白銀の飛蝙蝠
文章校正しました。(2020/5/18)
街へ帰る途中で、ライアンが私を見ながら街に戻って聞いた話を感嘆の声で伝える。
『そうえば、ガイ君はすごい理力を持っているんだな、町に戻ってアケロスさんに声かけたんだが、
アケロスさんが歴戦の兵のような理力と言っていた。』
また、桔梗の薬師としての腕前について感心した。
『しかも、お嬢ちゃんはメディ顔負けの薬師の理力だ。』
そして、私達への単純な疑問を口にした。
『ただ…いったい何者なんだ君達は?』
私がしれっとした顔で答える。
『私は異国である程度の身分の将軍の息子だったのですが、桔梗に惹かれて、国を捨ててきた。ただそれだけの者です。』
桔梗も私の横で顔を赤らめながら頷いた。
ライアンが諦めて、無理やり納得した顔をした。
『解った…それ以上聞いてもしょうがないからな』
とりあえず、その後はライアンからそれ以上の詮索はされずに済んだ。
*
夜更けにイースタンにもどり、燕月亭に戻った私たちをクラリスさんは温かく迎えてくれた。
そして私にこっそりと例の件について伝えてくれた。
『アケロスが明日の夜に工房に二人で来てって言ってたわ。』
『ありがとうございます。』
お互いに湯浴みを済ませ、テーブルに置いてあるサンドイッチを食べながら、私は桔梗に意を決したように告げた。
「桔梗、明日に一緒に来てほしいところがあるんだ。」
桔梗が首をかしげて私を見つめる。
「もちろん良いですけど…どこですか?」
私は優しく微笑んだ。
「それは、明日のお楽しみだ…」
桔梗がキョトンとした顔で戸惑ったが、すぐ笑顔になった。
「ふふ、楽しみにしてますね。」
その後、とりとめのない話をした後、部屋に戻った私達は背中合わせで眠った。
*
次の日の夜、私と桔梗はアケロスの工房へ向かった。
工房に入るとアケロスがようやく来たかという顔で私たちを出迎えた。
『おう、ガイと嬢ちゃん、頼まれていたものができたぜ!』
そして、彼はフラフラになりながらも私と桔梗にマントを渡した。
桔梗がマントを見て思わず目を見張る。
『綺麗…どうしたんですかこんな立派なマント』
アケロスがにやりと笑いながら、私を指さした。
『ガイがどうしても自分と嬢ちゃんのマントが欲しいと頼み込んでな。』
そして、私達へ出来上がったマントの説明をする。
『しかし変わったデザインだな。まるで蝙蝠のような…しかも肩口の下に取っ手もつけてある。ここに凄いこだわりがあったみたいでな、ガイと嬢ちゃんもお揃いで、こんな感じの花の飾りがつけたんだよ。』
自らの名前の花の意匠をが見えた瞬間、桔梗が思わず私の方を見た。
私はアケロスに深く礼をして、両手を合わせて頼み込む。
『推論の域を出ないんだが…アケロスさん、私たちがこれからすることは絶対に他言無用にできるか?』
アケロスが私たちのほうを見て、力強く自分の胸を叩いた。
『おう、分かった男に二言はねぇ、絶対に見たものについては漏らさねえぞ。』
さらに、私はアケロスに頼んだ。
『後、ここら辺で高台のある所に連れて行ってくれないか?』
桔梗は私の様子を見て、何をしようとしているのか分かったのだろう。
戸惑い気味に私を見つめて呟く。
『凱さま…まさか…』
*
夜更けになり、アケロスが外に連れ出してくれたおかげで、私たちは小高い丘の前に辿り着いた。
アケロスに桔梗のマントを預け、私たちは丘に登っていく。
私はマントの取手を握りしめ、昔私たちがいた世界で空を駆けたあの翼を思い出す。
―桔梗と二人で飛んでいたあの翼を。
ミスリルのマントが姿を変え、翼に代わっていく…そして懐かしい触感が手に届く、いつの間にかマントは二人乗りの飛蝙蝠に変わっていた。
アケロスが驚愕の顔で私達を見つめている。
『おいおい! 何なんだそれは!?』
私はこともなげに答えた。
『飛蝙蝠、私たちの翼だったものさ。』
そして、傍らにいる桔梗に声を変える。
「桔梗、いけるか?」
彼女は涙を流しながら私に微笑む。
「はい凱さま…もちろんです。」
*
私達は丘の上から飛び立った。
前の世界は上昇気流を探す必要がある。
―でも今の世界は違う。
私達が風の流れを思い浮かべ、その風を翼が受ける姿をイメージをする。
それだけで翼が風を集めてイメージ通りに風を受けてくれる。
そう、風の流れを受けるのではなく、風の流れを作って飛んでいるのだ。
私と桔梗は空に浮かぶ月を眺めた。月は透き通るような光を私たちに注いでいる。
桔梗が私の顔を見ながら眼下に見えるアケロスを見て呟いた。
『こんな月が綺麗な夜にアケロスさんはクラリスさんに結婚の申し込みをしたのでしょうか?』
私も遥か下の地上から私たちを見上げるアケロスを見て同意した。
『そうだな、なんというか…殺し文句を言ったそうだ』
―アケロスからの言葉が思い出される。
”お前、あの子と駆け落ちしたんだろ? あの子にとってこの国ではお前だけが頼りなんだ。”
”お前はヘタレだ!嬢ちゃん一人幸せにできてねえ。”
―そして桔梗の寝言を思い出す。
”凱さま…綺麗…だなんて…夢……ですよね…”
―そして私自身が桔梗にずっと伝えたくても伝えられなかった気持ちを思い出す。
*
張り詰めた顔をしている私に桔梗が心配そうな顔をしている。
私は桔梗の目をまっすぐ見つめた。
そして、”どんな戦場に臨む時よりも強い気持ち”で口を開いた。
「桔梗、君に私はずっと言いたかったことがある。」
桔梗が目を見開いて私を見つめる。
私は長い間、共に桔梗と歩んだ日々を思い出しながら桔梗へ笑いかけた。
「私は…君ほどの有能さと美しさを持った女性を他に私は知らない。」
そして、彼女へずっと伝えたかった言葉を告げた。
「私はずっと…ずっと君が綺麗だと思っていた。」
桔梗の目から涙が流れて風がそれを拭い去っていく。
そして彼女が私の次の言葉を求める…。
私は彼女の目を力強く見つめて万感の思いを込めて伝えた。
「そして…私は君を愛している」
すっと風が吹いて、緩やかに飛蝙蝠が丘の上に降りた。
桔梗が満面の笑みを浮かべつつ、泣きながら私に抱き着く…
「私も…愛しています! 初めて会った時からずっと…ずっと!」
私と桔梗は二回目の、そして…
お互いの気持ちを確認してから初めての口づけを交わした。
*
永遠の時とも思える抱擁の時間を終え、
アケロスから桔梗のマントを受け取りに下に降りた。
アケロスが呆れた顔で、桔梗へ彼女のマントを渡す。
そして、両手で私達を抱き寄せて歓喜の表情を見せた。
『とんでもねえもの見せやがって…ガイ…男を見せたな! いいもの見せてもらったぜ』
そして私たちに丘へ行けと促した。
『あれだろ、一緒に飛ぶんだろ? 行って来いよ、いくらでも待っててやる。』
受け取ったマントを飛蝙蝠に姿を変えた桔梗が私を見て挑発的な笑みを浮かべる。
「凱さま、久々に私と勝負しませんか? 勝ったほうが何でも言うことを聞くことで。」
私も微笑みながら言い返す。
「桔梗が私に敵うかな?」
桔梗が弾けるように笑いながら、先に飛び立つ。
「誰が飛蝙蝠の操縦を教えたのかしら?」
私も後を追って飛び立った。
「ふふ、桔梗の奴め。」
*
そして…月夜に白銀の蝙蝠が二羽、つがいの様に寄り添いながら月光を受けて輝いた。
地上でアケロスがつぶやいていた。
『確かに、あいつらは俺たちとは異なる理で生きていやがる。
だがな…伝承で聞いた超越者とは絶対に違う。』
そして、空を見上げて、
『伝承で聞いた超越者なんてのはみんな後ろ向きで辛気臭え、領主が疑っているような奴だったらすぐにでもほっぽり出してやったさ。だが、あいつらはあんなにも真っすぐ前を向いて生きてやがる。』
『俺は決めた…何があってもあいつらは守ってやるぜ!』