フレイの苦悩
バロンが来るまでの間フレイは逡巡した。
―今回のイースタンに関する問題は、あまりに大きすぎる。
イースタンの街の問題としては、あまりに賊に対して完勝した上に、強大な防衛力をイースタンが手に入れてしまったこと。
サウスの街の商人ギルドの問題としては、完全に成功する前提であまりに大きな陰謀をイースタンに仕掛けてしまったが、逆に完全に失敗してしまったこと。
そう、イースタンは完璧に成功して、商人ギルドは完璧に失敗した。
―そしてこれは国にとっては非常に由々しき事態となる。
王は辺境のイースタンがミスリル産業の発展により急成長していることを危惧されている。
さらにこれで”兵力が二倍の敵に対しても死者なしで勝利できるぐらいの軍事力が備わった”なんて報告をすれば、仮にカイン公がどれだけ王に忠誠を誓おうが、イースタンを非常に警戒されるだろう。
逆にサウスは港がある分、他国との交易の入り口となっている。
国にとってもこの街はあまりに重要である。
そして、商業ギルドはその交易の窓口として機能していた。
そう、商業ギルドを潰すということは、この国の経済を衰退させるという選択となる。
つまりこの事態は国の望むことと真逆の結果となっているのだ。
―だからと言ってここで事実を捻じ曲げればとんでもないことになる。
何の咎のないイースタンをここで処罰でもすれば、それこそ”何の価値もなかった辺境の地を、領主が発展させた功績を無視して国が利益のみを取り上げる”と、他領の領主が認識して反旗を翻してもおかしくはない。
そしてサウスの商人ギルドを放置すれば、ここまで完敗した以上、自分達の影響力の低下を恐れて何をするかわかったものではない。
今回の件で反省するどころか、破れかぶれになり、サウスの領主や国の貴族までもを動かして直接イースタンを潰しにかかる可能性すらある。
その結果、セントラル内外を巻き込んだ政争が発生し、結局内乱につながる可能性がある。
結局どちらの選択を選択しても、国が滅亡の道を歩む可能性がある。
フレイは普段の冷静な表情を崩して苦悩した。
―どんな選択肢を選ぼうが、今回の件は国が衰退する原因になりかねない。
*
ちょうどそこまでフレイが考えたとき、ドアをノックする音が聞こえた。
フレイはいまだ決心がつかぬ中、どうバロンを尋問するかで悩む。
もう一度ドアがノックされた。
フレイは仕方なく、ドアの向こうに声をかけた。
「バロンを連れてきたのだろう? 早く入れ。」
だが、予想に反してドアは開かれず、代わりに違う者の声が聞こえてきた。
「レイ、入ってもいいかな? 少し話したいことがある。」
フレイはその者が誰かがよく分かった。
そして今の表情を一番見られたくない人だということも。
…だが、今はこの人に縋るしかないのだろう。
「…入室を許可します。入りなさい。」
*
カインが部屋に入室してフレイから状況を確認した。
そして複雑な表情で天井を眺めながら嘆息した。
「イースタンは発展しすぎたんだ…そう、誰もが予想できないくらいに。」
フレイも複雑な表情をして見つめる。
「カイン公、あなたが悪いわけではない。領主として自らの所領を発展させられた。それは、立派に職務を果たされただけのことだ。」
カインが誰かを思い浮かべながら自嘲する。
「私は力を持ちすぎたも者末路を知った。その者たちも結局世界が平和になるまでは重用はされたが、世界が平和になった後は用済みとばかりに世界からも追放されたのさ。」
フレイが驚愕の顔でカインを見つめる。
「まさか、あの少年たちは…伝承の超越者か!」
カインがフレイの目を真剣に見つめて肯定した。
「そうだ、彼らは超越者だ。」
フレイが戸惑いながらカインに問いかける。
「だが…私にそんなことを教えてもよいのか? それこそイースタンがさらに警戒される種になるぞ。」
カインは、フレイの問いかけに何かを感じ、優しい顔で彼女の問いに答えた。
「君は尋問官の中でも極めて公平な人間だ。その人間に対して隠し事をしてもしょうがないだろう? それにね、ガイ君達やアケロスから、フレイには話しても良いと許可はとっている。」
フレイはカインの顔を見て一瞬表情を変えそうになったが、すぐに冷静な顔に戻して疑問を口にする。
「確かにあの者たちは人とは思えないような強さを持っている。だが…伝承の超越者とはあまりにも違うだろう?」
「本当にその理由を知りたいのか?」
フレイはカインの目を見据えて言った
「ああ、知りたいさ。私はセントラルの尋問官としての誇りを持っている。正しい情報すら知らないで何を判断するというのか? 見くびらないでほしいものだ。」
カインは穏やかな瞳でフレイを見て答えた。
「やはり貴方はずっと変わらないな。だからこそ私は君を信頼しているのさ。」
そしてカインは手を叩いた。
「ガイ君、キキョウ君、そしてアケロス。入ってきてくれないか?」
*
部屋に入室した私と桔梗そしてアケロスは、フレイに前の世界での人生と世界を渡った経緯、そしてこの世界に転生してからの出来事について説明した。
フレイは、それまでの冷徹な仮面を剥がして大きく笑いながら言った。
「ば…馬鹿な…前の世界で使いつぶされながらも、この世界で真実の愛を成就させただと? だが、確かにアケロスの言う通り…これでは前の世界で許されない愛のために世界を越えて駆け落ちしたようなものではないか。クッ…ククク…これほどスケールの大きく馬鹿げた話は久々に聞いたぞ。」
そして私達の方を見て尋ねた。
「君達は人間に思うところはないのか? 世界のために自分達の一番大事な気持ちを抑えて戦い、そして天下が平定されてもその気持ちを伝えられずに、そして追い立てられるように世界から追放される。これほどの苦痛はないと思うのだが。」
私たと桔梗は一緒に答えた。
「でも今の世界では違います。私達はこの世界で色々な人と出会い、そして幸せに暮らしているのです。」
フレイが私達の目を見て納得したように優しい顔になった。
「尋問官を長くやっているとな、保身の為に平気で人を犠牲にしたり欺く者を見ることがあまりにも多いのだ。もう少し、こういった相手が多ければ…私も氷の目を持つ女なんて呼ばれなかっただろうな。」
カインとアケロスがフレイにあることを提案した。
「私はイースタンの土地を王に返上しようと思う。それが一番の解決策だと考えているんだ。」
フレイが大きく目を見開く…が今までの彼女とは異なり、感情的な様子でかぶりを振る。
「カイン公…駄目だ、それだけは駄目だ! あなたはまた自分を犠牲にされるのか?」
カインがフレイの目を見てはっきりと言った。
「さっきも言った通り、イースタンはミスリルはあまりにも急激に発展しすぎたんだ。誰もがそれを予想できず、そしてあまりに有益なものを生み出してしまった。そして、その大きな力は争いを生んで国を滅しかねない。」
苦悩している二人を見て、私は悩んだ。
すべてを解決する方法を自体は献策できるが、それを言うべきかどうかで悩んだ。
それは色々な人たちの人生を狂わせることになるかもしれないからだ。
その時、私の表情を見たアケロスが私の肩を叩いた。
「ガイ、桔梗に対して気持ちを伝えなくて後悔したこと…忘れちゃいねえよな? 最善の策があるんだな…言ってみろ。」
私は意を決してカインとフレイに献策した。
「イースタンを直轄地にするのは賛成です。その上でサウスの街の領主と商人ギルドを今回の件の咎で処罰し、代わりにカインさんがサウスの街を収めるといった方策は取れないものでしょうか。」