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王の理力とミスリルの錫杖

もし、王の『数少ない歯止め』の言葉にに興味を持ってくれた人がいたら、第二章最終話(六十話)の「それぞれの願い」の中盤あたりで王がなぜ穏やかな微笑をしたのかと含めて読むと少し面白くなる…かもしれないです。

サウスからの使者が運んで来た献上物を見て、セントラルの貴族達は失笑を漏らした。

「尋問官をされていた方が、王の好みすら知らぬとはまったく…あの年まで何を見てきたのやら。」

「王はもはやこのような物に興味を示されるのというのに、もしやサウスの職人のご機嫌でも取ろうというのかね。」

「しかも、以前に見たものに比べて完璧さが薄いではないか。以前のものはもっと完璧な曲線や文様が描かれておったわ。」


王の側近がこれを王に見せて良いものかと悩んだが…使者が言うには、サウス新領主とフレイの結婚を許してくれた気持ちということから無下にはできず、仕方なくそれらを広間に運ぶことにした。


側近からカインとフレイからの献上物が来たと聞いた王が広間へ来ると、彼の眼が輝いた。

「フレイめ…流石にあの娘は私の好みをよく知っている。」


そして嬉しそうにその献上物を手に取った。

「おお…これは素晴らしい名品だ。色合いといい…そしてこの造形の味わい深さ…久方ぶりにこれほどの物を見ることができた。」


特に、白磁に藍色の装飾がなされた磁器を見て感嘆した。

「素晴らしい…これほどのものを作るのに、どれほどの手間をかけたことか…そしてこの何とも言えない空間の活かし方…これぞ至宝の一品というものだ。」


側近達は驚愕した。

今まで何を贈っても一応は喜んだふりをして、その後はそれに興味を示さなかった王が、童心に帰ったように献上品を手に取って楽しんでいるのだ。


王はある男のことが頭に浮かび、側近に耳打ちをした。

「この品々はどうやって集めて、そしてその職人はどういう待遇にしているのか?」


側近が急ぎ退出して、献上品を送ってきた使者に確認して戻ってきた。

「サウスの商人ギルド長が、審美眼が確かな人物を使って集めさせました。そして、その職人は商人ギルドお抱えの者にする予定です。」


王は確信した、裏で糸を引いたのはおそらくカインであろうと。

「全く…あやつは恐ろしいやつよ、ミスリルという白銀の毒蛾に惑わされず、しっかりと本質をつかんでいる。」


王のあまりの喜ぶ様子が気になり、側近が質問した。

「大変恐れながら、王はこのような調度品には興味を示されなくなったと、私どもは思っておりました。」


王は呆れた顔で側近に答えた。

「お前達には審美眼というものが備わっていないのか? サウスの前領主が贈ってきた調度品のなんと味がなかったことよ。最初こそ物珍しさで楽しみはしたが、あまりにも完璧すぎると逆に美的な素晴らしさを感じられなくなるものだ。そのようなものにどう興味を持てというのだ。」


側近がさらに王に質問する。

「王はミスリルの調度品などを気に入っているとおっしゃっていましたが…それよりもこちら方が好みで?」


王はしばし考えた後、側近に答えた。

「ミスリルはとても良いものだ、だがこれとはまた違う良さがあるのだ…。」


そして、側近に命じた。

「これらの品々は丁重に扱え、そして私の部屋に置くように。」


側近達は驚愕した…王はこの品々が非常に気に入ったということを暗に示したのだ。


側近達は急いで召使達に献上品を運ばせる。


王は満足気に側近に告げる。

「フレイの気持ちは十分に伝わった。流石に尋問官を長く務めただけのことはある。後で私がこの喜びを書面にしたためるので、絶対にそれを渡すのだぞ。」


そして、献上品をまた見るために、私室へ急ぎ足で戻っていった。


残された側近達はしばらく考え事をしていたが、顔を見合わせて、急いで貴族達の元へ向かい、今の王の喜び様を彼らに伝えた。


貴族達は驚愕の表情をするが、すぐにサウスからの使者の元へ行き、その職人について聞こうとするが、『商人ギルドお抱えになっているだろうし、カイン公を通じてこれを献上しているので、あの方に聞かれたほうが良い』とにべもなく返された。


なおも諦め切れない貴族達が、今回の献上品を作った職人のものであれば何でもいいから注文させろと使者へ詰め寄る。

使者はしつこい貴族達に長い時間拘束されたが、とにかくカイン公に意向をお伝えしますと説得することでその場から退出できた。


ようやく解放された使者は周囲に誰もいないことを確認してひとりごちた。

「先ほどまで、あれほど失笑していた献上品がそれ程までに欲しいものかね? あれを作った職人の作品なら何でもいいから造れ! なんて伝えたら、職人が激怒するに違いない。まったく…お貴族様の考えは高尚すぎて俺には理解できないよ。」


 *


王の私室に調度品が飾り付けられた後、王は召使達にしばらく一人になりたいと言って人払いをした。

フレイ達から贈られた調度品を目を細めながら楽しんだ後、彼は冷めた目でミスリルの錫杖を手に取る。

錫杖は王の心に耳を傾けるよう淡い光を発した。


王は思わず錫杖に呟く。

「お前のような恐ろしい物に縛られるとは…王というものも不自由なものだ。」


そして、錫杖を見て思った。


―お前に出会ってから色々なことが狂ってしまった。



 *



―初めてミスリルの錫杖を手にした時、素晴らしい力を手に入れたと思った。


錫杖を持って、王の理力を発現させた時…私はその力の素晴らしさに打ち震えた。

私の前で平伏している家臣や民達の前で、理力を発現させることで、王の威光を示すことができた。

細かい紛争や醜い争い事、そういったことに対して絶対的な威光で黙らせることができるのだ。


最初はその力に打ち震え、とても素晴らしいものを手に入れたと考えたが…これは今まで私がしてきたことを具体的に体現しただけであって、錫杖の力は私がしてきたことを後押ししただけに過ぎないということに気付いた。



―だが、私はさらに恐ろしいことに気付いてしまったのだ。


貴族の愚か者どもが、この錫杖で発せられた王の理力を見て、王が理力を発することが王たる条件の一つと考え始めたのだ。

確かに王が錫杖を用いてあれほどの力を誇る理力を発現させたとなれば、確かにそういう考え方もできるかもしれない。

だが、そんなものが無かったとしても、私は王としてこの国を自分ができる限りの力で治めてきたではないのか? そして、彼らはその私に粛々と仕えてきたのというのに…。


そう…この時点で、私はこの錫杖で理力が発現出来なくなった時、王を追われる危険性があることに気付いたのだ。



―そして錫杖は私の王子達をも狂わせようとしている。


私には王子が二人いるが、貴族達は王子達に()()錫杖を持たせたがらない…何故ならば、自分が擁立した王子が王の理力を発現しなかった時のことが怖いからだ。


そして王子達は、錫杖で王の理力を発現させるということに囚われてしまった。

本来、王を継ぐものとして必要不可欠な諸侯との交流など、そういった治世に対する興味を失い、彼らに侍らう貴族どもが勧めるままにミスリルの剣や楽器などを使って、自分の理力を発現させようとする修練に時間を費やしている。


王は、確かに強くなければならぬが、それと同時に民や家臣らの信頼のもとに国を治めてこそ王なのだ。

逆に、いくら強かろうとその信頼がない時点で王としては成り立たぬ…それがどうして解らぬのだろうか?


このままでいけば、私の息子達がこの錫杖を手にしたところで王の理力を発現することは出来ない…そして、それは王子達が王の資格が無いということを明確に貴族どもに示してしまうことになるのだ。


理力を発現させる前であれば、多少は不甲斐なくてもどちらかの王子を、私の子供だということを根拠として、無理やりにでも貴族どもを説得して次の王に認めさせればよかった。

だが、私が錫杖で王の理力を発現して、周囲がそれを王たる力だと信じてしまった以上、血縁関係などなんの力にもならなくなってしまったのだ。


結局そうなれば私の理力が発現しなくなった時点で、喜々として王子達に錫杖を持たせた貴族達は、理力が発現しなかった王子達を見放す。

私達は王の資格が無いと国を追われ、最悪の場合は禍根を残さないために全員処刑されるやも知れない。

その後、誰が王になるのかで揉め、錫杖を試金石として使おうとするだろうが…今の状況では王になれそうな者がセントラルには居ないのだ。

そうなると、貴族どもは事実を隠蔽して、王となる人物を擁立するに違いない。そしてそれに敵対する貴族がその隠蔽を白日の下に晒して国が混乱する…そういったことが繰り返されて国が滅ぶだろう。



―希望があるとすれば…本当に悔しいが、カインには王としての資質がある。


彼に反乱の兆しがあると、バロンとやらが述べていた間に、大きく錫杖が光って凄まじい強さの理力が放たれた。

その間にいた者達は、理力の大きさに私に平伏していたが…あれは何か、そう大きな何かを錫杖が感じていたに違いない。


元々カインは、知ってはならない秘密を知ったクレアを命を懸けても守ると、彼にしては珍しく強硬な態度で主張した為、彼の才を惜しみながらも、辺境の国の領主として王都から一度追放した。

だが、彼はミスリルの鉱山とアケロスのような稀代の名工を仲間にするという天運にも恵まれて領地を発展させ、辺境ながらもイースタンは国にとって重要な領地となってしまう。


…だからこそ、私はこの錫杖の輝の強さに何かを感じて、万が一の保険のためにイースタン反乱を機に彼を試し、それが上手く行くようであればフレイを娶らせようと考えた。


私は彼の嫌疑がまだ定かでもないのにトールに討伐軍を編成し、イースタンを征伐するように命じた。


もし討伐軍を出されるといった絶望的な状況でも生き残り、フレイを娶ることが出来る力量があれば、彼は国を統一することができる実力を持つものだと信じることができるだろうと。

だが、逆にそこで潰されるようであれば、彼は期待外れだったと打ち捨ててしまえば良いのだ。


そして、結局蓋を開けてみれば、カインはイースタンにかかわる陰謀を、人とは思えぬ手腕で解決してしまったのだ。


私は驚愕するとともに安堵した。万が一彼とフレイとの間に子ができれば、私自身が国を追われた時に彼が国を再興するために全力を尽くし、その子供に国を継がせるという可能性があるやも知れぬ。

そう…この国が瓦解土崩することに対する()()()()()()()になりうるのだ。

都合の良い話かもしれないが、一人の女のためにすべてを捨てられるほどの情のある男だからこそ、その可能性について賭けても良いと考えたのだ。


ただ、これは本当に最後の手段だ…だからこのことは、まだ誰にも知られてはならないのだ。



―そして、ミスリルの錫杖を捨てようと思ったこともある


だが、私がその選択をすれば、それこそ周囲の者達が、私の理力が弱まったから捨てたと騒ぎ出す。

仮に錫杖を捨てたとしても、錫杖は他の資質がある誰かの手元へ行くだろう…恐ろしいことに、私は理力を発現させたときに感じたのだ。


―あの錫杖は狂おしいまでに良き王を求める。


そう、あの錫杖は良き王を手に入れるためにどんな手段をも使うだろう。

そして錫杖に選ばれた誰かが王の理力を発現させた時、私は王座から追われることになるだろう。


ただ、倉庫に打ち捨てたくても、謁見するたびに貴族どもが私に錫杖の理力を発現させることを望んでくる。

貴族達は私が理力を発現が出来なくなる時を心待ちにしているのだ。

そうすれば、自分達の擁立する王子に錫杖を持たせ、自分達がその側近として権力を思いのままにできるという夢を信じて…



―もはや、私が錫杖で発現した理力で国が安定しているわけではない。

―錫杖が理力を発現することで、私が王と認められ、国が安定しているのだ。



昔…アケロスが王命だというのに頑として錫杖を作るのを拒否した理由が、今となっては良く分かる。


―これは絶対に作ってはいけない代物だったのだ。


代わりに命を受けた職人達が、1年ほどの時間をかけて職人の維持と執念で作り上げた錫杖は…私自身の欲するものではあったが、紛れもない化物だったのだ。



―こうなった以上は後悔しても遅い。


恐らく錫杖は、私が今のようにしっかりと国を治めている間は、私の味方でいてくれるはずだ。

その間に、私は貴族達の妨害を押しのけてでも王子達をしっかりと教育しなおして、王にふさわしい者に育てなおさなければならないのだ。

だが王太子は四十近く、次男も三十五…このような年でどれほど私の話を聞いてくれるだろうか?

むしろ、齢六十近い私がいつもまでも玉座にしがみついていると勘違いして、早く隠居でもして自分たちへ任せろと反論してきそうだ。

それができるのならば、これ程までに苦悩しなくても良いものなのだが…


自分で作り出してしまった牢獄の中で、私は煩悶し続ける…それが、このようなものを生み出してしまった私のせめてもの償いなのかもしれない。


 *


王が思案に疲れた時に外から騒々しい声が聞こえてきた。

何事かと思って窓の外をのぞくと、貴族達がサウスの使者に詰め寄っている姿が見える。


王は心底軽蔑した顔で、貴族達を見下ろしながら呟いた。

「愚かな…私がなぜお前達にミスリルの調度品や武具などを恩賞として渡しているのか…あの様子ではわかっておらぬな。」


ミスリルの武具や調度品で理力を発現させれば、その者の現在の力量やそれまでの生き方、そして才能がすぐに分かる。

虚栄心の強い彼らが、理力を発現させれば嬉々としてそれを周りに見せびらかすだろうから、その貴族がどんな事が出来るのかというのがすぐに分かるというものだ。

逆に理力が発現しなければ、家宝とでも言って蔵にでもしまって誰にも見せないようにするだろう。

そういった反応を見ながら、適材適所の配置で有能な人間を使うようにしていけば良いのだ。


そして、理力を発現できたとなれば、周囲も一目置くので、奴らの虚栄心がとても満たされ任務に良く励む。

ただでさえその任務には適正がある上に、彼らのやる気もある為に非常に良い成果が出るのだ。


根が強欲な彼らに恩賞を与えるのが面倒だが、またミスリルの何かでも与えておけば、奴らは喜んでそれを受け取るし、運よくまたそれで理力が発現すれば、違った分野でも働かせられるので、こちらとしてもありがたい。


そういった意味ではミスリルと理力というのは、人の能力を見る上では物凄く使い勝手が良い試金石なのだ。


「だが…」


王はそれが自分に対する皮肉なことに、自嘲しながら呟いた。

「私も彼らと大して変わらないさ、貴族どもに錫杖で理力を発現できるかを常に見られて…王の資格があるかの値踏みをされ続けているのさ。」

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