霊薬
ここまでが異世界への転移の経緯となります。
次回以降は異世界での生活を書いていきます。
校正完了しました。(2020/5/17)
―桔梗からの話をまとめるとこうなる。
天下統一が成され、私が隠遁生活に入って暫く経った後のことだった。
私達が厄介な存在になり始めた民たちから疎まれた為、自給自足の生活を余儀なくされた私は畑に行っていた。
その時、とても品の良い老人が私たちの屋敷に現れたそうだ。
何の気配も出さずに目の前に現れた老人を刺客かと桔梗は警戒した。
だが、老人からは何の殺気も感じない。それどころか、私と桔梗が天下にどれだけの貢献をしたかと称賛して、じきに私が命を絶たざるを得なくなること、そして桔梗がその後を追うことになるだろうと告げたそうだ。
最初は半信半疑だった桔梗だったが、あまりにも具体的な予言とも言えるその内容に相手が嘘を言っているとは思えず、またその老人が最後に告げた言葉で信じることにしたらしい。
*
凱と桔梗は天下の統一のため、世界の為…多大な貢献をした。
ただ、世界が統一された今となっては、過分な力を持つ二人は世を乱す役割に他ならない。
そして、世を乱す力は人々から疎まれ排除されるというのが理というものだ。
儂はこの世を見守るものとして直接の介入はできないが、今のままでは余りに不憫というものだ。
だからせめてもの褒美としてこの霊薬を与えようと思う。
桔梗よ、この世界がどうしても嫌になった時は、凱とともにこの霊薬を飲めば良い。霊薬の力によりそなたらはこの世界からの存在は切り離され、その存在は消えてなくなる。
そうすることで、この世界も安定するやも知れぬ。
そのかわり、そなたらは理の異なる世界かもしれぬが、新しい世界で一からやり直すことができる。
これはそなたらにとっては、体の良い追放かもしれない。
だが、世界を平和に導いた二人にせめてこれくらいはさせて欲しい。
*
そして、老人の予言通り…数年後に私は自害することになり、その直前に桔梗が私に薬を飲ませたという訳であった。
私はふと頭に浮かんだ疑問を桔梗に投げかける。
「どうして、私に話してくれなかったのだ…。」
それを聞いた桔梗が堪り兼ねたようにキッと顔をあげ、声を震わせながら私を睨む。
「凱さまに伝えたら…きっと…きっと……」
そして涙を流しながら私を叱りつけてくる。
「自分の首がなければ父や親族に咎が及ぶだろうなどと反対なさるのが目に見えていたからです!」
私を叱りつける間に色々な感情が溢れてきて、抑えられなくなった桔梗は大粒の涙を流しながら私の胸を何度も殴りつけていく。
「だいたい凱さまは私のことを昔から全く考えてくれず…!」
さすがに忍者として鍛えているだけあって、ものすごい衝撃が胸を襲った。
―だが、それ以上に…そこまで追いつめてしまっていたことに心が痛んだ。
目の前で泣いている桔梗を抱きしめて私は呟く、
「桔梗…すまない……私は…」
もっと色々と気の利いた言葉が言えればよいのに、出る言葉は何の変哲のない謝罪だけ。
―本当に自分自身が情けなくなる。
そんな私の気持ちが読まれてしまったのか、
「いいんです。こうしてまた凱さまと一緒に、今度こそ自由に生きることができるのですから。」
と涙を流しながら笑いながら顔をうずめてくる桔梗が、本当に愛おしくてたまらなかった。
あやすように頭を軽く叩きながら、単純な疑問を頭に浮かべる。
―もし口移しされた時にとっさに私が薬を吐き出したらどうするつもりだったのか?
桔梗が私の考えを呼んだのか、小声でぼそりと呟いた。
「…それに、私は凱さまが案外ヘタレだってこと知っていますから……」
その呟きを私は聞き逃すことが出来なかった私は、
「ハ…ハハハ…そうかな…?」
と乾いた笑い声を出してそのまま桔梗をあやし続ける。
何とも情けないが、これが今の私に出来る精一杯のお返しだった。