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ホッドの最期

錫杖が灰になって消え、ホッドは崩れ落ちるように倒れた。


私は彼のもとに駆け寄って助け起こしたが、かなり脈が弱くなっている。


桔梗にホッドの容体を確認させたが、彼女は静かに首を振った。

「長くみても一週間が限度かと……」


バルデルがホッドに近づき、額を優しく撫でながら呟いた。

「俺とホッドは、王を継ぐべきものとして皆の期待を背負ってきたのだ。そして、あの錫杖の理力を発すれば王になれると、貴族たちは言っていた……だが、これがその末路だとしたら、俺達はいったい何のために張り合っていたのだろうな……。」


バルデルはホッドの哀れな姿を見て涙を流す。


その涙が頬を伝い、ホッドの顔を濡らした。



ホッドは涙の温かさを感じて目を開けると、目の前で泣いている兄の姿が見えた。


自分の体がまるで石になってしまったかのように重く、思うように動かない。


そして、兄が自分の為に泣いていることで察してしまった。



――恐らく、もう自分はそう長く生きられないのだろうと。



ホッドは、憑き物が落ちた顔でバルデルに弱々しく話しかける

「兄上……そのような顔をされては、皆に笑われますぞ。王子として……もっと威厳を持たねばなりませぬと。」


バルデルは首を振ってホッドを抱きしめる。

「もう俺は王子ではないのだ。そしてホッド、お前もだ……もう自由に生きて良い。何かしたいことはないのか? お前の最後の望みぐらいは聞いてやりたいのだ。」


ホッドは遠い目をしながら自分の妻子のことを思い出した。

「ロタとクリームに……でも、すぐ会えるでしょう、私はもう長くないのですから。」


バルデルが必死な顔でホッドに告げる。

「ロタとクリームは生きている。ガイ殿がカイン王へ助命の嘆願をしたのだ。だから……彼女らに会うまで死ぬでない!」


ホッドは目を見開いて驚き、そして儚げに笑った。

「そうだったのか……ガイ殿に感謝せねばならぬな。せめて死ぬ前に一目……会いたいものだ。」


彼らのやり取りを見た私は、バルデルに優しげに告げる。

「ホッド様の最後の望みをかなえてあげましょう……馬車に乗せてセントラルへ向かってください。私はカイン王に許可を取り、ロタ様達をお迎えに行きます。」


私はトールとマグニに戦後処理を任せると、桔梗と共にカインの元へ急ぎ飛ぶのであった。


 *


本陣に舞い降りると、カインが私と桔梗の手を取って涙を流した。

「よく勝利してくれた……と言いたいところだけど、それよりもよく帰って来たと言わせて欲しい。」


私は優しくカインの手を握り返して微笑する。

「飛ばされた虚空の世界の中で、カインさんの気持ちが痛いくらいに伝わってきました。ありがとう……大事な友人とまたこうして話せることが嬉しいです。」


カインが穏やかな顔で私に問いかける。

「そう言ってくれると私もうれしいよ。そういえば、何か私に頼みたいことでもあるのかな? そういう顔をしているようだけど……」


私はホッドの状態をカインに説明して、彼にロタとクリームを会わせたいことを伝えた。


カインは眉をひそめて、急いで書簡を作って私に手渡す。

「一週間となれば、かなり急がなければならないね……すぐにセントラルへ向かってください。 そして、出来れば……ユミル様も一緒に馬車に乗せて、ホッド様と会わせてあげてくださいね。」


私はカインに感謝すると、桔梗と共に風に乗ってセントラルへ向かう。


空に消えていく私たちの姿を見て、カインは呟いた。

「アルテミスを救うための戦いで、あまりにも多くの人々が犠牲になってしまった。これ以上の犠牲を出すのは、流石に私も耐えられない……せめて一つぐらいは、救いがある話があっても良いだろう。」



カインは静かにノースの方に向き直り、皆に伝える。

「ノースに降伏勧告を出します。アレス王とマグニを使者に遣わせましょう……一連の戦に終止符を打つのです。」


そして、バルデルとホッドを乗せた馬車を除いた全軍は、ノースに向かって前進した。



数日後、ノースに駐屯していたセレーネ軍はアレスの降伏勧告を受け入ける。


錫杖によって引き起こされたアルテミスの内戦は、こうして終局を迎えるのだった。


 *


カインの書状を読んだユミルとフレイは、ロタとクリームと共にホッドのもとへ向かう。


そして、ホッドを乗せた馬車と三日後に落ち合った。



馬車から降りてくるロタとクリームを見て、バルデルがホッドに優しく声をかける。

「ロタとクリーム、そして父上が来てくれたぞ。」


必死で体を起こそうとするホッドに、ロタが飛びつくように抱き着いた。


ロタは頬を涙で濡らしながら、ホッドの胸に縋りついた。

「もう一度……もう一度だけお会いしとうございました。私はあなたの顔を見れただけで十分です……どうかクリームに声をかけてあげてください。」


ホッドは優し気にロタの頭を撫でながら穏やかな表情で話しかける。

「ロタよ……泣くでない。最後ぐらいは笑顔を見せてくれ……そのような顔をされては安心して死ねぬぞ……」


クリームがおずおずとホッドに近づいて、彼の頭を撫でる。

「お父様……苦しいのですか? ゆっくりお休みなられて、また元気な顔を見せてください。」


ホッドは胸が締め付けられるような苦しい気持ちになったが、クリームの頭を撫でて優しく告げる。

「クリーム、私はもうすぐ遠い所へ行く……だが、お前のことをずっと見守っているから、立派な淑女になるんだぞ。」


クリームはホッドにしがみついて叫んだ。

「嫌です! お父様は、私が立派な淑女になって嫁ぎ先に行くまで一緒にいてくれるのでしょう? どうかそうしてくださいませ……私はお父様と一緒にいたいのです。」


ホッドは静かに首を振る。

「私もそうしたかった……だが、時間がないのだよ。だから、クリーム……父からのお願いだ。お爺様と伯父上、そして母上のいうことをよく聞いて立派な淑女になっておくれ。」


クリームがかぶりを振るが、ロタとホッドが優しく彼女の背中を撫でた。



彼女らとのやり取りを見たユミルが、ホッドの近くへ歩み寄った。


ユミルはホッドに沈痛な顔をして声をかける。

「ホッドよ……お前を正しく導けなかった父の不徳を許してくれ。私があのような錫杖を作らせなければ……このようなことにはならなかった。」


ホッドは力なく首を振った。

「父上のせいではありませぬ……錫杖にも告げられた通り、王の器でない者が借り物の力で王になろうとしたこと自体が過ちでした。私はその報いを受けたのでしょう。」


バルデルがホッドに駆け寄って彼に告げる。

「それを言うならば、俺だって同じだ……王子という立場を捨てなければ、王の理力を求めるという呪縛から逃れることはできなかったのだからな。」


ホッドは穏やかな顔でバルデルに話しかけた。

「兄上は……良い顔になられましたな。まるで憑き物が落ちたような……そんな顔をされております。母上と……一緒に、幸せに暮らしていた頃のような……」


バルデルは肩を震わせながら、必死で笑い顔を作る。

「そう……だな……あの頃は幸せだった。なんのしがらみもなく、こうやって兄弟の情を交わしあっていた。」


ホッドは幸せな顔をしながらバルデルに告げる。

「そういえば、兄上……だけでなく、妻達も助けてくれた……あの超越者……ガイ殿でしたか……兄上や私は……もう少し早く……あの人……出会いたかったですね。」


バルデルが頷きながら私と桔梗にホッドの近くに来るように頼んだ。


ホッドは私に手を伸ばして力なく笑った。

「ガイ殿……父上や兄上……そしてロタとクリームを助けてくれたこと……感謝するぞ。そして……そなたの采配……見事であった。」


私がホッドの手を握ると、彼はフレイを呼んだ。

「フレイ……そなたの夫は大した人物だった……最後まで私は勝つことができなかったぞ……」


フレイは静かに頷くと、ホッドは満足げな笑みを浮かべた後に桔梗に話しかける。

「私は十分に満足できた……だが、もう一度だけ……そなたが、戦いの後に吹いた笛の音……あれを最後に聞かせてくれないか?」


桔梗がこだま笛を優しく吹き鳴らした。


ホッドが穏やかな顔でその音色に聞き入る中、フレイの王妃の腕輪が黄金色の輝きを発する。


私達は、金髪の美しい女性がホッドとロタ、そしてクリームをやさしく抱きしめる姿を確かに見た。


ホッドが甘えるように身を預けると、彼女に優しく彼の頭を撫でながら何かを囁いた。


女性はホッドを導くように手招きしながら消えていく。


ホッドは、とても優しげな顔で自分の家族達を見ながら微笑んで、静かに目を閉じた。


そして、王という権力に翻弄された彼の人生が静かに幕を閉じるのだった。



ロタは涙を流しながらフレイに感謝する。

「夫は最期に救われました……ずっと会いたかった人に会えたのでしょうね。とても穏やかな笑顔で……天に召されました。」


ロタの言葉を肯定するように、ホッドの顔はとても穏やかな笑顔で満ち足りた顔をしていた。



桔梗は優しげな表情で、こだま笛を吹き続ける。



その音色は死者となったホッドだけでなく、王という立場と錫杖というものに翻弄されたユミル達さえも、優しく癒していくのだった。

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平和な世界で魔王軍と人間の共生のために奮闘するような形で書いていきたいと思っています。
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