笛の音が呼ぶ戦場
アケロスとクラリスの踊りに割れんばかりの歓声が広がっている。
トールが笑顔でカインに言った。
「イースタンの至宝も大したものですな。しかし、あれを見せつけられると彼がイースタンから離れたくないという理由もよくわかります。」
そして、マグニの方を見て聞く。
「お前も、年頃だからな良い人の一人や二人ぐらいはいるのだろう?」
マグニは興味なさげに答える。
「俺に近づいてくる女達は、後から付いてきたきた名声に縋ってくるような奴らが多いからな、なかなかそういった物には興味が沸かないのさ。」
フレイがそんなマグニを見て苦笑しながらカインに言った。
「あの調子だからな。王も国随一の実力を持つ彼に良い妻をと思っているのだが、なかなかに手を焼いている。」
再び大きな歓声が上がったため、フレイが舞台に目を向けた。
イースタンの門外でアケロスと一緒にいた少年と少女が舞台に上がるのが見える。
市民たちが物凄い何かが起こると期待を寄せた顔で彼らのことを見ていた。
フレイは彼らのことが気になり、カインに問いかけた。
「カイン公、あの少年と少女は何者だ? あの若さであれほどまでに民たちに慕われている。私達を出迎える際に彼らもいたようだが。しかもあのマントは…まさかミスリル製か?」
ミスリルという言葉を聞いたマグニが舞台上の二人に少し興味を示す。
カインが舞台下にいるアケロスの方を見ながら答えた。
「彼らはアケロスの養子です。」
フレイがの目が光り、訝し気な表情になる。
「養子? 私はそんな報告は聞いていないぞ。カイン公、そんな重要な情報をなぜ国に報告しなかった。」
カインが穏やかな顔で答えた。
「私もね…びっくりしたのですよ。あのアケロスが養子だなんて、しかも何の前触れもなく急にそんな話を持ち掛けられましてね。」
フレイが大事なことを確認する。
「それで…いつ彼らが養子になったというのか?」
カインが舞台上のガイとキキョウを見ながら答えた。
「賊の襲撃の三日前といったところでしょうか。」
フレイが何かに思い当たる…そう、それはとても重要な何かだ。
そのとき、舞台から静かな笛の音が響いてきた。
*
桔梗が昔を想いながらミスリルの笛に口をつける。
笛は彼女の意を汲むように、こだま笛へと変わっていった。
桔梗は昔の隠遁生活を思い起こさせるような静かで穏やかな音色をイースタンの山の向こうに飛ばす。
イースタンの山々が呼応し、何処とも無くこだまとなった笛の音が返ってくる。
私は悠久の時を奏でるような静かな調べに合わせて戟をとり、静かな水面に波紋を少し乗せるような気持ちで足を運んだ。
そして、ゆったりとした動きで戟を上げ、それぞれが想う天下を求めて対峙した者たちを思い浮かべる。
私の想いに呼応して、桔梗が調べを変えていく。
出陣を思わせるような高い音がイースタンの山々に響き渡り、今は亡き敵の出陣を思わせた。
激しい調べとなった笛の音が、いつの間にかに私の周りを包み込んだ。
私は、調べの中の戦場に身を委ねて敵を迎え撃つ。
―今は彼方の猛者達よ、今宵は私と戦おう
私は目の前に確かに見える猛者へ戟を力強く振り下ろし、その勢いのままに前方へ飛び、流れるままに戟を薙ぎ払って切り裂いた。
背後から迫る別の猛者が、私に切りかかろうと刀を振り上げる。
私は石突で彼を押し返し、そのままの勢いで戟を振り下ろす。
そして別の猛者が私の前に対峙する…。
*
―なんだあの動きは! 人とは思えない動きだ。
マグニは舞台の上の少年の動きを見て思わず立ち上がった。
トールも目を見開いて固まっている。
フレイが頭を振りながらカインに言った。
「あれを見るまでは、私も親書の内容を信じてはいなかった。だが…あんなものを見せられては、信じざるを得ないだろう。あそこにいるのはまるで鬼神ではないか。」
カインは苦笑しながらフレイに話し始めた。
「私もね、イースタンの中では一二を争う衛兵と戦わせた時に戦慄が走ったものだ。彼は衛兵の必殺の一撃をこともなげにかわして、そのまま背後に回って降伏を迫ったんだ。」
フレイは舞台上の二人をみて考えた。
―この事態をどう処理したものか。
恐らく、カイン公の話した戦果はこれで嘘ではなかったということは証明された。
逆に、ただでさえミスリルの件で王都から警戒されているイースタンがこれほどの戦力を手に入れてしまったということは、非常にまずいことだ。
―千人殺しのジャンが今さらながらに可愛い子犬のように感じる。
あれは一騎当千の兵だ、うかつに手を出せばこちらが危うい。
フレイは思わずマグニの方を見た。
マグニはこれまでの出し物に対する無関心さとは打って変わり、生き生きとした目で食い入るように舞台を見ている。
そしてトールも舞台上の戦場に引き込まれているのか、武者震いをしている。
―あの二人は武人だからな、ああいったものを見せられると心が躍るか。
フレイは今回の件の取り調べと報告を考えると頭が痛くなった。
カインがそんなフレイの表情を読み取ったのか、昔の呼び方で優しく言った。
「レイ、そんな顔をしないでください。私も出来ることは手伝いますから。」
フレイは一瞬ハッとした顔になったが、カインをできるだけ冷たい目で見て言った。
「フレイだ、貴公にはしっかりと本件に協力はしてもらう。」
カインは微笑を浮かべながらそれに答えた。
「わかっていますよ、フレイ様。」
舞台上の戦場は佳境を迎えたようだ。
調べに誘われてやってきた敵を少年が敵を打ち破り、勝利を示すように戟を掲げて雄たけびを上げた。
それに呼応するように広間に集まった市民が雄たけびを上げる。
イースタンの山々にその雄たけびは響き渡り、いつの間にか笛の音は消えていた。