってロングソードを持つ右腕を狙っ他一撃を放つ。

マグニの目が光り、それに呼応する形でロングソードが光った瞬間、海賊の曲刀が天に向かって弾き飛ばされ、彼はそのままの勢いで彼の前蹴りを食らって海へと落ちていった。


海賊たちが動揺する。

「どういうことだ…あいつは海での戦いに慣れてないと船長は言われていたが、これでは我らよりも船に慣れているようではないか?」


マグニは挑発的な笑みを浮かべながら海賊たちを睨み付ける。

「最初の勢いはどうした? もう少し遊んでやってもいいんだぞ。」


海賊たちは、小舟に何かの合図を送る。

少し離れた場所に待機していた小舟からマグニに向かって矢が射掛けられた。

兵士が焦った顔でマグニに駆け寄ろうとする。

だが、マグニはその兵士に向かって叫んだ。

「持ち場を離れるな!貴様は船室を死守するのだ。」


そして、彼はその矢を見もせずにロングソードで防いでいく。

そして彼のロングソードが誇らしげに月の光に負けない明るさで光り始めた…絶対的な守護を彼に与えるのだと言わんばかりに。


さすがの海賊たちもこれには動揺した。

そして動揺した隙を突かれてまた一人マグニに海に突き落とされる。


 *


戦況が思わぬ方向に向かい、グエンは歯噛みした。

「何をしているの…敵は少数なのになぜ船を制圧できていないのだ!」


そして、サウスの帆船から眩い光が放たれたのを見て…事態のまずさを悟った。

「理力があれほどまでに強く発現しているだと…あのマグニという奴はどれほどの化け物なのだ。」


そして慌てて、自軍の帆船に突撃の命令を出そうとしたときに…彼は信じられない光景を目にする。

「ば…馬鹿な…こんなことが…」


 *


私と桔梗は空を駆け、敵の帆船の上部を旋回する。

敵の首領が載っていそうな船が一段後ろで、その左右に帆船が今にも前進しようとしていた。

私はその動きを見てすぐに察した。


―なるほど…挟撃をするつもりか、ならばそれを潰して敵の戦意を挫く。


自軍の方を眺めると、小舟の動きから戦況は膠着しているのが一目で解った為、私は思わず呟いた。

「マグ二、やっぱりあいつはやる奴だ…期待以上の働きをしている。」


私は、彼がロングソードを光らせた瞬間に右側の帆船へ向かって急降下する。

海賊が私に気づき叫びだす。

「なんだあれは…白銀の蝙蝠が迫ってくる。」


私は高度を下げ、敵帆船の舳先方向より左舷から降下する。

そして、ほどよい高度になったところで、飛蝙蝠をマントに変える。

さらにミスリルの刀を腰だめに構えて、降下中に居合を放ち、前部マストを支える左舷側のロープを切り裂いた。


前部マストの左側の帆が自由となり右側の帆だけに風の力を受け、船が左回りにに急旋回をし始める。

その影響で甲板が大きく揺れる中、私は後部マストの右に着地した。


そして、私は刀を一閃して後部マストを支える右舷側のロープを切り裂く。


マストがよじれる中、何とか風を受けて均衡を保とうとするミスリルの帆だったが…私はその抵抗をあざ笑うように後部マストの柱をを右斜めに切り抜き、刀を鞘に納めた。


海賊たちは、何が起こったのかもわからず混乱する。

「何が起こった…マストが倒れる!」

「船が傾くぞ…なんてことだ…」

「なんなんだあの少年は…化け物だ…」


後部マストのミスリルの帆が風を受けてずり落ちるように左斜めに傾き、それに引きずられるような形で船が大きく左に傾く。


とっさに私は右舷へ飛び…左手を挙げながら船の縁を強く蹴って高く舞う。

そして低空で飛んできた桔梗に向かって叫んだ。

「桔梗、今だ!」


桔梗の飛蝙蝠が低空で飛来し、私の左手に分銅を付けた鞭がしっかりと巻き付けられ、そのまま次の帆船へ向かって飛翔していく。


私達が飛び去った直後、倒れたミスリルの帆が水面に接触し、波の抵抗のままに船をひっくり返した。


私は笑みを浮かべながら彼女に感謝する。

「助かったぞ桔梗…中々に面白い余興だな。」


桔梗が呆れた顔で答える。

「まったく…こういうことを考えるのは凱さまぐらいなものです。昔から無茶ばかりされるのですから。」


そして怒った顔で私に説教を始めた。

「いくらこの世界では飛蝙蝠が平地からでも飛べるとはいえ…ここはどこだか分かっていますよね? もし海中に落っこちたらそれこそ飛べずに海の上に漂うか…最悪沈んでしまう可能性あるということを自覚した上で、私にこんなことをさせるのだから…。」


私は苦笑しながら言った。

「分かっている…だからこそ、こうして君に回収してもらっているのさ。さて桔梗、あと一回はやらないといけないからな…頼むぞ。」


桔梗はやれやれといった顔をしながら口を尖らせた。

「やるなと言っても勝手に降下するのでしょうから、しっかりと分銅を握っていてくださいね。」


左側の帆船の海賊たちは自分たちの右舷にいたはずの帆船が傾いていくのを見て驚いた。

「いったい何が起こったんだ?」

「わからねえ、サウスの帆船に目が釘付けだったから…。」

「おい…何だあれ…近づいてくるぞ!」


海賊たちはあまりの事態に思考が追い付かなくなった。

右舷の船が沈没した上に、白銀の蝙蝠が低空でこちらの右後方から追いかけてくるのだ。

そして、少年が蝙蝠から離れて右舷後方からこちらの甲板に飛び降りてくる…


私は、彼らが呆気にとられている間に刀を一閃して、後部マストを支える右舷側のロープを切り裂く。

船が先ほどとは逆に右回りに急旋回する中、私は前部マストの左側のロープを切り裂いた後に前部マストの柱を左斜めに切断した。


船が今度は右に大きく傾く…私は左舷に素早く飛び移り、船の縁を先ほどと同様に強く蹴り出して宙を舞い、桔梗に回収してもらう。


次の船の帆も見事に波に飲まれ、船を引きずって横倒しにした。


桔梗が私が敵の帆船を行動不能にしている間の戦況について報告する。

「サウスの帆船がこちらに向かっています。それに先行して敵の小舟が急いで本船へ帰還しようとしています。」


私は満足げに頷いた。

「流石マグニだな…敵の妨害など無かったかの如く、こちらの動きに合わせてくれる。」


私は桔梗に小舟のほうへに進路を取り、高度を上げるよう指示した。

彼女は滑るように風に乗り高度を上げていく。


ある程度の高度になったところで彼女は私を切り離す。

私はマントを飛蝙蝠に変えて風に乗り、次の作戦に移る。

「さて…では、帰還してきた敵には痛い目にあってもらおうか。」


私は桔梗と一緒に急いで母艦に帰還しようとしている小舟へ向かい、彼らの上空で旋回して一気に高度を下げる。

飛蝙蝠は一気に加速して、私達は彼らの前に飛び出る。

眼下の小舟はサウスの帆船を少し引き離しており、催涙粉を巻くには絶好のチャンスだ。


私と桔梗は催涙粉をまき散らす。

海賊たちは次々に顔を抑え…そしてバランスを崩した小舟同士がぶつかって沈没していく。

バランスを崩さなかった小舟も、目が見えないため見当違いの方向へ進み、本船に帰還できた小舟はいなかった。


そのまま私達は敵の本船に向かって飛んでいく。

私は隣を飛ぶ桔梗を見て笑みを浮かべる。

「さて…ここまで来ればあと一押し、あとは敵の頭を潰すだけだな。」


桔梗が敵の本船の帆を見て私に忠告する。

「ですが、流石にこちらの手が分かったみたいで帆を畳んでいますね。」


私は自信をもって彼女に伝える。

「まあ、これくらいは想定内だ…戦でいえば敵の本陣以外を落としたに等しい。」


 *


サウスの船上ではマグニが兵士たちから”海の守り手の英雄”と称賛されている。


逆に、沈没した船に取りすがる海賊達は恐怖に打ち震え、皆同じ言葉を口にした。


―空から白銀の海の悪魔が現れた…俺達はあの船に手を出すべきではなかった…

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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