海賊との交渉
恩赦で許された賊達がイースタンの鉱山から護送されて、サウスの街に到着した。
私は桔梗を誘ってアルベルトと一緒に賊達を出迎えに行くことにした。
賊は十五人ほどいたが、アルベルトを見た瞬間に歓喜の声をあげて駆け寄ろうとする。
衛兵が彼らを急いで制止しようとするが、アルベルトは彼らへ自然と歩み寄り、その手を取った。
賊達は、鉱山での待遇と恩赦の感謝をアルベルトに述べて傅いた後、私の方へ向き直って平伏した。
「貴方がジャンを倒して私たちを解放したということは、我らの中で周知の事実です…本当に感謝しています。」
私は彼らの手を取って立たせた後、彼らを諭す。
「望まぬ戦で戦わされるのは辛かっただろう…国に帰れたら妻子を大事にするんだ。そして、二度とこのような卑怯な契約に騙されて命を無駄にしないでくれ。」
賊達は、涙を流しながら私の言葉に頷いた。
*
ドーベルが海賊と交渉し、サウスの海上で賊の引き渡しを行うことで合意した。
引き渡しを行う前に、私と桔梗は領主の館にて、アルベルトとドーベルそしてマグニと打ち合わせを行うことにした。
まず、マグニに今回の引き渡しが終わった後に起こるであろうことを伝えた。
「マグニ、恐らく今回の恩赦で納得できた海賊については、今回の引き渡し後には襲ってこないと考えられる。」
マグニは当然だという顔をしてうなずくが、私の次の言葉で顔をこわばらせる。
「だが…恐らく引き渡しを終えた後、襲撃される可能性が高いと思われる。」
マグニは私に問いかける。
「ガイ、なぜそう思う? そしてどういう奴が俺たちを襲うんだ。」
私は彼へ私の推論について説明をすることにした。
*
―今回襲ってくるのは元商人ギルド幹部の重鎮がいるとされる海賊の一派だろう。
彼らはの目的としては、新しく商人ギルド長となったアルベルトを拉致すること。
そして、サウスと交渉して自らが返り咲くことを望むか…あるいは南方の国との交渉材料にするといったところだ。
まあ、いずれにしても愚かなことだ…仮にサウスの領主が息子の為に応じようとしても、アルテミスの王が応じるはずがない。
むしろ、違う商人ギルド長を早く選べとカインに迫るはずだ。
ヘカテイアとしてもアルテミスと全面戦争をするリスクをとるとは思えない。
だが、彼らも必死なのだ。
立場を失い、国を追われた者が蜘蛛の糸のようなあり得ない救いを求める。
そしてそれに縋りたいと願って必死に手を伸ばす…それゆえに必死で私達を攻撃してくることになるだろう。
*
マグニが私の話を聞いて複雑な顔をしながら言った。
「まったく…救いようのない奴らだ。元はと言えば自業自得ではないか…そんなに自分の地位が大事なら、最初からイースタンへ陰謀などしかけずに、まっとうに商売して生きていれば良いじゃないか。」
私はそんなマグニに好感を抱きながら諭した。
「マグニ、人というのはどうしても欲が出るものなんだ。そうだな…冷静に見れば絶対に失敗するとわかっていても、その先に莫大な利益があると、それに引きずられて実行してしまう輩もいるのさ。」
マグニがそれでも納得できない顔をしている。
だから私は彼の肩に手をのせて言った。
「マグニ…私はね、君のそういったところが好きだ。だから君には真っ直ぐに生きてほしいんだ。そして、将来領主になることがあったら、そういった心の弱い人たちをしっかり正せるようになってくれ。」
マグニはそれについては感じるところがあったのか深く頷いてくれた。
ドーベルがあっけにとられた顔をして私たちのやり取りを見ている。
そしてアルベルトに言った。
「あの少年、やけに老成しているんですけど…一体何者なんですか?」
アルベルトは微笑して答えた。
「きっと…人生の密度が私達とは桁違いに多すぎるんですよ。」
ドーベルはそう言うものなのか…と思ったが、アルベルトが信頼した顔で私を見ているので無理やり自分を納得させることにしたようだ。
私はさらに話を進めることにした。
「さて、おそらくその海賊達はミスリルの帆船三隻を母船として、小舟十隻を強襲用に使ってくると思います。ドーベルさん、小舟には大体何人乗りますか?」
ドーベルが私の問いに即答した。
「そうですね、五人程度といったところでしょうか。」
私は少し考え、そして三人に今回の作戦を伝えることにした。
*
敵と開戦したら、敵の母船となる帆船と一定の距離を取って逃げるように航行して欲しい。
そうすると、敵はおそらく帆船より素早い小舟で我々の帆船を強襲しようしてくる。
そいつらが近づいたら一度法螺笛のようなものでよいので大きな音を出してくれ。
それと同時に兵士たちに歓声を上げさせてほしい。
あとは、普通に防衛してもらいたい。
航行中のため敵を海に落とすのが一番手っ取り早いと思うが、やり方は任せよう。
ただし、船室には絶対に敵を入れてはならない。
アルベルトやドーベル達をしっかりと守り抜いて欲しい。
*
マグニが作戦を聞いていた中で一番の問題点を口にする。
「それだと防衛だけになってしまって、海賊達を討伐出来ないんじゃないか?」
私は笑みを浮かべてマグニに問いかける。
「敵を強襲しているときに、母船が沈没したらマグニはどうする?」
マグニ当然といった顔で答える。
「何者かの罠にかけられ、母船が襲われたと思って戻るな。」
私は桔梗の顔を見ながらマグニへその先を伝えた。
「その時に反転して敵の帆船のほうに向かってもらいたい。」
マグニが訝しげな顔をした。
「ガイ…そんな都合よく帆船が沈没なんかするのか?何も罠なども仕掛けていないのに…」
アルベルトが何かに気づいたようだ…だが少し心配したような顔で私に言った。
「確かに…凱さんなら何をしても驚きませんが、沈没させた後にどうやって脱出を?」
私は桔梗のほうを向いて自信を込めて言った。
「大丈夫だ、桔梗が何とかする。」
桔梗はやれやれといった顔で私の顔を見返す。
「いつもこうなんですよね…私の苦労も考えてほしいものです。」
アルベルトは安心した様な顔になったが、マグニとドーベルは顔を見合わせている。
私はマグニの肩を叩いて言った。
「この作戦は私が敵の母船を沈めるまでの間、マグニがこちらの帆船を防衛しきれるかにすべてかかっている。私は手合わせの時の君の実力を見て君ならやれると思っている…だから君も私にのことを信じてほしい。」
マグニは私の背中を叩いて笑って答えた。
「そこまで言われちゃ…男冥利に尽きるな。ガイ、俺に母船を沈めるところをしっかり見せてくれよ。」
私はアルベルトに頼むことがあったので、彼に相談をした。
「アルベルト、賊の引き渡しの時に海賊の頭ともし交渉できるなら…」
アルベルトはそれを聞いて驚いた顔をしたが、すぐに私の案を聞き入れてくれた。
*
私達は昼頃にサウスの街を出港し、半日ほどかけて予定の時刻に海賊が指定した海域に到着した。
到着した時間的には夜だが、月が出ている為、夜でもそこそこ視界が良い。
だが、遠方から迫ってくる船に気付くのは少々時間がかかりそうだ。
波は穏やかで、風もそこそこ落ち着いているので、ミスリルの帆は思い通りに風を受けることができるだろう。
何処からともなく、二本マストの帆船がこちらに近づき、松明を二度振り回した。
ドーベルが松明を三度振り回すと、帆船は静かにこちらに近づき、渡し板を降ろした。
向こうの帆船から立派な風格をした、鈍色のくせ毛がある大男が下りてきた。
その男がドーベルの肩をとても良い音で叩いて豪快に笑った。
「ドーベル、約束を守ってくれたようだな…感謝するぞ。」
ドーベルが少し痛そうな顔をしながら彼をアルベルトに紹介する。
「アルベルト様、彼がこの辺の海域を護っている海賊の一派の長をしているダナンです。」
一瞬マグニが襲っているの間違いじゃないのかと言いかけたが、それを制してアルベルトがダナンに深く一礼した。
「このたびは、前商業ギルドの失態により、あなた方に大変なご迷惑をおかけしました。」
ダナンがアルベルトのほうを見て感心している。
「お前はもともとイースタンの人間だったとドーベルから聞いたぜ。バロンに嵌められて殺されかけたり、俺たちの仲間に街を攻められたにもかかわらず、負けた奴らを鉱山でまともな待遇で遇したそうだな。」
アルベルトが微笑して答えた。
「戦い自体はこちらも死者なく勝てましたし、彼らもまたバロンの被害者でしたから。」
ダナンが彼の肩を叩いて笑いかけた。
「まあ…あれだ、バロンの尻拭いは大変だろうが、今回の件の対応はかなり気に入った。俺達はお前達を襲うのは辞めよう。」
アルベルトが少し困ったような顔をした。
「”俺達は”ですか…やはりもう一派のほうは納得しては貰えなさそうですかね。」
ダナンが難しい顔をしながら話す。
「もともとあいつらも聞き分けは良いほうだったんだが、商人ギルドのテリアという奴が、へカテイアと手を結んでからは変わっちまった。ミスリルの帆船のおかげでかなり調子に乗ってしまったようでな…まったく困ったものだよ。」
アルベルトがダナンに相談する。
「サウスに戻るまでの間に、彼らの襲撃を受けた場合お願いしたいことがあるのですが。」
ダナンがアルベルトに厳しい目をむけて答える。
「お前らを助けるっていうのは駄目だぜ。俺たちにも仁義ってもんがあるんだ。」
アルベルトは首を振り、そうではないと示す。
「いえ、もしもミスリルの帆船を沈没させた時の取り決めです。」
ダナンが一瞬あっけにとられた顔をしたがすぐに笑い出した。
「おいおい、いくら何でも一隻であいつらを相手にする気かい? いくらなんでも無謀すぎだぜ。そのままサウスの港まで全速力で帰ったほうがまだ生き残れる確率が高いぞ。」
アルベルトが微笑をやめ、真剣な目でダナンを見つめる。
「そのまさかを起こした時のことを聞いているのです。後の禍根を残さないためにも、その時は海賊たちの救助をお願いしてもよいですか?」
ダナンはアルベルトの勢いに押されつつも了承した。
「わかった…それ以外に何かあるか?」
アルベルトは再び微笑して答えた。
「テリアに奪われた船自体は、もう海賊のものなのでお渡ししますが、私達が戦いに勝ち、その結果海に浮かんだ物については戦利品として頂いても良いでしょうか?」
ダナンは不思議なことをいう奴だ…と思いながらもそれについては了承した。
*
ダナンの船に、恩赦を受けた異国の賊たちが乗り込んでいく。
そのうちの一人が私を指さしてダナンに何かを伝えた。
ダナンが驚愕した様子で私を見て感謝の意を伝えた。
「あいつから聞いたが、契約の理力を断ち切ってくれたのはお前だったのか…本当にすまない。」
私は賊のほうを見ながら彼らのことを思って言った。
「ああいった形で戦わされるのはあまりに哀れなものです…だから、もう二度とこのようなことが無いようにしたいですね。」
ダナンが大きく頷いた後、疑問を口にする。
「そういえば、あいつらがお前のことを銀色の悪魔と呼んでいたが…どういうことだ?」
私は穏やかに彼に言った。
「戦場では往々にして、そういったものが見える事もあるということでしょう。」
ダナンは不思議そうな顔をしたけれども、すべての仲間たちが船に乗り込んだ為に船に戻ることにした。
船に戻った後、彼はアルベルトに忠告した。
「奴らは気が早い…おそらくは我々が離れて少ししたら襲い掛かってくるだろう…それでは良い航海を。」
そしてダナンの船は滑るように海に消えていった。
*
私達はサウスへ向けて帰港すべく船を進めた。
私と桔梗は見張り台の上で敵の帆船を索敵しながら話をする。
「私は例の方法で船を沈めるので…桔梗は回収を頼むぞ。」
「分かりました…敵は射掛けてきますかね?」
「こちらが一隻というのが好材料だろう。こう言った時は防衛ではなく強襲の方に人を回したくなるはずだ。」
「確かにそうですね。ですが、あまり無理をなさらないでくださいね。」
私は静かに頷くと、桔梗が敵の帆船に気づいたようだ。
「凱さま、月夜に帆が輝いている帆船と小舟が取り囲むように三方から近づいてきます。」
私はマグニへ叫んだ。
「船を反転させて一定の距離を取ってくれ。」
マグニが船を反転させるよう指示をする。
私と桔梗はマントを飛び蝙蝠に変え、そのまま見張り台を蹴って飛び立った。
マグニは私たちの方を一顧した後、兵達に指示を飛ばしているようだ。
私はそんな彼を見ながら呟いた。
「頼むぞマグニ…今回の作戦の鍵を握っているのは君だ。」
私と桔梗は風に乗り、高度を上げながら敵の帆船へ向けて飛び去った。
海賊達が空を見上げる…そこには美しい白銀の蝙蝠がつがいのように飛んでいる。
彼らはその美しさに見惚れるも、自分たちが目指す船に向かって船を走らせた。
だが、まもなく彼らは知ることになる…
―あの美しく光る蝙蝠が恐ろしい海の悪魔だということを…




