養子
アケロスの言い分はこうだ。
『俺達の養子になれば、 少なくともイースタンでは誰にも文句を言うやつはいねえ。これでも俺は、この街で唯一ミスリルを鍛造できる鍛冶師だ。そしてその鍛造物でこの街は潤っている。』
彼は自信をもって街を眺める。
『俺は別にこの街を出て行ってもやっていけるが、この街はそうはいかねえ。俺の代わりを探すことになるが、残念ながらこの国でミスリル鍛造できる奴なんてそうは居ねえ。この街特有の技術で、しかも一番の鍛冶師が抜けたなんて言ったら、イースタンがひっくり返っちまうさ。』
さらに、彼は遠い目をしながらセリスとアルベルトのことを思い浮かべて呟いた。
『まあ…アルベルトがセリスと婚約したのも、そういった意味ではいろいろな思惑があるかもしれないが、あいつらはそもそも好きあっていたからな。』
そして、おもむろに私と桔梗の方を見てニヤニヤしながら言った。
『それにな、実子ではなく養子ってことだから、お前らが結婚できないってことはないぜ?』
私達がアケロスに申し訳なさそうに言う。
『申し出ははありがたいんだが、アケロスさんに迷惑がかかる。それに私達は文無しで大したお返しができないよ。』
アケロスが笑いながらバンバンと私たちの肩を叩いた。
『馬鹿言っちゃいけねえよ、蜘蛛の一件、セリスとライアンとから聞いたぜ。メディがくれぐれもよろしくと額がなくなりそうになるまで、頭下げてたらしいぞ。』
そして桔梗の課を見ながらやさしい顔で笑う。
『しかも嬢ちゃんならこの街一番の薬師になれるって、あの気難しいメディも太鼓判押していたぜ。』
さらに私のほうを向いて、肩に手を置く。
『ガイもそうだ、お前の実力は折り紙付きだ。しかもしっかりと仕事するやつのことを考えている。そういうやつには人はついてくる。』
私の肩に手を置きながら彼が空を見上げて嘆息する。
『だからな、お前たちの価値は超越者とか抜きにしてもはかり知れねえもんがある。』
アケロスが一呼吸置いた後に真面目な顔になる。
『…でもな。俺はそんなことはどうでも良い、お前たちが気に入ったのさ。俺達に何か返そうなんて馬鹿なこと考えるんじゃないぞ。自分がやりてえってことを自分が好きに決めろ!』
彼は私たちによく言い聞かせるように諭した。
『お前らはな…世界の役割とやらを真っすぐにやってきて、そして一度は使い潰された。だから、もうそんな馬鹿なことはやめろ! 誰かのためではなく、自分のために生きるんだ。』
そして、豪快に笑った。
『金の事なら心配すんな、さっき話した通り俺が鍛造しなきゃ街が持たねえ、ということは、俺がどれだけ稼いでいるかも解るだろ? …とは言っても、どうせお前たちのことだ、何か返してえと思うんだろうから貸しにしといてやる。立派に成長して出世返ししてみやがれ。』
私と桔梗はお互いに顔を見合わせた。
そして笑いながら一緒にアケロスに言った。
『不祥の身でございますが、よろしくお願いします。』
アケロスは呆れた顔で、そして照れくさそうに笑った。
『”不祥の身”ってそれが良くねえんだよ! そういう時は”ありがとう”だ。』