男同士の話
転移後に桔梗が言っていたことの意味をもう少しだけ掘り下げました。
文章校正しました。(2020/5/18)
ベッドの中の桔梗を見るとすっかり寝入っているようだ。
異世界での慣れない生活での疲れ、そして昨日の寝不足のためなのか、彼女にしては珍しく熟睡しているよ。
―なぜ桔梗が怒ったのかは解っている。
おそらくあの里長のことだから、私に関する全てのことを聞かせていたのだろう。
その中で『お前には幸せになってほしかった』などどはよく言えたものだ。
コンコン…と静かにノックする音が聞こえる。ドアを開けるとアケロスが手招きしていた。
私が何事かと思って部屋の入口に行くと、彼が真面目で言った。
『ガイか、ちょっと面を貸してくれないか。』
*
広間のテーブルに私を座らせると、アケロスは自分のグラスと私のグラスに酒を注いだ。
アケロスは酒を一気に空けると私を諭した。
『俺は他人の恋愛に口を出すのは嫌いだ、それは野暮なことだからな。だがな、自分の大事な女を泣かせるのだけは駄目だ! お前、あの子と駆け落ちしたんだろ? あの子にとってこの国ではお前だけが頼りなんだ。』
私はアケロスを凝視した。
『盗み聞きしてたのか?』
アケロスが”何言ってやがる”という顔をして私を見つめた。
『部屋の前から嬢ちゃんが本当に悲しんでる声が聞こえたぜ。言葉はわからねえけどあれは”何を言っているんだ!” そして、”お前は私のためにすべて捨てられるのか!” ってところだろ、違うか?』
『そうだな…よくわかるな?』
過去を思い浮かべるようにアケロスは天井を見ながら語り始める。
『ガイ、俺のクラリスは元看板娘だ、ものすごくライバルがいた。だが俺はクラリスを愛する気持ちだけは誰にも負けねえと確信していた。』
*
俺は燕が来る季節のきれいな月の夜、酒場から仕事中のクラリスを強引に引っ張り出した。
そして自信満々にあいつに殺し文句を吐いたのさ。
『少しでも俺に心があるのなら、俺のためにすべてを捨てでもこい! 俺もすべてを捨ててでもお前を愛してやる』
*
私は燕月亭の客が私達以外にいないことに気付いた。
『看板娘が宿屋の女将っていうのはまさか…』
アケロスは胸を張って自信満々に言い放った。
『酒場で俺以外の男に媚びうるなんてとんでもねえ、借金して家買って、信頼できる奴にしか貸さねえようにしている。』
そしておもむろにテーブルにガンと頭をぶつけながらと私に謝った。
『アルベルトの件…本当にすまなかった。セリスから聞いた時は、あのアルベルトがやるじゃねえかと少しは感心したもんだった。だが、実際のところはあんたらがいなかったら、確実に死んでいたそうだな…もう少しでセリスを永遠に悲しませるところだった。好かれた相手に、しかも自分のために死なれたら一生の治らない傷を負うだろうさ。』
―心がズキリと痛む…
桔梗に私がしようとしていたことが、どれほど身勝手で残酷なことだったのかを思い起こされる。
異世界に転移したばかりの時に桔梗が言っていた
『だいたい凱さまは私のことを昔から全く考えてくれず…!』という言葉。
『今度こそ自由に生きることができる』という言葉。
―そこにどれほどの思いが込められていただろうか?
私は力なくうなだれた。
『ヘタレ…と言われてもしょうがないな』
アケロスが私の顔を見て肩を叩いた。
『そうだな、お前はヘタレだ! 嬢ちゃん一人幸せにできてねえ。だがな…少し気負いすぎじゃねえか?』
『気負いすぎ…』
『少しは人を頼れってことだよ。俺にできることなら何でも言ってみな。嬢ちゃんの好みはわからねえが、これでも貴族が使う装飾品ぐらいは作れるんだぜ?』
―桔梗が欲しいもの…思い出…
私の脳裏にミスリルの棒が浮かぶ。
―もしかしたら…いや、まさか?
私はアケロスの目を真剣に見つめた。
『アケロスさん、船の帆にミスリルを使うことってあるのですか?』
『おう、細かい糸状にしたミスリルを編み込むように作るんだ。熟練の船乗りなら、理力で風を受けることができるぜ。ちょど今頼まれて作っていたところだがな。…で、それをどうすんだ?』
『それで私と桔梗にマントを作ってくれないか?』
私はマントについての具体的な寸法などについてアケロスに伝えた。
アケロスがブツブツと呟きながら私の要求を聞いていく。
『なんに使うかわからねえが面白えな。防具に使うなら鎧のほうが向いているのになぁ。ふむ…マントの留め金を少し厚目にしてみるか。なに? さらに持ち手がほしいだと…』
一通り私の要求を聞いたアケロスが、残った酒をあおって立ち上がった。
『さて、じゃあ俺は工房行くわ』
『こんな夜更けにか?』
『糸状のミスリル作るなんて、ただでさえ面倒な仕事だ。徹夜でやらにゃ3日で終わらねえよ』
『すまない…』
アケロスがバシッと私の背中を叩いた。
『そういう時はありがとう…だろ?』
『ありがとう…アケロス。』
アケロスがずかずかと歩きながらクラリスを呼ぶ。
『おーいクラリスこれから3徹だ! 弁当毎食頼むぜ。』
クラリスさんがこちらを見ながらニコニコしている。
『あらあら…よっぽど気に入った仕事が来たのね、頑張って頂戴ね』
そして、アケロスの頬にキスをした。
アケロスは二の腕を叩き、威勢よく出て行った。
『じゃあなガイ、楽しみにしててくれよ。』
クラリスさんが私の方を見て嬉しそうに言った。
『あの人、頑固だから割り込みの仕事なんて滅多にしないのに…。よっぽどガイ君のことを気に入ったのね。』
そして、私の頭をやさしくなでて窘めた。
『ガイ君、キキョウちゃんを泣かしちゃだめよ、あの子はとっても良い子だからね。』