天下が統一がなされて…
凱が桔梗に手を出さなかった理由になります。
飛蝙蝠はハンググライダーみたいなものだと思ってください。
ちなみに普通のグライダーもウインチという装置で、
セスナで引っ張らなくても平野で飛ばすことができます。
文章校正しました(2020/5/18)
私が忍び頭になり凱さまへの挨拶に行く際、まだくノ一の修行をしていたころの後輩達が私を無理やり化粧台へ引っ張っていった。
「ちょっと…これから屋敷に行かなければならないのに、わわっ…なにしてるの!?」
彼女らは笑顔で私の地肌を整えていく。
「直接会うのは六年ぶりなんですよね~やっぱり綺麗にしないと♪」
どのみち綺麗になっても…と思いながらも、やっぱり凱さまと会うなら綺麗な方が良いかと思い、身を任せることにした。
そして彼女らが私の化粧を完成させた。
「桔梗姉さま綺麗! ほら見てくださいよ~」
そんな風にはしゃぐ後輩たちを遠い目で眺めながらも…私は鏡を見て驚いた。
―化粧ってすごいものだ
私は少し女としての自信がついた気がした。
まあ、何せ男に交じっての修行だったので、まったく化粧とかしてなかったからなぁ…と遠い目をする。
さらに彼女らに髪を梳いてもらい、しっかりと忍び頭の正装を来た私は凱さまの御前に出て傅いた。
*
―久々に直接見る凱さまはとても立派になられた。
見事な黒髪に端正な顔立ち…とても眩しいと思いつつも忍頭という仮面をつけ無表情を貫く。
私は凱さまから容姿を褒められた。
「ほう…見違えたな、修行に行く前に比べて段違いに綺麗になったものだ。」
さすがにこれを聞いた時はあまりに嬉しくて笑顔になりそうになった。
それでも、忍頭になったときの誓いを思い出し、決して悟られてはならぬと必死に無表情を装った。
だが、部屋を退出する際にあまりの嬉しさと気が抜けたことが重なり、満面の笑みを隠し切れずに凱さまへ向けてしまった。
それを目ざとく見ていた里親に後でこってりと絞られたのはしくじったと思う。
*
その後の戦場では、忍頭として諜報を行うだけでなく、私自身も積極的に動いて情報収集を行うことになる。当然のことながら忍び同士の戦いも繰り広げた。
でも、一番記憶に残っているのは、飛蝙蝠という特攻兵器に目を付けた凱さまがあれを二人乗りにした時のことだ。
*
―飛蝙蝠は、簡単に言えば風に乗り空を飛ぶ乗り物だ。
高い崖から飛蝙蝠につかまり空を飛び、上昇気流に乗って高度を維持して敵の城へ潜り込み、敵の将を暗殺する。
だが、その任務には危険を伴うし、そもそも飛蝙蝠の練習自体に死の危険が伴うのだ。
だが、その飛蝙蝠を二人乗りにすることで、熟練の忍びが新人の忍びや武将に乗り方を伝授することが出来るようになった。
さらに、凱さまが地上でも縄を引っ張って凧のように高度を稼ぐことができる発明をされたので、飛蝙蝠はどこでも使用可能な純粋な航空兵器となり、我が国は他国にはない航空部隊を手に入れることができた。
―余談ですが、もちろん凱さまに飛蝙蝠の乗り方を教えたのは私です。
*
この飛蝙蝠のおかげで、天下統一は誰もが思っているよりも短い時間で終わった。
だが、国が落ち着くまでは私も忍頭を続けねばならず、私は二十の半ばになりつつあった。
国が落ち着いてきて、ようやくこれで忍頭を引退して私の気持ちを…と思っていたところで、凱さまが、私に告げた。
「桔梗、私は全ての領地を返上して故郷へ帰ろうと思う。」
私はぜひお供したいと思い、
「わかりました、私も…」
と言いかけたところで、凱さまがとても複雑な表情をしていた。
―本当は来てほしいのに言えないような…そんな複雑な感情を浮かべているようだ。
意を決したように凱様が私に告げる。
「お前は忍頭として国を支えてくれ」
でも、ここで凱さまと別れてしまうと一生後悔する気がして私は強い意志を込めて言った。
「嫌です、何を言われても私は凱さまと一緒に故郷へ帰ります。」
凱さまは困ったような顔をしながらも、嬉しそうに一言だけつぶやいた。
「そうか…」
そして、私の頭をくしゃくしゃと撫でて穏やかな笑みを浮かべた。
「一緒に帰ろう…故郷へ。」
*
私の忍頭の引退は思いの外あっさりと認められた。
―だが、新王都から去る際の里長からの手紙を見てすべてを理解した。
これから書かれている内容は決して他言してはならぬ。
若様がお前を好いているというのは誰もが知っている。
そして王は若様の力を極端に恐れている。
本来は人質としてお前を王都に引き留めたかったが、あの若様が王に”もし桔梗に危害を加えることがあれば一戦交えても構わぬ”と本気でお怒りになられた。
あの時の若様の恐ろしさは…お前に見せてみたかったものだよ。
だが、あの怒りにより王は確信された。
若様が反乱を起こせば天下が再び覆されると信じておられるのだ。
恐らく、数年以内には若様は殺されるだろう。
わしはお前の才が惜しい。
若様がもしそなたを娶り、そして子が出来れば、きっと王はお前とお前の子も殺そうとするだろう。
そうなれば、お前の母親の二の舞ぞ、わしが取り成してやるから、今からでも遅くない…忍頭に戻る気はないか?
*
私は、『凱さまがそこまで私のことを想ってくれていたとは…』と思うと同時に、また母の時のように私が枷になるのかと身震いがした。
*
それから数年…当然のことながら凱さまは私に手を出すことはなく、私の方から凱さまに何かを求めることはしなかった。
民からは疎まれ、自給自足の生活となったが隠遁生活はとても穏やかで楽しかった。
だけどその生活は長くは続かず…私たちは世界から追放された。
*
―私達が若返ったのは、きっと私の願いだったからかもしれない。
初めて凱さまに綺麗だといわれた時は本当に嬉しかったものだ。
きっとあの時の自分に帰りたいと強く願ったのだろう。
そしてこの世界に来た後で凱さまが言ってくれた
―身分など今の我らには関係なくなった
私はその言葉のおかげで、ようやく凱さまの前で自分の表情や気持ちを隠さなくて良くなったと気づくと同時に、本当に幸せな気持ちになった。