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それぞれの思惑と誤解

規則正しい軍靴の音が街道に響き渡る。


知的だが冷徹な瞳を持つ女性である尋問官のフレイ。

歴戦の勇士であり、数々の戦闘で勝利を収めてきた討伐隊隊長のトール。

そしてトールの息子で天性の剣の理力を持つとされる副隊長のマグニ。

最後に上品な雰囲気と計算高い目をしたサウスの街の商業ギルドの長のバロン。


その四人が馬車の中で話し合いをしていた。


 *


フレイは知的だが冷徹な目でバロンをじろりと睨んで言った。

「バロン、イースタンから早馬が来た。書簡には、『賊に襲われてそれを撃退した』と書いてあるが、私が聞いていた報告とはずいぶんと違うな? どういうことだか説明してもらおうか。」


バロンはそれに対して冷静に答える。

「恐らく、それは罠でしょう。イースタンが賊と通じて反乱を企てたのであれば、我々を油断させる心づもりやも知れませね。」



バロンは内心でブルがうまく事を進めることが出来たとほくそ笑んでいた。


―ブルめ、捨て駒のつもりだったがなかなかやるではないか。


予定通りであればすでにイースタンは陥落していて、ジャン達が略奪を行っているころだ。

恐らくその書簡はブルがジャンを使い、領主を脅して書かせたものに違いない。



フレイが訝しげな眼でバロンを見たが、すぐに視線をトールのほうへ向けて尋ねた。

「トール、お前はこの状況をどう考える。」


トールは少し考え込んで、そしてフレイの方を見ながら笑って言った。

「恐らくジャンと戦ったのであれば、こんなに早く早馬が来ることはないだろう。あいつはの”黒狼のジャン”だ。どうやって牢獄から抜け出したのかは知らないが、あいつを捕えるだけでも一般の兵士だと五十人は犠牲を出す可能性がある。フレイ、イースタンの兵力はどれくらいだったかね?」



フレイが資料も見ずに即答する。

「そうだな、イースタンの兵力は百程度といったところだな。しかも鉱山にも兵を置かなければならないとすると、イースタンの防衛戦力はそこまで多くない。ジャン一人抑えられるかどうかも微妙なところだ。」


バロンが我が意を得たりといった顔で、フレイに笑いかける。

「やはりそうでございましょう。イースタンに集結した賊の数は二百と聞いております。これにジャンが加わっておれば倍の四百の兵がいなければ勝てるはずかありません。奴らは賊と通じているに違いありません。」



フレイはバロンのほうを一瞥もせず、訝しげな顔を変えずに疑問を口にする。

「早馬から来た書簡の字がな…どうにも気になるのだよ。昔カイン公にお会いしたことがあるが、よほどのことが無ければ感情的にはならない人だった。だが、この書簡はの文字の震えは…まるで勝利したことに対する高揚というか、なにかそういった感情を揺さぶるものがあったと感じざるを得ない。」


バロンはフレイの疑問にたいして推論を述べる。

「カイン公も人の子ということでしょう。イースタンが自由になれるという気持ちの高揚からでは?」


フレイは少し思案する。


―確かにその可能性はあるが、果たしてあのカイン公がそこまで愚かな人間なのだろうか?


そして三人に自分の心に浮かぶ疑念について話し始めた。


 *


ここ数年のイースタンはミスリルの件で急激に富を増やすことができた。

だが逆に周辺の賊の対処などで苦労することになった。


急激な富の増加は人の増長を呼び起こしかねないし、何よりあの”理力”を発現できるミスリルを独占して独立でもされると困るという理由で王はあえてイースタンの兵力を少なくする方策をとっている。


カイン公は何一つ文句も言わずにイースタンをよく収めている。しかもあのアケロスの娘を息子の妻として迎える予定で順風満帆のはず…いやそれが反乱を起こす引き金になったとも考えられるか。

この国で唯一ミスリルを自由に鍛造できる鍛冶師と領主が縁戚関係となれば、大きな力となる。そして唯一足りなかった兵力を賊たちで補う。


ここまでは別におかしい話ではない。

だが、黒狼のジャンと組むとなると話が別だ。


奴は貪欲で民を嬲ることを好む。そんな輩と手を組んでしまってはイースタン自体が自壊する可能性が高い。


そう、独立してもすぐにイースタンはジャンに食い尽くされて滅んでしまうだろう。


 *


バロンがそれに対して答える。

「カイン公が焦ったという可能性が大きいのでは? 黒狼のジャンはイースタン外で鍛造されたミスリルの蛮刀を使っておりました。他領でもミスリルの加工ができるようになればイースタン産のミスリル製品の価値は暴落、それを恐れたということも考えられます。」



ここで初めて、マグニが口を開いた。

「それはないと思うぜ。隊長も知っての通りだが、アケロスが作ったミスリルの武器と他領の作った物とではハナから物が違うのさ。理力を込めた時の発現の仕方が段違いだからな。一度使うともう他領のものには戻れなくなる。」



バロンがなおも食い下がった。

「ですが、黒狼のジャンが持っていたとされる蛮刀もかなりの業物と聞いております。他領の鍛造術もかなり向上しているのです。」


マグニがバロンの顔を汚いものを見るように一瞥する。

そして傍らに寄り添うように置かれているロングソードを優しく撫でた。

「お前は商人だから知らないかもしれないがな…」


 *


―俺がまだ有名じゃなかった頃、


親父(トール)がお前にはまだ自覚がないが、きっとお前に剣の才能があると言って、まだそんなに有名じゃなかったアケロスに新しい金属を用いた剣を依頼した。


アケロスは王都から送られてきた使者に俺のことを詳しく聞いたそうだ。

「その剣を振るう奴は、どんな風な騎士になりたいと言っていた?」


親父にへつらう鍛冶師たちは、()()()()()を使いこなせるような騎士になれといって最初から打つ気すらなかった。そんな俺の事を彼は知りたがったのだ。


剣が届いたとき俺は感じた。


―こいつは俺に会うためにここまで来てくれたんだと。


それから俺は修練を続けるうちに()()()()成長してきた。

いつの間にか理力が発現するようになっていて、今では天性の剣の理力と言われちゃいるが、あの剣がなければここまでは強くなれなかっただろう。


そしてミスリルが台頭した後、他の鍛冶師たちが今更ながらに自分たちが打った剣を使ってくれと泣きついてきたが、俺は一顧だにしなかった。


そもそもそいつらが打った剣は()()()()()()()()最高傑作だろうが、()()()()最高傑作ではないからだ。


 *


マグ二がバロンへ振り返り、その目を見据えて言った。

「そんな剣を打てるアケロスを他領の傲慢な鍛冶師と同一視しろと?」



トールが大きな音で手を叩いて場の空気を戻した。

「まあ落ち着け、どのみちこのままイースタンに向かえばジャンと一戦交えることになるだろうさ。その時にでもその蛮刀とやらがどれほどの業物かを体を通じて感じればよかろう。」



ちょうどその時、トールが念のために商人に偽装させて放った斥候が報告に戻った。

「報告します。イースタン付近の街道で何かが大量に燃えた跡がありました。また、サウスの商人ギルドの者がイースタンへ大量の金を運ぶ途中に賊に襲われて、その積み荷が賊に荒らされたそうです。そしてイースタンの住民が総出でその物資の回収を行っているそうです。」



フレイがバロンを問いただす。

「どういうことだ? なぜ商人ギルドが反乱を起こしたイースタンへ金を運ぶのか、まさか商人ギルドも結託して我らをはめるつもりではないだろうな。」



バロンは若干顔色を変えながらも平然と答える。

「いえ…恐らくは南方より依頼されていた分のミスリルの買い付けに行っていた担当の商人が、船から降りてそのまま報告も聞かずに買い付けに行ってしまったのでしょう。その証拠に積み荷が襲われて、イースタンに回収されているではありませんか。きっと民たちは脅されて無理やり回収をしたに違いませぬ。」



そう答えはしたのだが、バロンの内心は怒りに燃えていた。


―ブルとジャンめ、私を裏切ったな? 絶対に…絶対に許さんぞ!


恐らくは、ブルとジャンが強欲のままに我らを裏切ってイースタンを独占することにしたのだろう。

書簡の様子では領主を手駒に出来ているようだった。

それならばイースタン自体を手に入れ利益を自分たちだけの物にするというのも頷ける。

それに手筈通りに街の人々の妻子を拠点に攫っていれば住民は思いのままに動かせるはずだ。



―私の…()()()()()()()()()()をよくも横取りしてくれたな。



バロンは自分が彼らを捨て駒にしようとしていたことすら忘れ、トールへ怒りを込めて訴えかける。

「奴らは人の心を持たぬ獣です、きっとイースタンの市民達も私の大切なギルド員と同様にひどい目にあわされているに違いありません。どうか…どうか彼らの敵をとってやってください。」



トールは深く頷くと、馬車の外にいる兵たちに声をかけた。

「イースタンの市民たちを開放するためにも急がねばならぬ。」



かくして、それぞれの思惑と誤解を乗せて討伐軍はイースタンへ向かった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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