バロンへの引導
フレイは今後の方策について決心がついた為、カイン達を下がらせる。
そして、バロンが部屋に入ってきた後、フレイは一人で取り調べをすると言って衛兵を下がらせた。
*
部屋の中にはフレイとバロンの二人が向かい合っている。
バロンは拘束されたときとは打って変わり、冷静さを取り戻している。
「さてフレイ様、私をどんな罪で告発するつもりですか?」
フレイはバロンの冷静さが気になった。
「ほう…貴様は死罪が惜しくはないようだな。どうしてそんなに落ち着いているのかね?」
バロンは臆面もなくフレイを嘲る。
「何も知らない小娘が…よく聞いておくんだな。私はセントラルに強いパイプを持っており、しかもサウス領主の命綱を握っている。そんな私を処罰しようとすればサウスの街自体が成り立たなくなり、国の経済も回らなくなる。それがわからぬ王ではない。」
フレイは先ほどのカイン達とのやり取りを思い浮かべ、バロンに告げる。
「まあ、それもそうだな。だが、サウスの領主とお前達を切り捨ててば良い話だ。あとは後任の奴らにしっかりとやってもらうさ。」
バロンがフレイの言葉に激怒する。
「何を言うか、私はセントラルの貴族たちの弱みも握っている。私を罰すればどういうことになるのか分かっているのか!」
フレイが表情を崩さずにバロンに尋ねた。
「それで、どういうことになると? 具体的に言ってみろ。」
バロンはそれには答えず厭らしい笑みを浮かべながらフレイへ問いかける。
「そういえば…あなたの従姉妹はいったい誰の妻でしたかね?」
フレイは呆れた顔でバロンの口上を聞く。
「誰の従姉妹が誰の妻だろうが、今のお前の罪に影響するものなのか?」
バロンがさらに続ける。
「あなたが普通の貴族の子女でしたらかまいませんが、尋問官の血縁の者が取り調べに関係する人の身内だなんて言いましたらね…それこそ取り調べた内容に手心が加えられたと思っても仕方がないのは?」
「何が言いたい?」
「しかも昔、貴女がその男をお兄様と呼んで慕っていたとなればなおさら…」
フレイが冷徹な目でバロンを見据えた。
「ほう…私が誰をお兄様と呼んでいたのかは知らぬが、それで私が国への忠誠を翻すと? 貴様は貴族どもにそんな讒言をするように手回しをしたとでも言うのかな。」
バロンがフレイの身の上を話し始めた。
「そうですね、あなた自身は女を捨て、国のためにと忠誠を誓って頑張ってきたそうですが、貴女のお兄様はあなたには振り向かなかった。政争に負けて惨めに死んだ男の娘、いや貴女の従姉妹を守ってイースタンに飛ばされたんですよね。」
「それで、何が言いたい?」
「三十路半ばも近い中、結婚もせず尋問官を続けなければならない可哀想なあなたが、よくもまあ恋敵の忘れ形見の為に、結婚の後見人ができるものだと、その高潔さにいたく感動しているのですよ。」
フレイは全くバロンの言葉に関心を寄せず、呆れた目で彼に告げる。
「バロン、私を挑発しても無駄だ。お前は内乱罪で死罪となる身なのだ。死にゆく者の妄言で心動く私だと思ったか?」
バロンがフレイを憐れむように言った。
「恐らく私が捕まったことが王都に伝われば、貴族を通じてあなたの身辺を探った結果が王に提出されるでしょう。そうなれば、王は私情に走ったあなたを見放し、尋問官の職を剥奪するでしょう。」
彼はそういった瞬間、フレイの表情を見て悟った。
―死神の鎌へ自分から首を差し入れてしまったことに。
フレイが狂ったような笑顔を見せてバロンの顔を凝視しながら嘲笑った。
「クッ…ククッ…ククク…王が私を見放すだと? 初めから王は私の存在が疎ましかっただろうさ。そうか…お前の言うセントラルとの強いパイプとやらの力では、私と王がどういう関係なのかは突き止められないか。」
フレイが何かの紋章が入った指輪を見せるとバロンの顔色が土気色に変わった、そして信じられないようなものを見る目でフレイを見た。
「ば…馬鹿な、お前は…いやあなた様は…」
フレイが自嘲しながら自分の正体をバロンに告げた。
「私は、王の不貞の末路…つまり穢れた隠し子だ。そして…お前のような奴が、余計なことを画策するかどうかの試金石となるべく尋問官に任命されている。私が邪魔になれば間違いなくそういった弱みを探すだろうからな。」
さらに固まっているバロンの顔を引き上げて冷たい目で射貫く。
「バロン、私の過去をつらつらと語っていたようだが、さぞやご満悦だっただろうな? カイン公や周りの男達は私を選ばなかったのではなく、選べなかったという可能性を考えなかったのか?」
そして、バロンの目の中を覗き込みながら宣告する。
「お前が私の正体を探り、その正体を白日の下に晒そうとしたことが何を意味するかは解っているな? 王がお前に何も証言も発言もさせずに死を賜るということだ。これより先、お前は王都に運ばれるまで余計なことは何一つ話せなくなる。」
体の震えが止まらぬバロンの耳元でフレイが囁いた。
「そして恐らく今頃はその貴族とやらも謎の変死を遂げているだろうさ…私の従姉妹の両親と同様に…。」
あまりのことに心が折れてしまい、バロンは膝から崩れ落ちる。
フレイがバロンへ静かに声をかけた。
「バロン…お前が愚かで私は本当に助かったよ。私のことさえ調べなければ、もしかすれば貴族やサウスの領主がお前をの命綱とやらを惜しんで、王に助命を嘆願して生き延びれる可能性もあったかもしれない。だが、もう終わりだ…お前は本当に手を出してはいけない闇に触れてしまったんだ。」
フレイはバロンの首元に鋭い一撃を食らわせて気絶させると、衛兵を呼んで命じた。
「この男は国家に対する反逆を企てた上、王に対して決して言ってはならぬような不敬ことを言った。王都に着くまできつく轡をして決して一言も喋らせてはならぬ。もし一言でもこやつが喋ったときは…それを聞いた者も死罪となると思え。」
*
バロンが部屋から連れていかれた後、フレイは窓に映った自分の姿を見て自嘲する。
「確かに奴が言う通り、私のような穢れた生まれでは最初からカイ兄様は私のことを選ばなかったかもしれぬ。」
さらに二年前に病死した従姉妹のことを思い出す。
「私の出自をを調べてしまったばかりに、彼女の両親が代わりに死んだと思うとな…本当にやりきれないものだ。それでも、自分が好きだった人が、将来を犠牲にすることの代償として彼女の助命を嘆願し、そしてその人に嫁げただけでも…まだ幸せだったのではないか?」
フレイは自嘲しながらかぶりを振った。
「いや…私にはそういったことを思う権利すらないだろうさ。」
そしてに王について思い浮かべた。
「そんなに秘密が漏れるのが怖いならば、初めから私を殺せば良かったのさ。しかもそんな私に、尋問官なんて職務をさせている…理不尽なものだよ。」
また、尋問官としてイースタンに派遣されるときに王が言った言葉を思い出す。
「カインはまだお前に情があるはずだ。彼はちょうど、妻を亡くしている、最悪それで彼が篭絡できるのであればそれでも構わないと。だが、それだったら…なぜ、なぜあの時に私を彼と一緒にしてくれなかったんだ!」
フレイの冷徹な仮面が完全に剥がれ…彼女はさめざめと涙を流した。
ふと、あの少年と少女が世界を越えた後の話を思い出される。
「本当に馬鹿みたいな夢物語だ…だが、あの子らが少し羨ましい…」
そういえば、あのキキョウという少女。
―私の苦悩の全てを見通しているような眼をしていた。
窓の外の景色を見ながらフレイは何かを思案するように佇んだ。
*
数日後、トールとマグニは、アルベルトに従い、鉱山の調査を終えてイースタンに戻ってきた。
鉱山での取り調べはアルベルトの人柄もあって、容易に終わった。
蛮族たちがアルベルトが聞く以上のことをしっかりと答え、そして自分たちの待遇がいかに素晴らしいかをトールたちに話していたからだ。
トールは感服した顔でアルベルトを称賛した。
「まだひと月もたっていないのに、蛮族達があれほどまでに貴方のことを慕っているとは、大したものですな。」
アルベルトが嬉しそうに答える。
「私の力だけではなく、鉱山で指揮監督する者たちの力が大きかったのです。」
トールがさらに鉱山の様子を思い浮かべる。
「それに、鉱山のあちらこちらにみられる表示のおかげで、地図と照合することで全く迷わずに進むことができる。さらに安全のための教練もしっかりされている。そう、彼らをしっかりと大事にしているということがよく伝わってくるのです。」
アルベルトは彼らのことを思い浮かべて穏やかに言った。
「彼らは大事な民ですから出来れば無事に帰れるようにしたいのです。昔は落盤などで命を落とすことも多かったものですからね。」
トールは感心した顔でアルベルトを見る。
「そういったところはお父様譲りですな。カイン公はよい後継者を持ったものだ。」
マグニが思い出したようにアルベルトに尋ねた。
「ところで蛮族共が、白銀の悪魔が二羽飛来して我々を恐怖に陥れたと言っていたが…なんのことだったんだ?」
アルベルトが穏やかな笑みを浮かべてマグニの問いに答えた。
「彼と立ち会ったときにそれもわかるのでは?」
マグニが武者震いをしながらトールのほうを見る。
トールはそんな息子の様子を見て何かを思いながら静かに頷いた。
*
イースタン南西の賊の拠点は、フレイがサウスの商人を尋問して得た情報から、すぐに発見された。
討伐軍は今こそ手柄をと奮闘し、拠点は半日とかからず陥落する。
そしてその拠点の者を取り調べたことで、今回仕掛けられたイースタンに関する陰謀がすべて明るみとなった。
マグニはついにあいつと戦うことができると高揚感に包まれながら、トールと共にカインの屋敷へ行くのだった。