歓待
王都からほぼ全速力で進軍して、行軍の疲れが溜まっていた討伐軍の兵士たちは、大鍋に満たされたイースタン風スープを街の女達から貰って、舌鼓を打った。
「久々のまともな食事だ、しかもこんなご馳走とはありがたい。」
兵士たちは上機嫌でスープを飲んで休息についた。
*
カイン達に案内され、尋問官であるフレイと討伐隊の指揮官のトール、そしてマグニは少数の共を連れて、イースタンの町の広場に向かう。
フレイが街に飾られた旗を見て感心してカインに言う。
「ほう…これは見事なものだな。なかなかの刺繍がされている。」
カインが気恥ずかしそうな顔をしながら答えた。
「実は…毎年の使いまわしのようなもので、結構年季が入ってほつれている物も多いのです。」
フレイが微笑しながら、カインの顔を眺めて言った。
「そういった物も風情があっていいものだ。数年ぶりにイースタンに来たが、相変わらず良いものだなこの街は。」
トールがそんな二人を見て余計な事をマグニにぼやいた。
「いつも能面のようなフレイがあのような顔をするとは…マグニ、珍しいと思わぬか?」
フレイがそれを耳ざとく聞くと、すぐに氷のような目でトールの目を射抜いた。
マグニがそういったものには興味ないといった顔で城門前で会ったアケロスのことを考えた。
「親父、もしこの任務が少し落ち着いたら、一回アケロスさんの工房に行く時間を貰ってもいいか?」
トールはフレイとは目を合わさず、マグニに言った。
「折角だから会いに行くといい。お前の剣を見せたらきっと彼は喜ぶだろう。」
広場につくと舞台があり、街の人々がそこに集まり主賓の来場を待ち望んでいる。
カインはフレイたちと一緒にその上に登り、演説を始めた。
「イースタンの民たちよ、今回の祭りの主賓を紹介する。」
広場に集まった人々から歓声が上がった。
そしてカインが右手を上げると、その歓声が静まる。
皆がその次の言葉を待ち望む中、カインは今回の主賓について紹介し始めた。
「今回の祭りの主賓は、まずは王都よりはるばるイースタンへ来ていただいた遠征軍の方々だ。そして、その代表として三人の偉人がここに参られた。」
皆が期待を込めて三人の偉人がどんな人かと注目する。
「歴戦の勇士である隊長のトール様、王都随一とも称される剣士である副隊長のマグニ様、そして尋問官として数多の諸悪を白日の下に晒して、それを打ち滅ぼしてきたフレイ様。いずれも王都セントラルにおける有名な傑物だ。そんな方々がこのイースタンに参られたのだ。」
皆の気持ちが高揚して誰とはなしに歓声が上がった。
「トール様万歳!」「マグニ様万歳!」「フレイ様万歳!」
「セントラル万歳!」「イースタン万歳!」
歓声がやまぬ中、カイン達が舞台を降りた。
アルベルトとセリスが舞台から降りた三人に礼をして貴賓の席へと案内した。
それぞれが席に座った後、フレイが表情は冷静ながらも少し感情のこもった声でカインへ言った。
「少し演出が過ぎるのでは?」
カインが微笑を浮かべながら答えた。
「辺境のイースタンにこれだけの傑物がそろったのは初めてでしょう。皆も喜んでいるのです。」
マグニは興味なさそうな顔をしていたが、トールは嬉しそうに興味深げに貴賓の席を見つめている民たちに手を振っている。
そして、舞台の上ではそれぞれの民たちがこの日のために用意してきた芸を披露し始めた。
*
舞台の上ではイースタンの民たちがそれぞれ自慢の芸を披露している。
カイン達がフレイ達をが広場に案内している中、アケロスとクラリスはいそいそと私達と一緒に燕月亭に戻り、今日の芸に必要な服装に着替えた。
そして、私は彼らに連れられて、舞台の一番近くに座らされた。
今日のアケロスの格好は少しラフではあるが洒落ている。
まるで、酒場に女でも口説きに行くような姿だ。
そしてクラリスは酒場にいる女中のような恰好をしてる。
二人ともいつもの恰好とは違うのだが、とても自然な印象を受けた。
桔梗は二人の格好を称賛する。
「お父さんもお母さんもとっても似合ってます。」
クラリスがそんな桔梗の頭をやさしく撫でた。
アケロスが私達に出し物について聞いてくる。
「お前たちはあれだろ、キキョウが笛を吹いてそれに合わせてガイが演舞するんだろ。」
キキョウが頷いて、アケロスに笑いかけた。
「そうです、お父さん、しっかり見ててくださいね。」
アケロスが嬉しそうに頷く。
「もちろんだとも、さてそろそろ俺達の番か、行ってくる。」
アケロスはクラリスの手を引いて舞台に上がる。
民たちから歓声とそして舞台下に横断幕が掲げられた。
私は思わずその幕をみて固まった。
―クラリス様…親衛隊?
アケロス達が舞台下の人々へ礼をした瞬間、ふっと歓声が止まり、静寂が訪れた。
おもむろに衛兵がトランペットを吹き始める。
次の瞬間、アケロスとクラリスが見事に同調した動き足を高く上げ、靴で舞台を叩きながら踊り始めた。
タン、タタタ…タン、タタタタ…
小気味良い靴の音、そして見事な足の運びに民たちが釘付けになる。
二人は時に手を取り合い、そして時に離れながら踊り続ける。
その動きは見事に同調していて一糸の乱れもない。
親衛隊と書かれた横断幕を持っていた人たちが用意していた太鼓を打ち鳴らす。
それに合わせてクラリスが靴音をかき鳴らしながら前に出る。
さらにアケロスがクラリス靴音に合わせるように斜め後ろから激しいステップを踏みながら進む。
そして、クラリスがエビ反りになりながらアケロスに身を委ねるように後ろに跳ぶと、彼はその腕でクラリスを支えて一回転させて抱きかかえた。
*
人々が息を呑み、一瞬の静寂が過ぎると、広場は歓声で溢れかえった。
舞台から降りてきたアケロスとクラリスへ、踊りに感動した桔梗が抱き着いた。
「お父さん、お母さん凄かったです!」
アケロスが桔梗の頭を撫でながら、自慢げな顔で私のほうを見ている。
クラリスが笑顔で言った。
「昔から、酒場に来るたびにアケロスが一緒に踊ろうって誘ってきてね。いつの間にか皆で騒ぎながら踊っているうちにこういう風になっちゃったの。」
どこからかアケロスとクラリスをひやかす声が聞こえる。
「おいアケロス! 俺たちのクラリスさんをあまり独り占めしすぎるなよ。」
アケロスが怒鳴り返している。
「うるせえ馬鹿野郎、今じゃ俺の嫁さんなんだから俺だけのもんだ!」
さらに見せつけるようにクラリスに熱い口づけをした。
笑顔でアケロスを窘めながら、クラリスが私達に声をかける。
「そろそろあなた達の番ね、いってらっしゃい。」