マグニとアケロス
マグニ年齢が22歳で考えていたのに、16歳の頃から8年間と書いてしまっていました。
16歳のころから6年間に修正しました。2020/5/23
凱との立ち合いが終わった次の日、マグニはトールの許しを得てアケロスの工房へ行った。
工房は自分が思い描いた姿よりも小さかったが、立派な雰囲気を醸し出している。
マグニが工房に入り、周りを見回した。
整然と並べられたミスリルの武具や道具が輝きを放っておかれている。
思わずごくりと唾を飲み、呟いた。
「これはまた凄いものを置いている。セントラルでもめったにお目にかかれないものだ…」
アケロスが快く迎え入れた。
「おう、よく来たな。昨日はなかなか良い戦いぶりだったぜ。」
マグニは微笑して答えた。
「ありがとうございます。あなたが作ってくれたロングソードのおかげ…ってこともありますけどね。」
アケロスが嬉しそうな顔をして彼のロングソードを眺めた。
かなり使い込んでいて、まるで彼の伴侶のようなそんな雰囲気すら感じる。
「あのロングソードは随分と使い込んだものだな。」
「そうですね、私が十六のころからなので…かれこれ六年といったところでしょうか。」
「ほう…それはすげえな。だがこの感じだとあれだな、お前…このロングソード以外使っていないだろ?」
「そうですね、こいつは俺にとっての最高の剣だと常々に感じています。」
「そこまで使い込んでくれると俺も嬉しいものだ」
アケロスは彼のためにその剣を打っていたときのことを思い出した。
その時の使者に聞いた、”彼の夢”のことを。
なので、マグニに聞いてみることにした。
「ところでお前、なることができたのか? 王国で誰にも負けねえ剣士に。」
マグニが苦笑して頭をかきながら答える。
「あなたの養子に私が負けるところを見ていたのに、それは意地悪な質問ですよ。」
アケロスは彼にロングソードを見せてほしいと頼んだ。
そしてそれを手に取って感じた…彼と共にどれほどの修練を積んできたのか、そして剣が彼の想いに応えようとして、彼に必要なものを補ってきたか。
今まではマグニと最強の一対として一緒にやって来た剣が迷っている、彼の想いにこれ以上答えられないのではないかと…。
ふむ…とアケロスはロングソードを優しくあやす様に撫でながら彼を見た。
彼はまだ若いし伸びしろがある。そしてとても強さに関しては純粋にそして貪欲に見える。
だから彼の弱点について教えてやることにした。
「お前…ガイにはあって、お前にない決定的なものがあることを知りてえか?」
マグ二が目を見張ってアケロスを見た。奴の強さの秘密を知ることができるかもしれない。
だが…そういうのは自分で見つけるべきではないか? いや…でも知りたい…。
アケロスがそんなマグニの肩を力一杯叩いて言った。
「ガイもそうだがどうして武人ってやつは面倒くさい奴が多いんだ? 自分で何とかするのも大事だが、たまには人を頼るってことを覚えろ。お前らみんな自分でいろいろと背負いすぎるし、色々とまっすぐすぎて危うくって見てられねえ。」
そしてロングソードを撫でながら告げる。
「お前の弱さはこいつ以外の武器に触れようとしないことだ。」
マグニがアケロスに食って掛かった。
「だが、そいつは俺にとって最高の武器だ、そいつ以外を使うなんて考えられねえ。」
心なしかロングソードが仄かに光り、アケロスの真意を確認しようとしている。
アケロスがマグニに問いかける。
「お前、ミスリルの特性を言ってみろ。」
マグニは何を当たり前のことを思いながら、答えた。
「ミスリルは鋼の半分以下の重さながらも、硬度は金剛石ほどと、武器や防具の材料として優れている。そして理力を発現することができるゆえのような金属だ。」
アケロスがさらに問いかける。
「…で、今の中に気になる言葉はなかったか?」
マグニがもういとどミスリルについて考える…そして気づいた。
「俺は十分に鍛えていたと思っていたが、鍛え方が足りなかったと?」
よくわかったな…という顔をしながらアケロスが笑みを浮かべる。
そして、彼に正解を述べた。
「そうだ、お前が振っているロングソードは確かに優秀だ、軽くて硬くて、そして理力を発言できる。だがな、お前の理力はそのロングソードを振っているのが前提であって普通のロングソードを使っているものではない。」
そう…彼は確かに強い、そしてロングソードも彼の思いに応えている。だが、その重さは通常の半分な上に彼はそのロングソード以外の戦い方を知らないのだ。
たぐいまれなる修練を重ね、ロングソードと共に彼は強くなったが、それ以外の通常の武器で修練をしていれば、より強くなれたかもしれなかったのだ。
マグニが苦悩する表情を見せたので、アケロスは続けた。
「お前の剣技は見事だ。あのガイがあそこまで我を忘れて喜んでいたところを見ると相当なものだ…そしてせっかくそこまで極めたんだったらロングソードを極めればいいじゃねえか。」
マグニが思いつめたような顔でアケロスを見ていった。
「だが、このままでは俺は奴には勝てないだろう…」
アケロスが彼の胸を裏拳で叩き、真っ黒な金属でできた修練用のロングソードを両手で渡した。
「まあ、持ってみろ」
マグニがそれを片手で受け取ろうとして落としかけた。
「なんて重さだ…これはなんだ?」
アケロスが呆れたような顔をして、誰かを思い浮かべていった。
「あれだけ強いのにさらに強くなろうとする馬鹿が、俺に修練用の武器を作れというからな、意地悪してこれと同じ素材で棒を作ったのさ…そしたらすげえ喜んで、毎日修練のために振ってやがる。馬鹿だよあいつは。」
そして優しくマグニに言った。
「あいつができるってことは、お前も出来るようになるってことさ。鍛えるときはそいつを振れば良いと思うぜ…だがな、しっかりとこいつを使ってやらないと嫉妬するかもな。」
アケロスはマグニにミスリルのロングソードを返す。
マグニの手に戻ったそれは嬉しそうな輝きを放っている。
「そいつはお前にべた惚れだ、あまり浮気すると嫉妬してすねると思うぜ。」
マグニが戻ってきたロングソードを抱きしめた。
「まあ、俺にとってはこいつが伴侶みたいなものですから。」
アケロスが本当に呆れたような声を上げる。
「だからっておめえ…結婚とかしねえとか言わねえよな?」
マグニが笑って言った。
「俺によって来る女なんて、俺の名声しか見てねえし…あんまり興味ないですよ。」
アケロスがマグニの肩をつかんで言った。
「よし、お前…その剣をそこにおいて俺についてこい。」
なんのことだかわからないが、マグニはアケロスに連れられて燕月亭に連れていかれた。
*
燕月亭に着くと、アケロスはクラリスを呼んだ。
「おーいクラリス、すまねえが俺の服を少し見繕ってこいつを酒場へ連れていける格好にしてくれ。」
クラリスがマグニを見て笑いかける。
「あら、ワイルドな感じのイケメンさんね、分かったわ少し借りるわね。」
マグニが強引にクラリスに連れられて行く。
「お、おいちょっと! ええ~……」
数十分後、センスの良いシャツとズボンを身に着け、髪をしっかりと切りそろえられたマグ二が広間に戻ってきた。
アケロスが彼の姿を見て満足する。
「ほう…なかなか見られるようになったな、いい男じゃねえか。」
クラリスもやりがいがあったという顔でマグニを見る。
「元が良いのね、あなた酒場に行ったら大変なことになるかもしれないわね。」
「じゃあクラリス、俺は行ってくるわ。ガイとキキョウはまだ若いから連れていけねえのが残念だ。」
アケロスは笑いながら無理やりマグニを引っ張るように酒場へ出かけていた。
*
酒場に入るとアケロスは真ん中のテーブルに座った。
酒場の中は活気で満ち溢れているが、目立つ二人に周囲の注目が集まる。
だが、あまりにも雰囲気が変わってしまったマグニの正体は一目にはわからないようだ。
「おうアケロスそのイケメンは何者だ? ん…どこかで見たことがあるような。」
「俺の遠縁の息子でな。ほら、よく似ているだろ?」
アケロスはマグニをこっそりと肘で突いて合わせるように促す。
マグニが下手ながらもアケロスに調子を合わせる。
「そ…そうなんです、ちょっと遠くの街から来たんです。」
「へえ~そうか、おい姉ちゃんアケロスとそのあんちゃんにエールでも飲ませてやれよ。」
酒場の娘達がマグニに気づいて近づいてくる。
「あら、お兄さん良い男じゃない。これは私からのおごりね。」
「ずるいじゃない、こんなイケメンどこに居たのよ。」
「アケロス、早くこのお兄さん紹介してよ。」
マグニがまごまごしているのを見てアケロスが苦笑する。
「悪りいな、こいつ初心なんでなこういうのが慣れてねえんだよ。
酒場の娘たちがさらに盛り上がってテーブルを囲む。
「やだーかわいい、赤くなっちゃって。」
「真面目そうな顔の通りなのね、ほら、これ食べてみない?」
「お兄さんの腕って固いわね、鍛えている人私好きよ。」
酒場にいる男たちがそんなマグニを冷やかす。
「おいイケメンの兄ちゃん、あんたがいると酒場の娘が全部持っていかれちまう。」
「まったく良い男は羨ましいぜ、いつもつんけんしているシェリーが骨抜きの目で見ているぜ。」
マグニは頬を真っ赤にしながら目を白黒しているのを見て、アケロスがシェリーを呼ぶ。
「おいシェリー、あの兄ちゃんがお前をご指名だ。」
シェリーと呼ばれた娘がマグニのもとへ近づくと、マグニの手を取って立ち上がらせた。
「へえ、私を呼ぶなんて良い趣味してるじゃない。一曲踊りましょ。」
マグニが慌ててアケロスに助けを求めるが、アケロスは笑ってマグニの背中を押した。
「何事も経験さ。行ってこい若いの。」
シェリーがアケロスに聞く。
「そういえばこの人なんて言う名前なの?シャイだから答えてくれなくって。」
アケロスが勝手に偽名を作って答えた。
「ガイルさ、初心だからあまりからかうなよ。」
マグニはそんなアケロスを見て思った…。
―あんたが一番俺をからかっている
マグニは目の前のシェリーをぶしつけに見てしまった。
美しい金髪に青い瞳、そしてきれいに彩られた唇…そして少し薄い衣装に包まれた豊満な胸…
普段はエールを飲んでもあまり酔わないし女性にも興味がないが、こういった場でしかもそう言った女性を見てマグニはドキマギしてしまった。
シェリーがそんなマグニを見て笑う。
「ガイルって本当に慣れてないのね…まあ良いわ踊りましょ。」
酒場にふさわしい軽い感じの曲が流れ始めた。
さすがに鍛えているだけあって、マグニはシェリーの動きに見事に合わせる。
シェリーは気分よさげにマグニを褒めた。
「やるじゃないガイル、初心だけどこういうことは上手なのね。」
周囲の皆がマグニとシェリーを囃し立てる。
「イケメンと美女が踊ってやがる。これはいい酒の肴だ。」
「お似合いね、しかもあのお兄さんとっても良い動きでダンスしている。」
「ガイルいいぞ! その調子でシェリーを口説き落としちまえよ。」
音楽はチークになり、良い雰囲気でマグニはシェリーと密着しながら踊った。
シェリーがマグニに笑いかけながら言った。
「私あんたが気に入ったわ。イースタンにまた来たらうちの酒場でまた指名してね。」
マグニは真面目な顔になりながら答えた。
「俺は、そういう出来るかわからないことは約束できない。」
シェリーが少し不満げな顔をしてマグニにキスをした。
「馬鹿ね…そういう時は出来なくても、考えておくぐらいは言うものよ。覚えておきなさいな。」
マグニは真っ赤になりながらダンスを終え、アケロスの元に戻った。
アケロスがマグニを茶化した。
「おう、イケメンのガイル君、まさか我がイースタンの新しい看板娘を陥落させるとはやるじゃねえか。」
マグニが苦笑する。
「酒場の娘のリップサービスじゃねえのか?」
アケロスがバンバンとマグニの肩を叩いた。
「あの娘は昼はカインのところの女中だが、昔落盤で父親を亡くした上にさらに流行り病で母も亡くしてな…仕方なく夜はこんなところで働いているのさ。だから身持ちが結構固いんだぜ。だが、そんな女がお前に骨抜きになってみんな驚いているところさ。」
そして真面目な顔でマグニの顔を見つめる。
「良い女ってのはな、自分で捕まえに行かなくちゃいけねえ。シェリーはあれで結構お前に傾いているんだから、イースタンから出るまでに口説き落とすんだな。」
マグニがとんでもないという顔で首を振る。
「いや…待ってくれよ、確かにいい女だが、流石にそれはまずいだろ! 身分的な問題も…。」
アケロスが笑っていった。
「どのみち結婚しねえって言ってたやつが身分的な問題か…大分成長したもんじゃねえか、こりゃもう少しでうまくいきそうだ。」
そして酒場中に響き渡る声で言った。
「おーい皆、ガイルがこっそり俺に言いやがった、シェリーってかなりイケてるなって! こりゃもしかしたら、めでてえことが起こるかもな。」
その後…マグニ、いやガイルはシェリーと一緒に酒を飲み、酔い潰れ、アケロスに引きずられながらトールのもとへ連れていかれることになった。
*
トールがアケロスに礼を言う。
「息子がこんな風になるまで酔い潰れたのは初めてですな…しかもこんなに幸せそうな顔になるとは、ありがとうございます。」
アケロスがトールに耳打ちする。そしてトールが驚愕した顔になる。
「それは…ですが王がそれを許してくれるとは…。」
アケロスがトールに言った。
「俺の望みを一つかなえてくれるって言っていたよな…だったらこいつにくれてやる。このままだとこいつは一生独身を貫いてしまうぜ。」
トールが驚いた顔をしたが首を振って答えた。
「ですが…その望みは聞けません…これは私の家庭の問題です。この馬鹿息子がしっかりと責任を取ってその娘に告白するのならば私が責任をもってその娘を身請けしましょう。」
アケロスが気持ちの良い笑顔でトールに笑いかけた。
「お互い、馬鹿な息子を持つと苦労するな。」
「まったくそうですな。でも、私は息子があなたに会えたことを本当に感謝しています。息子の心を救ってくださりありがとうございました。」
「まあ、良いってもんだ。こいつは剣みたいに真っすぐが硬すぎていけねえ。だが、本質は良いものを持っているのはあんたが愛情もって育てていたからだろうな。」
「ありがとうございます。またあなたとはゆっくりと話してみたいものです。」
「と、いうことで数日はこいつを借りて酒場行かせてもらうぜ。」
「お願いいたします。」
*
その後、連日マグニはアケロスに酒場に連れていかれて、四日目でシェリーにどう思っているのかと詰め寄られ…見事に彼女の手により陥落する。
本気で彼女が好きになってしまった彼はシェリーに本名を明かした後、初めて女性のためだけにすべてをかけて戦った。そう、トールと直談判して彼女との婚約を認めさせたのだ。
だが、後日…アケロスはクラリスに愚痴った。
「告白できずに女に気持ち聞かせるとは…あいつもやっぱりガイと同じくヘタレだわ。」