フレイの尋問
笛の調べにより彩られた戦場で、私は敵を打ち破った。
私は勝利の昂揚感に酔い、心のままに雄たけびを上げる。
そして、広場に集まった者達が私の雄たけびに呼応して叫んだ。
言葉にならない叫びは、いつの間にか一つの言葉へと紡がれる。
―イースタンの英雄万歳
いつ終わることのない歓声の中私たちは、アケロスとクラリスの元へ戻った。
アケロスが私達を力いっぱい抱きしめて感嘆の声を上げた。
「やっぱり大したもんだよお前らは!」
クラリスが私達の方に駆け寄り、アケロスと一緒に私たちをも抱きしめた。
「笛も演武も凄かったわ、いいものを見せてくれたわね。」
広場のほかの人達も殺到する中、私と桔梗はとても幸せな気持ちになり笑顔で二人を抱きしめ返した。
*
舞台の世界から現実の世界に気持ちが戻ったトールがフレイの顔を見て察した。
―これはなかなか厄介なことになりそうだ。
恐らく賊とイースタンが組んだぐらいであれば、我らが打ち倒せば良いことだが、今回の件はそれとは比較にならないぐらい状況がまずい。
あの少年らはあのアケロスの養子になったという。しかもアケロスは今回の娘の婚姻によってカイン公の縁戚関係になる。広場のアケロス夫婦に対する様子から見れば、信頼関係はかなり深いものと思われる。
王はミスリルの件もあるので、イースタンの独立を恐れて戦力増加を決してお認めにはならなかった。
だが、イースタンの戦力増加を阻止するために彼らを追放もしくは討とうにも大義名分はない。まして、民からあれほどの信奉されている英雄をどうにかしようとすれば、それこそイースタンが蜂起することになるだろう。
つまり、イースタンは図らずも、正当にな方法で強大な戦力を手に入れてしまったということだ。
そんなことを思案していたトールはふとマグニの方を見て気づいた。
―あいつが、こんな顔をするのは久々だな。
本当に強い相手に出会った時の昂揚感。それを彼は顔だけでなく全身で示していた。
トールはマグニの目を見て真っすぐ見て問いかけた。
「彼と手合わせをしてみたいのか?」
マグニは少し逡巡している、しかしトールの目を見て隊長ではなく親の目だと強く感じた。
―副隊長という立場で武人の心を捨てる必要はない。
マグニはトールの目を見てはっきり言った。
「あんなものを見せられて、戦いたくないというような息子に育てた覚えはないだろ?」
トールはマグ二の肩をたたきながらカインに提案した。
「私共にも騎士としての立場があるので、しっかりと調査は行うことは約束する。だが、調査が終わったら…息子と彼を手合わせさせてはもらえないだろうか。」
カインはどう答えたものかと逡巡する。
そして、彼は嫌疑を晴らすために必要な最後の問題についてガイが言っていたことを思い出した。
―最後の問題があるが、それは鉱山から騎士が返ってきた後に解決しようと思う。
恐らくこれが彼の考えていたことなのだろうと、カインはそれを了承することにした。
「アケロスを通じて彼に手合わせのことを伝えよう。」
トールがマグニの方を見ると、最近の息子にしては珍しくとても嬉しそう顔をしている。
マグニがトールとカインにかしこまって感謝した。
「カイン公、そして隊長、私のわがままを聞いてくださり感謝いたします。王国の騎士の名を汚さぬよう正々堂々と勝負することを誓いましょう。」
フレイがそんな三人を見て呟いた。
「男たちはいい気なものだ…力で解決すればよいのだからな。こちらは悩みの種がまた一つ増えたということになるのだがな…」
それぞれの思惑が交差する中、祭りの夜は更けていく。
*
歓待を受けた次の朝、フレイは尋問官の職務として、捕えた賊の取り調べを行うことにした。
取り調べる量が余りに多いため、カイン公の提案で、トールとマグニにイースタン側から金属札を貸与し、鉱山で罪を償っているとされる蛮族について直接話を聞いて、後で聞かせてもらう形をとることにした。
カイン公の息子が鉱山での視察の対応をするとのことなので、そちらは任せるとして、こちらはこちらでやらなければならない。
まずは、今回の陰謀に一番かかわっていると思われるブルを呼んだ。
そういえば、衛兵が『キキョウさん連れてきますか?』と、意味不明な事を言っていた。
―アケロスの義娘が一体何を知っているのだろうか?
フレイはひとまずキキョウのことは置いておくことにして、ブルの取り調べをすることにした。
ブルが部屋に通され、フレイはバロンが用意した証拠を並べて尋ねた。
「これに覚えはあるな?」
ブルが必至でかぶりを振りながら、それを否定する。
「ここ…これは、何かの間違いです。そもそも、追放といっても私は事が済めばサウスの商人ギルドの幹部に戻れるとそう聞かされていたのです。」
フレイが愚かな…と思わず呟きながら、ブルへ自分の立場を教えてやることにした。
「貴様は、まさかイースタンで賊と反乱を起こしておきながら、おめおめと商人ギルドに戻れると本気で思っているのか? お前が起こしたのは内乱だ、つまり反逆者として死ぬしかないのだぞ?」
ブルが、フレイの言葉の意味を理解しようとして…そして愚かな自分が欲に目が曇って何をしたのかをようやく悟って弁解しようとした。
「ととと…とんでもございません。すべては黒狼のジャンの仕業にございます。」
フレイが冷たくそれを突き放す。
「馬鹿者が、証拠がこれだけそろっていてどう言い逃れする気だ。どのみち貴様は陰謀が成功しても失敗しても内乱罪で死ぬ運命だったということだ。つまりは捨て駒として使われたということよ。」
ブルがもう取り返しのつかない後悔をして嗚咽を漏らす中、フレイは次のものを呼ぶように告げた。
*
次に呼ばれたのは蛮族の指揮をした者だった。
「貴様らは、金で雇われたと言っていたな。」
彼はフレイの言葉に同意した。
フレイが彼に尋ねた。
「ところで、ブルの証拠の中で興味深いことが書かれていたな。作戦が成功しても貴様らは国には帰れないと。どういうことだ?」
彼はは驚愕の顔でフレイを見つめた。
フレイが心底呆れた顔で彼に告げた。
「お前の財産は最初からもう無くなっている。そしてお前はここで内乱を起こした罪で死ぬことが決まっている。」
彼は訳が分からないという顔でフレイを見た。
フレイはかぶりを振りながら彼を憐れんだ顔で見た。
「お前が指揮した部下たちにブルが何をしたのかは知っているだろう?」
彼はそれを肯定した…そして、ジャンが部下たちに言っていたことを思い出した。
『馬鹿なお前らは死ぬまで奴隷の予定だったんだぞ! あの強欲の商人がイースタンで欲が満たされるわけねえだろ? 契約した時点で、おめえらはみんな死ぬまであいつの奴隷って寸法さ。』
そして気づいた。
―彼らと同じように自分も騙されていたのだ
フレイは頭の中で彼の罪について天秤で量る…そして彼にこう尋ねた。
「イースタンを陥落させたときの見返りは? そこまでして手に入れたかったものは何だ。」
彼は家族たちを餓死させたくないから戦った。それ以上のことはない。
そして家族に咎が及ぶなら殺してほしいと願った。
フレイの心は決まった。
彼女は衛兵を呼ぶと取り調べの結果を伝えた。
「こいつらはカイン公とアルベルトに任せる。もし鉱山で働かせる気があるのならばそれも良いだろうと伝えておけ。」
指揮官は死を免れたこと、家族に咎が及ばなくなったことに感謝し、フレイに何度も頭を下げた。
フレイは彼に告げた。
「私に感謝しても詮無きことだ。勘違いするなよ? 騙されたとはいえ指揮をして戦った貴様の罪は重罪だ、恐らく死ぬまで鉱山での労務かも知れぬ。しっかり償うがよい。」
そして彼女は次にサウスの街から来たという商人を呼んだ。
*
フレイはまず彼に何をしにイースタンに来たのかを聞いた。
「さて…貴様は大金を持ってイースタンに来たそうだが、何のために来たのか聞かせてもらおうか。」
商人はフレイの問いにおびえながらも答えた。
「私は…上のものに言われて、ミスリルを買い付けて来いと言われたのでございます。」
フレイがカマをかけて問いかけた。
「上の者…とは誰のことか? バロンは知らないと言っていたが。」
商人が狼狽する。
「そそそ…そんなはずは、バロン様がおっしゃっていたのです。」
フレイが困ったような顔を装って商人を見ていった。
「ほう…それは困った。ならば、どちらかが嘘を言っていると見える。だが、サウスの商人ギルドはどっちの嘘を信じるかな? まあ、お前を切っても変わりはいるが、バロンの変わりは居ないのではないか?」
ギルドからの助けはもうないと考えた商人どうしたものかと考え込む。
さらにフレイが追い打ちをかけた。
「そういえば、カイン公が面白いことを言っていたな。イースタンの南西あたりに賊の拠点がある…とお前が言っていたそうだな。」
商人の顔が青くなる。
フレイはその表情を見逃さずに続ける。
「ほう…その顔はよく知っていそうだな? そこの賊を捕らえてお前に見せれば何をしようとしていたかはすぐにわかるだろう。ちょうど討伐軍も武功を立てたくてな。王都へのいい手土産になりそうだ。」
商人が絶望した顔になる中、フレイは冷酷ながらも慈悲深げな声で彼に話しかけた。
「さて…私も別に悪魔ではないからな。貴様はどちらが良いか、いま喋って内乱未遂で終身刑か、それとも潔く最後まで黙って内乱に加担したとして死罪か…。好きなほうを選ぶが良い。」
商人がすべてをあきらめたように、アケロスの妻子の誘拐やイースタンの女子供を攫って奴隷にする計画をすべて話した。
フレイが眉を顰める。
―これはかなり深刻だ
これだけの規模のことをしでかしたとなれば、サウスの街の商人ギルドの解体もしなければならなくなる。
そうするとサウスの街自体の経済にかなりの影響が出る。
あまりの事態の大きさに、どうしたものかとフレイは逡巡した。
そして、彼女は最後にバロンを呼ぶことにした。