サウスへ~サウスの情勢
これより第三章に入っていきます。
王都からカイン達が戻り、私達はサウスの街へ行く事になった。
イースタンの人達は、名残惜しそうに私たちを見送っている。
ライアンが私を抱きしめながら寂しそうに言った。
「ガイ君、君がイースタンのためにしてくれたことは忘れないよ。」
「ライアンさんの采配あっての勝利です。私はそれを手助けしたにすぎません。」
「そんなことはないよ。マキビシで数は減らしたとはいえ、一人でジャンと数十人の賊達の相手をするなんて離れ業…俺も見たかったな。」
「いつか手合わせでもしてみますか?」
「それはやめておくよ。あの化物みたいな騎士との立ち合いを見て、俺達とは強さの次元が違うと思い知ったからな。」
桔梗のほうはメディと話しているようだ。
「キキョウちゃん…あなたが書いてくれた薬の製法書、大事にするわね。」
「メディさん、私あなたと薬の話ができて楽しかったです。」
「私、いつかサウスに遊びに行くかもしれないから、その時は会ってくれるかしら?」
「もちろんです。」
桔梗はふと思い出したようにライアンを見た後に、メディに耳打ちした。
「ライアンさんとの仲は進展したんですか?」
メディが遠い目をしている。
「あいつって…真面目なんだけど、恋愛関係は全然だめね。しかもこの前、あいつにしては珍しく花を持ってきてプレゼントしてくれたんだけど…花を見たらね…全部、毒草だったのよ。」
桔梗は思わず噴き出した。
「ぶっ…なかなかいいセンスしてますね。ライアンさん…」
メディ達が肩をすくめて私とライアンの方を見ている。
そして、桔梗が何かを言って二人で笑っていた。
ライアンが私の視線の先を見て言った。
「ガイ君は良いよな…婚約者と仲良しで。私の方は彼女のほうが振り向いてくれなくってね。この前も花を贈ったんだが、なぜか怒られてしまったんだよ。」
私はそんな彼を慰める。
「女性って難しいものですよね。」
―その後も色々なすれ違いがあったそうだが、彼らは無事に交際することになったらしい。
そして、出立の時間が来て、私達はサウスへ向かった。
*
サウスの街に向かう途中、少し休憩することとなった。
仲睦まじげにカインの隣に座って居るフレイが、サウスとその現状について教えてくれた。
―サウスはセントラル南部に位置する領土だ。
南方には海があり、それ故にセントラルの入口として、南方の国との交易で栄えている。
産業としては海運業や商業だけでなく、肥沃な大地を基にした農業や建築・加工業も盛んだが、加工業については貴族がミスリルの加工品を求めるため、領主からの支援を失い、衰退しつつある状況に置かれている。
サウスは交易の拠点の為、色々な品物が集まる。
その為、サウスの街には商業ギルドを置いて、そこを中心にセントラルだけでなく、他の領地からの受注や発注も行っている。
―そして現在のサウスにはいくつもの問題が発生している。
まず、サウスの領主と商人ギルドが組んで、イースタンに仕掛けた陰謀に対して、民たちが国への不信感を持ってしまい、治安が極めて悪くなってしまった。
さらに、元々、商人ギルドが、サウスの民達からかなり高額の手数料や嗜好品を巻き上げ、それを元に各方面の貴族へ賄賂を渡すことで色々な方面に働きかけをしていたが、ミスリルに興味が移っていた貴族からの見返りが少なくなっており、商人たちに不満が溜まっている。
また、今回の陰謀で商人ギルドが南方の賊に仕掛けた理不尽な契約により、異国の賊が報復として海賊行為を行っていることも極めて問題となっている。
ただでさえ、ミスリルのせいで市場が狂って情勢が不安定な中、上記のような領主と商人ギルドの失態により、自分たちの交易すらままならなくなった。
商人と民達の中で、そういった怒りが頂点に達しようとしているのだ。
*
フレイがそういったサウスの状況を思い浮かべて、不満げな顔をしていった。
「全く、商人ギルドの奴らはどうしようもないな…現状のサウスの問題点の七割以上は彼ら自身が招いたようなものだからな。」
そして私のほうを向いて、ちょっと意地悪な顔をして言った。
「ガイ、お前もなかなか悪い奴だな…カインに火中の栗を拾わせて。お前のことだ、ここまで先読みしたんだろうさ…他の貴族はサウスに手を出せないとね。」
私は苦笑しながら答える。
「半分は正解と言えば良いでしょうか…ただ、そうは言ってもカインさんなら、この程度は解決できるのでは?」
フレイが頼もしげにカインのほうを向いた。
そんな彼女を見て、私の隣にいた桔梗が嬉しそうな顔をした。
―フレイの呪いが解けたのだと。
イースタン出立の時には大分吹っ切れた顔をしていたが、セントラルから帰還した時の彼女の顔は、以前と比べて別人のように明るくなっていた。
嬉しそうに自分を見ている桔梗に気づき、フレイはそんな桔梗に優しい笑顔を向けた。
一方で、私たちの話を聞いていたマグニは、カインのほうを見ながらサウスの現状は自業自得なのではという顔をした。
カインはマグニのほうを向いて、少しだけ諭した。
「マグニ、イースタンにいた私達や君にとっては、サウスの状況は自業自得ともいえる状況だと思うだろう。だけどね、サウスの人々にも生活があり、平和な日々を過ごす権利があるんだよ。それを解決するのが領主としての仕事になる。」
マグニはそれを理解しようと努力しているようだった。
そこでカインが助け舟を出そうと私に聞いた。
「ガイ君、この状況でマグニが領主の息子として出来そうなことはないかね?」
私はマグニを見ながら少し考えた。そして彼の実直な性格に合ったものを献策した。
「そうですね、治安悪化ということであれば、彼が治安の回復のためにしばらく街を巡回するというのが良いと思います。サウスの民からの陳情や実際の治安の状況も分かるでしょうし。」
マグニの表情が明るくなった。騎士としてそういった作業は得意だからだ。
カインはそんなマグニを見て目尻を下げた。
「僕は…思わぬ拾いものをしたかもしれないな。マグニは良い為政者としての素質がありそうだ。」
そしてマグニに優しく言った。
「そういうことで、サウスに着いたらしばらくは巡回任務をして欲しい。」
マグニは力強く答えた。
「お義父さんお任せください。サウスの治安向上と民の意見の聴取に務めます。」
フレイはそんな彼を見てカインに言う。
「私に子供が出来て大きくなった頃に、彼が一人前の領主になれるほどに成長するならば、二人で隠居して子供に好きなことをさせるのもいいかもな。」
カインはそんなフレイの肩を抱いて言った。
「君がそういう風に希望するならば、僕もそうなるように少し努力するよ。」
フレイはそんなカインにもたれ掛かり、幸せそうな顔をした。
アルベルトは、セリスと一緒に幸せそうな二人を見て言った。
「フレイ様…いや、”お母さん”があんなに幸せそうな顔になられるとはな…」
「私はあまりフレイ様のことは知らないけれど、今とても幸せそうな姿を見ていると、良かったって思うわ。」
「そういえば、セリス…僕は次期領主になれないけれど、よかったのかい?」
「馬鹿ね、アルベルトが領主の息子だから結婚したとでも思ってるの?」
アルベルトはセリスの肩を抱いて笑った。
「ふふ、そうだね。サウスについたら商人ギルドを一緒に立て直していこうね。」
セリスは嬉しそうに頷いた。
*
それから数日後、夕刻近くに私達はサウスの街に着いた。
サウスの門の前で、屋敷の使用人達と衛兵たちが私達をずっと待っていてくれたようで、屋敷まで案内してくれた。
サウスの街並みは、丘の上にそびえる要塞のような領主の館を頂点として、海へ向かって扇状に広がっている。
石造りの家が多く、家々の白壁が夕日を浴びて朱色に染められ、荘厳さを感じさせる雰囲気を醸しだした。
港に浮かぶ船達は帆船が多く、多くの船乗りたちが一日の仕事を終えて酒場に向かっている。
そんな風景を見ている間に、私達は領主の館に到着した。
アケロス、いや私達家族は、まだサウスで燕月亭が完成していないため、完成までの間、領主の館の部屋を借りて住むことになった。
アケロスとクラリスが街並みを見ながら、時間ができたらどこへ行こうかと楽しそうに話し合っている。
桔梗も興奮した様子で私に言った。
「凱さま、街に出るのが楽しみですね。」
私も楽しみだと彼女に伝え、窓の外から見える景色を眺めた。
丘の上にある領主の館からの景色は素晴らしく、私は目の前に広がる街並みや海の向こうに広がる世界に思いを馳せた。