ミスリルの意思
アケロスが複雑な顔をしたが、私と桔梗のマントを眺めて頬を緩める。
そして私に問いかけた。
「ガイ、お前はミスリルについてどう思う?」
私はそれにはすぐには答えず、刀となっているミスリルの柄を優しく撫でた。
金属の輝きを放ちながらも、とてもよく手になじむ感触。
ずっと一緒に戦ってきたようなそんな信頼感を感じるとともに、それとの出会いを思い浮かべる。
*
戟を振るった時は、思いのままにそして手になじむ感触に思わず笑みが零れた。
そして刀に変わった後は、軽い! と感嘆すると同時に体が歓喜に沸いた。
―自分の力を思う存分に発揮できる喜び…それは私だけの感情だっただろうか?
否、それは武器とて同じものだ。
自分を真に使いこなしてくれるような理力を持つ者をずっと待ち受けていた。
そしてその待ち人を得たという喜び、それを私に返したのだ。
―ゆえに、私と武器の思いが同調してその力を最大限に活かせる姿に変化した。
飛蝙蝠に至っては風を自由に受ける物をとアケロスに頼み、アケロスはそれに応える様にマントを作った。
そして、飛蝙蝠と変化したマントは私達が思い浮かべた通りに風を集めてくれた。
―つまり私達のイメージにミスリルが応えるということだ。
*
私はアケロスの問いに答えた。
「ミスリルには意思がある。」
アケロスの目を見ながらその後の言葉を続ける。
「そして、アケロスが鍛造したものはその意思の純度がとても高い。」
アケロスが私の頭をやさしく撫でて自分の利力について語りだした。
「よくわかったな、俺の鍛冶の理力は…」
―鍛造しながらミスリルの意思を感じ、その純度を高めてやるという理に基づいている。
*
それは数年前、アケロスが誰も鍛造のできないミスリルを鍛造したいと思ったことから始まった。
いつものように俺は火事場でミスリルに熱を加えて槌で叩いていた。
「畜生…また槌が折れちまった。本当に硬えし、頑固な奴だなお前は!」
なんとなく、その日のミスリルは機嫌がよさそうに見えて俺はついミスリルに語っちまった。
「おめえよ、いつまでもそんな塊のままでいいのかよ? 俺はな、これでも一廉の鍛冶師なんだぜ。まあ、形的には今折れた槌の代わりにでもなれそうだし、俺の槌にでもなってみねえか?」
と、そのときミスリルが一瞬光ってボロボロになった。
不要な何かをを削ぎ落とすような感じだろうか、その下には黒ずんだミスリルの粉が落ちている。
俺はそのままミスリルを口説くように叩いた。
「俺の槌になれば最高だぜ? なんせ俺はもの作るときにものすごく作った奴のことを考えて作るんだからな。俺と一緒に仲間をなりたいものに変えてみたいと思わねえか?」
3日ぐらい徹夜したところで、いつもなら全く形の変わらねえ頑固なミスリルが、いつも間にか柄も含めて槌になっていた。
俺は焼きならしまで終えたミスリルを手に持ってみた。
まるでずっと使い込んだような…そんな握り心地がしてな、思わずその槌を抱きしめて言ったんだ。
-俺がお前の仲間達が望むような生き方させてやる。
それ以来、俺はミスリルの槌と一緒にミスリルの塊を鍛造していった。
こんな感じのものを作るけれどなりたい奴はいねえかと理力を込めて打つと、それに応じたやつが金床に残るって寸法さ。
そうじゃなかった奴はまた取っておいて違うときに呼んでやる。
そういったことを繰り返していくと、何となくこいつらの気持ちがわかってくる。
ミスリルの塊を受け取った時点で、どういった望みを持つ奴が多い塊かも分かる。
そしてこいつは危険な意思を持つ奴だなっていうやつは、省いて鍛造しないようにした。
*
アケロスは感慨深そうな顔をしながら、私の刀を見る。
「そいつはな…物凄く純粋な奴だが、すごく頑固な性格をしていたんだぜ。無骨ながらも洗練された意思の持ち主でな、そいつの願いがよりにもよって…。」
―折角ここまで鍛え上げたのなら、天下無双の理力を持つ武人に使われてみたいものだ。
「俺は、そういう事情があったからそいつをずっと手元に置いておいたんだが…まさか本当に使いこなせる奴が現れるとは思わなかったから、思わず目を見張ってしまったよ。」
そして私の頭を撫でながらやさしく言った。
「だからな…ガイ、そいつのこと可愛がってくれよ。」
刀を優しく撫でることで、私はそれに答えた。
アケロスが苦笑交じりに言う。
「しかしよ…ガイにそいつをくれてやった後、ミスリル達を宥めるのが大変だったぜ、嫉妬の炎ってやつか、すごく拗ねちまってよ。あのマントの依頼がなければしばらく鍛造ができなかったかもしれないぜ。」
さらに桔梗の鞭鎌を見つめてため息をつきながらも嬉しそうな表情なった。
「キキョウの鞭鎌の時も大変だったぜ、あの気難しいミスリル共が金床にたくさん残っているんだからな。」
そして幸せそうな顔をして桔梗の頭も一緒に撫でた。
「お前達みたいに、ミスリルが喜んで使ってほしいなんて思える奴を子供にできるなんて、俺も誇らしいと思っているぜ。」
*
一通り私達を愛でたアケロスが真剣な表情でジャンの持っていた蛮刀についての見解を述べた。
「カイン…あのジャンが持っていた蛮刀は、やべえ方の意思を持つミスリルだった感じがする。偶然だとは思うが、鍛冶屋がそういったミスリルの気持ち、殺すには最高の武器になってほしいという意思を込めた感じがするんだよ。」
そして例の蛮刀を思い浮かべて残念そうな顔で溜息をつく。
「ああいった武器は結局それが自分の使命だと思って一線を越えちまう。卵か鶏が先かの話じゃねえが、所有者の理力での体すら変えたところを見ると、とても危険だ…どこの鍛冶師か知らねえが、ああいったものを作っている限りは俺の域に達することはないだろうな。」
カインがすまなそうに頭を下げる。
「すまないアケロス…ミスリルの製品が手に入らないならば、せめて鉱石だけでも出してくれと王都から迫られていてな…ジャンのような存在を生み出すならば、最初から拒否しておけばよかった。」
アケロスが首を振りながらカインの肩を軽く叩いた。
「違うぜカイン…お前が悪いんじゃない、そういったものを作る鍛冶師が悪いんだ。鍛冶師の風上にも置けねえような名工とやらの失敗作をお前のせいにするんじゃねえ。」
そして私たちに問いかけた。
「俺が話せるのはここまでといったところか、ガイとキキョウは今回の一件どうしたいと考える?」