祭りの準備
衛兵とイースタンの街の人たちが総出でマキビシを撤去している中、早馬が戻ってきた。
私と桔梗はアルベルトに連れられて、一緒にカインの屋敷へ向かった。
使者が慌てた様子でカインに報告する。
「王都より、イースタンへ反乱の咎で討伐軍が向かっております。」
カインが使者に問いかける。
「尋問官と討伐隊の指揮官は誰が担当していた?」
「尋問官はフレイ様、指揮官は隊長がトール様、副隊長がマグニ様でございます。」
カインが安堵したような顔で私達のほうを見て説明した。
「フレイなら大丈夫だ、あの方は厳しいが平等に物事を見る。トール隊長と息子のマグニですか…大物を送ってきましたが、イースタンの重要性を考えればそれは順当なところです。」
私は使者に他に大物はいなかったのかを確認する。
「サウスの街の商人ギルド関係の人間はいませんでしたか?」
「商人ギルド長のバロン様がいらっしゃったそうです。」
「なるほど…ということは、ブルの証言は潰されるかもしれないな。」
―わざわざ黒幕が自分の撒いた種で身を焼くことはないだろう。
きっとブルにすべての嫌疑がかかるように、証拠などを用意しているに違いない。
私はカインに向き直り、もう一つの懸案事項について確認した。
「ところで街の女子供を収容する予定の拠点の調査は進んでいますか?」
「いや、南西の方向にあるそうだが、もう少しあの商人の取り調べが必要だ。」
「なるほど、それだと少し時間がかかりそうですね。」
―いっそのこと討伐軍にその拠点の処理をさせるのもいいかもな。
どの道、その拠点はサウスの街の商業ギルドにとっては公然と自分のものだとは言えないだろう。
だが、女子供を監禁するとなるとそれなりの大きさと人員になる。
さらに、監禁するための道具や脅すための道具などもあるだろう。
そんな拠点がイースタンのものと思われるのが一番困る、先に手を打っておくに越したことはない。
だからその拠点の者たちのことを賊として報告してしまえば良い。
どのみちイースタンにとっては奴らは賊以外の何物でもないからな。
私はカインへ念のために討伐軍へ早馬を出すよう献策した。
恐らく南西の方向に賊の拠点があること。そして、そこからの伏兵や奇襲の用心をするようにと。
あとは最後に考えていたことを伝えることにした。
「カインさん、イースタンで盛大な祭りを行うことはできますか?」
*
私はカインに状況を説明した。
討伐軍を向けられている時点で、イースタンの反乱への嫌疑はこれ以上ないくらいに高まっている。この状況で少しでも抵抗するような気配を感じさせると、イースタンは滅亡するだろう。
だが、私達にとって僥倖だったことがある。
ジャンたちの攻撃をたった一日で、しかも死者なく防ぎ切ったことだ。
討伐軍を迎えるころにはイースタンの街はひとまず戦闘とは無縁の平和な風景となっている。
この状況で、わざわざ遠方の王都から辺境の地にまで来てくれた軍に対し、賊の討伐はすでに終わっているからすぐに帰れというのはあまりに失礼なことになる。
そしてイースタン領主の息子とイースタンの主軸となるアケロスの娘の婚姻、これは尋問官にとって王都にぜひとも伝えたい重要な情報のはずだ。
―だからこそ祭りを行うのだ。
厳しい状況で完勝したことに対する衛兵や町の人々に対する慰労。さらに王都の尋問官や名誉ある騎士達へのアルベルトやセリスの結婚を披露する為の祝宴。そして、辺境の地へ労力かけて賊の討伐に来てくれた討伐軍への歓待。
これだけの材料が揃っていれば、盛大に祭りを行っても討伐軍も表向きは文句は言えないはずだ。
カインは私の説明を受けて納得したように頷いた。
「確かに一理ある。すぐに食料の買い付けのための使者を早馬で送る。」
私は念のため、カインに確認する。
「間に合いそうですか?」
カインは苦笑しながら私の肩に手を置いて答えた。
「間に合うかどうかではなく、間に合わせるって言ってほしそうな顔をしているよ。全く、子供は親に似るというが、ガイ君も段々とやることがアケロスに似てきたと私は思っている。」
私はあっけにとられた顔でカインの顔を見た。
カインはそんな私の顔を見て、一本取ってやったと笑っている。
そんな私たちを桔梗とアルベルトが微笑まし気に見守っていた。
*
マキビシの撤去が終わった後、イースタンの街が祭りの準備で騒がしくなった。
街は男達により色とりどりの旗で装飾され、衛兵たちも慌ただしく仕入れた食料の管理をしている。
今回は500人という大量のお客様が来るため、大鍋がいくつも並べられ、イースタン風のスープをじっくりと煮込もうと街の女性たちがせわしなく右往左往と食材を集めては肉や魚を切り、そして煮込むといった形で街中が騒がしい。
街の広場には舞台が用意され、それぞれが何の見世物をするかで盛り上がっている。
アケロスが舞台のほうを見ながら楽しそうな顔で私達に話す。
「これほどの舞台であれば、久々にクラリスのあれがみられるかもしれないな」
「あれって何ですか?」
「それは祭りまで内緒だ。だがとっても良いものが見られるぞ。」
私達が何だろうという顔をしていると、アケロスが桔梗に聞いた。
「そういえば、キキョウは何か得意な芸とはあるのか?」
「そうですね、笛とかならできますけど。」
「笛か…そう言えば工房の隅に返品された笛があったな。」
「返品ってどうしたんですか?」
「いやな…貴族の子女がどうしても頼むっていうから作ったは良いんだが、理力が出ないから金返せっていうもんだから、こっちから願い下げだ! …てな感じで戻ってきたってところだ。」
「そうですか、一度見てみたいですね。」
「分かった、後で持ってきてやるよ。」
「ありがとうお父さん!」
「”お父さん”いい響きだ…。」
セリスが嫁に行って寂しいところで、桔梗からの”お父さん”発言に感動しているアケロスが、なんとも微妙な顔で見ている私に気づいた。
アケロスが、照れ隠しに私の肩を叩きながら出し物について聞いてくる。
「ガイはあれだろ? ベルクの時みたいに誰かと立ち合いでもやってみるか。」
「それは面白そうですね。」
「馬鹿野郎! 冗談に決まってるじゃねえか。」
私達はそんな取り留めの無い話をしながら、討伐軍というお客様が来るのを待つのだった。