三国同盟
広間に笑い声が響く中、ニエルドが緊迫した顔で急ぎ足で入室してきた。
ニエルドの形相に驚いて、フレイが問いかける。
「義父上、いったい何があったのですか! まさか、もうホッド様とセレーネの軍が動いたとでもいうのですか?」
ニエルドが静かに首を振る。
「そうではない。ヘカテイアの援軍がセントラルに到着したのだが、城外に待機させているセレーネの親衛隊と一触即発になりそうな気配になっている。私も止めに入ろうとしたのだが、セレーネの軍が罠と警戒していて、ヘカテイアの軍までたどり着けそうにないのだ。」
アレスとバッカスが色を失って、セレーネの軍を制止させるために駆けだそうとした。
私はカインに事態の解決のためにすぐに出向くことを伝えると、アレスに声をかける。
「ヘカテイアの重臣、アルド様とは面識がありますゆえ、ご安心くだされ。」
そして、王宮の庭でマントを飛蝙蝠に変えて、アレスに掴まるように伝えた。
アレスは目を見張りながらも、すぐに私に従う。
私とアレスは風に乗って、セントラルの城外に向かって飛び立つ。
桔梗も私の後に従って、上空に舞い上がる。
アレスは、笑みを浮かべて私に告げる。
「俺はこの光景を忘れることはないだろう……こんな風にアルテミスを天から眺める日が来るとは思っていなかったぞ。」
私は微笑して答えた。
「実は、ユミル様もそのようにおっしゃられて、童心に帰られておりました。」
アレスは地平線の向こうに思いを馳せながら、私に問いかける。
「ガイ殿……ヘカテイアは、海の向こうにある国と聞いたが、そのような遠くからカイン公のために援軍に来るのだから、義理堅い国なのだな。」
私はアレスの問いかけに頷くと、笑って答えた。
「ヘカテイア軍の指揮を執るアルド様は、きっとアレス王と気が合うと思います。是非ともお話をしていただきたいものです。」
アレスが微笑む中、私達は城外で緊張状態となっている、セレーネの親衛隊とヘカテイア軍の真っ只中に舞い降りる。
ヘカテイアの軍は私と桔梗に気づいて、安堵したような顔をした。
「ガイ様とキキョウ様ではないか。やはり罠ではなかったようだ。」
セレーネの親衛隊も、アレスの顔を見て落ち着きを取り戻した。
「王よ、ご無事でお戻りになられて幸いです。」
私はアルドの姿を見つけて、彼に深く頭を下げる。
「丁度、セレーネの王がセントラルに参られたのです。まったく他意は無かったのですが、ご連絡が遅れたことを深くお詫びいたします。」
アルドは、私と桔梗の姿を見て安心した顔で話しかけた。
「カイン王の即位のお祝いと、ノースへの援軍のために推参しましたが、まさかセレーネの兵が城外に布陣しているとは思わなかったのです。フレイ様の御身に危機が迫っているかもしれぬと、押し通ろうとしたのですが……早合点をせずに済みました。」
一方、アレスは親衛隊の隊長に問いかける。
「リベル、そなたはバッカスの息子として、親衛隊の隊長をしっかりと務めるのではなかったのか? なぜこのような騒乱を起こそうとしているのだ。」
リベルはアレスに傅いて、真面目な顔をして答えた。
「アレス王を待つ中、ヘカテイアの軍が我々に退去するように要求したため、王の御身の安全のために、引くわけにはいかぬと回答したまでです。ご無事で何よりでした。」
アレスは彼に優しく声をかける。
「もう大丈夫だ……カイン王は我々を信用するそうだからな。バッカスから今後のことについて説明させる故、もう少し待っていてはくれぬか?」
リベルは表情を和らげて、アレスに笑いかけた。
「さすがはアレス様です……難しい状況をよく切り抜けなされました。我らは王のご帰還をお待ちしております。」
アレスは、そのままへカテイア軍の方へ向かい、アルドに話しかける。
「親衛隊の者達が誤解を招く行動をしたようだな……申し訳なかった。」
アルドはアレスに深く礼をして、自軍の非礼を謝罪した。
「よく確認もせずに、敵と認識しておりました。こちらこそ申し訳ありません。」
そして、ヘカテイアの軍に待機命令を出すと、私達と一緒に王宮へと向かうのだった。
*
私達がアルドと共に広間に入ると、フレイは彼に優しく声をかけた。
「ヘカテイアからの援軍、本当に感謝する。遠路よりよく来てくれた。」
アルドはフレイに深く礼をすると、セントラルの城外での騒ぎについて謝罪した。
「セレーネの兵がセントラル城外に駐屯していた為、カイン様とフレイ様の御身が危ないと思ってしまったのです。先走ってしまい、申し訳ありませんでした。」
フレイは静かに首を振る。
「アレス王がいらっしゃった時に、すぐにアルド様に使者を送るべきだった。連絡が遅れて申し訳ない。」
アレスがフレイのほうを見ながら、アルドに言った。
「俺達が急にセントラルに参上したのが原因だ。先ほど話が纏まったところだった為、連絡をする時間がなかったのだ。」
アルドは微笑しながら、アレスに深く礼をした。
「そういったご事情であれば、仕方がありません。我らとて、勘違いをしてしまったので、この件はここらで手打ちとしていただけると嬉しいです。」
アレスが静かに頷くと、アルドはカインに書簡を手渡した。
「遅ればせながら、ご即位おめでとうございます。カマル王より、ぜひ祝福の意を伝えて欲しいとの言伝を預かっております。」
カインは書簡に目を通すと、微笑してアルドに話しかける。
「アイシャ王妃がご懐妊されたそうですね……心から祝福します。」
フレイがアルドに笑いかけた。
「お互いに良い子を産もうと、アイシャ王妃に伝えていただきたい。後で、書簡と祝いの品を渡すので、彼女に届けてくだされ。」
アルドは嬉しげな顔をして頷いた。
カインはさらに書簡に目を通した後、アルドに感謝する。
「内乱の後の復興で手が足りない中、五千もの兵を対価なしで援軍に向かわせてくれたこと、感謝します。いつか、この恩を返させていただきますね。」
アルドは微笑して、カインに言った。
「以前、ヘカテイアの危機を救ってくださった恩を、我らは忘れておりませぬ。ですが、カイン王は義理深いお方……そのお言葉をいただけただけでも、値千金の価値がございましょう。」
そして、アルドは私と桔梗に深く頭を下げた。
「カマル王が仰っておりました。桔梗様がアイシャ王妃の暗殺を防いで下さらねば、こうして子を待ち望む喜びすらなかっただろう。そして、ガイ様がハシムの陰謀を看破して下さらなければ、今こうして玉座に座っていることすらできなかったと。」
私と桔梗が恐縮する中、アレスはアルドに話しかける。
「実は、俺もこの者に借りがあってな……」
アレスはアルドに、錫杖の文字とセントラルの城外での件を説明し始めた。
話を聞いた後、アルドは納得したように頷いた。
「アレス王も我々と同じように、何かガイ様に感じるものがあったようですね。しかし……その王の錫杖とやらは、恐ろしい代物ですね。このまま放置していてはいけないものだということが分かりました。」
カインは私を見ながら問いかける。
「ガイ君は、あの錫杖についてどう思うかな?」
私は少し思案した後に、答えた。
「あの錫杖は、自分が王だと思っているのでしょう。そして、自分を存分に活かせる相手を求めているようにも思えますね。ただ、一番良くないのは、王に全ての者が献身的に尽くすべきだと思っていることでしょうか。」
カインは苦笑しながら、納得したような顔で頷く。
「どうして錫杖がそういうふうに思うようになったかは、分かった気がするよ。大概の場合、王の理力を発現するときは、大体が自分に従わない者や自分が威厳を見せたい相手に使うのだろうからね。錫杖がそれを王の役務だと勘違いするのもおかしくはないということだね。」
私はカインの意見を肯定する。
「そういうことになりますね。ですが、セントラルの民はその力は自分達を押さえつけるための物であって、王道を示すものではないと気付いて暴動を起こしました。錫杖はそのことをきっと許さないでしょうね。」
アレスは、ホッドの様子を思い出して頷いた。
「ホッド殿は、もはや錫杖に意識を乗っ取られているように思われる。そして、親衛隊長から聞いたが、無理に王の理力を発言させ続けたために、彼の寿命は半年も持たないらしい……時間がないとすれば、すぐにセントラルに攻めかかってくるかもしれないな。」
その時、ニエルドが再び広間に表れて急報を告げる。
「ノースより、敵軍が出陣致しました。敵兵の数については現在調査中です。」
アレスがしくじたる顔で天を仰いだ。
「やはり出陣してきたか……せめて、セレーネの兵達を説得するだけの時間が欲しかった。」
アルドがアレスに優しく告げる。
「我々に出来ることがあればお手伝い致しましょう。貴方の振る舞いを見ていて感じ入るものがありました。戦が終わった後、是非へカテイアとの国交をお願いしたいものと考えております。」
アレスは深く頭を下げた。
「俺は、ノースで兵から背かれた時ような王だが、それでも構わなければよろしく頼みたい。」
アルドは微笑してアレスに告げる。
「私とカマル王も、貴方と同様に国を追われかけたのです。ですが、王道を貫く者に皆ついてくるのです。錫杖の力がなければ、きっとアレス様の言に兵達も従うやもしれませぬ。」
アレスは複雑な顔をしながらも頷いた。
「そうだな……だが、どうしたものかな? 我がセレーネの精鋭は、親衛隊を除いても一万五千は下らないだろう。数では向こうの方が上だろうな。」
カインは深く悩んだ後に、私に問いかける。
「ガイ君は、この状況で何か打開策を打ち出すことはできるかい?」
皆の注目が集まる中、私は深く考えた。
そして、私はフレイの傍らに控えているニエルドに、今の状況で決戦になりそうな場所を教えてもらうことにする。
ニエルドは私の問いにすぐに答えた。
「カナン平原でございましょうな。ユーフラト平原ほどではございませぬが、広い平原でございます。」
私は少し思案した後、皆に告げる。
「そうですね……そのような地形であれば、小細工は効かないかもしれませぬ。ですが、今回の戦いの鍵はホッド様の軍勢を切り崩して、錫杖の理力を断ち切ることにあると思います。」
ニエルドは深く頷くと、私と桔梗に告げる。
「それでは、敵の編成や布陣などについての諜報を進めます。ガイ殿はマグニ様とクロード様達に出陣の手配をお願い致します。」
私は深く頷くと、カインに出陣の許可を願った。
「これより、逆賊とそれに唆された者達との決戦のために出陣致します。マグニとトールにもすぐに伝えたいのですが、よろしいでしょうか?」
カインは頷くと、フレイに告げる。
「今回の戦も私は行かせてもらうから、君にセントラルを任せたい。この戦に勝って、きっとアルテミスの平和を取り戻す。だから……僕らの子と、セントラルの民達を守って欲しい。」
フレイは笑みを浮かべて答えた。
「セントラルは任せておくが良いさ。私と父上でしっかりと守って見せる……安心して出陣するが良いさ。」
カインは玉座から立ち上がると、アレスとアレスの手を取る。
「これより、全ての戦いに決着をつけに行こうと思います。改めて……お力を貸していただけないでしょうか?」
アレスとアルドは満身の笑みを浮かべて答えた。
「当然のことですとも。共に平和を打ち立てるために戦いましょうぞ。」
カインは満足げに頷くと、威厳のある声で叫んだ。
「これが最後の戦いだろう……皆の者、自分たちの未来を掴むために戦おうではないか!」
私達は、カインの気持ちにこたえるように、自らの右手を挙げて叫んだ。
「我らの未来を切り開く為、この戦いに勝利するのだ!」
その後、アルテミスとヘカテイア、そしてセレーネの親衛隊にもその気持ちは伝わっていった。
歴史上類を見なかった三国の連合軍は、未来を切り開く決戦に向かってカナン平原へと出陣するのだった。