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ミスリルと理力が引き起こすもの

屋敷に戻った私達が広間に入ると、既にアケロス、クラリスが買い求めた名品達が所狭しと並んでいる。

執事に、マグニと一緒に応接室に来てほしいと案内されて、私達は入室した。


部屋の中では難しい顔をしたカインとアルベルト、そしてフレイが座っている。


入室したマグニの顔を見たカインが、すぐに彼を労った。

「先に戻った衛兵より、民や商人達が、お前のしたことを称賛していると報告を受けている。マグニ、就任早々だったが良くやってくれた。」


マグニがこちらに一瞬視線を向ける…が、私は彼の眼を見て頷くように促した。

「お義父さん、ありがたい言葉でございます。今後とも任務に邁進いたします。」


フレイが目ざとく、今のやり取りを見て微笑した。

「どうせ…そこの策略家がまた何かしたんだろう? まあいいさ、マグニの仕事がやりやすくなったのだからな…感謝するよ。」


マグニが一瞬、不思議そうな顔をしたので、カインが優しく教えた。

「私達はね、サウスの民達にとってよそ者なのさ。そして、逆恨みかもしれないが、イースタンのために彼らの生活が苦しくなったのも事実だ。だから、こうやって強い信頼を与えるような出来事でもない限りはなかなか心を開いてくれないのさ。」


フレイがそれに付け加える。

「まあ…お前の王国随一の騎士としての名声は、ここでも広まっていたからな。なおさら効果があったのだろう。それ自体はお前のこれまでの努力が報われているということだ。」


マグニが心得たという顔をして、二人に静かに頭を下げた。


 *


マグニ対する話は終わったようで、私が惹かれたあの磁器をカインが手に取ってフレイに話し始めた。

「ところでフレイ…最近、王は受け取ったミスリルの献上物を、家臣たちに褒美として大盤振る舞いで賜っていたのではないかな?」


「そうだな、恩賞として与えることが多かったな。」


「あとは、最近の工芸品はあまり面白みが無くなったとでも言っていなかったかい?」


「ああ…それで貴族たちはミスリルの工芸品を王に献上するようになっていた。」



カインはアルベルトのほうを向いて試すように言った。

「このガイ君が惹かれたという磁器、そしてこの完璧な文様が描かれた磁器、どちらが()()()()()()優れていると思う?」


―もう一つの磁器は…なんというか非の打ちどころのない紋様だった。


完璧な造形のラインに、完璧な直線と曲線、そして円形の寸法まで理想的でとても人が作ったものとは思えない。まさに神の創造物とも思える作品だった。


アルベルトはそれらを一瞥して答えた。

「間違いなくガイ殿が選んだ方です。」


フレイも試すようにアルベルトに問う。

「それで…なぜそう思う?」


アルベルトは微笑しながら答える。

「その完璧すぎる磁器は、あまりに完璧すぎて味がないんです。技量自体はかなり高いことから、恐らくそれを作る少し前の頃には、それこそ神がかった作品ができていたのでしょう。ですが、完璧なものを作り続けているうちに、いつの間にか作品にその人自身の味が無くなっていったのではないでしょうか。」


カインが満足したように頷く。

「そうだ、サウスの領主はこういったものに出資をしたようだ。だが、あまりに完璧すぎる調度品は味がなさすぎる。王はそういったものに興味をなくすのも無理がないと考えられる。」


フレイがカインに問う。

「だが、どうしてこうなってしまうんだ? おそらくこれを作った職人も、元は大した技術を持っていて、その作品は王の寵愛を得ていただろうに…。」


カインはあえてそれに答えず、アルベルトに聞いた。

「アルベルト、君はどう思う?」


アルベルトがフレイのほうを向いて答える。

「彼らはミスリルの道具を使い、理力を発現させてそれらの調度品を作ったのでしょう。恐らく、彼らは最初のうちはその凄さに打ち震えたでしょう…自分の思うとおりに作品ができるのですから。その結果、ほんの一握りの職人以外はそれに飲まれた。」


フレイがアルベルトに聞いた。

「飲まれる? …何に飲まれるのだ。」


アルベルトが職人たちのことを想い、複雑な顔をして答える。

「彼らはおそらく表現などで迷うことや、創作の過程で思い悩むことも色々とあったでしょう。それがゆえに複雑な表現やその職人独特の味が生まれていったと思います。ですが、その過程をすべて理力を発現させることで解決してしまった。その結果、彼らは完璧なものを作ることができるのに、その先を見ることができなくなった。」


フレイも複雑な顔をして言った。

「彼らは、自身の理力に飲まれてしまったということか、皮肉なものだな。だが、アルベルト…いまお前は一握りの職人以外と言っていたな?」


アルベルトは私の方を見て嬉しそうな顔をしながら言った。

「そうです。ガイ殿やお義父さん、お義母さんが買い漁ってくれた調度品を見ましたが、あれは素晴らしい出来でした。つまりその職人たちはあくまで()()()()()()()()ためだけに理力を発現させ、自分の一番肝心な部分については自分の力で表現しようとしていたのでしょう。」


フレイが納得した顔で答えた。

「なるほど…理力というものも使いものだな。それで、カインは私にこれを王に贈って欲しいと頼みたいわけだな。」


カインがそんなフレイを見て嬉しそうな笑顔を向けた。

「君は、僕が言う前ににすべてを察してしまいそうで、少し怖くなる時があるよ。僕と君の結婚を許してくれたことに対する改めての気持ちだといえば王に伝わるかな?」


フレイが微笑し…そして少し意地悪な顔でカインの問いに答える。

「そうだな、気持ちはよく伝わると思う。これは王が本当に望んでいる調度品だからな。だがな…そして王は思うだろうさ、やっぱりカイン公は恐ろしいと…な。」


カインが困っているような顔をしているのでフレイが笑った。

「すまぬ…冗談だ。王は喜ぶと思うぞ…恐らくだが、王は既にそういったことには気付いているだろう。」


カインが微笑して、部屋の皆に言った。

「ありがとうフレイ、助かるよ。もう一つ説明したいことがあるけど、それはアケロスのほうが向いているので、彼にしてもらおう。」


カインが執事を呼び、調度品を王に送る手配とアケロスを呼ぶように頼んだ。


 *


アケロスが部屋に入り、カインが王に調度品を送ると聞いて喜んだ。

「やっぱりカインなら分かってくれると思ったぜ。まったく前のサウスの領主は物を見る目がねえや。」


カインがそんなアケロスを見て苦笑する。

「でもね、アケロス…できればそう言ったことは、私に相談してからにしてほしいものだよ。職人達からの請求書が届いた時は、さすがに私の心臓が止まりそうな金額が書いてあってね…また胃薬が飲みたくなったものだよ。」


アケロスがそんなカインを見て笑う。

「でも、これでサウスの問題は一つ解決しそうだろ?」


カインはフレイのほうを見ながら呟いた。

「彼は本質をものすごくわかっているんだけど…根回しや過程というものをいつも飛ばすんだ…。」


フレイがカインに同情の目を向けた。

「だが、奴が言っていること自体は正しいからどうにも出来ないと…難儀だな、貴方も。」


そんな二人を尻目に、アケロスはアルベルトに問いかける。

「アルベルト、お前はミスリルで作った調度品について思うところはあるか?」


アルベルトは少し思案した後に、アケロスの問いに答えた。

「そうですね…昔、お義父さんに聞いた話から推測すると…お義父さんがイースタンで良くないものとして弾いたミスリルを加工して、それを元に作った調度品だったとすれば少し厄介ですね。」


「どうしてそう思う?」


「恐らくは、持ち主の虚栄心を満たすような調度品になっている可能性が大きいです。その者の地位や名誉を満たすような、そのようなものでしょうか。」


「そういう物を求めるくだらない奴らには、理想的なものでもあるけどな…まあ芸術家や美術家としたら非常に面白くない品物だ。自分が作ったものが勝手にそいつらの理力に応じて変化しちまうんだからな。」



二人の話を聞いていたマグニが混乱した様子でアケロスに尋ねた。

「アケロスさんはミスリルと理力が存在しないほうが良いと思っているのですか?」


アケロスが私に話を振った。

「ガイ、答えてやれ…お前は解っているんだろ?」


私はアケロスの代わりにマグニの問いに答える。

「結局のところは理力が有益かどうかなんて、その人次第ってことだ。しっかりと理力と向き合って自分の進む道の助けにするか、そうではなく、自分が求める理力を発現させることが目的となって、理力に囚われるかの問題に過ぎない。」


アケロスが我が意を得たといった顔で私の肩の上に手を乗せ、マグニに笑いかけた。

「マグニ、お前は大丈夫な方だ。ロングソードと共にっていう所はあるが、お前自体は強くなりたいって純粋な気持ちで剣の理を知り、それを発現させている。」


褒められたマグニが嬉しそうな顔で私とアケロスを見ている。


そんな彼を見ながらアケロスはカインに聞いた。

「それで…お前はどうする気なんだ? それを明らかにしたって、貴族達は変わりはしないぜ。」



カインは穏やかに笑いながらフレイ見て、それを察したフレイが代わりに答えた。

「まあ、王が今回の調度品に対する反応を見て、貴族の動き次第ってところだな。王自体の好みは変わっていないさ。自分に(へつらう)う様な調度品よりも、王自身が良いと思った調度品のほうを好むだろう。」


そして、何かを思い起こしながら…複雑な顔をした。

「もっと側近どもや貴族達がしっかりしていれば、あの人も…苦労しなくて済むのだがな。王が、またミスリル以外の調度品を求めれば…貴族達は王の献上物として、サウスの職人を頼ることになるだろうさ。」


マグニがふと疑問を抱き、フレイに問いかける。

「ミスリルの調度品は、その後はどうなるんだ?」


フレイは、貴族や王のことを思いながら遠い目をして答えた。

「貴族の奴らは自分というものが無いのさ。そして、自分の虚栄心を満たせれば良い…つまり、ミスリル製の調度品はやはり欲しくなるだろう。それにな、王がミスリルの付加価値をそんなに簡単に捨てるとも思えないな。恩賞としてミスリルの調度品を渡すことで貴族どもが満たされるというのは、王にとっても十分メリットがあるからな。」


フレイはアルベルトに問いかけた。

「私達が出来るのは大体こんなところだが、アルベルトはどうする? 商業ギルドの問題をどう解決する気なのだ?」


 *


アルベルトはフレイの問いに答えた。


―まずは商人たちの信頼を取り戻す。


今回の件を利用させてもらい、商人ギルド長に就任したばかりのアルベルトが、アケロスとクラリスを使ってめぼしい職人の調査をしたとさせてもらう。そして、その品物を領主に見せたところ、いたく感動して王への献上に贈られたという噂を流させる。

そして、その職人たちの保護と支援を貴族たちの反応が来る前に行ってしまう。

彼らはアルベルトのことを見る目がある者と感謝するとともに、王への献上の仲介をしてくれたと感謝するだろう。

そして、その後は王都からくる注文を、サウスの領主からを通じて商人ギルドが仲介して、職人たちに仕事を回すという形を取る。そうすることで、新しい領主と商人ギルドは職人たちの救世主であり、無くてはならない存在だということを示すことができる。



―それと同時並行でミスリルの選別を行えるようにする。


工房ができるまでの間に、アケロスとセリスにミスリルの選別をお願いして、セリスがそれを出来るようにする。

工房が完成した後については、主に彼女がその仕事をすれば良いだろう。

アケロスが良い鍛造品を作れば、それを卸しているセリスの信頼度も上がり、より彼女の付加価値が上がる。

そうすることで、彼女自身がミスリル鉱石の価値を左右できる人間と周知され、彼女が所属する商人ギルドの存在感が跳ね上がるのだ。


 *


アルベルトがフレイを見て穏やかに語った後、難しい顔をしながらカインを見る。

「ここまでは、商人ギルド単独でやれます。ですが、南方との交易につきましては、海賊の盗伐が必須になるため、領主の力が必要となるでしょう。」


カインが私のほうを見て言った。

「ガイ君は何か良い方策を考え付いているかな?」


私は少し悩んだが…答えた。

「商人ギルドの理不尽な契約で怒っている海賊に対しては、鉱山で働かせている異国の賊の中で、勤務態度が著しく良かったものを恩赦を与えるのが有効です。彼らが信頼しているアルベルトを仲介役として異国に送還することで、彼らの心証を良くすることが出来るでしょう。」


カインが深く頷く。

「では、それに関しては献上品を送ると共に、王に伺いを立ててみよう。」


フレイがまた少し意地悪な顔をして私に聞いた。

「強硬に従わないような奴や、元々こちらのほうで略奪をするような奴はどうする?」


私も少し意地悪な顔をしてフレイに答えた。

「マグニを隊長として船を出し、飛蝙蝠を使わせて海戦をさせてくれるなら、簡単にねじ伏せて見せます。奴らが私達を襲おうなんて、二度と考えられないようにしてあげますよ。」


フレイが難しい顔をしたが…不敵な笑みを浮かべた。

「全く、お前やアケロスは私達に無茶をさせるのがよほど好きらしい…だが、私が言い出したことだ。良いだろう、それに関しては私が全責任を持つのでやってくれ。」



私が桔梗のほうを見ると、彼女は心得たという顔をした。


応接室の窓の外に広がる海を見て、私は心が昂り…そして呟いた。

「海を飛ぶのは久々だな…」



そして、海上で私と桔梗達に対峙した敵が悉く口にした言葉を思い出す…


―海の悪魔が飛来する…誰も奴らからは逃れられない。

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