くノ一にならない代償と優秀な忍者
あと1話で回想を終えます。
一部矛盾している点があったので修正しました。
文章を構成しました。(2020/5/17)
忍びの里での修業はとても順調だった。
母によって仕込まれていたおかげで、同世代の忍びに比べて私の動きは群を抜いていた。
また、凱さまのお役に立ちたいと思う一心で、ほかの忍びの二倍以上の修行をこなしていった。
凱さまも折に触れては里に来ているようで、里長とも何か話しているようだった。
―遠目に見ても凱さまは美形だとわかる。
里の娘たちも凱さまが来るとこっそりと見に行っている。
私も凱さまと直接会って話をしたかったが、修行の妨げになるからと里親は凱さまと私を会わせようとはしなかった。
*
私が里にきて三年ほど経った頃、里長に私は呼び出された。
普段は無表情の里長が表情を緩めて私に言う。
「私が教えてきた忍びの中でも、お前は忍術や薬学については見事だ。」
だが、その表情が一変して苦虫をかみつぶしたような顔で私に告げた。
「だが…お前はくノ一にはなれんだろうな。」
私は里長に食って掛かった。
「なぜですか?私”は凱さまのため”にこれほどまでに修練をしたというのに!」
里長が心底残念そうに私に言う。
「それだ、その”若様”のため、お前が忍びになりたいのは国のためではなく一人の男のためだ。お前の母親と同様、お前はいつか情に流される。」
私は目を見開いて絶句した。
「そんなことは…」
里長が私の言葉を遮って問いかける。
「お前はその若様以外の男に抱かれることができるか? 抱かれたとして若様のもとにそのまま何食わぬ顔をして出れるか?」
私は返答に詰まり、思わず言い淀んでしまった。
「私は…」
里長が、心底軽蔑した目で私を突き放した。
「即答できない時点で落第だ、お前はくノ一にはなれない。」
そして、表情を変えてニヤリと笑う。
「それにな…若様がなにとぞ桔梗のことを…と頼むでな、あの若様に伽の修行をさせたと知れたらわしの首が飛ぶわ。」
―そこまで若様が私のことを気にかけて下さったのか。
私は思わず里長の目を見返した。
里長は珍しく優しい目で私を見つめて言った。
「悪いことは言わない、今からでも里を出て違うものを目指すが良い。」
私は必死で里長に食い下がった。
「そんな…里親、何でもしますから、私を忍者に!」
何度諦めろと言っても諦めない私に根負けした里長が目を細めながら笑った。
「ならば男の忍者として教育する。今よりもっと厳しい修行になるぞ」
―後で里長から聞いたのだが、私の忍術と薬の才能は惜しかったそうだ。
くノ一が駄目でも忍者として育てたかったが、若様たっての桔梗をくれぐれも頼むという願いから躊躇していたらしい。
*
―それからの修業は壮絶なものだった。
仮死薬など、より危険な薬物の修行で死にかけ、敵将を打ち取るための格闘術の会得ではあざだらけなった。
火薬を使った爆炎術の会得の際には思いっきり吹き飛ばされたし、他にも飛蝙蝠の奥義を会得するために崖から飛び降りたりもする。
余談ですが、男たちの中でだんだん成長していく紅一点に発情して手籠めにしようとする不届き者を返り討ちにするために、えげつない護身術を里長から学んだりもした。
…でも、好きでもない人のために体を許すのに比べれば、それは大したことではなかったと思う。
*
そして里に来てから六年が経ち、決死の思いで誰よりも修業した私の忍術や薬学は里一番の域に達した。
私は里親に呼ばれて里の屋敷の広間の中央に座らされた。
辺りを見渡すと、忍びの里にいる忍びやくノ一たちが皆座っていた。
里長が周りを見渡して告げた。
「皆も知っていると思うが、桔梗の忍術と薬学の腕は里では誰も叶わない。」
それについては皆が頷く。だが、次の言葉が出た時に皆の表情が一変した。
「だから私は桔梗を次の忍頭に命じる、文句のあるやつはいるか?」
皆がざわつき始め、私に不満がある者達が叫んだ。
「俺はいやだ! あいつは他国の忍びの子供だ、あんな奴には従えない!」
「あの女の母親は男にうつつを抜かした、あいつもそうに違いないわ!」
騒然とする場の中、里長が皆を叱りつけた。
「たわけ!出自がどうとか言えぬのがわれら忍びであろうが、それにわしが見込んだ忍びだ、実力で物を申すか?」
その声で皆が静まりこむ。
里長がよく通る声で私に声をかける。
「桔梗、おまえにも命じる…決して若様に体を許してはならぬ。それがお前が忍頭になる条件ぞ…なんでもすると申したあの時の言葉は忘れてはおらぬな?」
私は今度こそ躊躇することなく答えた。
「もちろんでございます、この国のためにこの身を捧げます。」
里長は皆を睨み付け、宣言した。
「皆、今の言葉を聞いたな。これより桔梗は忍頭ぞ! 桔梗、我らはおぬしのことをいつでも見ているぞ…お前の母親のように裏切ったときは…わかっておろうな?」
皆は複雑な顔をしていたが、里長の言葉に従って平伏した。
*
皆が下がった後、里親と二人になった。
私は里親をみて神妙な顔で里親に誓った。
「わかっております”体は許しません”」
―だが、私が凱さまのために生きることは誰にも止められないだろう。
だから里長の目を見据え、私自身の決意を込めて伝えた。
「ですが”心は縛ること”はできませぬ」
里長が若干困った顔をして、私の目を覗き込んだ。
私の決意が固いことを見抜き、憐みの目を見せて告げた。
「辛い道になるぞ…それは…」
私は笑いながら、自分の真の主のことを思い浮かべる。
「私が想う人はきっとこの乱世の中で天下を統一します。私はそれまではあの人の杖となります。
でも、天下を取れれば…その時は忍頭を返上しても良いですよね」
里長が大笑いした。
「くっ…よりにもよって天下とは、大きく出たな…面白い! 天下を取ったならば忍頭をやめる良い」
こうして、若干一六の小娘だった私は、辺境の小国で忍頭として忍び達を指揮する立場に就任することとなった。