反乱の嫌疑
カインがさらに困ったような顔をして私達に語りだす。
「それについてのことで、相談したいのだが…」
アケロスがカインを睨む。
「お前なぁ…さっきの話を聞いていなかったのか?」
カインがアケロスの目を真剣なまなざしで見つめる。
「確かに彼らの希望は聞いた…私だって出来るならそうしたい!」
「だがね…イースタン存亡の危機に陥っているときに、そのようなことを言っているわけにはいかないのだよ。」
アケロスが訝しげな顔をする。
「もう防衛は成功して首謀者も捕らえたのに何が危険なんだ?」
アルベルトが代わりに答える。
「イースタンに反乱の嫌疑が掛けられています。」
私と桔梗は目を合わせた、そして状況を察した…。
「なるほど…サウスの街の商人ギルドが、賊を雇ってイースタンが反乱を起こしたと王都へ報告して、それに応じた討伐部隊がこちらに向かっているということか。」
私はカイン達にイースタンに仕掛けられた陰謀についての推論を話し始めた。
*
―大体こんな流れだろう。
まずは何も知らないブルと賊達にイースタンを陥落させる。
そして、市民へイースタンを襲ったのは、カインが俺たちを雇ったのに決められたお金を払わなかったからだと宣言して広場でカインとアルベルトを処刑。
最後に反乱軍として、何も知らないブル達を討伐することでイースタンを開放。
後はサウスの商人ギルドが反乱を報告したことなどの報奨で裏からイースタンの実権を握る。
―なるほどな…言葉が通じない賊を使うわけだ。
余計な事を話させずにに始末する気であればその方が都合が良い。
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私の推論を聞いたアケロスが憤る。
「ガイ…悪いけどな、そんなに俺達は馬鹿じゃねえぞ。頼りないように見えるがカインは領主として良くやっている。イースタンの奴らはそんなカインを信じられないような狭量な奴ばかりだと思うか?」
アルベルトがアケロスのほうを見て…言うべきか迷った後に意を決して話し始めた。
「…ブルやジャンは賊へセリスやお義母さんには絶対に手を出さないように指示していたそうです。」
アケロスが何かに気づいて目を見開いた。
「まさか……アルベルト!?」
アルベルトがアケロスの問いを肯定する。
「そのまさかです…衛兵達がマキビシの撤去中にサウスの街からと思われる馬車が来て、その中に大金が積まれていたそうです。そしてその中にいた商人が、衛兵に指示を出すライアンに声をかけたそうです。」
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商人は、傲慢な態度でライアン達を見てこう言ったそうだ。
良くやったな、しかも衛兵の鎧を着せるとは良い案だ。
しかしイースタンからの逃亡者を逃さない為とはいえ、道を焼いたりこんな罠を仕掛けたのはやりすぎではないか。
これから大事な方々が来るのだから早く片付けてしまえ。
だが商人は、ライアンの反応から彼がブルが雇った指揮官でないと気づき、驚愕した顔で逃げ出そうとしたので即座に捕らえて問い詰めた。
その結果、ブルたちに褒美として大金を渡して、それと引き換えにクラリスとセリスを引き取り、人質としてサウスの街に連れていこうとしていたことが判明したということだ。
*
アルベルトの話を聞き終わるや否や、アケロスが憤怒の表情を浮かべ立ち上がろうとした。
「そいつを殺しに行く…アルベルト! そいつはどこにいやがる!?」
私はアケロスの肩に手を置いて制する。
「それで、他の女子供はどうするつもりだったんだ?」
アルベルトが憂鬱そうに答える。
「嬲り、犯した後に街の外にある拠点に監禁して、表向きは従わないものへの脅迫に使うつもりだったそうです。でも、頃合いを見計らってサウスの港から奴隷として南方へ売り渡すつもりだったと…」
アケロスがさらに激昂する。
「ふざけるんじゃねーぞ、俺達をなんだと思っていやがる!」
カインが真剣な顔をしてアケロスの目を見て静かに言った。
「君がイースタンにもたらした利益はそれだけ大きかったってことなんだよ。」
そして私たちへミスリルとイースタンの現状について話し始めた。
*
アケロスがミスリルの鍛造法を見出す前はミスリルは鍛造できない為、そのままの形で観賞用として売り出すことで利益を得てきた。
ただ、それならば宝石の方が純粋に美しいため、ミスリルの価値はそれほど高くなかったらしい。
しかし、アケロスが鍛造術を見出してからはその状況は一変した。
それはそうだ、金剛石のような硬度を持ち、鋼の半分の重量。
さらに理力を発現できるという、夢のような代物を手に入れられるとなれば、お金に糸目をつけずに手に入れたくなる。
イースタンで普通に目しているミスリル製品は、王都では家宝にすらなり得るそうだ。
今までの武具、そしてミスリルの鉱物についての価値は一変した。
各領主や貴族たちはこぞってミスリルの製品を買い求め、イースタンの経済も潤った。
ミスリルの武具は貴族や親衛隊の中での一種のステータスとなった。
またその性質から、王都や各領主達が兵士の登するの際に、ミスリルの武器で理力をどれだけ発現させられるのかを見て強さを示させるようになったという。
さらに貴族に献上する調度品や道具についても同様の理由でミスリル製の品物が一級品という評価に変わった。
当然面白くないのは、領主や貴族達に武具や調度品を売っていた者達だ。
彼らにしてみれば、今まで御用達だった自分達の地位ががイースタンに取って代わられるのは我慢がならない。
今回の一件はそんな事情で割りを食った者たちが、辺境のイースタンに集中してしまったミスリルという玉を平等に市場を回す為の策謀の一つといったところだろう。
*
アケロスが深くため息をつく。
「馬鹿なもんだぜ…ミスリルとしっかり向き合えねえような奴ばっかりだから鍛造できねえんだよ」
カインが苦笑する。
「鍛冶師がみなアケロスのようだったら…きっとミスリルの鍛造ができたでしょう。」
アケロスは事も無げにミスリルを鍛造しているが、
そもそもミスリルを鍛造出来る者はこの国では数えるほどしかいない。
その全てに共通することが、地位や名誉に興味がなく最高の作品を目指すといった職人魂を持つというものだ。
ただ、そのような者ですらアケロスのような速さと柔軟さではミスリルを鍛造することが出来ないらしい。
アケロスが複雑な顔をしたが、私と桔梗のマントを眺めて頬を緩める。
そして私に問いかけた。
「ガイ、お前はミスリルについてどう思う?」