カイン王とアレス王
私と桔梗と一緒にアレスとバッカスがセントラルに入城すると、マグニとトールが兵を引き連れてやってきた。
私は微笑しながらマグニに声をかける。
「こちらはセレーネのアレス王と側近のバッカス様だ。」
マグニは私の様子から、彼らが敵としてセントラルに現れたのではないことに気付き、アレス王に深く礼をした。
「サウス領主のマグニでございます。まだ領主になりたての若輩者でございますが、お見知りおきを。」
アレスはマグニの名前を聞いて目を細めた。
「トール将軍のご子息か……貴殿の名声はセレーネでも響いておるぞ。武人として有名だったはずだが、まさか為政者としても優秀とは……トール殿もよい息子を持たれたな。」
トールはアレスに頭を下げながら、静かに告げる。
「カイン王が、マグニを為政者として立派に勤められるように導いてくださったからこそ、サウス領主になれたのでございます。」
アレスは満足げに頷くと、マグニを好ましげに見た。
「その若さで領主になっただけあって、良い目をしているな。アルテミスの将でなければ、是非とも家臣に欲しかったものだ。」
場の空気が和む中、アレスはセントラルの民達を見て感慨深げに語る。
「前にセントラルに来たときは、民の目が不安で曇っていた。だが、今の民達は、自分達の力で前に向かおうとする強い意志を感じる。カイン王は彼らの心をしっかりと掴んだのだろう。」
マグ二は民達を見渡しながら静かに頷いた。
「そうですね。義父は常に家臣と民達の為に心を砕きながら前に進んできました。それがきっと伝わっているのかもしれないですね。」
バッカスがマグニに問いかける。
「義父……でございますか。マグニ様はカイン王の血族なのでございましょうか?」
トールが苦笑しながら、マグニトシェリーの経緯をバッカスに話す。
バッカスは目を見開いて驚いた後、大きく笑った。
「それは……カイン王もトール殿も大変でございましたな。若様の若い頃も、それはもう無茶な振る舞いを……」
そこまで言いかけたところで、アレスがバッカスを一睨みする。
「若気の至りをそのように何度も蒸し返すな。今は妻も息子もおるのだから、しっかりと自重しておる。」
マグニが私と桔梗を見ながら呟いた。
「なんだか、アレス王とバッカス様のやりとりを見ていると、ガイとキキョウを見ているみたいだな。」
バッカスが耳ざとくその言葉を聞いて、意味深な顔で桔梗を見ると、彼女は肯定するように頷いた。
――お互い、破天荒な主を持つと苦労しますね。
マグニとトールが笑う中、私達は王宮へ向かうのだった。
*
カインはフレイと共に広間でアレスと対面した。
アレスはカインを真っ直ぐに見つめながら話しかける。
「まず初めに、対面の機会を頂けたことを感謝する。そして、ユーフラトの戦いでは見事な戦いぶりだった。我が精鋭を一方的に打ち破った相手を一目見ておきたいと思ったので、推参したのだ。」
カインは微笑してアレスを見つめた。
「噂に違わぬ胆力をお持ちの方のようですね。セレーネの兵達は、ホッドの軍が崩れるたびに見事に後詰に入って、彼らの苦境を助けていました。その振る舞いはとても見事だったと、今でも思っています。」
アレスはカインの言葉に感謝して深く頭を下げる。
「お心遣い痛み入る。俺はセントラルに向かう途中で彼らと合流した時に、そなたが我が国と肩を並べて歩く日もあると申していたと聞いた。その言葉に偽りはないとみてよろしいか?」
カインは深く頷いて、静かに告げる。
「私はセレーネとの長き緊張状態を終わらせたいと願っています。ただ、ノースを追われた者達のことを考えれば、あの土地はお返しいただかなければなりませぬ。」
アレスは納得した顔にはなるが、首を振って答える。
「俺達にしても、ホッドとの盟約で犠牲を出してまで手に入れた土地だ。そう易々と手放すことはできぬ……そして、情けないことに俺は兵達に見限られて、落ち延びるようにセントラルに出奔したのだ。」
カインが驚いてアレスに問いかける。
「いったい何が起こったのですか? ガイ殿から聞いた話や、貴方とこうして直接お話している限りでは、そんなことが起きるようには思えないのですが……」
アレスは、恥じ入るような顔をしながらも、ホッドとの盟約の経緯やノースでの出来事を私達に説明するのだった。
私は、さらにセントラルの城外でアレスの右腕に刻まれていた文字を打ち消したことを、カインに伝える。
カインは深く考え込み、フレイを見た。
フレイも思案した後、ノース領主を呼ぶことにした。
ブライが広間に入室すると、アレス王を見て一礼した。
「セントラルの城外での出来事は、もう耳に入っております……あの錫杖は本当に災厄を呼ぶ代物ですな。」
アレスはそれに同意するように頷く。
「昔、我々の先祖は神というものを信じ続けようとしたばかりに、黄金の炎に焼かれたそうだ。神が何の救いにもならぬと気づいたものは、アルテミスから逃げるようにしてセレーネに移り住んだ。人ならざるものを信じるということは、往々にしてそのような災厄を呼ぶのかもしれぬな……」
ブライはアレスを見つめて静かに告げる。
「私はノースの民を傷つけることなく解放したことについては感謝しております……ですが、五百年も前からの約束の地を求めつづけるという妄執を、断ち切ることができない。そんな、セレーネの業の深さだけは許すことができないのです。」
アレスは俯きながらも静かに口を開いた。
「我が祖先、そしてその子孫はいつかノースに戻り、アルテミスを席巻することだけを望んでいた。王を継ぐ者はその強さだけを求められ、そして同様に力に溺れた者達が各地の領主を務めたことで、国は何度も割れてしまったのだ……俺は父亡き後、再び割れた国を纏め上げることはできたが、どうしても領主たちの妄執を消すことはできなかった。」
ブライはアレスを見据えて言い放つ。
「ノースはセレーネが一つになるための贄ではないのです。そして、アルテミスもそうです。私はセレーネの兵と戦ったからわかりますが……なぜその精強さや純粋さを国の誇りにできないのですか!」
アレスはブライに問いかける。
「ノースを追われた後、そなたらはどう感じたか? 俺達はずっとその想いを教えられながら生きてきたのだ。」
ブライはアレスの目を射抜くように見つめた。
「確かにアレス王が申される気持ちは実感いたしました……だからこそ教えていただきたいのです。なぜその思いを自分の代で断ち切ろうとされないのですか!」
アレスは静かに首を振る。
「お主も言っていた通り、セレーネは五百年という時を重ねて来たのだ。積み重なった思いはそう簡単に断ち切れるものではない。」
カインは私と桔梗を見ながら、アレスとブライに告げる。
「ガイ君と桔梗君は天下を統一するために貢献した後、前の世界から用済みとばかりに追放されました。そしてこの世界でこれだけ前向きに生きて、様々な人々を救ってきました。」
ブライとアレスは驚いた顔で私と桔梗を見る中、カインは言葉を続ける。
「皆、超越者が災厄を呼ぶと呼ばれていたことを知っていますね。ですが、彼らは前の世界に縛られ続けた結果、そうなってしまったのです……貴方達も同じように過去に囚われ続けて、災厄を呼ぶ者になりたいとでもいうのですか!」
誰もが自分の生き方に思いを馳せ、周囲にしばしの沈黙が満ちた。
やがて、アレスは真っ直ぐ私を見つめて問いかける。
「ガイ殿に問いたい……貴殿は一体何のために戦っているというのだ?」
私は桔梗とカインたちを見ながら答えた。
「ただ、愛する者と平和に生きたいが故……それと私の大事な友人を助けたいだけです。」
アレスはブライと顔を見合わせた後、大笑いした。
「そんな……そんな理由でこの世を生きる超越者がいたとは。これ程までに自分達が矮小だと思ったことはないぞ。」
私は大真面目な顔で、アレスに告げる。
「私は将来、サウスで海軍の士官学校を作ろうと思っています。もしも貴殿らの子孫が学によりアルテミスを作り変える自信があるならば、そこに通わせれば良いのです。才覚さえあれば、カイン王は出自関係なく登用するでしょう。」
フレイが意地悪な笑みを浮かべて私に問いかける。
「どうせお主のことだろう……周辺諸国の有望株を育てて早々に役務に付けた後、後はその者達に任せてキキョウと悠々自適な生活をしたいとでも考えているのだろう?」
私は笑みを浮かべて答える。
「私は燕月亭でアケロス達と家族仲良く過ごすのがこの世界の夢でしてね。早くそれを実現したいと思っているのですよ。」
カインは苦笑しながら、私に頼む。
「もう少しだけ……フレイの子が大きくなるまでで良いから、それまでは頑張ってはくれないかな?」
アレスとブライが、私達のいつものやり取りを見て笑っている。
笑いながらアレスは思った。
――カイン王と一緒ならば、セレーネの未来は開けるかもしれない。
本来であれば戦っている者同士が、こうして一緒に笑いあっている。
アレスは、その光景に未来への展望が開けたことを実感するのであった。