凱と桔梗の結婚式
カナン平原の戦いが終わり、その後は様々な出来事があった。
――まず初めに、セレーネとアルテミスで婚姻同盟が結ばれた。
アレス王がセレーネから王太子を連れてきて、クリームとの婚姻を願い出たそうだ。
セレーネの次期王となるべきものとアルテミス王家の血族の婚姻は大きな意味を持つそうだが、実際のところは、挨拶に出向いた王太子がクリームに一目惚れをしたのが真相らしい。
まだ十歳ながら、アレスに似て精悍な表情と立派な振る舞いの王子を見て、クリームも満更ではなかったようで、カインは笑顔でそれを了承したそうだ。
――海軍の士官学校が完成し、私が初代の学長となった。
私は当初、アルベルトあたりに学長をお願いしようとしていたのだ。
だが、会議の場で彼が良い笑顔をしながら私の肩を叩いて言った。
「やはり発案者がしっかりと責任を取らなければいけませんよね。」
その発言に、桔梗を含めた皆が頷いて、結局私が学長を務めることになった。
だが、私もただで負ける男ではない……
武官の教授の取りまとめは私がやるが、商学関係の教授の取りまとめはアルベルトが担当することできっちりと話をつけたのだった。
そういえば、王宮でアレス王に私が言った『貴殿らの子孫が学によりアルテミスを作り変える自信があるならば、海軍の士官学校に通わせれば良い』という言葉がよほど気に入ったのか、アレス王推薦のセレーネの若者がかなり多く通っている。
さらに、ヘカテイアでも良い人材が不足しており、積極的に若者の推薦を行って、学校への入学を希望しているため、来年からは国ごとの入学枠と試験での入学枠を作るつもりだ。
ちなみに、セレーネの王太子とクリームは士官学校に入学した。
そして、サウスではだれもが知る可愛らしい恋人として、皆に親しまれているようだ。
――バルデルとデボラの娘が無事生まれたそうだ。
クロードには幼い息子がいるようで、生まれながらにもうウエスタン次期後継者の婚約者としての届をカインに出しているというのだから、気が早いものだ。
美しい金髪に青い目と、両親の良いところを受け継いでいるようで、将来が今から楽しみらしい。
――カインとフレイの間に男児が生まれた。
生誕祭が行われ、アルテミス全体がカインとフレイを祝福した。
私と桔梗は王宮に呼ばれて見に行ったが、生まれながらにして落ち着いた男の子で、そういうところはカインとフレイの子供だと思った。
ちなみにアケロスが近づくと、懐くように笑って手を握るようせがんで、アケロスが愛おしそうにその手を優しく握っているのが印象的だった。
――マグニとシェリー、そしてアルベルトとセリスにも子供が出来るらしい。
ほぼ同時期に子を宿したことが分かって、セリスとシェリーは手を取り合って喜んだ。
サウスでは、お祭り騒ぎのように二人の懐妊を祝福して、三日三晩の間祝宴が開かれた。
――桔梗が薬師として、海軍の士官学校で教鞭をふるうことになった。
フレイやデボラに対する妊娠中の薬湯などの処方を、桔梗が書簡で送付していたことで重大な事実が判明したのだ。
アルテミスでの出産時の死亡や産後の肥立ちの悪さによる死亡率の高さは、間違った食事や薬の服用によるものが多く、またそれ以外の原因でも女性の死亡率が高かった。
桔梗が送る書簡の中でフレイはそれに気づき、彼女の薬師としての知識を後世に伝えるべきだと判断したようだ。
実際のところ、フレイもデボラも出産時や産後の肥立ちも問題なく、母子ともに健康に過ごせている。
士官学校にはセントラルの淑女も多く通うこととなり、サウスでは服飾の技術も高まり始めているようだった。
*
そして、それから一年が過ぎた。
燕月亭で、いまだに決心がつかないアケロスが、フェンに手を引っ張られている。
「師匠……もういい加減に諦めて、広場へ行きましょうよ。ガイ様とキキョウ様が待っていますよ。」
アケロスが苦悩した顔でフェンに叫んだ。
「俺だってわかっているんだが……今日で俺の可愛いキキョウが嫁に行っちまうなんて、俺はどうすればいいんだ!」
フェンが呆れた顔でアケロスを見て言った。
「どのみち、ガイ様とキキョウ様って師匠たちと同居なんですよね? 結婚して何が変わるというんですか……」
アケロスがフェンの肩を両手でつかんで泣き始める。
「おめえは何もわかっちゃいねえ……俺の娘から、ガイの嫁になっちまうんだ! そうだ、グエンなら分かってくれるはず……あいつはどこへ行った!」
フェンが冷めた目で、アケロスに伝える。
「お父さんなら、『お頭と姐さんの晴れの舞台を何としても目に焼き付けねばならねえ』と言って、昨日の夜から広場に陣取っていますよ。」
アケロスが、鬼の形相になって叫んだ。
「あの裏切り者が! 俺が色々と教えてやったというというのに……後で思い知らせてやらねばな。」
だがその時、アケロスは凄まじい威圧感を察知して、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、優しげな笑みを浮かべながら近づいてくるクラリスの姿があった。
アケロスが震えながら、クラリスに声をかける。
「あ……あ……クラリス、これはその、あれだ……可愛さ余って憎さ百倍という……」
クラリスはそのまま近づいて、アケロスの首根っこを掴んだ。
「後で、そのグエンさんとの色々を教えてもらいますね……フェンちゃん、広場に行きましょうか。」
フェンは顔を青くしながら何度も頷く。
そしてアケロスは、クラリスに引きずられるようにして広間へ連れていかれるのだった。
*
広場で私と桔梗はアケロスとクラリスを待っている。
桔梗はクラリスが用意した純白のドレスを身に纏っており、青紫色の髪を見事に結い上げられていた。
彼女が上目遣いで私に問いかける。
「やはり、私にはこのような格好は……」
私は桔梗に優しく告げる。
「よく似合っておるぞ。薄紅色に塗られた唇もとても魅力的だ。」
桔梗が嬉しそうにする中、カインとフレイが静かに近づいてくる。
王の正装をしたカインが私の服を見て微笑した。
「ほう……アケロスがクラリスと結婚した時の服と同じ作りですね。白のタキシードに黒のベストにしたのは、ガイ君の黒髪と合わせたのでしょう。」
私は笑顔でカインに笑いかける。
「そうだったんですか、じゃあ桔梗のドレスもクラリスさんの時と同じなのですか?」
カインは静かに首を振る。
「あれは、セリスの時と同じ作りだね。そういえばガイ君、ドレスの裾の刺繍を見たかい?」
私は桔梗のドレスの刺繍を見ると、花の意匠が施されていた。
――飛蝙蝠の取っ手につけられた桔梗の花と同様に。
きっとアケロスが、あの花の意味をクラリスに伝えたのだろうと思うと、私はとても嬉しい気持ちになった。
一方、フレイは桔梗に声をかけた。
「キキョウ、ようやくお前の願いが叶うんだな。私は心から祝福するぞ……お前は十分に頑張ったから、幸せになってもらいたいのだ。」
「フレイ様にそう言っていただけて、とても嬉しいです。そういえば、お子様の方はだいぶん大きくなられましたか?」
「まだ歩けはしないが、大きくなったぞ。カインのほうは二人目だったせいか、侍女に手際よく指示を出してくれるので、私は大分楽をさせてもらっている。それに、お前が処方してくれた薬のおかげで、体調も良いのでな……感謝しているよ。」
桔梗が嬉しげに笑う中、アルベルト夫妻とマグニ夫妻が近づいてくる。
アルベルトは微笑して私の手を握った。
「私とセリスの結婚式のときは、ガイとキキョウに祝ってもらったね。今日は料理という形になるけれど、最高のものを用意したのでぜひ食べて欲しい。」
私はアルベルトの手を握り返した。
「それは楽しみだ。アルベルトが最高って言うのだから、期待してしまうな。」
マグニは私に笑みを浮かべて話しかける。
「俺のほうは、最高の酒を用意させてあるからな。後で酌をしてやるから付き合ってくれよ。しかし……ついにガイも結婚とはな。結婚の先輩として言わせてもらうが、嫁さんはいいものだぞ。俺は今じゃシェリーなしでは生きていけないぐらいになっちまってるからな。」
マグニの傍らにいるシェリーが顔を赤くして、マグニの背中を力強く叩いた。
私は笑みを浮かべて、マグニに告げる。
「なるほど……マグニはシェリーに色々と教えてもらっているというわけだな。」
マグニが私に言い返す。
「そう言っていられるのも今のうちだ。一年以内にガイが桔梗の尻にしかれている……って、今でもそうだったか。」
私と桔梗が顔を真っ赤にする中、マグニ達は大きく笑うのであった。
マグニ達が貴賓席へ帰る中、グエンとダナンが近づいてくる。
「お頭、姐さん、ご結婚おめでとうございます。ようやくこの日が来ましたね……俺達はもう感動してしちまって……」
感極まってしまって泣き出す二人を私と桔梗は優しく抱きしめた。
私はダナンに話しかける。
「ダナン、お前の息子は大したものだな。士官学校での武技、商学共にかなりの成績だと評判だぞ。」
ダナンが目を細めて喜んだ。
「そうですか……あいつはフェンがアケロスさんの弟子になったのを見て、自分も頑張ってそれに釣り合う男になるんだと張り切ってましたからね。」
グエンが鼻息を荒くしてダナンに突っかかる。
「俺のフェンはまだ嫁にやらねえからな。少なくとも後三十年は嫁には出さねえ。」
ダナンが呆れた顔をしてグエンを見る。
「それじゃ、嫁の貰い手がなくなっちまうだろうが。そういうものは本人同士の意思を大事にするもんだぜ?」
グエンが首を振って私に縋りつく。
「お頭からもダナンに何とか言ってやってください! 男はみんな獣なんです……」
私はグエンの肩に優しく手を乗せた。
「グエン……お前のことだ、妻を娶るときに『絶対にこの女は俺が守る』と考えたのだろう? だったら、ダナンの息子は及第点だ。フェンは素晴らしい子だからな……それに見合う男になれたら結婚を許してやればよいではないか。」
グエンがさめざめと涙を流す中、桔梗が笑顔で私に告げる。
「凱さま……私の場合も、きっとそう思ってくださっているんですよね? 無茶したりとかはもうなさらないと思ってよろしいでしょうか。」
私は一瞬背筋が寒くなって乾いた笑いを出した。
「は……はは、多分……いや、もしかしたらするかもしれないかな?」
グエンとダナンがそんな私達を見て大笑いする中、クラリスに引っ張られたアケロスがようやく広場に入場した。
クラリスが桔梗を抱きしめる。
「キキョウちゃん、とても綺麗よ……私は貴女が結婚する日をずっと心待ちにしていたの。ガイ君と一緒に幸せになるのよ。」
桔梗が涙を流しながらクラリスを抱きしめ返した。
「お母さん……ありがとう。私、絶対に幸せになります。」
そして、桔梗はアケロスに話しかける。
「お父さん……私、幸せです。こうやってお父さんに結婚を祝ってもらえるのをずっと楽しみにしていました。」
アケロスは大泣きしながら、桔梗を抱きしめた。
「キキョウ……よく考えれば、お前は一人の男のためにずっと一途に頑張ってきたな。これからも色々あるかもしれねえ。その時はなんでも俺に言うんだぞ。俺がガイをとっちめてやるからな。」
桔梗はアケロスの背中を優しく撫でた。
「お父さんだって、本当は凱さまと結婚することを認めていらっしゃるんでしょう? 大丈夫です……あの方は、ずっと私のことを大事に思ってくださりました。」
アケロスは私に向き直って、静かに問いかける。
「ガイ……工房で俺がお前に言ったことを覚えているな?」
私は微笑して答えた。
「自分の大事な女を泣かせない。しっかりと覚えているさ。」
アケロスは私の肩を力いっぱい叩いて笑った。
「そして、少しは人を頼れってことだ。俺はお前の父親でもある……何かあっても一人で抱え込むんじゃねえぞ。」
私は笑顔でアケロスの肩を叩き返す。
「もちろんだよ……父さん。」
アケロスは少し照れくさそうな顔をしながら、私と桔梗を広場の中央に押し出した。
「さあ、みんなの前に行ってやれ……主役が居なければ始まらないからな。」
私は桔梗を見つめて、優しく告げる。
「桔梗……私にとって君ほど大事な女性はいないだろう……私の妻として生涯を共にして欲しい。」
桔梗は笑顔で頷くと、感極まって涙を流しながら私に身を寄せた。
私と桔梗は万感の思いで口づけをして、夫婦の誓いを立てるのだった。
前の世界では決して結ばれることが許されなかった私と桔梗は、こうして互いの思いを成就させた。
これからは私達は、夫婦として共に人生を歩んでいく。
周囲で歓声が上がる中、私と桔梗はお互いを見つめあいながら、幸せな気持ちで再び唇を合わせるのだった。
いつも本作を読んで下ってありがとうございます。
これにて本作は完結です。
約三か月ほどの連載となりましたが、皆様のおかげで何とか最後まで書ききることが出来ました。
ブックマークや評価をして下さった方々、ありがとうございます。
本章も更新が苦しくて心が何度も折れかけました。
ですが、こうして毎日更新を最後まで続けられたのは皆様のおかげです。
最後になりますが、
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書いて頂いた内容を元に、次作以降の参考にしたいと思っています。
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