桔梗への想い
少し描写が気になったので、一部内容を訂正しました。(2020/5/9)
文章の校正をしました。(2020/5/16)
凱が隠遁生活中に桔梗を望むことができない理由が
身分の差以外にもう一つあるのですが、
それは後の話で書きたいと思います。
体が燃えるように熱い…そして心がどこかへ飛ぶようにフワフワとした感触がする。
悠久にも感じられる時の中で、私は最後に見た桔梗の顔を思い浮かべていた。
悲しそうだがどこか穏やかな顔…私と心中することでも望んでいたのだろうか?
だとすればそれはとても愚かなことだ、彼女をあのような形で死なせるにはあまりにも惜しすぎる。
―私の記憶の中で、あれほどの有能さと美しさを持った女性は桔梗の他には居なかっただろう。
* *
桔梗との出会いは、私が十歳となり元服後の初めての任務として巡察に出ていた時のことだった。
野盗に襲われていた桔梗とその母親を私たちが助けたのだが、母親は手遅れで桔梗を私に託して死んでしまった。
私と同じくらいの年で母を殺され、身寄りが無くなった桔梗を城へ連れて帰った際、桔梗がその恩を何としても返すために私の忍びとなりたいと頑なに願い出た。
私自身は不本意であったが、本人の熱意に負ける形で桔梗は忍びの里へ赴いた。
里で修行する中でめきめきとと頭角を現してきた桔梗は、いつの間にか里一番の忍びとなって私の元へ戻って来てくれた。
忍びの里へ修行に行ってから六年…戻ってきた来た桔梗はあどけなさは残っているが、どこか大人びていているようにも見える。
私が桔梗があまりに美しくなっていた為、
「ほう…見違えたな、修行に行く前に比べて段違いに綺麗になったものだ。」
と容姿を褒めたが、無表情な顔をして桔梗が返事をした。
「…お戯れを……」
だが、謁見の間から退出する際に気を抜いてしまったのか…嬉しさのあまり、満面の笑みを隠しきれずに浮かべてしまって教育役の里長に睨まれていた。
私はそれを見て、まだまだ桔梗は子供だなと微笑ましくなった。
*
―戦場においては、戦いの八割は段取りで決まる。
もちろん戦術でひっくり返す必要なこともあるが、それは最終手段のことだ。
その段階までくる時点で戦略的にかなりまずい状況になっていることが多い。
その為、情報収集はとても重要で桔梗は文字通り身を尽くして私に情報を運んでくれた。
おそらく私には言えないこともしていたのかもしれないが、私はその情報を元に戦略を練り、戦いを勝利に導いてきた。
そして、私自身も桔梗に恥じぬように修練を怠らず、名実ともに天下無双の武を極めようとした。
先の段取りの話と矛盾してはいるようだが、やはり身を尽くしてでも国に貢献する桔梗の想いが伝わってくる以上、私自身も戦場で先陣を切り、戦い続けていたかったというのが本音だ。
*
天下統一が成され私が王へすべてを返上して隠遁生活を送る際、桔梗には別れを告げた。
それを固辞して一緒に故郷に帰ってくれると言ってくれた時は、実はとても嬉しかった。
身分が違うため桔梗とどうなるということはないと知っている。
(私が桔梗を望んだところできっと全力で固辞されるだろうし、わたしもそれが出来ない理由があった。)
それでも戦いにおいてすべてを共有してきた戦友と一緒に暮らすことができるというだけで、今まで戦ってきた甲斐はあったかと思えたからだ。
*
あれから数年であったが、隠遁生活は穏やかに過ごすことが出来た。
領民から疎まれ自給自足の生活にもなったが、私が畑を起こして自生していた芋などを植え、桔梗が山菜やキノコなどを取ってくる生活…
貧しいながらもそれなりに幸せだったと思う。
―できればずっと二人でこうしていたいと思っていた。
―桔梗にはとてもすまないことをしたと思う、ただ、できれば次の生を受けてまた出会うことがあれば…きっとその時は……
* *
―何かが聞こえる…
「……さ…」
―冷たい何かが頬に触れている。
水…だろうか?
「が……ま…」
「凱…ま…」
聞き覚えのある声に、私は思わず目を開けて叫んだ。
「―っ、桔梗!」
目の前に、先ほどまで思い浮かべていた顔が見える…
―ただ…おかしい?
自害をしようとしていたあの時の私達は三十路も近かったはずなのに、私の目に映っている桔梗は、
明らかに十五~十六歳。
あれは…忍びの里から修行を終えて帰って来た頃の姿では?
そう、まだあどけなさが残っているあの頃の桔梗がそこに居た。