義父さんと義母さん
文章校正しました(2020/5/18)
燕月亭に戻るとクラリスが笑顔で私たちを出迎えた。
『どうしたのアケロス? とても良いことがあったという顔をしているわ。』
アケロスが、私たちの頭をくしゃくしゃと撫でながらクラリスの目を覗き込む。
『クラリス、今日からこいつらは俺達の子だ、良いよな?』
クラリスは満面の笑みで私達を抱きしめた。
『そうなると思ってたわ! これからよろしくね、ガイ君、キキョウちゃん。』
そしてアケロスの顔を見ながら、ここ数日のことを思い出して微笑んだ。
『あの人ったらね、この三日の間、お弁当持って行くたびに、”ガイが~”とか、”嬢ちゃんが~”って楽しそうに言うのよ。普段は私とセリス以外の人に対してはぶっきらぼうだから、なおさら可笑しくってね。』
アケロスが真っ赤な顔になって、手で私達にさっさと行けと指示する。
『ばっ馬鹿野郎…ほらガイ、嬢ちゃん、さっさと風呂入って寝ろ!』
クラリスさんがすかさず、アケロスを窘めた。
『”嬢ちゃん”じゃなくてキキョウちゃん。もう私達の子供なんだから、しっかり名前で呼んでね。』
アケロスが頭をかきながら、桔梗の名前を呼びなおす。
『そうだな、嬢ちゃ…いやキキョウ、風呂入って寝るんだぞ。』
それを聞いた桔梗は満面の笑みで答えた。
『はい、お父さん!おやすみなさい。』
あまりに嬉しそうな桔梗の顔を見たアケロスは呆けた顔をしている。
『お…おう、おやすみ…』
そしてハッとした顔で私のほうを向いて怒鳴った。
『ガイ! お前は、俺に対しては”アケロス”でいいからな! 他人行儀に”さん”はいらねえ、だが…絶対”お父さん”と呼ぶなよ。』
クラリスがあらあらという顔をした後、私達に笑いかける。
『あの人照れてるのよ。悪く思わないでね。私は二人ともお母さんって呼ばれたいな~』
桔梗は嬉しそうにクラリスに挨拶した。
『おやすみなさい、お母さん。』
そして、それぞれ湯浴みをして寝ようとしたときに…。
クラリスが何かに気づいたような顔をした。
そして、まじめな顔で私たちに問いかけた。
『そういえばガイ君たちは何歳だったかしら?』
桔梗が、こちらの世界での年齢をこたえる。
『おそらく一六歳くらいだと思います。』
クラリスが、しまったなという顔をした後、笑顔で私達に告げた。
『じゃあ結婚できるまであと二年ってところね、二人は今でも良い夫婦になれると思うわ。でもね、結婚できるのが十八歳からだから、それまでは婚約者ってことになるわね。』
そして、桔梗に目配せした。
『色々したいことあるかもしれないけれど、それまで我慢してね。』
―桔梗と色々したいこと…
色々…とちょっと想像しただけで、心臓の鼓動が早まり、私の顔が熱くなる。
ちらりと横目で見ると桔梗はうつむいて耳まで真っ赤にしていた。
アケロスが苦笑して、とクラリスの肩を抱いて私たちに見せつける。
『クラリス…あまりからかうなよ? 二人とも固まっちまってるぜ…。』
そしてその手を腰に回しつぶやいた。
『ガイは本当にヘタレだったからなぁ…そりゃあ、二人がそういう反応になるのも仕方ないよ…な?』
アケロスのつぶやきはしっかりとクラリスに聞かれており…
彼は彼女から拳骨をもらうことになった。
*
湯浴みをすませて部屋に戻ろうとしたとき、クラリスさんが私達に悪戯っぽく笑った。
『明日からは、一人一部屋ですからね。でもね、今日は積もる話もあるだろうから…一緒の部屋が良いはずよね~♪』
そして私たちの頭をなでながら穏やかな声で言った。
『それでは二人とも、おやすみなさい。』
*
桔梗とベッドに潜り込み背中合わせになる…
…と思いきや、
桔梗がおもむろに私の背中に抱き着いてきて、私の心臓の鼓動が早まった。
私は思わずうわずった声を上げてしまった。
「ど…どうした桔梗?」
桔梗が嬉しそうな声で、アケロスとクラリスさんのことについて語り始めた。
「お父さんとお母さんか…なんだかとても不思議な感じがします。」
「そうだな、まさかこの世界にきてそんな縁ができるなんてな。」
「アケロスさん…クラリスさん、本当に良い人ですね。」
「ああ、こんなに良くしてもらって感謝してもしきれないな。」
「私…こんなに幸せで良いのかなって、これは夢じゃないかと思ってしまいます。」
「そうだな、そんな日がずっと続くようにしていきたいな。」
「そうですね、凱さま…ちょっとだけこっち向いてくれますか?」
桔梗の方へ振り向くと、彼女は私の首に手を回して…唇に柔らかい感触がした。
「婚約って言っても、別にこういうのは良いんですよ?」
桔梗は悪戯っぽい表情を浮かべ。
「これで先ほどの勝負の報酬はいただきました。」
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「私…、凱さまが愛していると言ってくれたこと、絶対に忘れません」
私はそんな桔梗が愛おしくなり、今度は私から彼女へ口づけをした。
「私もだ…愛してるよ桔梗。」
彼女は満足げな顔をした。そして…
「おやすみなさい、凱さま」
と言って私に背を向けて眠った。
私は桔梗の頭を撫でて、そのまま眠りにつくことにした。
「おやすみ…桔梗。」