鞭鎌
文章校正しました(2020/5/18)
燕月亭に戻るなり、セリスが満面の笑みを浮かべながら私と桔梗の手を握ってアケロスを称賛する。
『お父さんもたまには良い事するじゃない。こんな素敵な妹と弟ができるなんて夢みたいだわ!』
だが、セリスが何かに気づき、少し戸惑った様子で私たちに問いかけた。
『でも、ガイ様とキキョウ様をどうお呼びすればよいかしら?』
桔梗が笑ってにこやかに答える。
『私はキキョウちゃんって呼んで欲しいです。』
―キキョウちゃん?
ま…まあ、確かに桔梗が忍頭の時は任務外の時に配下のくノ一からお姉様と呼ばれ、そして彼女はそのくノ一たちを”~ちゃん”と親しげを呼んでいたが…。
私は桔梗の”凱さまも一緒にどうですか”という強い視線を感じ、勇気を出すことにした。
『じゃあ、私はガイ君…かな?』
セリスが答える前に、アケロスが私の頭をわしゃわしゃとかき回して勝手に答える。
『馬鹿野郎! お前は男だろ、ガイって呼び捨てでいいじゃねーか。面倒くせえからキキョウも呼び捨てでもいいよな?セリス、そのほうが呼びやすいだろ。』
セリスがまったくといった顔で苦笑しながらも私たちの手を握りなおして呼びかけた。
『呼び捨てはちょっととも思うけど…まあそのほうが良いかもしれないわね。ガイ、キキョウよろしくね。』
私達はセリスの手を握り直し、笑顔で頷いた。
私達が返ってきたことに気付いたクラリスが笑顔でにアケロスを出迎える。
『あら?アケロスおかえりなさい。どうやら養子の件はうまくいったけれど、何か問題でもあったって顔ね?』
アケロスが憮然とした顔でクラリスの問いに答えた。
『まあな…戦になるらしい。』
そして、しばらく思案した後に桔梗に声をかける。
『キキョウ、ガイには武器をくれてやったが、お前の分の武器を作ってやりてえんだ、何か昔使っていた得物はないのか?』
桔梗がちょっと考えた後にアケロスに耳打ちした。
『なるほど…それで? ほほう、それは面白えな。待てよ、それならこんなのはどうだ! 一日待ってくれ、すぐに行ってくる。』
アケロスは桔梗に手を振りながら、ものすごい勢いで工房に走っていった。
セリスが呆れた顔で溜め息をつく。
『お父さんっていつもああなのよね、娘に甘いっていうか…過保護というか。』
それに対して桔梗はうれしそうな顔をしながら、アケロスの後姿を目で追った。
『でも、そういうお父さんって可愛いですよね。』
セリスがくすっと笑ったが、何かを思い出したように遠い目でに外を眺める。
『確かに、あれで寂しがり屋なのよね。あなたも気を付けないと結婚の邪魔されるわよ。』
*
アケロスが桔梗の武器を作っている間に、私達は、街を周り戦いの準備をすることにした。
まずはメディの店に行き、激辛の唐辛子と胡椒を大量に購入し、松明油と松明を手配した。
そして、ライアンに頼んで衛兵十人と街道近くを巡察した。
『ライアンさん、今の季節は風が山から平地に向かって流れますよね?』
『ああ、よくわかるな、山から良い風が吹くんだよ。方角的には街から平野って感じだ。』
『そうですか、見たところ数日は雨が降らなそうです。これなら物がよく燃えそうですね。』
『街道の脇のここら辺に幾つか松明油が入った樽を隠せそうですか?』
『ふむ、出来るとは思うが攻められたらここまで来るのは大変だぜ?まあ、いいか隠しておくよ。』
これで戦場の用意は整った。
後は天気が崩れないことを祈るだけだ。
*
翌日、アケロスが工房へ私と桔梗を呼んだ。
工房に入るとアケロスは上機嫌で桔梗を手招きする。
『へへ…キキョウ見てくれよ、会心の出来だぜ!』
桔梗がアケロスから鎌に鞭がついたような武器を受け取った。
―鞭の先端には分銅がついており、鎖鎌にも似ている。
桔梗は鎌を工房の煙突の先に投げた。
鞭が伸びて煙突の先に鎌が引っかかり、鞭の反動により、桔梗は一瞬で煙突の上に飛び上がる。
私はアケロスに感嘆の声を上げた。
『すごいな、鞭が十倍以上の長さに伸びたぞ! しかも反動であんなに高く飛び上がれるのか。』
アケロスが自慢げに種を明かす。
『凄えだろ?ミスリルの編み込みを縄状にするんだが、網目を格子状に組み込むことで、見事なしなりを作るんだ。まあ、それだけじゃねえところがこいつの凄いところだ。キキョウ! そいつを体に巻いてみな。』
地面に降りた桔梗が鞭をしならせて体に巻くと、巻きつけた部分がベルトのような感じに平坦となり、交差して巻き付いて腹部を守る。
桔梗が喜ぶ。
『使わないときは防具にもなるんですね。』
アケロスがさらに指示する。
『今度は腕だ』
桔梗が鎌を持つ右腕を水平に開いて、鞭をしならせて回転させる。
そのまま鞭は腕をを守るように巻き付いた。
桔梗は感心したように自分の右手を眺めた。
『これなら接近戦でも安心して鎌を振るえますね。』
アケロスが我が意を得たりと頷く。
『どうよ、使い心地は? 名付けて鞭鎌だ。柔軟性があるから巻き付けても動くのを邪魔しづらいと思うぜ。』
そして桔梗に近づき優しく頭に手を乗せた。
『まあ、戦場でケガしねえようにな。ガイもそうだが俺もキキョウにはケガしてほしくねえ。』
桔梗がアケロスに抱き着いて礼を言う。
『最高です! お父さん…ありがとう大好きです。』
アケロスが照れながら私にずいぶんなことを言った。
『へへへ、いいってもんよ。やっぱり可愛いもんだよな娘は。ガイ、ヘタレて結婚するのが遅れても、もう俺は怒らねえぜ!』
だが、桔梗が困った顔をしながら上目遣いでアケロスを諭す。
『私…お父さんに結婚式祝ってほしいと思うから、それって困るな。』
アケロスは鼻の下を伸ばして、デレデレしながら桔梗の頭を撫でた。
―狙ってやっていないよな。
と私は思いつつ、桔梗は父親と十歳で別れてしまったから、ああいう風に甘えたかったのかもしれないと思い直すことにした。